38.10級の覚悟
金曜日、つまり週末の放課後。
土日の時間が長く取れる日は狩りにいく予定になっているため、他に何かをしようと思えば基本的に放課後、ということになる。
学校が終わるなり、オレは急いでとある場所へと向かった。
その目的地とは斡旋所、である。
前回は時間がなかったこともあり、登録と多少の買い物(ちなみにDVDは出雲に破壊されてしまった。いい値段したのに惜しいことになってしまった…)をしたのみだった。
その際にもらった説明書やら手引きの冊子を見ていたのだが、その内容も含めちょっと事情があって色々と確認しにきたというわけ。
二階ロビーにやってくると、前よりも時間が早いせいかそこには10人前後の主人公たちがいた。うち6人はタッチパネルで依頼のチェック、1人は換金所のほうで持ってきた何かを査定中、残り3人が掲示板で賞金首を捜しているようだった。
生憎小心者のオレには主人公の強さを測るような手段はないので、全員オレよりも強く見える。もっともオレもこっそり持参した隠の衣を着ているので、あちらからもステータスは見れないようになっているはずなんだが。
依頼用のタッチパネルが空くのをロビーのソファに腰掛けて待つ。
説明書を読む限り、依頼を受けるにあたっていくつかの決まりがある。
まず最初にレベル制限。
依頼によって最低レベルが決まっているものがある。討伐などの戦闘系の依頼が特にその傾向が強いらしいが、つまるところその敵と戦った場合まるで勝ち目がないような奴は受けてはいけません、という意味だ。
次にランク制限。
依頼は成功すると評価ポイントが増え、失敗すると評価ポイントが下がる。これを基準に各主人公にはランクがつけられている。ランクは1級から10級、数のすくないほうが上になる。
スタート時は10級なので、今のオレは10級になっている。
一定の評価ポイントに達するとランク試験を受ける権利がもらえ、試験に受かると上のランクにアップする。逆に評価ポイントが一定を下回るとランクダウンしてしまう、という仕組みだ。
ランク試験自体も評価ポイントがもらえるので、ランクを上げて1度失敗したらすぐにダウンということはないようだが。
このランクによって受ける依頼も制限がある。例えば8級の人は10級の仕事を請けることが出来るが、7級の仕事を請けることができない。
……級とか、小学校のときに通ってた習字のとき以来使ってないなぁ。
ちょっと懐かしい。
あまり依頼を受けていなくてもレベルが高ければランク指定のない討伐系依頼は受けれるし、レベル自体が低くても依頼の遂行能力が高ければランクの高い依頼も受けられる。
ただ高ランクになるとレベル制限もついてくるのが多くなってくるから、どちらかしか受けれないというのは苦労しそうではある。
依頼を受ける一般的な条件はこの2つ。
では依頼を受けるとどんないいことがあるのか。
まず当たり前だが報酬がもらえる。例えば素材収集依頼で黒の風切り羽を10必要だとしたら、普通にそれを店に売った合計金額よりも高い額の報酬がもらえる。オレのようにとりあえず戦闘回数を重ねて急いでレベルを上げよう、と考えている人間にとっては手持ちの素材を効率よく換金できたりもするのだから、これは大きなメリットだ。
次に先ほどの評価ポイント。
そもそもこれを上げないとランクの縛りで受けられる依頼も増えない。また斡旋所の情報屋をはじめとする特定施設もランクによって対応が違ったりするらしいので、そのための評価ポイントは重要だ。
そして貢献ポイント。
基本的な上がり方としては評価ポイントと同じだが、緊急依頼の達成や大規模イベント参加、ボス掃討、素材の自主的な納品など通常の依頼外における斡旋所への貢献でも加算される。つまるところ、評価ポイントが個人の依頼遂行能力を表すとすれば、この貢献ポイントは名声を示すとでもいえばいいのか。
貢献ポイントが高いと、特定個人宛の依頼が来たり、人脈を紹介してくれたりと斡旋所から色々と優遇してもらえる。また順位に最も影響を及ぼすのがこの貢献でもある。
出雲がレベルの割りに高い序列なのは大規模イベントの戦果によって、この貢献ポイントが高かったせいだろう。
さて、ここでオレの話に戻ろう。
今の目標はなんだろうか?
そう、重要NPCになることである。
エッセによれば重要NPCとは『世界にとって替えの効かないNPC』である。何かの分野で国を代表する人物だったり、世界を変えるようなことをする予定の人間だったり、あとは国家元首や歴史上の偉人クラスのことだ。
将来そうなるであろうNPCは生まれたときから重要NPCのレッテルを貼られる。
さて、ではその重要NPCに影響を及ぼす相手はどうなのだろうか?
例えば伴侶がいたとして、その相手が悪意で殺されれば復讐を決意するかもしれない。例えば親がいて尊敬できる職業についていれば同じ職業を目指すかもしれない。
世界に欠かすことの出来ない相手を変質させてしまうほどの影響力がある人間、それはつまるところ結果として世界を変質させてしまう人物と言えはすまいか。
ぶっちゃけて言えば、その相手も実は重要NPCとして判断されているのではないか。そういった仮定にぶちあたったのだ。
【考えを重ねてその仮定にぶち当たったのは、わらわであっておぬしではないがな】
………コホン。
何が言いたいか、といえば簡単だ。
重要NPCに多大な影響を及ぼせるようになれば、重要NPCになれるんじゃないか。
勿論、基本スタンスとしてはなんでもいいから自ら有名になる=重要NPCになる、という正攻法でやっていこうと思っているけども、すでに重要NPC、それもめっちゃ高名になっている相手と知り合って関係を作るほうが楽かもしれない。
そのためにそういった人間と出会う機会をゲットできるよう、人脈が必要になる。
そろそろ勘のいい人はわかったかな?
人脈を紹介してもらうために、貢献ポイントが必要なのだ!
その貢献ポイント獲得のために、依頼を探しにきているオレです、なむ。
「っと、やっと空いたな」
タッチパネルの端末が空いた。
こっそり近寄って操作をしてみる。
検索対象としてはレベルは4で受けられて、尚且つランクが10級のもの。
……数すくなそうだなぁ。
すぐに検索の結果は出た。
検索結果は5件。
おぉ、意外とあるじゃん。
ひとつひとつ見ていく。
『雑草刈り』
推奨技能:特になし
期限:3日
報酬(P):30
評価・貢献ポイント:2
指定された場所の雑草を刈って下さい。
『飲食店の手伝い』
推奨技能:特になし
期限:1ヶ月
報酬(P):1日毎に20
評価・貢献ポイント:10
備考:女性限定
11時から3時間のランチタイムを手伝って下さるウェイトレスさん募集中です。期間は6月2日から1ヶ月、週4日以上出勤できる人、お待ちしております。
とりあえず……ホント、普通のバイトみたいなのが出てきたな。
雑草刈りは出来なくはないから保留、と。
飲食店の手伝いも面白そうだけども…あ、これ女性限定じゃん。
無理だわ。次いこう、次。
『迷子の猫探し』
推奨技能:捜索、探知系
期限:10日
報酬(P):150
評価・貢献ポイント:10
飼い主からの情報を元に迷子になった猫の行方を捜して下さい。
すげぇ、こんなのまであるのか。
ただ探索とか全然出来ないし、闇雲に町歩いても見つかるわけなさそうだしなぁ。
残念だけど諦めよう。
『蜘蛛火の討伐』
推奨技能:戦闘系
期限:1ヶ月
報酬(P):200
評価・貢献ポイント:20
蜘蛛火を10体討伐して下さい。その証拠として蜘蛛の糸を5束提出願います。
『至高の茶釜を!』
推奨技能:戦闘系
期限:11日
報酬(P):900
評価・貢献ポイント:50
依頼主は特殊な茶釜を作る素材として、禅釜尚の落とす茶釜の欠片を必要としています。茶釜の欠片を10個確保してお持ち下さい。
可能なのはこのへんか…。
蜘蛛火のほうは強さ的に問題ない。まぁ蜘蛛の糸のドロップ率考えたら、5束確保するのに運が悪いと10体どころじゃ効かない可能性もあるけども。
禅釜尚の方は強さ的にギリギリだけど、報酬とポイントが美味い。普通に欠片を10個売っても600にしかならないわけだし。11日あれば明日明後日の土日だけじゃなく、翌週も期限内だから時間的には十分かな。
【あの伊達副生徒会長とやらががいつ動くかを考えれば、1日でも早く1レベルでも多く鍛えておく必要があるじゃろう。ゆえに戦闘や討伐系を受けるのは良い選択じゃな】
だねぇ。
ひとまず禅釜尚のほうを受けることにして、登録番号を入れる。するとレシートみたいな紙が出てきたので、それを手にとって依頼カウンターへ。
「すみませーん。依頼受けたいんですが」
「はい、ありがとうございます。『至高の茶釜を!』、でお間違いないですね?
こちらは期限起算が明日から11日となります。6月4日の午後9時までにこちらの依頼カウンターまで目的の品をお持ち下さい」
……おぉ、やべぇ。
そういや6月は試験があったわ。
なんとか試験休みまでに依頼を完了したいもんだ。
「あ、ちょっと質問いいですか?」
「どうぞ」
「依頼なんですけど、複数を同時に受けることは可能ですか?」
「少々お待ち下さい」
カタカタとパソコン端末をいじって受付のおねーさんは何かを検索している。
「三木さんはランクが10級でしたね。申し訳ありませんが10級の方の依頼につきましては複数を同時に受諾することは出来ません」
「あー、そうですか」
まぁ正直そうじゃないかなとちょっと思った。
なにせ10級はまったく依頼をやったことないオレでもなれちゃうランクだ。依頼者から斡旋された依頼をいくつも同時に高い失敗のリスクには晒せない。
蜘蛛火の依頼も結構美味しそうなんだけども……仕方ない。
「同時に受ける依頼ですが、どのような依頼をご検討されましたか?」
「? えぇと、確か蜘蛛火を10匹仕留める、というやつでした」
「討伐系の依頼ですね。証明が蜘蛛の糸になっておりますので、もし今お受けになった依頼を報告した後、お手元に蜘蛛の糸があり、まだ依頼を誰も受けていない状態であればその場で受けて頂いて、即座に提出頂ければ完遂になりますよ」
お~、それはちょっと嬉しいかも。
「……依頼、残ってますかね?」
「確約はできませんが、そちらの依頼の依頼主様は定期的に蜘蛛火討伐を出されております。何か理由があってのことかと思いますので、依頼が一度無くなっても、また受ける機会はあるかと」
なるほど。
つまりもし依頼が無くなっていても、蜘蛛の糸をとっておけば、そのうちまた依頼が出た際に受けてしまえば損はしないわけだ。
「では以上で依頼受諾処理は完了致しました。ご武運を」
無事に依頼を受け、受付のおねーさんに見送られながらカウンターを後にした。
せっかくなので最後に掲示板でも見ていくか。
賞金首や個体名のある特殊な魔物。
おそらく今は倒せないだろうけど、どんなものがいるのか見るだけ見ても損はしないだろう。
そう思いつつエレベーター横に向かって歩いていく。
掲示板にはいくつもの情報が載っていた。
簡単な写真や名称、賞金、証明部位などの情報。
おー、すげー、強そうー、と興味本位でいくつも見ていく。
そしてある情報を見て固まる。
……ごくり。
思わず唾を飲み込んだ。
全身が総毛立つ。
―――羅腕童子
出雲から聞かされていたその名を見つけたから。
情報を読んでいく。
どうやら討伐に失敗した後、行方をくらましたらしい。
一般には出現しない特殊条件で発生する個体のため、賞金首となっている。狩場の一般的な魔物と違い街中で遭遇する危険性有り、とある。
「……………」
今、出雲は綾のほうに付きっ切りだ。
もしこいつと遭遇したら……。
たかだか4レベルのオレがどうなるかなど火を見るより明らかだ。
あの鬼の動きを思い出す。
湧き上がるのは恐怖だけ。
一瞬、自分が死んでしまったかのような心細さを感じる。
もうどうにもならない。
どうしようもない。
思い出した死の感触が、その絶望をさらに後押しする。
だが、
【臆するでない。今度会ったときには、おぬしが借りを返す。ただそれだけのことじゃろう】
そう。
今のオレはあのときと同じじゃない。
大事な仲間がいる。
オレの命が今あるのは、あの出会いがあればこそ。
命があるのだから、まだ出来ることがある。
そう思えばさっきまでの絶望は薄くなっていく。
オレがあの鬼のせいで殺された?
生憎エッセのおかげで死なずにすんだ。
結果から見れば鬼はオレを殺せなかったんだ。
あのときすら殺されなかったのだから、次だって乗り切れる。
暴論だと自覚しながらも覚悟は決まった。
「……仇が1人でも2人でも変わらないしな。次は目にモノ見せてやる」
さぁ最後の最後まで足掻き抜こう。
諦めるのは死んでからでも遅くない。
オレは明日の狩りの準備をするべく斡旋所を後にした。
次回、新章突入予定です。
ご意見、ご感想お待ちしております。
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