40.念入りな盗賊ズ
ずぞんっ!!
最後の山猫を斬り捨てる。
斬るも斬ったり、12匹。
普段は単独行動が多い山猫が倒しても倒してもすぐに出でくるちゅうのは、完全に予想外の事態や。勿論フィールドにおける魔物のポップや徘徊コースは運次第なところもあるから、あってもおかしくはないんやけども。
「こないにリンクしまくったんは初めてやなぁ…、ミッキーって不幸の星の下に生まれてへんか?」
「………うぐっ!?」
冗談めかして、その運の悪さを言うたら、普段心当たりでもあったんやろか。ミッキーはグサっときた感じで落ち込んでしもた。
「とりあえず次のんが来ぃひんうちに戦利品回収しとこや」
「あいよ」
山猫の戦利品は山猫の爪と呼ばれる素材や。名前がまんまやさかい面白みはないけども、そこそこの値段で売れるさかい、ミッキーにはええタイミングやったな。
「しかし最初からこんな有様じゃ、ラオグラなんとかに無事着けるのかどうか不安になってくるよ…」
「ラオグラフィア、な。まぁ普通はこんなんありえへんし、たまたまやろ。たまたま」
再び街道を進んでいく。
街道いうても現代の舗装された道とは比べ物にならん、ただ踏み固めただけの簡素なシロモノ。ゲームの中やから長時間歩いてもええけど、リアルやったらしっかりした靴履いてへんかったら足を痛めてしまいそうやな。
「なぁ、ミッキー。山猫と会ったん初めてやったよな?」
「? そうだけど?」
「そやろ? その割には2匹目くらいから攻撃結構ひきつけて見切ってなかった?」
「あー…まぁゲームの魔物って行動がある程度決まってるし、読みやすくない?」
ミッキーは事も無げに言った。
確かに初期の魔物はルーチンで動いている部分が多い。だから行動を見切れば避けやすいのはわかるんやけど、それとギリギリで避けれるかどうかは話が別や。
ギリギリで避けたほうが反撃しやすいのは間違いないし体力も使わへん。ただそれは動きのパターンとは別に、動き回る自分と相手の相対距離の中で攻撃の射程を正確に把握せなあかん。
飛びかかってきおる相手がどれくらいの距離縮めるんかを踏み込みで測る、とかそない別の技術を持った上で、さらに恐怖を殺して攻撃スレスレまで近づく胆力が必要となる。
ミッキーのはスレスレで、というほど完璧に見切っとるわけやないけど、なんとか形になりそうなくらいしっかり回避しとる。
肚を据えてない男にはでけへん芸当や。
うーん、半月くらいでえらいイメージ変わったなぁ。どない鍛えたらあない精神的に違てくるんか興味あるなぁ。
「ミッキーがこないゲーム上手なるやなんて…なんか男子三日坊主とか言うのはホンマやってんな」
「ポクポクポク…チーン!……って、ンなわけあるかっ!? それ、男子三日会わざれば刮目して見よ、だからな!? 三日坊主だったらダメなほういっちゃってるからねっ!?」
「おぉぅ!? わかったから剣で頭剃ろうとするんはやめぃ!?」
「ふっふっふ…そんなに坊主が好きなら坊主になってみればいいじゃないかと…」
「なんでそうなるんやッ!?」
いつも通りアホな会話をしつつ進んでいく。
1時間ほど歩くと、道で倒れている男がおる。格好は商人風で、肩から提げるタイプの鞄を持っとる。遠目には目立った外傷はないみたいやけどピクリとも動かない。
おぉ、もしかしてこれはアレやな?
内心のワクワクを隠しつつ進んでいくと、ミッキーも男に気づいたらしい。
「誰か倒れてるぞ!」
ミッキーが慌てて近づいていく。
とりあえず遅れへんようにすこし後ろをついていこか。
倒れている人まで後2メートル、といったところで、
ざざっ!!!
突然両脇の茂みから男が1人ずつ飛び出してきおった。
粗末な服装とバンダナ、そして短剣を手にしている無精髭の男たち。
「おまえら、荷物全部置いてきな。
それともここで倒れてる男みたいに、抵抗して次の餌になってみたいか?」
そう、こいつらは盗賊なんや。
倒れている男を餌に、男たち2人が待ち伏せをする。これがプロトス村からラオグラフィアへの道中、初めて通るときにだけ起きる盗賊イベント“念入りな盗賊ズ”。
「へっへっへ。身包み置いていけば、命だけは助けてやるぜぇ?」
げっへっへ、と笑う男。
何度聞いてもベタベタな笑いやなぁ。
ちなみに男は嘘は言うてない。降伏したら所持金とアイテムを全部取り上げられた上で奴隷として売られるっちゅう、なかなかでけへん体験をすることになるだけや。
ただ剣闘士になってみたりとか一部の特殊な経験はこの奴隷ルートしかでけへんことも最近わかってきとってな。わざわざここで奴隷ルートを選択する連中もおる。
が、ここで退いたら男が廃る。
「盗賊に下げる頭はない!」
「おぉー…ミッキーがかっこええ~」
ミッキーが剣を抜いたのを見て、俺と同じ考えなんを確信する。
戦闘開始や!
向こうも2人、こっちも2人やから必然的に1対1の状態に。
正直俺とは装備も違うしレベルも違う。
今はミッキーとPT組んどるから盗賊と戦えとるけども、本来は俺くらいになったらわざわざ戦うような相手ちゃう。
あないな短剣、ただでさえリーチが短いっちゅうのに何の考えもなしに、普通の剣持っとる俺に突っ込んでくるとかアホかいな。
する…っ…どしゅっ!!
突っ込んできた盗賊を一刀で切り捨てる。
動きも別に速ないからリーチ差がそのまま結果になる。はやい話が向こうの短剣がこっちに届く前に切りつけるだけで終了、や。
どさ…ッ。
そのまま突進してきた勢いをそのままに、男が前のめりに倒れた。
まぁ現実でホンマに人斬ったら、嫌悪感とか色々あるんやろうけどもゲームの中やからそのへんは感じないですんどる。多分過度な感情に繋がる部分は若干補正されとるんやろうけど。
「さて…ミッキーはどないなっとるかなー?」
見ると、盗賊の攻撃を必死に避けていた。
いや、ちょっと誤解を招く表現やな。
盗賊の攻撃を、間合いを見切るのに必死になりながら、避けとった、いうんが正確なとこや。
安全にいくだけやったら多分俺みたいに相手の攻撃が届く前に攻撃してまうんが一番。勿論俺とはレベルも装備も違うから仕留めるのに一撃やのうて、三か四撃くらいは必要になるやろけど。
ミッキーはそれを選ばへんかった。
やろうとしとることはわからんでもない。
攻撃を見切るいう“経験”を積もうとしてるんやろなぁ。
ここで出てくる盗賊みたいな弱い相手に安全に勝つことに意味はあらへん。ましてこのイベント盗賊は不意打ちなんが脅威なんであって、強さそのものは小赤鬼の酋長より若干弱い程度でしかないんやから。
それやったら、と割り切って見切りの練習をしとるんや。
無論この盗賊の、ではのうて、初対面の相手に対して見切る、ということに対して。小さな挙動のひとつひとつに注意を巡らせて洞察の眼を張り巡らせる、そういう行動の練習や。
それは一般にP S、と呼ばれとる。
システム上デフォルト設定されているキャラクターのスキルに対して、プレイヤーそのものの技量で可能となるシステムとは別の種類のスキルのことを指す。
例えば格闘ゲームで、それぞれキャラクターが持っている技があったとして、Aという技を出した直後のコンマ何秒のタイミングでBを出すと無敵状態になりながら2つの技繋げられるとする。
この場合のキャラクターのスキルはAやBという技そのもの。
そしてコンマ何秒のタイミングを確実に出せる、これがプレイヤースキルというわけや。
このゲームにおいても、P Sは確かにレベルが上がって戦闘でできる選択肢が増えてきた頃には必要となってくる。
せやからミッキーがP Sを磨くことそのものは変なことやない。
「…ゆうても、こないレベルが低い頃からやることちゃうやろ」
感心半分、苦笑半分。
まぁ、P Sとか多分本人はそないなことわかっとらんのやろけども。
そうこうしているうちにミッキーは盗賊を倒しおった。
「大丈夫ですか?」
ミッキーが倒れている男に駆け寄る。
勿論俺も近くまで寄っていく。
男はまだ息があるらしく絶え絶えになりながら、抱き上げようとしているミッキーに手を伸ばそうとする。
―――こっそり、白刃の煌く手を。
これが“念入りな盗賊ズ”のイベントのクライマックス。
勘のええプレイヤーやったらあっさりバレるかもしれへんけど、実はこの行商人風の男が盗賊の親玉。
戦闘能力は他の盗賊と同じやけども探知技能だけ高く、遠くから来る新米の冒険者を補足し罠を張るのがやり口や。
知り合いの高レベルプレイヤーに検証してもらった結果―――まぁ部長なんやけどな。あの人レベルが100で現状の上限までいっとるし―――この盗賊の探知技能はおよそ20。こいつらが準備する前に発見するには隠蔽技能が20は必要、つまり20レベル以上でなければあかん。
プロトス村から初めてラオグラフィアに行く低レベルのキャラでは、どう足掻いても見つけられへんちゅう仕様なんやな。
さて、肝心のミッキーやけど、まるで予想しとらんかったような感じで、盗賊が握ったまま袖に隠した短剣を取り出そうとしとるのにまったく気づいとらへん。傍から見たらわかるけど、近くで抱き起こそうとしてる人間には死角になる位置やし。
なんだかんだ言うてもお人好しやからなぁ~。
こうなる思て近くで待機しとったわけやし、ギリギリで助けたるか。
全部事前に助けたら、それはそれでゲームが面白ないしな。
「……ッ!?」
ひゅんっ!
なんや!?
ミッキーが突然右に体を傾けた。
それによって盗賊が突こうとした短剣が空を切る。
直前まで全然気づいてへん風やったのに、見えてへん角度から来た短剣をあっさりとかわした。
「……ッ!?」
驚いているのは俺だけやなかった。
避けられた肝心要の盗賊が目を丸くしとる。
が、ここでゲームセット。
最後の奇襲が失敗した盗賊に打開策があるはずもなく、あっさりとミッキーに切り伏せられた。
「……あぁぁぁ…まさかここで不意打ちとは…」
無事に戦闘が終わったが、ミッキーはなんか苦悩しとる。
「まぁまぁ。油断したらあかん、て勉強になったんやしええやんか。
最終的にはそれもちゃんと避けとるわけやし」
「そりゃそうなんだけどさ…」
「ちなみにこれが最初の街道イベント“念入りな盗賊ズ”なんや」
「念入りすぎるわッ!?」
大丈夫や、ミッキー。
結構みんな同じこと思てるさかい。
「その念入りさをまともな職業に就く方向に向ければいいのに…」
「ゲームなんやし、ツッコんだら負けやで」
「………うぅ、反論できない!」
「まぁ盗賊倒したんやし、結果オーライで。あと、最後の奴が持ってたやつ持ってくのを忘れんときや」
倒れていた盗賊が持っていた鞄。
実はこれが今まで盗賊が仕留めた犠牲者の持ち物だったりする。
「勝手に持っていっていいのか? 盗品だろ?」
「ここに置いといてもどうにもならんやろ。気になるんやったら衛視にでも渡したらええだけやし」
「それもそうだ」
鞄を回収するミッキーにふとさっきの疑問を投げかける。
「それにしてもよく避けたなぁ。途中まで全然気づいてた素振り見せへんかったのに。もしかして、実はミッキー演技派なんか?」
「いや、演技じゃなくて実際わかってなくてさ、エッセが声かけてくれなかったら今頃……ごほんげふん!!? な、なんか悪い予感がしたんだよ! うん!」
「………???」
ミッキーが不自然に慌てとるなぁ。
「さ、さぁ! ラオグラフィアにゴーゴー!」
「いや、なんか話逸らそうとしとらへんか…?」
「そ、そ、そんなことないぜ!」
「ほれほれ、おにーさん怒らへんからホントのこと言うてみ~? ホンマに怒らへんから、な? な?」
「予想外にしつこいッ!?」
空は快晴。
街道の周りは緑が綺麗で絶景。
こないなとこを友人と二人で馬鹿話しながら歩きはじめる。
いやぁ、贅沢やなぁ。
ん? まぁ足元に盗賊の死体が転がってるのは見ないことにしとったらええねん。
ほら、空見とき、空。
「怖いんは最初だけ、最初だけやから。ほら、決意してみたら後は怖なかったりするんやで?」
「なんか話の方向ズレてないか!?」
結局、ラオグラフィアに到着後、ログアウトするまでアホな会話を楽しんだ。
あ~~、今日も楽しかったわ!
本日もおつきあい頂きありがとうございました。
もうちょっとだけジョー視点が続きます。
ご意見ご感想などお待ちしております。




