4.おいでませ、オンラインゲーム
よばれた声に振り返ると、そこにはメガネをかけたトンガリ頭の青年が立っていた。
「あー、えー、っと。誰だっけ?」
頬を掻きながらそう答えると目の前の人物は思わずズッコけそうになる。
うむ、このノリ、間違いなく本物だ。
「いやいやいや、自分、今日も同じクラスにおったやんか!? むしろ始業式から話しかけた仲なんをいきなり忘れるとか、どんな高度なボケやねん!?」
「ごめんごめん、冗談だって。ジョー」
始業式でたまたま隣の席だったので話しかけて以来の友人。
クラスメイトの丸塚 丈一。
名前が丈一なのでジョーと呼んでいる。
アイツがオレのことをミッキーと呼ぶ理由については聞いてみたんだが、そのときのジョーは意地の悪い顔をしただけだった。よって苗字からなのか、名前からなのか、はたまたどこかの鼠王国からなのかは不明である。
「ま、ええわ。そんで何しとったん?」
「ぶっちゃけると入る部活がなくて、どうしようか迷ってた」
「ああ、そうなんか。いうても今開けようとしとった、ゲーム部はやめといたほうがええで?」
「………今、実感したとこ」
「…さよか」
世の中はなかなか上手くいかない。
がっくりした様子のオレを見てジョーは何かを思いついたようだ。
「それやったら丁度ええやん。今から部活いくとこやから、うちの部活ちぃとばかり見ていったら?」
「……せっかくなんで、そうさせてもらおうかな」
今のままではどうにもならないわけだし、せっかくなのでひとつくらい詳しく見学していっても罰は当たるまい。
そう結論づけて案内されるままについていく。
「さすがにこんだけ数あると迷うよなぁ」
「確かに。せやから普通の学校よりも入部決定まで長く期間取ってんねやろ」
「そうなの?」
「例えば運動部やったとして。普通、部活いうたらゴールデンウィークに合宿とか強化試合とかやるもんやろ。そこに参加したり準備せなあかんことを考えたら四月中が締切、いうんが大抵の学校やで」
言われりゃ納得である。
確かに出雲なんかは剣道部の強化合宿やってたし。
ふと腕についているアナログ式の時計の日付を見れば、今日は5月8日。ゴールデンウィークは絶好調でぶっちぎっている。
「運動部か~、憧れはあるんだけど、さすがに中学まで帰宅部やってた身にはハードル高いや」
「高校から打ち込む奴も結構おるんやし、後はどれくらい気合はいっとるかやと思うけど。ま、悩むのも青春や~、て思たらちょっと気楽になると思うで」
「……時々思うけど、ジョーってたまに発想が年齢詐称してないか」
「うっさいわ」
軽口を叩きあいながら階段を登っていく。
「まぁ部活いうても、部によっては気楽にやっとるとこも多いんやで? 別に毎日こんでもええ、みたいな緩~いノリでやっとるし。さすがに一週間に一度は最低でも顔出しとき、とは言われるけど」
「へ~。それくらいのほうが合ってるのかも」
「高校入ってバイトとかやりたいこと多い連中もおるやろし。部活だけじゃ味気ない思た先輩方がおったから、今こんな色々な部活があるんやろねぇ」
「ありがたいこって。そういや、ジョーの入ってる部活ってどこ?」
「そない急がんでもすぐわかるわ」
そう言ってジョーはとある扉の前で立ち止まった。
そこに書かれていたのは「オンラインゲーム部」という表札。
「よし、帰ろう」
「うっそぉ!? なんでや!?」
「もうゲームとかはさっきの人生カードゲームの音聞いて懲りたんだよっ!」
「うっわ、今すっごい一緒くたにしおったな!? なんで、あない赫々たるキワモノ的なんと一緒にされなあかんねんっ!?」
「掴むなよッ、制服伸びんだろ!? いいから離せ!」
「殿~、電柱でござる~ッ」
それをいうなら電柱じゃなくて殿中だ。
さらに殿じゃないし、ここは旧校舎であって殿中ですらない。
「……わかったよ。とりあえずそのいつでもボケを忘れない心意気に免じて見学はしてくよ」
「うんうん、わかってくれると思てたわ」
こいつとは末永い友人でいれるんじゃないか、とは思っている。
中に入ると数人の部員と、えらくゴツい機械が置いてあった。形状としては公衆電話のボックスをふた周りくらい大きくした黒い光沢のある塊。扉があるようで継ぎ目が見えていたりするその機械には、タップから伸びたケーブルやらコードやらが接続されていた。
ジョーに紹介してもらい部長らしき人に挨拶した後、おそるおそる機械に近づく。
「もしかして」
「もしかせんでも、これがうちで使っとるゲーム機やで」
「家にあるのとサイズも形も違いすぎるんだけども…」
「そりゃ家庭用とは違うやろ。これ、商品化する前のやつやし。ほれ、結構前にヴァーチャルリアリティとかいう言葉流行っとったやろ。あそこまでゲームの世界に五感を没頭させよ思たら、どうしてもこれくらいになるねん」
「…色々ツッコみたいところはあるんだけども。とりあえずなんで商品化もしてないのがここにあるんだよ」
「あー、ここの卒業生がやっとる会社が結構デカいオンラインゲームの会社やってな。そのツテでトライアルの一環で回してもろてるんや。世の中もつべきなんはコネやな。
ミッキーはあんまりゲームはせんほうなんか?」
「中学の頃は少しやってたけども。受験でやめてから全然やってないなぁ。そもそもオンラインゲームって何さ?」
その質問にジョーは目を丸くした。
「それシャレか? シャレのつもりなんか? いまどきオンラインゲームすら知らへん高校生がおるやなんて…」
「よし、帰る」
「落ち着くんや! 傷はまだ浅いで!」
そりゃどこの救急隊のセリフだ。
とりあえずツッコまずにスルーして、
「とりあえず教えてくれ」
「さっすがミッキー。すぐにポジティブになれるんはええところやと思うで。さてさて、オンラインゲームなんやけども、要はネット回線使て繋がってるゲームのことやね。だからオン・ラインなわけや。
オンラインで繋がってると何が違うかいうたら、一般的には参加しとる全員がひとつの世界を共有してそこで一緒に冒険したり遊んだりできるようになるねん」
「チャットみたいなもん?」
「…チャットは知っとんのに、MMORPGはわからへんのか…。まぁ、オフラインのゲームがやってる本人しか参加できない世界で遊ぶのに対して、オンラインゲームいうんは全員が主人公になって遊べる、いうんが違いやね。
多数で共有して楽しむいう意味やったら、チャットみたいなもんいう評価も遠からじ、や」
「オッケー。大体わかったような気がする」
「…自分、説明書読まへんで家電使い始めるタイプやろ?」
なぜそれを知っている。
「まぁ、百聞は一見にしかず、とも言うし。ちょっと入ってみよか」
「早っ!?」
手近にあったボタンを押すと、プシュッという空気が少し抜ける音がして黒い機械の側面の扉がスライドしていく。中は球体の内部のようになっており、何やら頭につけるらしいゴテゴテしたゴーグルっぽいものが置かれていて、その下には黒いウェットスーツみたいなものが畳んてあった。
「中で着替えたら荷物は外に出しといてな。ああ、下着はつけたままでええで。ゴーグルは自分だけやったら慣れへんうちはつけられへんと思うし、着替え終わったら呼んでや」
「いやいやいや、展開早くないっ!? っていうかなんで一台しかないマシンをいきなり見学者に使わせるのっ!?」
周囲を見ると部員たちは生暖かく見守ってくれている。
「えー? 一度体験させてハマってもろたら、いっそてっとり早く部員が増えるやんとか、そないなこと全然これっぽっちもまったく考えてへんよ?」
「本音漏れてる漏れてるッ」
ツッコミも虚しくマシンの中に押し込められてしまったオレは仕方なく着替えを始めた。幸いなことに扉が締まると、自動で内部に明かりが灯るので不自由はない。
ウェットスーツは手先まであるタイプでサイズだけ心配だったが、すこし無理をして着ると馴染んでいくように体格や手の大きさにマッチしてくれた。ずいぶんと伸縮性のよい素材のようだ。一般的に普及を目指しているならある程度の幅をフォローできないといけないんだろう。
着替え終わるとゴーグルを装着された。
ゴーグルはまるで天使の輪のように丸い形をしており、目から耳、そして頭の後ろまでカバーしている。輪っかのハマりすぎた孫悟空が頭をよぎったのは内緒だ。
何も見えない中、頭の色々なところに吸盤みたいなものがぺたぺた張り付けられた。多分ゴーグルの周囲につけられていたコードがなんだろうな。
「とりあえず体験やし、1時間くらい遊んできぃや。さっきはあないなこと言うたけど、ほんまに気にいってもらえへんかっても、無理に入部させよとかは思てへんから」
「あいよ」
ジョーの気配が遠ざかる。
少ししてまた空気の抜ける音がして扉が締まる。
視界は真っ暗闇の中。
ゴーグルの耳の部分についていたのだろう、シャッターがスライドし周囲の音も聞こえなくなる。
そのまま待つことしばし。
視界に光が走った。
◆ ◇ ◆
あまりの光に一瞬目が眩み。
ようやく視界が回復した頃には、周囲の光景は一変していた。
「………なんだ、こりゃ」
思わず呆けた声をあげるしかできない。
あたり一面には草原が広がっていた。
そよそよと吹く風が頬を撫でているのも、足元で踏んでいる下草も、そして照りつける柔らかな太陽の光すらも、とても虚構のものとは思えない。
思わず手を伸ばそうとするが、先ほどまで入っていた機械の中の狭さを思い出したのか、その動きはおそるおそるになってしまう。
思い切り伸ばした指先にはなんの感触もない。
心地よい日差しが降り注ぐだけだ。
とりあえずこの機械が凄いのはわかったものの、それ以外どうしようもないので周囲をきょろきょろと見ていると耳元でピコン!と音が鳴った。
同時に自分の目の前30センチほどの空中に、何やら逆三角形のボタンが見える。
迷うことなく押してみる。
「えぇと…チュートリアル?」
目の前にパソコンのウィンドウのようなものが浮かび上がり、そこに出てきた文字を読み上げる。どうやら操作方法を教えてくれるようだ。
まずはじめに指示されたこと。
ステータス画面の確認、と出ている。
「ステータス、ステータス…どれかな?」
わからないなりに色々とやってみるオレ。
日常生活の中で目の前の空中に文字が出たり、それをどうにかしたりする、という経験そのものがないせいか、我ながら辿たどしい動き。
ジョーが言っていた時間制限…その1時間でどこまでチュートリアルが進むのか不安になるような始まりだった。