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VS.主人公!(旧)  作者: 阿漣
Ver.1.04 拳
48/252

46.獣の勝ち鬨

 

 ぞわり、としたのも一瞬だけのこと。


 気分がクリアになり体温が上がっていく。

 高揚とした意識は目に付いた敵をただ倒すことだけに向いた。


 四肢に力が漲る。

 圧倒的な戦意。

 満ちていく気合。

 髪の一本一本に至るまで戦いに特化していく錯覚すら覚える。


「お…ぉぉぉぉォォッ!!!」


 まるで熱の塊が体に宿ったかのようだ。

 早く吐き出さなければ死んでしまう。


 ダンッ!!!


 駆ける。

 目の前に立ちふさがるのは毛むくじゃらの顔した2匹。

 槌を振り上げる動きがまるでスローモーション。

 片方の槌を棒で受ける。

 もう片方の槌は手甲で弾く。


 ずがっ!


 構わず棒で1匹の脚を打ちつける。

 そのまま体勢を崩したところで頭を掴んで地面に叩きつけるッ!


 ずがんっ! ずがんっ!!


 何度も何度も。

 その隙に隣の槍毛長に数回槌で殴られるが気にならない。痛みを感じないのだから気にする必要がない。動かなくなった槍毛長をそのままぶん投げる。


 ぶぉんっ!!


 それに巻き込まれるように2匹が倒れる。ああ、これで道が開けた。


 だんっ!!!


 踏み込めば、そこには槍毛長の親玉の前。

 体格としてはオレよりも頭ひとつ分はデカい。

 相手は突然踏み込んできたオレに慌てて槌を振り上げる。


「遅ぇッ」


 先ほどの雑魚に比べればマシだが、それでも動きがゆっくりと見える。

 体勢を低く、するすると足を伸ばす。

 そうやって懐に踏み込むだけで槌は空を切った。

 デカいのはいいけども、デカすぎたら懐に入られたときの小回りが利かない。

 思い切りそのわき腹に棒を打ちつける。


 ドムッ!!!


 妙な感触。

 まるでトラックのタイヤを叩いたかのような手ごたえ。

 どうやら生半可な一撃では有効なダメージを与えられないらしい。


 ごぉぉぅんっ!!


 横薙ぎの槌が迫る。

 それを最小限だけ下がって回避する。鼻先スレスレを槌が迫っても全く恐怖心がない。


 ああ、こういうことか。

 “見切り”というのは。

 恐怖心がゆえに見れなかったギリギリの一線を今なら判断することができる。

 避ける度にわき腹、鳩尾など急所と思われる箇所に棒を叩きつける。


 ごぅぅんっ!!!


 ひたすらその繰り返し。

 さっきから他の雑魚の邪魔が入らないが原因は考えない。好都合なだけだ。この楽しい戦いを止めてまでする必要のある思考じゃあない。

 埒があかない、と判断したオレは大きく踏み込むなり渾身の力を込めて棒をフルスイングした。


 どずむっ!!!


 わき腹からは先ほどよりも確かな手ごたえ。これならいくらかはダメージが入っただろう。

 だが仕留めきるには至らない。さすが無双の槍毛長と言われるだけのことはあり、その攻撃を食らって口の端からすこし泡を吹きながらも槌を振り回す。

 腰を入れて打った分だけ回避が遅れた。


 ドッッガァンッ!!!


 そう判断した瞬間、自分から飛ぶ。

 だが威力を殺しきれるわけもなく吹き飛び、石階段に叩きつけられた。


「……がっ…ぺ…っ」


 口の中にこみ上げてきた少量の血をそのへんに吐いた。

 あばら骨が何本か折れたんだろう。腕を上げる動作がすこし重い。血が出たってことは内臓もすこし傷めたかもれない。

 冷静に状況を把握する。

 問題ない。

 戦える。

 無双の槍毛長はオレが叩きつけられたチャンスを逃すことなく追撃してくる。

 動きは緩慢だが立ち上がってから避けるほどの余裕がない。

 咄嗟に両手で持った乳切棒で受け止める。


 バキャァァンッ!!!


 乾いた音を立てて乳切棒が真ん中から真っ二つにヘシ折られた。

 ついに限界を迎えたようだ。

 勢い余って槌の先端が頭を掠る。

 びしゃっ、と何か頭の表面を液体が滴る感触がするが意識に支障を来たすことはなかった。

 一撃を振り終えた体勢の槍毛長は前に屈んだ状態で避けれる状態ではない。


 攻守が逆転する。


 両手に握った折れた乳切棒。

 短くなりつつも二本になったことは丁度いい。

 よく尖っている折れた部分をそのまま槍毛長の顔、そう、目に叩きつけるッ!!



 どしゅっ! どしゅっっ!!



「オオォォォォォォッ!!!?」


 両目に尖った棒が突き刺さった槍毛長は無様に叫びながら、思わず手にしていた槌を落として顔を両手で覆う。

 だがそうしていたのも一瞬、怒りに駆られたのか目が見えないまま、やたらめったら手を振り回しはじめた。


 ごぎぃんっ!!


 槍毛長の腕が渾身の一振りを見舞ってきたのでオレの右腕を叩きつけるようにガードする。

 思わず吹き飛びそうになるところを堪えたが何かが折れる音がした。

 見れば右腕があらぬ方向に曲がっている。

 まだ左手がある、問題ない。

 視界を何か上から流れてくる液体に塞がれる前に左手で掴む。


 巨大な槌。


 渾身の力を込め体を思いっきり捻りながら反動を使う。


「アァァァァァッァァァァッッ!!!!」



 ごぉぉぉんっ!!!!



 何度も打ち込んだわき腹に槌を叩きつけた。

 その衝撃に耐え切れなかったのだろう、左腕の感覚が消えた。折れたにせよ痺れたにせよどちらでも同じだ。問題ない。

 放り出された槌が地面に落ちる。

 肝心の槍毛長は苦悶の表情を浮かべ前かがみのままよろよろと姿勢をなんとか保たせている。

 目からは血を流し、わき腹は抉れている。

 だがまだ生きている。しぶとい。


 つかつかと歩み寄る。


 腕は両方とも動かない。

 だがデカい相手だがあれだけ屈んでいる今ならまだ届く。

 ならばやることはひとつ。



 がづ…ッ!!!



 思いっきり頭突きした。 

 同時に視界が完全に真っ赤に染まる。



 ずぅぅぅ……ん。



 何かが倒れる音がした。


 急速に熱が冷めていく。

 あれだけあった高揚も消えてなくなる。


 あれ…何をしてたんだっけ……。


 問いに答えはない。

 ひとつわかっていること。

 ただひたすらに眠い。

 この眠気にはどうも対抗しようがない。



 仕方なく、そのまま意識を手放した。



 □ ■ □



「………ぁぁ~ッ!!」


 目を覚ました。

 そりゃもう惨い激痛で。


「お? やっと起きたか」


 気づけばそこは昼食を取った安全ゾーン。

 咲弥と鎮馬が座ったまま荷物を整理していた。

 口を開こうとするのだが痛みのあまり声が出ない。


「~~~~ッ」


 ただ金魚のように口をパクパクさせるだけだ。


「あー、まぁもうちょい安静にしてろ。一応“癒しセラピア”は何度もかけといたが痛みまでは取れねぇからな。丸1日は安静にしてたほうがいい」


 へ、へ、返事すら出来ない。

 というか頭から腕から足から胴体から、痛みを発していない箇所がない。

 ふぅ、と風が撫でるだけで全身が痛みにのたうつ。


「~~~~ぉっ!!?」

「何かって聞かれたら“蛮化バルバロティタ”の後遺症だな。あれって脳のリミッター外してくれるからホントギリッギリまで能力が上がるんだ。おまけに恐怖心もなくなるしな。

 ただそのせいで普通のダメージ以外に、使えば使うほど体が痛んでいくんだなこれが」


 あぁ、確かに人間が、全力を出せないのは、か、関節とか自分の体を守るためだとか聞いたことが…。

 …ッ、痛ぇぇぇっ。


「まぁほれ、右腕も、左腕も、アバラも、折れてた部分はおいらが大抵治しておいたから動けることは動けるだろ。まぁ骨折は“癒しセラピア”1回じゃ治らねぇから一箇所あたり10回くらいかけてるんだけどな。おかげで制氣薬を大量に使っちまったぜ」


 ……話を聞いているだけでゾっとする。

 よくもまぁ治ったもんだ。


「おかげで神官プリースト技能スキルがえらく上がったのは、おいらにとっちゃ嬉しい誤算なんだがよ」


 はっはっは、と豪快に笑う鎮馬。


「ま、額をカチ割られても敵の親玉を倒したのは中々見事だったぜ。なぁ、咲弥?」

「ん」


 どうやら話によると、オレが突進して親玉まで潜り抜けた頃、咲弥も合流していたらしい。二人で周りの雑魚を攻撃していたのがボスとタイマンできた理由のようだ。


「……まぁ正直なんで無双の槍毛長があそこにいたのか興味はあるけどよ、あいつより強いのが追い出したかもしれねぇと思うと、今の状態じゃ無謀だわな。

 とりあえず今日のところは帰ろうぜ」


 確かにもうあれ以上の強敵と戦うとかもう勘弁してほしい。

 おぼろげながら無双の槍毛長との戦いの記憶を思い出す。“蛮化バルバロティタ”のおかげで明らかに壊れた思考のまま突っ走った。勝てたから良かったものの冷静に考えたら結構ギリギリの勝負だったのは間違いない。

 まぁとりあえず生き残ったんだからヨシとしよう。

 まだちょっと痛いけども、いや、正確にはちょっとどころじゃなくて滅茶苦茶痛いけども、それもこれも生きているからこその感覚だ。

 それにあれだけ戦ったのだからさぞレベルも上がったに違い……ああっ!?

 戦いに夢中で努力の指輪アヌルス・ストゥディウムを見るの忘れてた!? せっかくあれだけの出費をして買ったのに……がっくし。


【安心せよ。わらわが見ておったぞ。今日はトータルで青が6回、緑が4回じゃな】


 おぉ。神様仏様エッセ様! さすが!

 ということは一気に4レベルも上がったのか。

 いや、まぁ今日初めて挑んだ格上の槍毛長をあれだけ倒したんだから当然か。

 技能が6上がったってことは多分杖術以外も何かあがったんだろうなぁ。

 明日確認するのが楽しみだ。


「……?」


 近寄ってきた咲弥が何か包みを差し出してきた。


「無双の落し物」


 中にあったのは鈍く光る金属の塊。大きさは掌くらいだろうか。

 どうやら無双の槍毛長のドロップアイテムらしい。


「…?」

「倒した人がもらうのが一番」

「いや、でも皆の力で倒したんだし…」

「倒した人がもらうのが一番」

「そもそも“蛮化バルバロティタ”がなかったらとても…」

「倒した人がもらうのが一番」

「………」


 あー、そうでした。

 この子は言い出したら聞かない子だったわ。

 見ると後ろで鎮馬が笑いを堪えている。


「……んじゃ遠慮なく」


 その金属を受け取った。


「ちなみにこれ、何なの?」

「知らない」

「知らねぇなぁ」


 うーん、一体これが何なのかはわからないが、まぁ後で斡旋所ギルドのツテで鑑定でもしてもらえばいいか。ドロップ品ってことは少なくとも買い取ってはくれるだろうし。


「さて、んじゃ山を降りて戦利品を山分けして解散ってことにしようぜ」


 鎮馬の掛け声で移動を開始する。

 オレもゆっくりと立ち上がる。


「~~~~~ッ」

 

 か、体を起こすだけで一苦労だ……。

 別に動かないわけじゃない。

 治してくれたのは間違いないらしく、ちゃんと動かそうとすれば反応してくれる。

 ただいちいち激痛を伴うだけだ。


 心配そうにこちらを覗き込む咲弥に引きつった笑顔を返す。


「はっはっは、女の前でいい格好すんのも一苦労だなぁ」


 違…ッ。

 まぁいいか。

 鎮馬の軽口に苦笑しながら、目の前の女魔術師の顔を見つつ思う。

 彼女が間者かどうかわからないが、現状信頼できる相手だということは確かめた。とりあえず今日のところはそれでヨシとしておきますか。 


 ひとまずレベルも上がったし、誰の犠牲も出ずに済んだ。

 その喜びをかみしめつつオレたちは山を降りるのでした。


 めでたしめでたし。







 ………結局、このときも監視者の目がどこにあったのか知ることはできなかった。だがそれが誰だったのかを知る機会は、すぐ訪れることになる。

 

 意外な形で。



 □ ■ □



 狩場の魔物とはその大半が土地に残る逸話を地脈から流れ出る力が象ったものである。

 それはこの赤砂山も例外ではない。


 山中の池。


 本来は無双の槍毛長が守護するその場所に異形の姿の存在がいた。

 2メートルを超える体躯をした凶悪な鬼。

 先刻、守護者を他愛もなく蹴散らしたそれ・・は静かに池に身を沈めている。


 の嗅覚が感じた通り、この池は湧き水と共に純粋な地脈の力がわずかではあるが染み出している。ただの槍毛長が特殊な個体になるのも、この池の周囲にいるからなのだろう。


 ゆっくり、じわじわと力が注ぎ込まれるのがわかる。


 その事実を示すかのように傷口は徐々に塞がり、失われた腕が本当に遅々とした速度ではあるが生え始める。それどころか残った3本の腕にも力が漲る。

 もうしばらく、あと数日ほどこうしていれば敗走で失った力を完全に取り戻すことができよう。

 それを自覚して嗤う。


 耳まで裂けた口に牙がぎらりと光る。


 鬼は受けた屈辱を忘れない。

 人間ごときに受けた傷に報復を行わぬのは道理が通らぬ。

 理由はそれで十分。

 ただその殺傷本能を満たすための口実でしかないのだから。


 その鬼―――羅腕童子は静かに嗤う。


 今は・・、だが。



 □ ■ □



 あ、ちなみにこの日の成果は以下の通りとなった。


 倒した敵:

 虎隠良 ×  4

 槍毛長 ×  20

 無双の槍毛長 ×  1

 

 個人獲得物(PT総獲得数):

 謎の金属 × 1(1)

 抗魔の朱毛 × 5(17)

 制氣薬 × 0(6)


 制氣薬についてはオレの治療でたくさん使わせてしまったので他の二人に全て配分。

 またノーマルな槍毛長のドロップアイテムである抗魔の朱毛(どうやら毛槍の先端の部分の毛らしい)も多めに渡しておいた。

 抗魔の朱毛は魔法耐性のある装備品を作るのに役立つらしいので、後でどんなものに使えるのか確認しておきたいところだね。


 いやぁ、大量大量~。



 ………ん? 明日のテスト勉強? 勿論ばっちり一夜漬けできましたよ!

 なにせ全身が痛すぎてロクに寝れなかったもんだからね!!




 充君も晴れて10レベルに!

 戦闘描写については手探りでやっていますので、わかりづらいところや表現方法など何かあればご指摘下さい。


 感想ご意見お待ちしております。


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