3.部活というもの
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小さな頃に漠然と信じていた平穏で変わることのない毎日。
さすがに高校生にもなってみると、何の根拠もなくそれを信じるのは難しかった。
いつまでも同じもの、なんて存在しない。
良きにせよ悪しきにせよ、多かれ少なかれ、変わっていく。
そのことに気づかされたのは何が理由だったか。
初恋を自覚したときだったろうか。
同じ相手のことをあいつも好きだと知ったときだろうか。
親友として、そんな彼の相談にのったときだろうか。
無事に二人が彼氏彼女になったときだろうか。
それとも……。
どれも変化を自覚した原因のようにも思えるし、どれもあまり関係がないようにも思える。
思い出す度に傷は疼く。
理由なんてない。
でも、そんな思い出すら時間が癒してくれるのか、もう傷口にはカサブタくらいは出来ているんだろう。
ほんのすこしの甘酸っぱさに顔をしかめるだけで、振り返ることが出来ているのだから。
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「あー、ごめん。そういえば他の部活の勧誘も受けてたんだった」
無事に授業が終わり、放課後に集まった綾と出雲に告げたのはそんな一言だった。
残念そうにする綾には申し訳ないが、こっちにも事情がある。
「綾には茶道部に誘ってもらってありがたかったけど、さすがに勧誘されて保留したままなのは悪いからさ、今日はそっち真剣に検討しにいってくる」
「剣道部終わった後でよかったら、一緒に帰れるんじゃないか?」
「待たせるほどの用事でもないしさ。というか、茶道部だって終わる時間同じくらいなんだし、たまには二人でデートくらいしてくりゃいいじゃんか」
意地悪く笑ってそう返すと、二人揃って視線を逸らすあたり息があってるなぁと思う。
「…充も結構最近言うようになったな」
「へ! 今に見てろよ。オレだって、すげぇ美人の彼女作って見せつけてやるからな」
出雲の脇を軽く肘で小突いてからカバンを手にする。
そのまま、教室を出て部活へと急ぐ生徒たちで賑わう廊下を歩きだした。
正直なところ、勧誘されてる部活なんてものはない。
大嘘もいいところである。
確かに入学式から二週間弱の期間はどこの部活もひっきりなしに通りすがりの新入生を勧誘していたため、例に漏れずオレも声をかけられていたが、そこまで真剣に勧誘されていたりはしない。
が、正直茶道部に入る、というのは真剣に考えれば有り得ない選択。
何が哀しくて今は親友の彼女になっている初恋の相手と同じ部活に入らねばならないのか!? どんな生殺しプレイのはじまりですか!? と世界の中心で哀を叫んでしまうくらいの。
かといってバカ正直にそれを言って、これまで培ってきた友情に変化が生じても困る。結論として根性なしのオレは適当な口実を作るハメに陥ったのだった。
そのまま第一校舎を出る。
入口の上に掲げられている隼とランタナの花をあしらった紋は、ここ「飛鳥市立第二高等学校」のシンボル、つまるところの校章であり学生服のバッジにも採用されている。
その花言葉からか、校風として「協力」とか「計画性」が重視されており、その一貫として生徒の部活動への全員参加などが決められている。委員会やら部活以外に参加しているものがある、などの特段の事情のない限り基本的には強制という面倒なもの。おかげで市内では文武両道をモットーにした部活が盛んな校風、という認識が一般的だ。
さて、とりあえず口実を作って一人になってみると問題がひとつある。
ああいう言い方をしてしまった以上、明日までにどこかの部活に入って口裏を合わせておいてもらわないといけないということだ。
とはいうものの、実はこの学校、結構なマンモス校であり、それゆえ部活の数もハンパなく多い。だから探せば割と楽で簡単でノンビリ出来て面倒くさくなく手っ取り早い部活があるに違いない!
そんな希望的観測を抱きつつ、オレは旧校舎へと急ぐ。
やってきた旧校舎は昨年直したばかりの建物で、正直生徒が授業を受けている校舎と比べても遜色のない新しさだった。
確か担任によると、一昨年、編成の都合で飛鳥市立第三高等学校と合併することとなりこれまで使っていた旧校舎から、新設された大きな新校舎へ学び舎を移した。その後、旧校舎は取り壊される予定だったものの、直せば使えるのではないか、という方向へ計画が変わり、内外装の遣り替え、構造の補強などを経て今では部室棟として使われているんだそうな。
茶道部の茶室やら、剣道部などの武道系道場などはこことは別なので見るのも気楽だ。
かなり徹底して手を入れたので当時、心無い人は市長と出入り業者の癒着とかあるんじゃないかとか言ってたけど、いち高校生としてはわかりませんので、あしからず。
とにもかくにも、どんな部活があるのか調べなければ話は進まない。
そう意気込んで校舎内へと足を進める。
廊下の左右の壁にずら、っと扉があり小さな表札のようなものが掛けられている。いくつか空部屋もあるようだが、時折(おそらく運動部かな?)校庭へ向かうために集団が出てきて廊下を走っていったり、部室の中から騒ぐ声がかすかに聞こえていたりと、とにかく活気に溢れていた。
もっとアウェーな感じになるのかと思いきや、廊下を歩いてみると意外とのんびり見て回れそうな雰囲気なのは助かった。
多分これだけの人数だから、顔見知りでない者が校舎に出入りしても余り気にならないせいなんだろうな。そんな思いで各部の名前を目で追っていく。
陸上部、サッカー部、野球部、ラグビー部…。
このへんちょっと汗臭い気がするのは気のせいではないような…。
真面目に考えてもこのへんは体力的にキツすぎるねぇ。
うん、却下。
手芸部、美術部、吹奏楽部、合唱部…。
センスが要求されそうなこのへんも敷居結構高い…うーん。
どっかに帰宅部ってないかな。
書道部、詩道部、考古学同好会、歴史同好会、動物研究会…。
いや、同好会も入ってることにも吃驚したが、そもそも詩に道があったのにさらに吃驚である。おそるべし、ポエマー。
「しっかし、こうして見ると大概のもんがあるなぁ…」
見れば見るほど決めかねてしまうのが、優柔不断の高校生クォリティである。
半ば途方に暮れつつ歩いているとふとゲーム部の文字が目に入った。
「確か、朝話題に出てたところだ、ここ」
ちょっと気になったので扉を開けようとしてみると、中から声が聞こえてくる。
「よし! イケメンサッカー選手の職についたぞーッ」
「うわ~、先こされた~」
「ふ、幼馴染と結婚済みのボクに隙はなかった!」
「次オレオレ! さぁいよいよ年金生活だ! ドローッ!」
ど、どういうゲームなんだ…?
思わずその場で固まる。
「ぐはー!? ここで子供に反抗期かー!」
「しかも子供は体格が良かったはずだな! 不良になったら実力ポイントがないと押さえ込めず父の威厳が急転直下になる!」
「もしや、あれは必殺コンボ“中二の夜”!!?」
「は、謀ったなッ!?」
弾む悲喜こもごもの会話とカードを捲る音。
そう、人生カードゲームとやらに興じているに違いない。
………なんか色々と心が折れそうなので、扉を開けようとした手をそっと戻したオレに、
「あれ? ミッキーやんか。何してんねん、ここで」
タイミングよく背後から声をかけた人物がいた。