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VS.主人公!(旧)  作者: 阿漣
Ver.1.05 宣戦布告
54/252

52.対決! そして...

 踏み込んだのは一歩。

 距離は3メートル。

 もう2歩もあれば手が届く範囲。


 だが踏み込まない。

 正確には踏み込む素振りを見せる。


 さすがにこの戦力差で反抗するとは思っていなかったのだろう。スマートフォンを左に持っていた伊達は、すこし虚を突かれた格好になったがそこは相手も百戦練磨の上位者ランカー。何事もなかったかのように右手をかすかに振る。


 ほんのすこしだけ。


 射撃の補正は弓のみではなく投擲武器とも多少共通しているのか、それだけで驚異の速度のダーツが投擲される。おそらく日常のさりげない動きの中、もしくはめまぐるしく動く攻防の中ではオレも見落としてしまっていただろうかすかな動作。


 だがただ一点、右手にだけ集中していた御陰で見極めることができた。


 左手にスマートフォンを持っている以上、持ち替えない限りは右手しかない、それだけ限定されていれば曲がりなりにも前衛職だ。後衛職の予備動作くらい見極めることができると踏んだ。

 そして見極めたと同時に頭を横に振る。

 胴体に刺さったらもう諦めることにした。そのダーツがどんな特別なものかはわからないが、最悪貫通するとしても胴体ならば、まだ動ける可能性がある。だが頭を一撃でやられたらもう終わり。


 死ぬことは覚悟した。

 でも一矢報いる必要はあるのだ。


 ならば必然的にどちらを避けるべきかヤマを張る必要すらなかった。


 ふぉんっっ!!!


 耳に風を切る音が響く。

 ダーツは頭のあった位置を通過していく。十分に裂けたはずだが、なぜか右の耳が1センチほどざっくりと裂けた。だが悪くない。

 最悪腹をぶち抜かれる威力は覚悟していたのだから。

 いつぞやのように。

 それでも勢いだけは止めないと決めていたオレにとって、その程度は温すぎるッ!!


 だんっ!!!


 避けるすれ違いざまに1歩詰めた。

 ここが正念場。

 伊達が避けられたことに驚いている間にもう一歩を詰める。

 我に返ってダーツを右手に取ろうとするが、


「遅ぇッ!!」


 だんっ!


 踏み込んで拳を握る。

 さぁしっかりと落とし前つけさせてもらうぜ!!


 ごぎんっ!!!


 右拳を相手の顔に叩きつけた。


 …ッ。


 妙な感触。

 殴れたのはいいが、まるで分厚いゴムを叩いているかのような、そう、棒で槍毛長の脇腹を殴ったときのようなダメージの通っていない感触。

 どんなに力を込めて純然立つレベル差がそこに存在していた。


 それで気づいたのだろう。

 にやり、と笑って伊達が動き出す。今のオレの力では例え数発殴られたとしても大した被害ではないことに。勿論顔を殴られた屈辱は隠せていないが、それを上乗せしてオレに返そうとスマートフォンを持っている手に一緒にもたれていたダーツを、予定通り右手に持ち替えようとする。


 不味ッ!

 この密着状態であれだけモーションのない投擲は避けられないッ。

 咄嗟に左手で相手の左手をつかもうとした。


 がしっ!!


 掴んだ。

 だが一瞬遅い。

 掴めたのはスマートフォンを握った左手のみ。


 すでにダーツは右手に握られている。そしてオレは相手に左半身を見せた姿勢のまま。もはや避ける体勢にはない。



 …………負けだ。死ぬ。



 事実だけが頭を過ぎった。

 諦める気持ちはない。

 だが現実は冷酷でオレの死を確定していた。


 死。


 この熱を吐き出すことなく。


 奪うこともなく。


 ただ、再び命を奪われる。


 奥底の熱がさらに荒れ狂う。


 出口を求めて。





 ドックン…ッ…。





 左手が脈打つ。

 言葉ではなくともわかっていた。

 ソレをよこせ、と。


「ぉ……おぁァぁあああああああッ!!!」

  

 どうすればいいのかなどわからない。

 ただ心のままに熱を放った。




 ―――そして、それは起こった。




「…ッ!!!?」


 ダーツを投擲しようとしていた伊達が驚愕に、今度こそ本当の意味で驚きに目を見開いた。


 ずずずず……ッ!!!


 オレの左手。

 その手のひらの表面から、まるで気流のように赤黒いものが吹き出し掴んだ伊達の腕の表面を急速に這い上がっていく。


「……ぐぁっ!!?」


 オレが渾身の力で殴っても微かにしかダメージを受けなかった相手が、わずかに痛みの呻きをあげながら手を振り払った。

 この反応の速さはさすが上位者ランカー

 手首まで達した段階で腕が完全に覆われる前に離脱し、思わずその手首を押さえながら距離を取る。


 巻き込まれ間に合わず、黒い固まりになったスマートフォンが床に落ちる。


 パキン…ッ。


 まるで朽ちた木材の破片のように乾いた音を立てて砕けた。


「……………ッ」


 何が起こったかわからないまま、オレは再び伊達を見据えた。

 室内を静寂が包む。

 伊達は予想外の事態を警戒するかのように、月音先輩は一瞬の攻防に驚いて、そしてオレは格上の相手が再び距離を取ったことに対して構えて、それぞれが沈黙する。

 ……一体、なんだったんだ、アレ。

 こっそり見ると、未だに左手からは赤黒い気流の残滓が残っていた。


【“天賦能力ダートゥム・ファクルタース”じゃな】


「“天賦能力ダートゥム・ファクルタース”…?」


 突然のエッセの言葉にオウム返しに呟く。

 それ自体は本人も意識していない些細な行動。

 だが、その一言にはっきりと反応した相手がひとりだけ居た。


「………“天賦能力ダートゥム・ファクルタース”、だと……?」


 憎しみを込めて告げたのは伊達。

 予想外が続いたためか、先ほどまでの余裕たっぷりの表情は今や影も見えない。

 だがその眼の狂気は未だ死んでいない。


「なるほど。あれだけの戦力差で突っかかってくるとは思わなかったが…そんな隠し球があったなら納得がいくというものだ」


 左手を伊達に向けて突き出す。

 とりあえずさっきエッセが言っていた“天賦能力ダートゥム・ファクルタース”とやらが何なのか、どうやったら使えるのかはわからないが、威嚇にはなりそうだ。


「わかってるなら話は早いですね。

 あんまり勝手な条件を言うもので、つい。オレとしては侮らないでもらいたいだけですよ」


 そのまま睨み合うことしばし。

 空気が固体になっていくような緊迫感。

 それを破ったのはオレだった。


「…で、どうします? このまま最期までやりあうならそれでもいいんですけど。

 正直さっきの条件じゃオレは部下にはなれません、ってことだけ伝えておきますよ」


 いや、本音は最期までやりあうのもゴメンですがね。


「ふン……キミの“天賦能力ダートゥム・ファクルタース”が何かは知らないが…珍しい能力のひとつやふたつであまり強がるなよ。やりようはいくらでもある。

 ……が、単純な潰し合いでは互いに面白くないもの事実だな」


 ゆっくりと生徒会長の机に置かれている書類の山から一枚の紙を手に取った。


「キミ…ボクシング部の対抗戦に出るらしいね?」


 それは今朝先生に渡したはずの入部届けだった。


「ならば話は早い。ひとつ賭けをしよう」


 ………。


「その対抗戦、キミが負けるようならばボクの部下、いや奴隷になってもらう。この場合はボクの下僕として従順に働いてもらおうか。何、主人公プレイヤーなら一般のNPCに負けるわけもなし、破格の条件だと思うがね」


 もし断ったら入部をさせない、とでも言うつもりか。

 本来は生徒会長の権限ではあるが伊達がやろうと思えば確かにそうすることは可能に思える。


「ならオレが勝ったら、ひとつ伊達副生徒会長にお願いを聞いてもらいたいところですね」

「………ふむ、いいだろう」


 おし、言質は取ったぞ!

 内心ガッツポーズをしていると、視界に赤いものがうつった。こっそり視線をやると、長テーブルに置かれた箱の中に、血まみれの仔猫が入っていた。致命傷に至らないよう、ギリギリまで何度もカッターナイフか何かで薄く傷をつけられたボロボロの仔猫。

 かすかに息をしているが少し震えていて、今にもその命の灯は消えそうに見える。


 ……この猫。


 見覚えがあるようなないような。

 うーん、どこで見たっけ…。


 そこまで頭を捻ってようやく思い出した。


 ………このクソ眼鏡、なんてことしやがる。


 ぐつぐつと再び怒りがこみ上げるがなんとか堪えた。


「話は終わりのようなので失礼します」


 ぺこり、と伊達副生徒会長と月音先輩に会釈。

 そのまま何気ない動作で箱を手に取った。


「…待て」

「天下の序列4位が動物虐待ってのは感心しませんよ。せっかく主人公プレイヤー憧れの上位者ランカー様なんですから。勝手に処分しますけど構いませんよね?」


 なんでもないことのように振舞って出口に向かう。

 見ると入口の脇の壁に、さっきオレが避けたダーツが突き刺さっていた。コンクリートの壁に半分以上、つまり10センチくらいめり込んでいる。

 怖ぇ…っ。

 弓と関係なさそうなダーツでこの威力、ってことは完全装備だったらどうなっていたことか。考えるだに恐ろしい。


「…調子に乗らぬことだ。虎の威を借る狐は長続きしないからな」


 後ろで伊達が何か忠告っぽいことを言ってきたが、意味がわからんので無視する。まぁ後でエッセに聞けばいいだろ。


「失礼しました」


 ガラガラ…ピシャ。


 扉を閉めて階段まで移動。

 そこで一息つく。


「………はぁ…マジで死んだかと思った」


 いつものことだが、戦っているときはよくても我に返ると胆が冷える。

 おっと、いかん、早いところなんとかしないと。

 こっそりポケットに常備している河童の軟膏を取り出す。箱を下に置いて仔猫に塗っていく。さすがにこれだけ死にそうだと無理かもしれないが、見殺しにするわけにもいかない。


 なんとか間に合ったのか今にも消えそうだった呼吸がすこし力強くなった。まだ傷は塞がりきってはいないものの、これならもう少し待って軟膏をもうひとつ使えば元気になりそうだ。

 いやぁ、何度使っても凄ぇなぁ、これ。

 ホント、量産できたら億万長者間違いなしだぜ、うん。

 でも冷静に考えたら、今のこの状況だとオレが猫を虐待させた、みたいに見えるな。誤解されないうちに塗らないと。


「充さんッ」


 おっと?

 振り向くと、そこには追いかけてきてくれたのか月音先輩がいた。


「さっきの仔猫ですが」

「い、いいいえいえ、オレは虐待なんかしてませんよっ!?」


 アホなことを考えていたせいで咄嗟にわけのわからんことを口走ってしまった。

 月音先輩はすこし怪訝そうに顔をしつつも、箱の中の仔猫を見て安心したかのように表情を和らげた。


「……よかった」

「この仔猫、初めて先輩と出会ったときのあの子ですよね?」

「覚えてらしたのですか」


 そんな意外そうな顔されても。

 こう見えても記憶力はそこまで悪くは……。


【すぐに思い出せずに、記憶を必死で探っていた男子のセリフではないの】


 ………はい、そうでした。

 まぁ、なんであんなところにいたのかは知らないけども、どうせ伊達が月音先輩にプレッシャーかけるべく拐ってきたんだろ。ホント、ロクでもないな。


「よかったら、この子うちで引き取りますよ」

「え?」

「もうオレは伊達先輩にはマークされてますんで。たださっき見たとおりおいそれと手出しされるようなこともないと思いますから、大丈夫ですよ」


 ああ、いい笑顔だ。

 やっぱ月音先輩は笑ってるほうが絶対可愛い。


「ありがとうございます」

「いえいえ。月音先輩みたいな美人の手助けなら喜んでしちゃいますよ~」


 あはは、と冗談めかしていうのも結構勇気要るな、これ。


「さっきのやり取り含めて、色々と聞きたいことはあると思いますけど少しだけ待って下さい。ボクシング部の対抗戦で勝って、月音先輩に関わらないようにしますから」


 正直本当に恋人かどうかなんてもうどうでもいい。

 あんな仔猫をダシにしたり無茶苦茶する奴が側にいることが許せない。


「……いえ、でも」

「ど、どっちみち避けて通れないですからね。他に頼むこともないんでお安いご用ですよ。

 でもまぁ、代わりに、と言うとなんかアレですけど、もしよければ一個だけ月音先輩にお願いしてもいいですか?」

「………………?」


 よし、言うぞ。

 噛まないようにしないと。

 ごくり、と唾を飲んで続ける。


「オレと友達になって下さい」


 全力で笑顔を作って手を差し出した。


「…ッ、それでは充さんが……」

「オレは絶対に伊達には負けませんから」


 手は引っ込めない。

 その手がそっと包まれた。


「…………ありがとう」


 両手で握り締めた月音先輩は一瞬だけ目に涙を浮かべ、応えてくれた。



「喜んで」




 美しい金髪を揺らして微笑んだ笑顔はきっと忘れないだろう。




 □ ■ □



 生徒会室でひとり、伊達政次は佇んでいた。

 予想外の事態について整理するためだ。


 報告で三木の能力、技能については把握していたはずだった。

 お互い装備がない上に、密室という近接職圧倒的有利のあの状況で飛びかかってきたとしても問題ないはずだったし、実際途中まではその通りだった。

 だがよもやの“天賦能力ダートゥム・ファクルタース”という隠し球。

 本格的に発動する前に避けれたので、おそらく接触系の能力なのだろうと推測はできる。だが未だ詳細が不明の能力であることは違いがない。

 そして、それは“天賦能力ダートゥム・ファクルタース”を与えることのできる“神話遺産ミュートロギア・ヘレディウム”保有者が背後にいるということ。


 “天賦能力ダートゥム・ファクルタース”そのものは万能というよりも特化型のものが多い。状況にハマれば強いが、経験上穴を突けば対処できる。

 だから能力の正体さえ掴めてしまえば対処は可能だ。


 だが“神話遺産ミュートロギア・ヘレディウム”保有者は話が違う。


 アレは災害のようなものだ。

 立ち向かうとすれば最低でも上位者ランカーが複数で対処、ものによっては斡旋所ギルドで特別招集をかけて対応するような存在。

 文字通り、神話の時代の災厄。


 とはいえ。


 例え三木が“神話遺産ミュートロギア・ヘレディウム”保持者から彼と同じく・・・・・天賦能力ダートゥム・ファクルタース”を与えられていようと、あの賭けならばこちらに分がある。


「………ふン」


 賭けとは相手にとってのものであるべき。

 そして自分にとっては出る目をいじれる賽を使う。


 その原則に立っていれば負けることなどないのだから。

 だが最悪の場合の準備はしておかねばならないだろう。


 伊達はそう結論づけて、生徒会室を後にした。 



 □ ■ □



 うーん。

 すっかり失念してたわ。


 問題はどうやって家族を説得するかだな。

 うちの兄貴、犬とか小動物あんまり好きじゃないからなぁ……。


 悩みながら家路を急いだ。

 


 2013/3/18 誤字修正

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