44.天下無双の槍
虎隠良4匹。
槍毛長5匹。
そこまで狩ったところで昼食がてらの休憩となった。
安全地帯まで一度戻ってから、それぞれ用意した昼食を広げる。
咲弥は自作のお弁当、鎮馬はコンビニの焼肉弁当、そしてオレは梅とツナマヨのおにぎりが1つずつ。結構性格が出てるような気がするメニューだ。
「なんだ、充。ンな量で大丈夫なのか? 男なら肉だろ肉!
肉を塊をガッツリ食わねぇと力も出ないってもんだぜ?」
「むしろ腹にもたれそうなんだけど……」
鎮馬の筋骨たくましい体格がどうやって作られたかを物語るようなセリフをどうもありがとう。
おにぎりをパクつきながら、横目でちらっと咲弥を見る。
いやぁ、つくづく自分は不器用だということを実感しました。
なんとか狩りの最中に情報をもらしてるのが彼女かどうかの目星かヒントくらいは見つけられたらなぁって思っていたんだけども、どうやったらいいのかがまるでわからない。
漫画とか何かの名探偵さんとかだったら、こんなとき上手いこと聞き出すのかもしれないけども平凡な一般高校生には中々ハードルの高い芸当だ。
そんなことを考えていると咲弥と眼が合った。
「……ミッキーちゃん、今日変」
うぅ…。
さて、そんなこんなで無事に昼食も終わり先ほどまで槍毛長を狩っていた場所まで戻ってきた。
「なかなかいいペースでいけてるな。この調子なら後5匹は確実にいけそうだ。つっても油断して負けてもつまらねぇしな。気合入れていこうぜ」
鎮馬の言葉と共に周囲を捜索する。
とはいってもそれほどの手間もかからすに槍毛長は見つかる。
どうもそれまでの虎隠良などとは違い、槍毛長は特定のポイントに出現するのが決まっていて、尚且つそこから余り動かないらしい。同時に倒した後に再出現するまでの時間も短めで、効率よくレベルをあげたいときには好都合だ。
倒してもその場を一度主人公が離れればすぐに出現するのだから。
見つければ合図し、先制攻撃をしてから倒す、ということの繰り返し。
やはり咲弥のことが気になって集中できないのか、時折オレがちょっとしたミスをする以外では特段問題なく狩りは進んでいった。
【一概に問題なし、とも言いづらいがの。そろそろ武器の替えどきではないか?】
エッセの指摘に乳切棒を見る。
敵の攻撃を何度も受けてきたせいでところどころ擦り切れている。いくら可能な限り衝撃を逃がしているとはいっても完全に0にすることは難しいのか徐々にダメージが溜まりつつあるらしい。
【攻撃を弾くときに折れるかも、と恐怖しておっては反応も鈍ろう。ゆえに武器に信用の置けぬままでは戦いに身が入るまい。それは仲間であっても同じことじゃ】
………。
確かにどうにかして戦いに集中しないとそのうち大怪我しそうだな。
「咲――――」
――――そう声をかけようとした瞬間だった。
どずぅぅんっ!!!
地を揺るがすような、とまではいかないが大きな衝撃と共に砂埃が巻き起こる。
見るとその衝撃の源は今戦っていた場所からすこし離れた、池へと続いていく石階段の手前。そこに舞い上がっている砂埃がゆっくりと収まる。
徐々にその中にいる人影が姿を露にしていく。
ぞわり…ッ。
鳥肌が立つ既視感。
突然手に負えないような相手、そう、羅腕童子に襲われたときと似た状況。
「………なんだぁ?」
身構えつつ鎮馬が眼をこらす。
浮かんできた正体は槍毛長。何度も戦っているのだから見間違うはずがない。
ただし、体格はふたまわり大きく、遥かにデカい槌を両手で持っていただけ。
「“無双の槍毛長”」
それを見た咲弥が呟く。
「……?」
「さっき話してた池の側にいる槍毛長……つまり槍毛長の中でも最強の奴だ。
元々槍毛長は使っていた槍が付喪神になった妖怪っつう話でな。使い手の技量によってその強さが変化するって聞いてる。つまり最も強い使い手の槍が最強の槍毛長になる…そこから誰が呼んだか“天下無双の使い手の槍が転じた槍毛長”、略して“無双の槍毛長”って呼び名がついてんのさ」
えぇと…つまりアレですか。
適正レベルが一番高い奴が突然やってきたと。
確か9だったか…。
まぁ一人だったらともかく全員ならレベル的にはやれそうかな。
「……ッ、マズいッ!」
何かを思い出したかのように鎮馬が叫んで槍毛長ボスに突進する。同じく咲弥も魔術を放つ準備に入っていく。
しかしそれよりも槍毛長ボスの行動のほうが一瞬早かった。
ィィィィン……ッ!!!
まるで金属が震えるような音があたりに響く。
がさ…がさッ…ッ。
同時に周囲の茂みからいくつも気配がこちらに近寄ってきた。
その全てが槍毛長。
信じがたいことに見える範囲で戦っていてもそれが余程近くでなければ襲ってこない槍毛長が、今の音ひとつで集結しつつあった。
「くそッ、間に合わなかったかッ!!」
これが“槍衾”と呼ばれる無双の槍毛長ことボスの特殊能力であることを知ったのは後のことだ。戦国時代、長槍を集めて密集し騎馬に対抗した戦法を由来としており、周囲の槍毛長を自らの臣下として召集するというもの。
通常ボスがいるはずの池の周辺にはあまり槍毛長がいない。この特殊能力の効果範囲内となればせいぜい1、2体くらいのもの。だから通常この特殊能力はそれほど脅威ではないはずだった。
だがどんな偶然の悪戯か、ボスが最も槍毛長が多い場所に現れてしまったことで事情が変わってしまった。単なる側近を1、2体だけ呼ぶだけの能力が、その数倍の数を呼び寄せることで脅威度を飛躍的にアップしてしまったのだ。
「“硬風!”」
どずっっ!!
ボスに向けて発した咲弥の一撃は現れた別の槍毛長にヒットした。
同時に鎮馬がタックルして吹っ飛ばす。さらに追撃しようとするもまた別の槍毛長が行く手を阻む。
出てきたのは合計5匹の槍毛長だった。
「……ちッ。さすがに間に合わなかった…ぜッ!!」
ボグッ!!
攻撃してきた槍毛長の腕を取ると立ったままそれをへし折ってから鎮馬は下がる。
立ち関節。出雲のノートにあったのを見たときはマジで出来るとは思ってなかったけども目の前で見せられるとは…。
「とっ!!」
咲弥に襲いかかろうとしてきた槍毛長の脚を棒で殴る。もんどり打って倒れる相手を踏みつけてさらに何回か思いっきり殴りつけてから、二人の元へ戻った。
オレ、鎮馬、咲弥の3人に対するはボスを含んで6匹の槍毛長。
突撃していった鎮馬が戻ってきたことで、互いにすこし距離を取って向かい合う。
「こりゃおいらも神官だなんだ言わずに本職の組み技士として頑張るぜ!…と言いたいところなんだが、組み技士は一体一にはいいんだが、多対一はあまり得意じゃねぇんだよなぁ」
確かにタックルいって相手を倒して関節を極めるというスタイルなら向いてないのは納得だ。一匹を倒すのに一々寝転んでいては隙が出来る。ショルダータックルや立ち関節などやりようはあるんだろうけど本領を発揮しにくいのは間違いない。
「つまり……とりあえずあの数減らすことから考えねぇと、だな」
「同感だね」
ダメージを受けている個体がいくつかいるとしても倍の相手は不味いだろう。ただでさえ強敵なボスと向き合っている間に援護されてはたまったものではない。
ただ今ここに集まっているボス以外については、さっきまで戦っていた相手と同じ強さだ。それに基づいて冷静に考え、
「とりあえず援護だけもらえれば3匹くらいは引きつけるよ。その間にボスと手負いのやつを鎮馬と咲弥の魔術で仕留める方向でどう?」
被弾覚悟、というか無傷を諦めれば3匹くらいなら引き受けられる、そう結論づけた。
引き受けられるというより正確には亀のように防御に徹していれば数分死なないんじゃないか、という話なんだけど。
「おま…ッ、それッ無茶過ぎんだろうが!」
おぉぅ!?
せっかく決意して気合入れたのに却下!?
「カーッ! いいね無茶! さっすが若いだけのこたぁある!
男なら無茶上等! わかってんじゃねぇかよ、充ぅ!!」
……と思ったら、なんか感激されてました。
「おし、んじゃ咲弥は“対抗する加護”で援護。充が突撃して敵をひきつけたらおいらが他の奴ぶっとばす感じでいくか。
もし使える状況ならどんどん“硬風”も頼むぜッ!」
頷く咲弥。
敵もこちらの決意が伝わったのかジリジリと間合いを探っている。
倍の敵に向かっていくなんて正気じゃない。
逃げられるものなら逃げたいが、こう見えても槍毛長は動きが速い。特にボスであれば尚更だろう。後ろから攻撃されるのは勘弁してほしい。
「…ッ!」
震えそうな弱音を噛み砕くように歯を食いしばり前に出る。
威嚇の意味も込め乳切棒を長く持つ。
同時に体を“対抗する加護”が包み保護してくれた。
さて、突撃してきたオレに反応するように2匹が前に出た。そのうち1匹はさっき鎮馬に腕の骨を折られた奴だ。チャンスとばかりに明らかに動きが鈍い手負いの槍毛長に一撃を叩き込む。
さらに一撃しようと棒を振るうと、
ドグッ!!
「……~~ッ」
うぐ、痛ぇッ!?
欲張り過ぎたのか、もう1匹の槍毛長が横合いから槌で打ってきた。肩口にヒットし腕が一瞬痺れるような感覚に襲われる。
なんとか堪えると無視してさっきと同じ槍毛長に一撃!
腕を折られてさらに渾身の一撃を二発くらったそいつはゆっくりと倒れていく。その有様を見たのかもう1匹がやってくる。
これで目標の3匹(まぁ1匹は倒してしまったが)引きつけることには成功。
あとは防御に徹するだけだ。
ぶぉんっ!!
ぶぉんっ! ぶぉんっ!!
目の前に2匹の攻撃をひたすら避けることに専念する。さすがに全部を避けるなんてことは出来ていないが、どうしても避けられない部分は棒で受ける。それでも無理なら二の腕などの比較的筋肉の多い部分で受けていく。
どっず!!
がっ…。
今のは受け損ねた…もし“対抗する加護”がなかったら悶絶してたかもしれない。
「どけぇぇぃっ!!」
声のする方を見ると、盛大に槍毛長が吹っ飛ばされていた。
ボスと2匹の槍毛長の攻撃を避けながら、その合間を縫ってショルダータックル。さすがにボスは攻撃を避けながらのタックルならかわせるが雑魚はそうもいかない。
全開のタックルを食らっては吹き飛ばされ、攻撃をすれば骨を折られる。すぐに1匹が倒れてしまった。この調子なら勝てそうだな。
ボグッ!!?
「……がっ!!?」
一瞬余所見をしていたら槍毛長の槌が頭を掠った。
その衝撃にクラっと意識が飛びそうになるがなんとか堪える。
いかんいかん、ただでさえ重荷なことやってるんだから目の前の敵に集中しないと。ここでオレがやられたら戦線が崩れる。
慌てて意識を目の前にだけ集中する。
鎮馬のほうはもう大丈夫そうだ。とりあえず周囲は気にしないで今は自分のやるべきことをやる、それが一番だろう。
「さぁ、来い!」
ィィィィン……ッ!!!
見えてきた勝利の光を、その音が絶望で塗りつぶした。
「………え?」
その音が何であるかは知っている。
だがそれを認めたくない気持ちが動きを止めていた。
がさり…。
先ほどと同じ草をかき分ける音。
ああ、そうだった……ここの槍毛長は再出現の時間が短いが、代わりに本来あまり移動しない槍毛長は再出現位置に主人公がいるうちは次の槍毛長が現れない。
だが今は倒れた瞬間、すでに再出現位置に居ないのだ。
先ほど出てきた5匹のうち倒された2匹の槍毛長が同じ方向から現れた。
そしてさらに別の槍毛長も3匹。
倒したのは2匹のはずなのに、なんで…ッ!?
【…考えられるのは最初の声につられた離れた場所の連中がようやく到着したという可能性じゃな】
言葉が出ない。
ボスを倒さない限り倒しても倒しても出てくる敵。
今の状況でもギリギリなのに、これは悪夢でしかない。
ぶぉんっ!!
そうこうしている間にも目の前の敵の攻撃は止まない。
こっちにゆっくり歩いてくる増援が合流する前になんとかしないと…ッ、
【充…ッ、これは本格的に逃げを考えたほうがいいかもしれぬぞ】
エッセの言葉にハッとして振り向く。
これ以上は本格的に危ないのだ。鎮馬なら避けて逃げるくらいは出来そうだし、後衛の咲弥だけでも逃がすべきだ。勿論オレだって逃げたいが、女の子を先に逃がすくらいの矜持はある。
「咲弥、逃げ―――」
言いかけて言葉は中断された。
別に槍毛長の攻撃で止められたわけじゃない。
単に―――
―――言葉を向けた相手がそこにいなかった、というだけ。
「…………え?」
思えばさっきから援護をもらった後の“硬風”がなかった。それも当然だろう。 すでに咲弥は逃げていたのだから。
がんっ!!
呆けていたオレの頭を目の前の槍毛長の槌が打つ。
本来ここにいないはずの無双の槍毛長。
そして本来するはずの援護をせずに逃亡。
それはつまり………
「――――罠?」
飛びそうになる意識の中、思わず呟いた。
昨日は風邪で寝込んでしまって投稿が出来ませんでした。
楽しみに待っていてくださった方申し訳ありません。
なんとか快復しましたので、また更新を続けていきます。
今後ともよろしくお願い致します。