37.上位者
今回はちょっと字数多めですが、おつきあい下さい。
よっしゃー!
もうすこしで放課後だぁ!
昼休みに突入した高校生の気分はこんなものである。
昼食を摂るべく教室を出ていく生徒たちを見送る。
いつもであれば同じように放課後に向けてワクワクしていただろうが、別の目論見があるオレは自分で言うのもなんだが、いたってクール。
ゆっくりと席を立つ。
そのまま友人の席へと向かった。
「よ、ジョー。例のブツはどうだ?」
「いややなぁ、ミッキー。そないに焦らんでもちゃんと用意しとるわ」
ふふふ、首尾は上々。
ジョーが差し出した露出の多いグラビア雑誌を受け取る。
すぱーん!
そしてそのままそれで頭をはたいた。
「ぎゃふん」
「したり顔で何渡そうとしてんだよ!? 違ぇよ!? 頼んだのコレ違うからな!?」
いや、興味がないわけじゃないけども!
むしろ普通の思春期の男の子としては反応しそうになっちゃうけども!
「うーん、おかしい…ミッキーはむっつりスケベっぽいからイケると思ったんやけど」
なぜバレてるし。
【……たわけが】
こころなしかエッセの声も冷たい気がする。
綺麗に叩いたせいか周囲の目が痛い。
だがジョーとオレのじゃれあいはいつものことだと認識されているのか、すぐに収まる。こっそり見ると綾と出雲には気づかれていないようだ。
助かった…。
「軽い冗談やんか。ほら、ちゃんと持ってきとるて」
「まったく……ん、確かに。サンキュな」
中身を確認して礼を言う。
渡された包みの中に入っているのはポータブルDVDプレーヤーだった。
「ふっふっふっふ…」
「……?」
ジョーが不敵な笑みを浮かべている。
嫌な予感をさせつつも聞かずにはいられない。
「…何だ?」
「俺とミッキーの仲やないか。隠さんでもええて、わかっとるて」
ぽんぽん、と肩を叩かれた。
「ミッキーも男の子やもんなぁ。ちなみにどないなんが好みなんや? なんやったら俺の秘蔵のDVDコレクションの中からミッキーの趣味にあうやつを2,3貸したっても……」
「……………」
一瞬ツッコもうとして雑誌を振りかざすが、
「……機会があれば、よろしくお願い致します」
欲望に負けました、なむ。
【…………】
ああー、その無言が痛いッ!
いいじゃないか! そういうのに興味のある年頃なんだよッ!?
……うん、反論すればするほど泥沼にハマっていくな。
さて、じゃあ移動しますか。
こそこそと教室を後にする。
そのまま校庭の隅にある用具入れのほうへ。
主に年に二度の奉仕活動などのときに使う、鎌など道具が入っているプレハブの小さな建物。普段使う清掃用具は別の場所にあるため、滅多に使われることがない。
その裏手に回る。
色々と校内の死角を検証した結果、ここが一番人目につかないのだ。何せ教職員に見つかると洩れなく没収の憂き目にあってしまうからね。DVDプレーヤーの弁償も痛いけど、DVDが人目につくのはもっと困る。
【それなら帰宅してから見ればいいではないか】
いつ伊達副生徒会長が仕掛けてくるかわからないから。家でもじっくり見るけど一度ひと通り目を通しておきたい。
……まぁ見たいのに自分の部屋にプレーヤーがなくて我慢してた分、早く見たいってのも否定しないんだけども。さすがにリビングでおおっぴらに見るわけにもいかんし。
電源をオンに。
ポケットからイヤホンとDVDを取り出して、プレイヤーにセット。
勿論入れたのは斡旋所で手に入れた上位者の特集DVD。
「お、始まった始まった」
最初に斡旋所を運営している会社のロゴが出てきたりと結構本格的なつくりだ。
BGMと共に始まるオープニングは斡旋所で活動する主人公たちの活動の一コマ、と題されたスナップショット。
いやぁ、ワクワクするなぁ。
次は順位の基本的な情報が流れる。
基本的な戦闘能力、地形など各種戦闘要素におかえる汎用性、これまで参加したイベント数とそれぞれにおける戦果、こなした依頼の質と量による斡旋所への貢献度、などが考慮されて反映されるらしい。
評価の見直しは原則不定期。
大きなイベントや上位主人公に何かあった場合など順位付けに変動がありそうなときに行われる。
過去の例を見てみると大体短くて3か月、長くても半年に1回は更新されているようだけど。
で、更新される際に上位者には事前通知がされる。
基本的に公表されるのは二つ名のみで、それ以上については主人公がどこまで公開してもいいと言うかによる。周りにあまりバレたくない人は名前どころか姿すら公表しないこともあるし、逆に名を挙げたいという野望のある奴はレベルはおろか戦闘スタイルまで堂々と全部公開していたりする。
そのまま見ていると、ようやく特集がはじまった。
『上位者の強さの秘密に迫る! 現代日本における上位10位までの上位者に独占インタビュー!』
ででーん、と音が出てきそうな解説と共に、まず第10位から始まる。よくあるランキングもののように下から発表するらしい。
まぁ下とはいっても今のオレからしたら雲の上の相手なわけですが。
『序列第10位 “武僧の威” 』
まず最初に出てきたのはお坊さんでした。
40近いおっさんだが、オレが見た中で一番ゴツい鎮馬すら上回る体格。
2メートルを超えている身長に高密度の筋肉。袈裟を着ているにも関わらずそれがよくわかる。むしろ袈裟着てなかったら坊さんというよりも、プロレスラーにしか見えん。
話し始めると性格も鎮馬とよく似て豪快であるのがよくわかる。マッチョな人は豪快な性格なテンプレでもあるんだろうか、主人公たちって。
ちなみに好物は般若湯だ、と自らの頭をぺしっと叩きながら笑って言っていた。
うーん、冗談なのか、本気なのか判断つかねぇ…。
『序列第9位 “刃姫” クズノハ 』
お、この人は名前一部分だけ公開してるのか。
長刀を持ったちょっと赤毛っぽい女性が出てきた。持ってる長刀と比較してみると結構身長高いな、180センチくらいあるんじゃないだろうか。スレンダー系美人ではあるもののちょっと性格がキツそうな感じだ。
スタッフに無茶ぶりされるてもイヤな顔をせず、長刀の型を見せてくれた。さっきはキツそう、と思ったけど意外といい人なのかも。
で、型はえらい勢いで風が切れていく。
ただの型の斬撃。
にも関わらず素人目にすら動きの緩急に込められた鋭さがわかる。しかもまだ動きには余裕が見てとれた。
オレなんか手加減されてても、あっという間にコマ切れだわ…。
『序列第8位 “境界渡し” レベル80台 』
次はちょっとヒョロっこい男性が出てきた。
身長は170センチまん中くらいでオレよりも高いが、いかんせん全体的にガリガリの痩せ体型のため、実際よりも細長く見える。
見たところ20代後半だろうか。
おそらく彼の意向なのだろう。逆光になるように撮影されていて顔はよくわからない。
彼の最も得意な技能は召喚をはじめとした異界のものを使役する術らしい。
基本よほど興味が沸かないと動かないので参加イベント数が低く力量の割に序列が低い上位者だ、とは解説者の談。
というか、出雲が5位だって言ってたのに、この人のほうが倍以上レベル高い理由はそのへんかな? さっき聞いた通り、一概に序列イコール強さではないんだなぁ。
『序列第7位 “隠身” 』
160センチそこそこの小柄。
それしかわからない人影が現れた。
纏っているのは隠の衣だろうか。その衣についているフードを被った上で口元は布をで隠している。顔はおろか男女さえも不明。
インタビューもロクに応えてくれていないため声もよくわからない。
ただ撮影が終わると、忽然と居なくなった。
………映像から一瞬で消えるとか、凄すぎるわ。
『序列第6位 “慈なる巫” レベル50台 』
巫女さんだ!
正月の神社以外で初めて見たわ~。
黒髪を耳のすこし下くらいで切り揃えたちょっとコケティッシュな女の子。童顔なのかもしれないけど、まだ少女といったほうがいいくらいの年なんじゃないか?
基本的にPTを組まずに活動しているため、後衛職メインでありながら回避系技能もそれなりに高いようだ。
毎回大規模戦闘のあるイベントに現れては傷を負った味方に区別なく癒しをかけていくその姿から、ファンも多いらしい。最近はファンが勝手に結成した親衛隊もあるとかなんとか。
とりあえずインタビュアーは、もうちょっと話題を考えたほうがいいのでは。
それについてどう思うか?って、聞かれて相手困ってるじゃねぇか。
『序列第5位 “刀閃卿” 』
その解説と同時にどこかで見た顔が出てくる。
おぉ、コートと面頬で隠してるけどこれは間違いなく出雲だ!
思わずにやにやしながら続きを見てしまう。
出雲は新進気鋭の上位者で、昨年の大規模イベントで一気に序列を4つ挙げた期待の若手らしい。レベルは他の上位者と比較すると高いものではないが、そのレベル差のある相手に対して突破口を切り開く力が段違いに高い、とインタビュアーはベタ褒めである。
そしてインタビュアー(実は女性)、どうして頬染めてんの!?
おや? インタビュアーがなんか必死に頼んでる。
出雲えらい困ってるな…あ、押し切られた。
…………わぉ。
【バラを銜えさせられてるように見えるの。おまけにその上で刀構えてポーズまで取らされておる】
ぷっ、く、くくっくっく……ッ
こりゃ確かに見られたくないわ。
「なんという黒歴史……く、くっくく…」
結局出雲はその写真撮られてから、むっちゃ落ち込んでました。
『序列第4位 “千殺弓” 伊達 政次 レベル40台 』
きたー!
説明不要! 我らが伊達副生徒会長だ!
……いや、ゴメン。冗談だってば。
この人、本名もレベルもしっかりバラしちゃってるのか。
きっと自己顕示欲強いタイプなんだろうなぁ…。
レベルは40台とあるが、出雲の話からするときっと40前半なんだろう。じゃないと30から40で勝ち目が見えてくる、っていうのが怪しくなるし。
映像中のデモンストレーションではインタビュアーが同時に投げた数個の石を空中にあるうちに連続で射抜く、とかやっていた。いくら結構上に投げて滞空時間あったからって、和弓の連射速度じゃないよ、これ。
他にも戦闘スタイルなども答えてたけども、徹頭徹尾相手から離れて戦うタイプのようだ。ただ余裕たっぷりな話しぶりからすると、これ、接近戦の切り札とかもひとつくらい隠してそうだなぁ…。
ちなみに今回も女性インタビュアーは頬を染めてました。
くそぅ、イケメンなんて嫌いだぁ!
特集はさらにすすむ。
ここからいよいよトップ3だ。解説者がさらにヒートアップしていく。
……ちょっと落ち着けってば。
『序列第3位 “童子突き” 』
モヒカンっぽくすこし中央部の髪だけが長いウルフヘアをした、槍使いの男性。
鬼属の魔物を優先して倒していくことからこの二つ名がついたらしい。過去の大規模戦闘イベントでも鬼属がボスの際は必ず参加し、9割方彼が仕留めている。
見せてくれたのは突きと払いのコンビネーションを絶妙に混ぜた攻撃。
ゆっくりやってくれたので、杖術をやってるオレとしてはとても参考になった。
どうして鬼を倒すのが好きなのでしょう、とインタビュアーが聞くとどうも幼い頃読んだ桃太郎のインパクトが強すぎたらしい。そこから様々な各地の鬼退治の伝承や物語を集めるうちに、自分も鬼退治の英雄になってみたくなったとかなんとか。
凄い理由だ。
もし幼いときに読んだのが泣いた赤鬼とかだったら、どうなってたんだろ。
『序列第2位 “万化装匠” 』
出てきたのは壮年の男性。
解説によると生産職唯一の上位者。確かに見るからに頑固一徹そうな職人さんの顔をしてる。うまく言えないけど顔に生き様が出ているとでもいうのか、イケメンってわけじゃないけど深みがある。年を取ったらこんなおっさんになりたいなぁ、とちょっと思った。
武具の製作系をメインとした職人さんとのことで、全体的にはそこまでマッチョじゃないんだけど腕回りだけえらく太い。日がな一日ハンマーとか振るってればおかしくないか。
通常、生産職は大規模戦闘系が多いイベントに参加することがなく、その関係で順位に入るのが難しい。主に彼らが活躍するのは、あくまで強敵と戦った後に素材が手に入った主人公たちが頼ってくるときだからだ。
代わりに生産職専門の順位があるらしいけども。
そんな中、彼の作った武具がその見事な出来で、イベントのボスを悉く葬って来たらしい。勿論腕のいい主人公が持ってこそなんだろうけども、彼が表舞台に出てきてから過去28戦あった大規模戦闘イベントのボス戦のうち、実に19戦において彼の武具によってトドメをさされている。
それだけ目覚ましい戦果をあげたことにより満場一致でランクイン。
ただ当人は別に喜んでもいないらしいが。
今や彼に自分の武具を作ってもらうことは、上位者になることと並んで主人公たちの夢らしい。
『序列第1位 “蛮壊” 轟 豪巌 レベル100台 』
序列1位。
つまり国内最高主人公。
言葉で言うのは簡単。
だがそれぞれが英雄候補にある主人公のうち、上位者はすでに英雄になりつつある者たち。
その頂きだ。
映像を見つつ緊張する。
出てきたのは無精ひげを生やした50歳前後くらいの男性。
180を超える身長と立派な体格ではあるが、純粋な体格だけで見れば10位のお坊さんのほうがデカい。にも関わらず、理解してしまった。
―――この男のデカさを。
密度が違うとでもいうのか。
一挙手一投足の度に感じるエネルギーが違う。
弓が上手いとか、斬撃が鋭いとか、動きが早いとか、そういった単純なものとまるで違う。勿論それはそれで凄いことなんだけれど、この男は言うなれば強さの結晶そのもの。
蛇に睨まれた、どころではない。
どちらかといえば迫ってくる車を見る蛙に近い。
デカいのはわかるが、そのデカさの全貌はわからない。
力の接近している上位者クラスになれば、差がわかるのかもしれない。だが少なくとも今のオレには無理だ。
そもそもレベルが100台って時点で差云々いうのもおこがましい。オレと二桁も違うのだから文字通り次元の違う存在だ。
目を離せないオレに、その男が最後にこう言って映像は終わった。
―――誰でもいい。倒しに来い。
挑戦的な言い方ではない。
短くもただ事実を告げるように。
―――頂きってやつに挑む権利、くれてやる。
凄味のする笑みと共に特集は終わった。
無言でDVDを取り出して電源を切る。
「………ぷはぁ~」
緊張のあまり止めていた息を吐き出す。
心臓が高鳴っている。それが映像の内容のせいか、それとも最後緊張のあまり呼吸を止めていたせいかはわからない。多分両方なんだろう。
「伊達副生徒会長が4位だっていうから、その凄さにドキドキしてたけども……実際はさらに上には上がいたなぁ……」
【そうじゃな。ただ知っているのと、理解しているのは違う。そういう意味では今回このDVDを見た価値はあったのではないかの】
うん、確かに価値はあった。
当面の敵の情報も知れたし、自分の立ち位置を知ることもできた。
上には上がいる。
その事実があるとわかっていればこそ、毎日地道に努力しようという気になれる。少なくともオレが選んだ今の道の先が、そこまでは続いていることが確定しているのだから。
先のわからない獣道と、先人が歩き均した道の上。
どちらのほうが駆け抜けやすいかなど一目瞭然。
さて、じゃあそろそろ昼休みが終わるから戻らないと。
【まぁ序列1位に挑む前に、5位をなんとかするのが道理じゃな】
「へ?」
立ちあがろうとしたオレに投げかけられたエッセの言葉。
嫌な予感がして後ろを振り向くと―――
―――奴がいた。
珍しく怒気をはらんだ序列5位の主人公が。
「……充、こんなところで何をしているのかな?」
「い、いやいや、な、なにもしてないよ!?」
「………ほぅ?」
……怖ぇ。
雰囲気は怒ってるのに淡々と話すところが特に。
「い、いつからそこに、い、いらっしゃりました?」
「“なんという黒歴史”からだ」
すでに時すでに遅し。
「何を怯えているんだ? 何をしていたか聞いているだけじゃないか?」
じりじりと近寄ってくる。
マズい。
「なに、後遺症が残るような怪我はしない。ちょっと極めるだけだ。軽いお仕置きだな」
「………ッ」
エッセ! 助けて!
そんなオレの悲痛な叫びに彼女は一言、
【残念なことに、いつの時代も貴重な情報は対価が要るものじゃ】
昼休みの残り時間、オレの悲鳴が校庭の片隅に木霊した。
ギ、ギブ……ッ。
そんなわけで出雲君の黒歴史の回でした。