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VS.主人公!(旧)  作者: 阿漣
Ver.1.03 進む道の先
38/252

36.朝のひととき

 不倶戴天の相手が動き出す。

 かつてはまともに戦うことすら出来なかった天敵。

 手も足も出なかったのは確かな事実。


 だが今のオレは最早以前のオレではない。


 敵が一呼吸する間に仕留め切る―――


 ジリ…ッ、バンッ。


 鳴る時計のアラーム。しかし鳴ることができたのは一瞬だけ。

 即座に目を覚ましたオレによって止められてしまった。


 ふ、最早目覚ましは敵ではないんだ…。


 ……まぁアホなことを考えてる暇があったら、さっさと準備するか、うん。


 二度寝の誘惑に抗いつつ体を寝台から起こす。

 時計に表示されている時刻は5時30分。

 かつては7時に目覚ましをかけても起きれなかったことを考えれば、我ながらホント変われば変わるものだなぁと思う。

 寝巻きを脱いで準備してあったジャージを着る。

 鏡で身なりを簡単に確認した後そのまま外へ。


 朝の心地よい日差しを浴びつつ、快晴の空を見上げる。

 今日もロードワーク日和だ。

 屈伸などをして念入りに体を解す。

 柔軟を簡単に済ましてからゆっくりと走り出す。

 最初は感触を確かめるように遅く、徐々にスピードを上げていく。

 弾む息、高まる鼓動、滴る汗。

 疲労はすこしずつ溜まっていくものの、それ以上に爽快感が高まっていく。

 朝の走りこみを始めた当初は息も絶え絶えで余裕がなかったが、一週間もすると体も慣れたのか耐えられるくらいの苦しさになった。

 こうして朝走って熱を一度体に入れた状態と、そうでない状態では一日のコンディションが違う。体温が1度くらい違うんじゃないかというくらいに。


 いつも通りのコースをいつもよりすこし早めの速度で走っていく。

 昨日より今日、今日より明日。

 毎日タイムを更新するつもりでその日その日を全力で。

 3キロほども走っただろうか。

 ペースを守りつつ、いくつか信号と大通りを越えると目的地へとやってきた。


 そこには音無川の河川敷が広がっていた。

 ここの上流に別の狩場があるんだよなぁ、と思うとすこし感慨深い。

 いつかそこにも行くことになるんだろうが、今はまだ先の話と割り切る。


 河川の堤防上に作られた道を流れに沿うように走り続ける。途中、同じように朝のジョギングをする人や犬の散歩をする人たちとすれ違っていく。


「ちわ」

「お疲れ」


 白いジャージのランナーとすれ違い様挨拶をする。フードをしているので顔はわからないが、そんな知らない人とでも気軽に挨拶できるくらいには慣れている。


 タッタッタッタッ…。


 鼓動と自分の足音、そして頬を切る風の感触。

 ペースを保って走るが、厳密に保っていつかと言われると実は適当だ。

 携帯用音楽プレイヤーとか、時間と距離を測ってくれる時計とか色々なギアを持ってるランナーもいるらしいが、貧乏学生にそんな余裕もないわけで。

 もっぱら一秒に何歩出す、くらいの感じでしか把握できていない。


 2本目の橋の下で折り返す。

 これで河川敷を走り出したスタート地点くらいまでいけば丁度5キロ。

 その後は河川敷でダッシュしたり、後ろ走りしたり、置いてある鉄棒で懸垂などの補強運動をやって終了、というのがいつもの日課だ。

 一番キツい最後の500メートルに突入。

 ラスト50メートルは全力疾走。


「はぁ…ッ、はぁ…ッ、はぁ…ッ」


 何事も無くランニングを終えると息を整えながら歩く。

 なんか急に止まるとよくないらしい。なんでかは知らないけど。


 シュッ!! シュシュッ!!


 鋭い息にそちらを見ると、近くの橋の下でさっきすれ違った白いジャージの人が動いていた。

 避けたりステップを刻んだりパンチを撃ったり。

 俗にいうシャドーボクシングというやつだ。

 おそらくボクシングやってるんだろう。

 あの人は毎朝こうしてここでシャドーをやって、最後坂道登り下りのダッシュを20本ほど行って帰っていく。オレがランニングのあとにダッシュを入れるようになったのは、あの人の真似だ。

 体力を回復させつつ、その様子を観察する。


 足腰が重要だ、とは聞いていた。


 いざ戦ってみると正にその通りだった。

 攻撃を避けるにも、攻撃を繰り出すにも、攻撃を放った後の体を支えるのにも、全てにおいて足腰の力を使う。単純な脚力だけじゃなく、持久力、バランス、全て含めてこの上なく重要だった。

 その実感がなければ、多分こんなに朝のランニングは続いていなかっただろう。


 ……しかし、あの人、ハンパなくパンチ早ぇわ。


 シャドーをしている人のパンチを見ながら舌を巻く。

 さすがに残像が出来る、とか見えない、とかいうほどではないが、パンチを撃つ間の繋ぎ目が流れるようで次から次へと打ち込まれていく。

 ただ一発一発放っているのではなく、常に次の攻撃に有効な足取りを求め体ごと動かしながら打っている。攻撃をしたらどうしたって体勢が崩れるものだが、その途中に余力を持たしながら敵の攻撃が避けれるよう心がけているのがわかった。


 ふーむ、オレも武器が無くなったときに備えてすこしくらいは素手も鍛えるかねぇ。


 なんとなく見よう見まねでパンチを撃ってみたり。

 すると、向こうでシャドーしていた白ジャージの人がこっちに向かってくる。


 おぉ!? しまった! 見てたのがバレて気を悪くしたか……?


 ドキドキしつつ待つオレに声をかけてきた。


「三木君、だったか。ボクシングに興味があるのかい?」


 あれ、いつもすれ違うときは短い挨拶だけだったんで気づかなかったけど、この声は……?


「さ、佐々木先輩…?」

「ああ、そうか。これじゃわからないか」


 そういってジャージのフードを取ったのは、以前ジョーと一緒の折にすこし話したことのある佐々木先輩だった。


「毎日頑張ってるじゃないか。

 ジョーから、三木君は元帰宅部であまり運動は好きじゃないと聞いていたんだが」

「いやぁ、実際これまではその通りでしたよ。ただまぁ最近は色々と思うところがありまして。前に佐々木先輩からも勧められたりもしてましたし、頑張ってみようかなと」

「いい心がけだ。それと前にも言ったが俊彦でいい」

「それでしたらオレのほうも充って呼び捨てで」


 うーん、世間は狭いなぁ。


「それで、さっきの質問なんだが。充はボクシングに興味あるのかい?

 よくシャドーしてたのを見てた様だし、ね」

「あー、すみません。盗み見するつもりはなかったんですが…」

「いやいや。別に怒ってるわけじゃない。せっかくだからちょっとやってみないか?」

「え?」


 意外な申し出に固まる。


「体を動かすのならボクシングはいいぞ。別に試合に出るとかしなくても、有酸素運動の要素もあるし引き締まった体を作ることもできる」

「へー」

「ま、物は試しだな。まず肩幅に脚を開いて、利き腕と逆の脚を半歩前に出すんだ」


 そのまま俊彦先輩に言われるがままに構えを取らされる。

 右利きなので、肩幅に開いた脚のうち左足を前に出す。


「そう。それでいい。次は手だ。脇を締めて拳を前に持ってくる。高さとしては右手は目の高さよりすこし低いくらいの位置でいい。左手をすこしだけ前にして目の高さ近辺に」


 手を挙げて構える。


「腹に力を入れて、拳は軽く握るくらい。中にピンポン玉を握ってるくらいのイメージにするといい。もうすこし肘を下に、そう。あとは踵をすこし浮かせて…」


 その構えの変なところを直してもらいつつ、ようやくボクシングの構えを取ることができた。


「それが基本の構え、オンガードポジションだ。重心は6対4くらいで前足にかける。大丈夫かな? ふむ、大丈夫そうだ。次は基本のキ、つまりジャブからいこう」


 俊彦先輩がオレのすこし前で同じように構えを取ってくれる。ゆっくりと左足を半歩前に踏み出し、同時に真っ直ぐ左手を伸ばす。そしてそのまま左足と左手を戻していく。

 ゆっくりではあるが澱みのない滑らかな動き。


「手は軽く緩めて、突き出したインパクトの瞬間握りこむ」


 もう一度同じ動きを握りこみがわかるように、さらにゆっくりと行ってくれた。

 やってみるように促されてオレもジャブを打ってみる。

 うーん。

 踏み出しの足と手がちょっとズレてるな。

 おまけにジャブを戻すときに足が上手く戻せん。


「大丈夫。最初は皆そんなものさ。ただ肘を外に出すとモーションが大きすぎるからもっと真っ直ぐ打ち出すイメージでやるといい。

 そもそもボクシングのパンチの動きはあまり日常生活ではやらない。子供の喧嘩でもストレートパンチじゃなくて振り上げたり振り回したりするからね。本能的に違和感のある動きだ。

 だから練習を重ねて慣れるしかない」


 ビュッ!!


 俊彦先輩のジャブが空を切る。

 鍛えるとこれくらいになるのかぁ…同じ人間とは思えない。

 そのまま3分ほどジャブを撃ち続け、俊彦先輩に修整してもらいつつ練習していく。

 うあ、段々肩が上がらなくなってきた……。


「強くうちたい、というのは誰でも思うが、ジャブは強さよりもスピードやテンポ、リズムを重視する。一発一発を打ち切ると次の動きまで時間がかかるから、緩急をつける必要がある。

 相手との距離を測ったり、攻撃リズムを作って出入りのコンビネーションに使ったりする技だから、まず可能な限り素早く、モーションなしで撃てるように鏡の前で練習するといい」


 さらに3分。

 左腕が熱くなってきた。


「そろそろ時間もなくなってきたし、最後に右ストレートだ。体重を左足にしっかりと乗せて右の拳を撃ち出す。ゆっくりやるよ?」


 右足の爪先から力を込めて左足に重心を移動、右拳は真っ直ぐ相手まで軌道を描きつつ腰が廻る。


「威力の要は十分な踏み込みから、そのまま勢いを殺さずスムーズに体重移動をさせること。後ろに重心が残ったままだと手打ちになってしまうから素手の喧嘩では使えるが威力は減衰する。

 また前に突っ込みすぎても体勢が崩れるので、前の足でしっかりと踏ん張って腰を廻す溜めを作ること。あとは撃つ時に、こう逆の手を下げないように」


 懇切丁寧に教わりつつ右のストレートも練習する。

 最初は踏み込みが難しく前傾してしまったり、腰の回転が上手くパンチに伝わらなかったりもしていたが、ゆっくりやっていくと段々違和感は無くなってきた。


「よし、初日はそんなものだろう。

 時間があるときに今のジャブとストレートをやってみるといい。急ぎたくなる気持ちはわかるが、鋳型に嵌めるようにじっくりゆっくりとやって体に動きを覚えこませるんだ。

 急いで変な癖を身につけると大変だからな」

「は、はい」


 左だけではなく右の肩も上がらなくなってきた頃、ようやく俊彦先輩の講義は終了した。


「ありがとうございました」

「いや、ボクシングに興味を持ってくれる人が増えてくれればボクサーとしてもありがたいしね。興味があったらボクシング部のほうにも顔を出してみるといい。今年は部員もすくないし空いているときならサンドバッグくらいは叩かせてあげるよ」


 おー、サンドバッグかぁ。

 どんな感触なんだろうねぇ。

 

「そういえば俊彦先輩。興味本位なんですが…先輩ってプロボクサーなんですか?」

「……いや、違うけども?」

「す、すみません。あんまりパンチが速いんでついプロなのかと」

「ははは。高校の部活動はアマチュアじゃないと出来ないし、プロは年齢制限もあるからね。そう言ってもらえるのは光栄だけど、プロはおろかアマチュアでももっと強い人はたくさんいるよ」


 ふーむ。

 ボクシングのことはよくわからないけども、俊彦先輩よりもさらに強いのがゴロゴロしてるのか…。すごい世界だな。

 どう見ても今見せてもらったジャブのスピードだと、赤砂山の禅釜尚ぜんふしょうとか虎隠良こいんりょうなんて反応も出来無そうなんだが。

 シャドー見てても1秒で5,6発は入れてたのに。


 改めて礼を言って俊彦先輩とわかれる。

 使う場面があるかどうかはわからないけど、ハンドスピードが早くなるのはよさそうだな。反射神経がよくなればどんな場面でも役に立つだろうし。

 ちょっと練習に取り入れてみますかねぇ。


【良いと思ったものはなんでも取り入れるがよいじゃろ。

 時間は有限じゃが今のおぬしは絶対的に経験が足りん。それを補うために様々なものを吸収することは決して無駄にはなるまい】


「エッセ!」


 どうやらエッセとの意志疎通が回復したらしい。

 あんまり認めたくはないけれど、1日半くらいしか離れていなかったけれど、オレは思ったよりも寂しかったらしい。予想以上に嬉しい。


【すまんな。当初は1日の予定だったんじゃが、ちょいと面倒な奴に捕まっての。

 その分有益な情報は得てきたから期待するがよいぞ】


 おぉ。

 期待しときます。

 あと物理的な手助けできるくらいに余裕はできた?


【たわけめ。前にも言ったがおぬしを助けるために使った力は長年余力を溜めた力じゃ。

 それが1日やそこらで戻るわけなかろう。喩えるなら湖の水が助けたときに使ったものだとすると、1日で溜まるものなぞ小匙一杯くらいのものじゃ】


 ……すくなっ!


 まぁいいや、オレもエッセに見せたいものがあったし。


【ほう、なんじゃ?】


 ふっふっふ。

 いや、大したものじゃないよ?

 単なるDVD・・・さ。




 オレは悪戯を思いついた子供のようにテンションを上げて、河川敷から急いで家まで走っていった。




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