33.ペクーニア通貨 使用解禁!
カランカラン。
ドアベルの音をさせつつ扉を開く。
「これは三木様、いらっしゃいませ」
「お邪魔します、榊さん」
出雲と待ち合わせであることを告げて、奥のテーブル席に就く。珈琲を注文すると榊さんは笑顔でカウンターへ戻っていった。
喫茶「無常」。
控えめなクラシックな音楽と、珈琲豆を砕く音だけが響く店内。何度来ても落ち着けるいい雰囲気だ。客もちらほらいるけれども雑多な印象はない。
普段ファーストフードの安い炭酸飲料で時間を潰している貧乏高校生には敷居が若干高いけども。
今日は出雲と合流して情報を交換することになっている。
具体的には土日に起こったこと―――初めてPTを組んだこと、すこしレベル帯の高い狩場へと行ったことなどの報告。そして出雲のステータスチェッカーでステータスを確認してもらい、今の自分のレベルも確認しておきたい。
自分がどれくらい強くなったのか数値で確認出来るのはありがたい。正直それが楽しみで日曜日の夜から火曜日の今日までずっとワクワクしていたのだ。昨日オンラインゲームをやった感じでは結構いい線いってるのではないかと思うのだが。
ん?
今日は随分と羽を伸ばしてるように見えるって?
ふっふっふ、何を隠そう今日明日は(情報収集と力を蓄えるため、と本人は言っていたが)エッセが一時的にオレの腕に宿った意識を本体に戻しているのだ。
つまるところエッセの前では見られない雑誌とかが見られると思うとテンションが……ごほんげふん。違う違う、男同士の遠慮のない会話が楽しめるからテンションが高いのだ。
イエ、ヤマシイコトナンテ、ナイデスヨ?
カランカラン。
出雲が入ってきた。
しかし心なしか表情は暗い。同じように珈琲を注文してから、こっちにやってくる。
「どうした?」
「いや……ちょっと予想外の事態があってな」
ふぅ、と息をつきながら、テーブルを挟んでオレの向かい側の席に座る。
珈琲が来るのを待って、
「昨日のことなんだが……綾が生徒会に勧誘された。どうやら第二書記として参加してもらいたいらしい。それについて、どうしようかと相談されてな」
「………は?」
生徒会。
月音・ブリュンヒルデ・フォン・アーベントロートさんを中心とした生徒自治組織。
そして―――
「勧誘したのは…伊達政次だ」
―――オレを殺した主人公の本拠。
「………確かにそれは予想外だわ」
「だろう? ひとまず断るようには言ったが……。実のところ、相手の出方がよくわからなくてな。今朝から色々推測を重ねていたんで、正直疲れた」
珈琲にミルクと砂糖を入れてかき混ぜていく。
カチャカチャとカップとスプーンが鳴る。
「調べたところ、どうやら生徒会から人員を増強するということで各部の部長宛に有望そうな一年をピックアップしてくれと通知があったらしいな。そこで綾の名前があがったんだろう。
茶道部の部長が綾を推薦したことは確認済みだ」
「あれ、それってもしかして出雲も…」
「それは心配ない。念のため、うちの部長にも確認したが俺ではなく、別の一年を推薦したとのことだ。だから部経由で伊達副会長に名前が知られている可能性は低い」
なるほど。
よく考えてみれば生徒会は部活動に制限を受ける。会長、副会長といった権限を持つ人間ならば部を去る必要があるし、そうでない職分でも生徒会活動を優先させる義務が出てくる。
強豪剣道部としては念願の団体戦三人目のポイントゲッターをむざむざ推薦するわけがない。
「これについてまず問題になるのは本当に単純な人員増強で綾に声をかけたのか、それとも何かを企んでいるのか、という点だ。どちらにせよしばらく休みは綾の周囲を警戒するほうに時間を使おうと思う。
余程不意打ちでもされない限りは問題ない。元々、基本貫通重視の“点”攻撃を使う伊達と、空間関係の“見切り”主体のオレの相性はいいからな。
充も大事なときなのにすまないが……」
「いや、そうしてくれ。むしろそのほうがオレも安心できる」
そこで思い出す。
あの日、月音会長を庇ったときの伊達副生徒会長を。
最悪あの狂気が綾に何か害を及ぼす可能性を考えれば、狩りも手がつかないくらい不安になる。出雲がそっちに力を注いでくれるほうがむしろありがたかった。
ただ、そうなると……。
「ないよな、時間」
「ああ。充とオレのことを知らない場合でも、綾にちょっかいをかけて来れば見つかる可能性は高くなる。すでにオレたちのことを知っているのならば尚更だ。
向こうがこちらに対して直接的間接的問わず動きはじめるのは、遠くないと考えるしかないな」
当初の予定は可能な限り、伊達副生徒会長との接触を避け見つからずに時間を稼いでいるうちに、対抗できるように強くなる、というもの。
だが変更を余儀なくされそうだ。
出雲がスマートフォンを取り出してオレをステータスチェッカーにかけた。
そこに出てきた数値を紙に書き出す。
どうやらオレはレベルが4らしい。
「この短期間でよく4まで上げたと思うが……主人公補正が向こうにあるのを除くとしても、現状で伊達に勝とうと思えば相性のいい技能構成で最低でもレベル30、相性が悪い技能構成なら40は必要だろう。
しかもこれはあくまで伊達がレベルアップをしない前提だ。実際はこれ以上が必要になるだろうな」
3日、それも1日は効率よくPTで狩りをして、やっと0から4なのだ。
ゲームでも序盤のレベルは上がりやすいようになっていることを考えれば、30から40になろうとすれば年単位で時間がかかることは間違いない。
そう考えれば短期間でのレベルアップによる対抗は、実質的に不可能という結論になった。
「勿論相手の攻撃を凌いで逃げるだけなら、レベルが多少足りなくても遣り様はあるからな。
レベルアップも引き続き行うとして………方法としてはもう1つを重視すべきだろう。つまり……前にエッセさんも言っていたが、重要NPCになる案だ」
「?」
「前に言っただろ? 重要NPCとは世界に欠かすことの出来ない、つまり代用をすることが出来ないNPCのことだ。逆に言えば主人公も原則的には手を出すことが出来ない存在、ということになる。
正確なところ、イベント死などもあることを考えれば絶対死なないわけではないが、少なくとも一般NPCよりも遥かに手出しをすることが出来ないのは間違いない」
出雲の説明によれば、主人公については一般NPCを殺した場合警察に目撃されない限りは罪に問われないらしい。逃げ切ってしまえば、なぜか犯人が別に捕まることで無罪放免。万が一警察に捕まってしまっても一晩拘留されるというペナルティのみで、なぜか真犯人が自首してきて、こちらも無罪放免(あまりに数を重ねすぎると悪名がついたりという例もあるらしいが)というわけだ。
エッセが、警察のことを衛兵システム、と言った理由もわからないではない。
ただ重要NPCの場合のみ、通常通りの対応がされる。つまり主人公であろうが普通に警察が捜査し、捕まり、立証されれば罪を負う。
なんて差別だ! 一般NPCにも人権を要求する!
「問題はその方法だな…今エッセが所用でいないから後で相談するわ」
「む…いないのか。なら後回しだな。
後はしばらく俺は同行できないから、その間に充が動きやすくなるように手配をしようと思う。店での売買が出来るようにP通貨用のカードを作って、あとは斡旋所に登録してもらう」
斡旋所!
なんか心躍る響きが出てきた!
「とある事情であまり斡旋所は紹介したくなかったんだが…背に腹は変えられん。斡旋所というのは仕事を斡旋してくれる場所だ。
普通のバイト人材派遣会社とシステムは大差ないが、中には討伐系の仕事もあったりする。このへんは体験してもらうのが早いだろう」
「なるほど」
P通貨用カードというのは、特定の金融機関が発行するP通貨専用のカードらしい。これがあれば店では電子決済が可能だそうな。また手数料はかかるが、その日のレートでPを円に換金もしてくれるため、日頃の小遣いもなんとかなりそうだ。
そこまで聞いて今日の予定を立てる。
とりあえず今日は、
1:P通貨用のカードを作る(そもそもこれがないと買い物が出来ない)
2:ステータスチェッカーに変わる品を買う出来れば連帯印(ソキウス・シ-グルム)も買いたいが、これは後で出雲に確認してみよう。
3:斡旋所に登録する。
ここまでやっておきたい。
最低限これくらい出来ていれば、出雲の手を借りなくても敵を倒して素材で装備を整えるくらいは出来るようになるしな。
やるべきことが決まれば後は時間との闘いだ。
珈琲を飲み終えて清算する。
わざわざ入口まで榊さんに見送られつつ、これくらい上品な店に行きつけだと、いつか女の子をデートに誘ったときにカッコいいだろうなぁ、ちくしょー、彼女ほしいぜ!とちょっと思ったり。
そのままP通貨用のカードを作るべく、出雲に案内されて先を急ぐ。どうやら場所はこの商店街の近くにあるらしい。
おっと、今のうちに聞いておこう。
「なぁ、出雲。連帯印って聞いたことある?」
「PTを組むときに使う各個々人限定のお守りのようなものだが…どこで知ったんだ?」
「ああ、実は一昨日なんだけど、赤砂山で同じ部の部員に会ってさ。PTを組もうとしたときに教えてもらったんだ」
「……………」
「…? どうした?」
「それは……タイミングが良すぎないか?」
「え?」
「赤砂山ってことはその相手には主人公として出会ったってことだよな? わざわざNPCだってバラしているわけもないだろうし。
つまり学校の相手にお前が主人公であるとバレたのが一昨日。伊達に綾が声かけられたのが昨日だ」
「…なんだよ。それ、もしかして」
「ああ、そうだ。疑っている。その部員とやらが伊達と知り合いじゃないか、とな」
重苦しい沈黙。
ただ黙々と進んでいく。
「まぁあくまで推測だ。とりあえず確認してみるまではなんとも言えないからな。
ただ…情報については出来るだけ隠してやっていきたい。気持ちはわからないでもないが、軽率に行動するのは謹んでくれよ?」
「………ああ」
伊達と知り合い…? 咲弥が…?
確かに時間的な辻褄はあうけども……。
予想もしなかった話に頭は上手く働かない。
そうこうしているうちに銀行についた。
「飛鳥東信用金庫」の看板がかかっているのだが、時刻はもう5時前。通常の金融機関は閉まっている時間帯だ。一体どうやって入るのだろうか。
「充。違う違う。こっちだから」
「へ?」
信用金庫の隣にある小汚い雑居ビルに入っていく。
階段を登っていくと4Fに「アルケミアカンパニー」と書かれた扉があった。
出雲がノックをしてから突入。
ギィィ…。
ちょっと錆びた蝶番が軋んだ音を立てて開いていくと、中は意外にも綺麗な内装。デザインのいい置物、テーブルや椅子などがバランスよく配置されており、まるでどこかのブティックのような感じだ。残念ながら商品みたいなものが置いてないのが難点だが。
隅に置いてある来客用の電話を手に取り、出雲が何事か伝えると腰の低そうな細い男が出てきた。とりあえず頭の中を「鼠男」という単語が過ぎった。
「これは出雲様。お世話になっております。本日はどのような御用で?」
「友人が今度狩りを始めることになったのだが、これまではP通貨用のカードを作っていなかったものでね。ここで作ったらどうかと思ったのですよ。それとも、紹介は要らぬお世話でしたか」
「いえいえ、とんでもない! では必要書類を確認させて頂いてもよろしいでしょうか」
「ああ、すまない。本人確認用の書類は持っているのだが、主人公用の文印の用意がないんだ」
どうやら必要書類が本人確認用の書類とは別に何かあるらしい。
「…さすがにそれでは」
「ダートゥム社のほうは、やってくれたのだが……」
思わせぶりなその言葉に担当の鼠男(?)の眉がぴくりと動く。
「文印を購入するためにはP通貨用のカードがないと、そもそも買い物ができない。買い物をするために作るP通貨用のカードを作るためには文印が必要。
卵が先か鶏が先か、ではないけれど、臨機応変にしてもらうべきじゃないですかね?」
「………少々お待ちを」
鼠男は携帯を出して何かを確認する。
待つことしばし、電話が終わる。
「わかりました。出雲様からのご紹介、ということで特別にカードを発行致しましょう。文印を後日送って頂ければ、それで対応するということで。
ただし文印が当社に送られてくるまでの間は、出雲様の連帯保証をつけさせて頂きますがよろしいでしょうか?」
「構わない」
うん、とりあえず話についていけないことがわかった。
そこから先は早かった。
身分証明書(学生証でOKだったのはびっくりだが)を提示してから、ものの10分ほどで奥から紺色の銀行カードっぽいものが作ってくれた。
使い方は説明書をもらったのでおいおい覚えていくことにしよう。
ちなみに文印というのは主人公のステータスを表記する特殊な紙のことで、スマートフォンが出てくる前はこちらが主流だったらしい。現在ではこういった公共機関などで本人が主人公である証明として使うくらいなのだが。
なぜこういった主人公であるかどうかの確認が必要かというと、過去に手違いでNPCに発行してしまったことがあり、回収が酷く困難だったのが原因だそうだ。今回はすでに顧客で信頼のある出雲のゴリ押しによって、文印を後日送るまでの間はカードの回収などの場合の責任を彼が取る、という形にして無事発行となった。
実際オレもNPCなんだけどな…とりあえずバレてないわけだし、出来るだけ早く主人公になって出雲の連帯保証が無くなるようにしたいものだ。
無事にカードをゲットした後、鼠男(?)さんに見送られて外に出た。
「ありがとな、出雲」
「大したことじゃないさ。ああ、それとな。
さっきの話、お前の同じ部員が伊達と繋がりがあるかどうかだが余り気にしないでくれ。そういう可能性があるというだけで、つい不安をぶつけてしまったがもう少し状況を確認してから冷静に対応しても遅くはないだろうしな」
「……いや、綾のことだから神経質になるのは当たり前だろ。
オレのほうで気づいたことがあればすぐに出雲に知らせるようにするよ」
「そうしてくれ。次は店だな」
見えない不安を吹き飛ばすように、オレと出雲は歩き始めた。
読んで頂きありがとうございました。
前回バトルを入れたので、まだすこし準備回が続きます。
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