35.蠢く存在
今回はすこし毛色の違う回になります。
伏線ではありますが、前後の話と直接的な関係性はありません。
おや?
これは随分と久しぶりだね。
元気だったかい?
こうして会うのはいつ以来だろうね。
ああ、そうだね。確かにこんな世間話は僕らの間じゃ意味がない。でもちょっとくらいは付き合ってくれてもいいじゃないか。
確かにこの世界の有象無象の連中とも、ましてや主人公たちとも違う存在ではあるけれど、すこしくらい人間っぽい仕草をしてもバチは当たらないはずさ。
もっとも、神たちじゃあ僕らにバチを当てることもできないのだから、これはあくまで比喩的な表現なんだけども。
こんな何もない空間じゃあムードもなにもあったものじゃないのが悔しいかな。
うん?
彼らのことか。
どうだろうね、僕も正直なんとも言えないかな。何せそれぞれ課せられた役割もあることだし、そもそも皆やりたいようにしかやれないタイプだ、君にはわかりきったことなんだろうけども。
あー、はいはい。
ちゃんと教えますよ~。
“東”はいつも通り本拠に篭りっきりで出てきていない。あの引きこもり癖は是非ともなんとかしてほしいね。最低限のやることやってりゃいいだろ的な姿勢はどうかと思うわけさ。もしよければ君からも一言言ってやってくれないかい。
“西”は精力的に廻っているよ。実に頭が下がるよ、よくも悪くも。人間っぽく表現するのなら相変わらずの仕事中毒なんだろうね、彼。堅物なところはどれだけ時間が経っても直らないどころか、いっそ酷くなってる気すらするよ。
“南”は行方不明のままさ。残念ながら特に問題は起きてないようだから、役割はちゃんと全うしているのだろうけれど。はてさて今頃どこにいるのやら。見かけることがあったら一度顔を出すようにって伝えてくれ。
“北”は…、ってそれを僕に聞くかい? そんな他人行儀に聞かなくても目の前にいるんだから、もっと軽く聞けばいいんだよ。
え? 余計なおしゃべりは必要ない? そりゃすみませんでしたね、っと。
せっかく話しかけてるのに作業を止めてくれないんだもんなぁ…何を調べてるんだい?
ああ、現世の“神話遺産”の行方か。
よければ僕の知ってる範囲で教えるよ。こんな程度で君の歓心を買えるのならお安い御用さ。
把握できてるのは“魔王”、“猿王”、“群集の主”、“竜蛇”、“雲の咆哮”、“魔女”、“湖の乙女”。
順を追って話そうか。
確認されている“魔王”の欠片は4つ。そのうち行方わかっているのは2つ。これがなんとびっくりすることに両方とも、最近君がいた国にある。
1つは人間に憑いているから、そのうち事件になるだろう。主人公じゃないから大丈夫さ。そのうち隠し切れない規模になってきたらイベント扱いで何かデカい祭りになる方に賭けよう。
もう1つは“喰われた”。いや、何を言ってるのかって顔されても困るよ。僕だって困惑しているんだから。どうも“狐”が協力した“狼”が犯人のようだけども。飢えた獣ってのは全く性質が悪いよ、詳細については鋭意捜査中さ。
“猿王”は結構早い段階から目覚めている。今じゃかなり使いこなせているんじゃないか? 表立って公表してはいないけれど奴のいるインドとかいう国で、屠られた主人公はもう4人になる。なんとか上位者クラスでないと太刀打ちも難しそうだ。
当代の“群集の主”保有者は結構意外な展開だ。ただちょっと君とは縁がないかもしれない。今はタイ王国在住だからなぁ。運を天に任せるのみだね。
眠りっぱなしの“竜蛇”は変化なし。いつになったら暴れっぷりを見せてくれることやら。当面は自らの神話圏から出ることはなさそうだ。
“雲の咆哮”も自覚前ではあるけれど、ちょっとびっくりすることに神話圏からはすでに出ている。今はなんちゃら合衆国に居るから、これからも注意しておくといい。
“魔女”については割愛するよ。今も昔も、そしてこれからも保有者は唯一人本人のみ。君が知ってるままで、改めて説明するまでもない。
“湖の乙女”も自分の領域から出てこないけど、この前“西”と何か企んでたっぽいから近いうちに動きがあるかも、ってトコ。そろそろ過去のことは忘れて前向きに生きればいいのに。
以上!
……これでも随分頑張ったんだよ?
正直“神話遺産”は数が多すぎるし、探すのも手間がかかるから務めの片手間じゃこれが限界。
あれ、もう会話はおしまいだって?
ツレないなぁ。もうすこし付き合ってよ。そもそも君から聞いてばかりで、僕からの話題がちっとも入ってないじゃないか。そういうのはフェアじゃないだろう?
ありがとう。うん、君ならそう言うと思っていたよ。
君がその気なら僕らなんて直接話す必要はないだろうからね。
いやいや、誤解しないでくれ。僕は単純に久しぶりに話してみたいと思ってただけなんだ。何せ最近の君は意識を“あちら”に向けたままだっただろ。久しぶりに戻ってきたんだからウィットに富んだ楽しい会話をしたいじゃないか。
そうだなぁ…、じゃあこんな話題はどうだろう?
―――逸脱した者。
あれ? おかしいね。僕の予測じゃもっと驚いてくれるはずだったんだけども。それとも僕の言動なんて当の昔にお見通しってことなのかな?
どちらでも構わないけど。いやぁ、今回の“彼”って面白いよねぇ。何が面白いって聞かれたら全部としか言いようがないな。塵芥に過ぎないはずの存在が今や、こうなっている、そして、ああなっていくわけなんだから、そりゃもう心が躍るね!
これまで君が選んできた先達とも毛色が違う。
才能、財力、栄誉、容姿、色々なものを持っている相手がいたけれど、今回は極めつけだ。何せ何も持っていない…いや、運だけを持っている。
他の全ての恵まれた者たちが、これまで何よりも得がたかった運のみを持っている、だなんてこれほど興味をそそる相手はいないよ。
なんで知ってるのかと聞かれても、それは秘密として……ああ、ゴメン。わかったから怒らないでよ。別段君の邪魔をするつもりじゃない。そんなはずないじゃないか。君の悲願は僕たち全員の悲願でもあるのだから。
いけすかない“奴ら”に一泡吹かせるのなら、むしろ協力したいくらいだね。そのためなら例えどんな多大な犠牲だろうと払ってみせよう。その誓いだけは今もこの胸に当時のまま甘く苦く密やかに息づいている。胸を掻っ捌けるのなら、取り出して見せてもいいさ。
ちなみに随分と君は彼に気安いようだけれど、もしかして好意を持っていたりはするのかな?
好意だよ、好意。
人間どもの言葉で言うならLOVE、いや、LIKEかな? どっちでもいいや。それより、そのへんはどうなのさ。
単なる興味だよ。他意はないんだ。君が誰に好意を抱いていようが自由だし、かくいう僕だってこんなにも恋多き奴なわけだしね、なんちゃって。
答えるまでもないって?
そうだよね、君がただの人間如きに好意など持つはずがないし。もし好意があったのならあんなに非道いこと出来やしないものな。
確かに僕の考えすぎだったよ。それは謝る。
でもねぇ、面白いと思ったのは僕だけじゃないようだよ?
“東”も、“西”、そしておそらくは何処にいるかはわからない“南”さえも、皆興味を持っている。
勿論君とは方向の違うアプローチになるだろうけれど、それぞれに合ったやり方で同じ目的に向かうことだろう。あれだけタイプが違うのに、こういうときだけ意見が一致するから僕らって不思議だよね。
それはおそらく君にとっても望むべき結果を生むはずさ。
ああ、なんて言ったかな…。ちょっと思い出すから待って待って。
そう! 人間的な言い回しで言うとすれば蟲毒の壷だ。毒蟲ですら最後に生き残った奴が最もその種類で秀でているんだから、同様の結果を逸脱した者で望んでも構わないだろう?
本当に君が逸脱した者に勝ち目があると考えているのなら、その中でも最も逸脱しちゃってる存在に目的を達成させたほうがいいに決まっている。
それもまず逸脱した者そのものがどこまで登れるか、という問題が明らかにならないと、か。そもそも主人公如きに負けてるようじゃあ話にもなりゃしない。
取らぬ狸の皮算用、ってね。
結構僕も人間の言い回しを使いこなせてると思わない?
ロクでもない連中だけども、戯れ言の言葉遊びだけは認めてるからね。奴らの文明の中でそれだけは価値があると思ってるんだ。
それぞれ見込んだ相手が、主人公たちを相手にしても優位に立てるようになったとき、そう具体的にはそれぞれの国の順位でトップくらいにはなった頃。ようやくどいつが最も適任かを決めることになるよ。
そのくらいでなけりゃ“神話遺産”保有者とも渡り合えないし、連中とやりあえないレベルじゃあ僕らの希望には力不足過ぎてなり得ない。
どうしてそんな顔をしてるんだい?
君は自分が選んだ相手じゃなけりゃいけないとでも思ってるのかい?
まさか、そんなことはないだろう? 誰であってもいいじゃないか。
僕らの悲願を成就させてくれるのなら、どの“逸脱した者”であっても同じことだ。1なのか2なのか、それとも3なのか、その程度の違いでしかない。
0よりは大きいんだからヨシさ。
大事なのは過程より結果。
君はそれを学んでいるはずだろう。
過程に拘って何度失敗したんだい? 何度我慢を重ねたんだい? 何度後悔したんだい?
……うん、そうでした。君は後悔とかするタイプじゃないよね。たとえ失敗であっても基本的には相手は力を尽くして君の望みを叶えようとしてくれた。
だからその失敗を活かした結果、今回また挑むことが出来る。同じところをぐるぐる廻っているだけのように見えて、その実は螺旋。すこしずつ上に進んでいると思うタイプだった。しかも始末の悪いことに負け惜しみですらない。本心からそう思っている。
さすが僕が愛する君だ。
憎悪であれ羨望であれ好意であれ崇拝であれ、僕らの誰もが君に何がしかの感情を向けざるを得ない。
同じでありながら異形。
ありゃ、そろそろ君も帰る時間だ。
タイミングのいいことに、僕のところにもまたGMコールさ。本当、主人公の世話は面倒なことこの上ないよね。適当にサボれたらどれくらい気分がいいことか。
おっと忘れるところだった。ちょっと待って。
さっき君が聞いた問い、ひとつだけ答えていなかったよ。
うん、さっきみんなの“今”を聞いただろう?
僕だけ答えていなかったから、ちゃんと言っておこう。
“北”は面白おかしくなるよう、愉快に引っ掻き回して、のべつまくなしグチャグチャになるほど楽しませてもらっているよ。呆れるくらいに平常運転さ。
同じことをしたってつまらない。僕以外の君たちが逸脱した者に拘泥するというのなら、その有様を見て盛り上がるように立ち振る舞う。
ああ、その顔だ。
君が僕を心底嫌っているのを実感するその顔が見れて幸せだよ。
なんで君に嫌われるようなことをするのか、って? だって嫌っていない相手を殺そうだなんて哀し過ぎると思わない?
だから心置きなく存分にやっていいんだ。
他の連中はわからないけれど、すくなくとも僕はその日楽しみにしていよう。
おぉぅ、GMコールがもう1件! さすがにこりゃもうダメだね。
じゃあ、エッセ。
またいつか。
ということで、久しぶりに本体に意識を戻したエッセと誰かの会話、でした。
(前回、エッセが充と別行動だったのはこのためです)
次回、また充視点に戻ります。