41.問題の対抗戦
ゥゥゥ……。
駆動音が徐々に小さくなっていく。
電源が落ちたことを確認してから着とったヴァーチャル用のスーツをしまう。
勿論ちゃんとクリーニング済みや。匂いが篭っても困るさかいな。
時刻は6時くらい。
まぁ部活を終わる時間としたら別に早くも遅くもない。この前なんか排球部の練習が9時頃まで練習しとるんを見たし。体育会系は大変やな~。
さて、片付けも終わったし帰るとしよか。
「お先失礼しまーす」
残ってる先輩方に声をかけてからミッキーと一緒に教室を出る。
? なんやミッキーがソワソワしとるな。
「どないしたん?」
「いや、ちょっと…早く行こう」
まるで誰かに見つかりたくないように周囲をキョロキョロと見回しとる。
なんや挙動不審気味やなぁ……そもそもここの校舎は生徒会と部活にしか使っとらへんのに、何を警戒しとるんやろか。
階段を降りていくと、見知った顔と出くわす。
「トピーやん。元気?」
「それなりにな。丁度よかった。お前に用事があったんだ」
「そうなんや。帰りながら聞いても構へん?」
「問題ない。丁度こっちもあがったところだ」
手に持っている学生鞄を見せるようにして佐々木俊彦ことトピーが合流する。
一緒におるミッキーに気がつくと、
「充も一緒だったか。あれから調子はどうだい?」
「おかげ様で。教えてもらった技のほうは、まだまだ未熟もいいとこですけどね」
「最初はそんなものさ」
むむ。
なんや知らないとこで親交を温めあっとった形跡が!
そのまま部活棟の玄関を出て正門を抜ける。
どうも話を聞いてみたら、二人とも朝のランニングのコースが偶然一緒の河川敷やったとかで、ミッキーは簡単なボクシングの初歩を教えてもろたらしい。
なんや、青春しとるなぁ。
勘頼りの俺と違て、トピーは理詰めのタイプやから物を教えるんは上手そうや。
「俺の知らんとこでそない面白そうなことが……ズルいやないかッ!」
「いや、そんなキレ方されても、どうしろと!?」
「教えたといっても、ジャブとストレートの初歩だけだぞ?」
「そんな言うんだったら、ジョーも参加したらどうかな? 朝走るのって意外と気持ちいいし」
「朝は眠いからパスやな」
「……うわ、そのドヤ顔ちょう殴りてぇ」
はっはっは。
俺を本気で殴ろう思たらトピー並のパンチが必要になるで?
とりあえず、前に感じた違和感の理由をなんとなく理解した。イジメかカツアゲか知らんけど、半月くらい前から自分で体鍛えて頑張っとるっちゅう感じか。トピーに習てるんやったら急な上達もわからんでもないし。
「で、話ってなんやの?」
「ジョーは俺がボクシング部に入っているのは知っているんだったな」
「勿論や。あ、おっちゃん。俺はカスタード1尾で」
ちなみに現在帰り道にある屋台で鯛焼きを絶賛買い食い中である。
そして鯛焼きの餡抜き注文とかレベル高すぎるやろ、トピー。それただの焼いた小麦粉水やん!? そして普通の注文~的な感じで応じるとか、屋台のおっちゃんも只者やないな!?
ミッキーの鯛焼きは普通に餡子のやつである。
あー、なんか普通過ぎて癒されるわぁ~。
「実はその部活のほうで少々問題があってな。手助けしてもらいたい」
「部外者の俺に? もうすぐ対抗戦の時期やのになんか余程の問題でも起こしたんかいな」
「問題なのはその対抗戦だ」
飛鳥市では通常のインターハイ等とは別にボクシングの大会がある。市内の高校だけで行うので本来は市大会と呼ぶべきなんやろけども、ここ3年の参加者ではうちの学校含めて2校のみ。
うちの飛鳥市立第二高等学校と飛鳥市立第一高等学校。
この2つの学校が位置的に市内の東西に分かれているため、最近大会のことを、東西対抗戦、簡略して対抗戦、なんて呼んだりしとる。
参加校の減少については色々理由がある。
最近はボクシング部が廃部してもうたり、学校自体が合併統合されてしもたり、まぁ後は7月末に高校総体があって調整が大変とか。
ちなみにトピーは3月末に行われた選抜大会で、バンタム級(52~56kgまで)個人で全国優勝しとる。まぁこいつのレバーブローのエグさは喰らってみんとわからんからな。あの角度で入ったら余程根性ないと倒れるで。
「実は今年の対抗戦が参加できなそうだ」
「?」
「大会そのものは行われるんだが…ひとり故障があった」
「ありゃー、何やったん?」
「バッグを叩いているときに手首をやってしまってな。大事には至らなかったんだが、夏の高校総体に備えて無理をせず休養することになった」
「そりゃ不幸中の幸いやな」
もふ、と鯛焼きに齧りつく。
カスタードの甘さとほかほかな鯛焼きの食感が実に美味い。
「で、頼みごとってもしかして」
「ああ。代わりに出てくれないか?」
…とりあえず餡子抜きの鯛焼きを食べてる途中って結構シュールやな。
中スカスカやし。
「それ、アリなんか? ほら、俺ってオンラインゲーム部やし」
「あー、うちの学校は部活の掛け持ちOKだったはずだよ」
おのれ、ミッキー!
余計なことを!
「こんなことを頼むのは筋違いなのはわかるんだが……今回の対抗戦はすこし特殊でな。
実は負けたほうが次回の高校総体に出られないかもしれん」
「はぁぁ!?」
おぃ、なんやその条件。
高校総体いうたら運動部やっとる高校生にとって晴れの舞台やろ。
なんでその前の市大会で参加の可否が決まるねん。
「春先にうちの連中と、第一高校ボクシング部の連中が街でいざこざを起こしたんだ。
喧嘩両成敗、ということでその場での咎めはなかったんだが……元々の理由がどっちの部が強いかというくだらないことだったせいもあり、学校や団体側から不問にする条件として市大会で白黒決着をつけるよう言われている。
勝てばよし、負けても試合内容によっては問題ないのだが、不甲斐ない負けや棄権などでは高校総体参加が不可能になる可能性がある。
本来なら両校とも出場停止になるところだから、こういう条件になるように骨を折ってくれた生徒会には感謝の言葉もないがな」
ほほぅ。
まぁ血気盛んな男たちにはわかりやすい決着ではあるな。
そういう決着の場を予定しとったら、途中でまた喧嘩とかはせんやろうし。
「で、棄権せんで済む様に空いたところに俺を入れたい、と」
「その通りだ」
これには市大会独特のシステムがある。
通常高校総体などの大会の学校対抗ではトーナメント制の個人競技を行い、その勝敗により勝ち点をつけて(例えば1勝につき勝ち点が1。それ以外にもし個人で優勝した場合5点、準優勝なら3点、3位1点といったプラスの勝ち点を加えて合計点を出す)優勝校を決めたりする。
これに対して去年から、市大会においては完全な学校対抗となっている。
参加校が2校だけのため、同じトーナメントで勝ち点方式にすると早々に同じ学校の生徒が潰しあったりするため、思い切って代表者5人を出して勝ち星の大きいほうを勝ちとするようになっとるんや。
参加者が一人おらん、っちゅうことは相手にタダで黒星をくれてやるんと同じや。
「俺に頼らんでも代わりに出る奴、部員におるやろ」
「生憎2年と3年で丁度5人。もし出すとすれば必然的に1年になるんだが…全員高校からボクシングを始める奴らでな。正直試合に出すにはまだ早い」
あー、そりゃマズいな。
ボクシングはヘッドギアあるいうても殴りあう競技や。
防御の基本も知らん素人ではボコボコにされた結果、大きな怪我につながるかもしれん。
「おまけに向こうのうち3人は春の選抜で各階級表彰台にあがった面子だ。うち1人は優勝だな。彼は階級が近い俺が抑えるとしても、残りの2人は持っていかれる可能性が高い」
つまり怪我して休みな奴ともう1人分の勝ち星がないとマズいわけやな。
確かにそういうことやったら俺に声をかけてきたのもわかるか。
お互い闘り合うて実力は判っとるし。
正直ボクシングルールでもそのへんの普通な奴やったら、なんとか出来る自信もある。
あるけども……。
「うーん、なんやヘッドギアつけて殴りあうのは性にあわんしなァ」
視界が遮られ呼吸もしづらく、さらにグローブまでつけて闘うボクシングは正直喧嘩とは別物だ。
トピークラスのボクサーが喧嘩をやっても強いように、俺がボクシングやってもそこそこ強いんはわかっとるけども、それとやりたいかというのは話が別や。
まぁ他にできる奴おらんかったら、俺がやるしかしゃあないか。
友人やし。
「他に適役がおったらええんやけども…」
そう言って視線を向けた先ではミッキーが鯛焼きの尻尾を食べ終わるところだった。
ふと思いつく。
おぉ、その手があった。
ナイスアイディア!
「それやったらミッキーに頼んだらええやん」
「んぐっ!!?」
突然の会話のフリに、驚いたのかミッキーが鯛焼きを喉に詰まらせた。
胸をどんどん、と叩きながらなんとか嚥下する。
「なんでそこでオレの話になるんだよ!?」
「いや、ほら。今から1年を仕上げるよりはミッキーのがええやろと思て。思ったより運動神経もええし、何より最近のミッキーはガッツがあるやろ。格闘技に一番必要な肚の据え方しとるから、ここで1年に無理させて高校総体前に何か起こすより安心やん?」
「いやいやいや、その1年生って高校からボクシング始めてるんだろ!? オレより絶対そっちのがいいに決まってるじゃん!?」
「ふむ……その発想はなかったな」
「ああ!? こっちはなんか真剣に考えはじめたぁっ!?」
トピーがまじまじとミッキーを見た。
「さっき簡単にボクシング教えた言うとったやろ? トピーの眼から見てミッキーってどうよ?」
「確かに覚えは早かったな…。それに前にアドバイスしてから毎朝決まった時間に走っているようだから、コツコツと努力を積み上げることが出来るのも確かそうだ」
「せやろ?」
「いやいやいや、俊彦先輩もノらないでくださいよ! そもそも大会まであと一ヶ月でどうしろっていうんですか!」
「はっはっは、ミッキーには強い味方があるやんか」
「……?」
びし!と擬音がしそうなくらい力を込めて指を指す。
「ミッキーはオンラインゲーム部! そう、練習時間がなんと5倍になるというチート仕様!! このアドバンテージはデカいで!」
そういうたら、なんかどっかの漫画で時間の流れが違うとかそういう部屋あったな。
「……ジョー」
「なんや?」
「あの世界でいくら練習しても、現実世界に完全に反映されるわけじゃないだろ…?」
「…………おぉ」
確かに中で腕立て伏せをやったからといって、現実に戻ったら筋肉痛になっとるとかそういうことはあらへんし、あったらゲームとしてどうかと思うわな。
「まぁ冗談はおいといて」
「冗談かよッ!? よし、今からあの店に戻ってアツアツの餡子を調達して顔に投げてやるから、ちょっと待ってろよ、ジョー!」
「待て! アレはシャレにならんから本気で待てッ!?」
後ろにダッシュしそうになるミッキーの襟首を掴んで止める。
冗談なのはわかっとるが、本気でやられたら怖いわぁ。
「ふむ……充、頼めないだろうか?」
真顔でトピーがミッキーを見据えた。
「ジョーの言う通り関係のない相手に頼むのが筋違いなのは百も承知だ。
だが今回の試合、先輩方の最後の高校総体がかかっている。なんとか頼めないだろうか。勿論試合を組む相手も考慮するし、無茶なことはしない。出来ることは何でもする」
「……………」
そうそう。
ミッキーに本当に物事頼もうと思たら、下手な小細工するよりも真正面からお願いするんが一番やろ。
案の定、ミッキーは真っ直ぐな願いにたじろいどる。
「い、いきなり言われても……」
「……すまない。確かにいきなりこんな話をされても判断できないか」
ボクシングのボの字も知らんわけやから、この反応も当然いうたら当然。
「それやったら、とりあえず一週間待ってやったら」
「わかった」
トピーはそこでひとまず話を切った。残念そうではあるが無理強いして断られるのを考えたらまだマシだと判断したのだろう。
その判断は正しい。
ミッキーは最後の最後、根っこのところでは本当に困ってる友人をそのままにでけへん。せやから一週間くらい待っても助けるいう結論になるはずや。
無理に押し通して頷かせるより、自分で決めたと思たほうが練習にも身が入るやろしな。
「ま、そういうワケや。結論は一週間待ってくれるさかい、なんとかトピー助けたってぇな」
「…………うぅーん」
はてさて、俺の考えが間違っとるか。
それとも正しいのんか。
結果は一週間後をお楽しみに~、いうやつやな。
意外なお誘いに戸惑う充。
はてさて一体どうするのか。
次回からまた充視点に戻ります。
ご意見ご感想などお待ちしております。




