32.行くぞ! ボス戦
洞窟をゆっくりと進んでいく。
先の長い不安な時間が続くかと思われた矢先、唐突に視界が開ける。
そこが洞窟の最奥部だったらしい。
煌々とたかれた篝火に照らされたその広間には醜悪なる小赤鬼どもと、そして似ても似つかない黒い肌の男がひとり。
男は夜を染め上げたかのような黒い外套を纏っている。まるで光を吸い込んでしまうようなその深さはどう見ても魔力を帯びた一流品。にも関わらず男はそれに見劣りしない風格を備えている。
それはさながら覇王の気風か。
宝石が埋まっている捩れた角こそがその証。
それを持つ者などこの世に二人とおらぬだろう。
小さく掠れるような声を搾り出す。
魔王、と―――。
そう、身分を隠してこっそり下々の者と触れ合いに来た魔王と遭遇してしまったのだ。
できることは出来ることはただひれ伏すのみ。
だが殺されてしまうのならば、いっそ―――。
ミッキーがついに口を開いた。
■ □ ■
「魔王様とて構わぬッ、皆のもの出あえ出あ~…あだっッ!?!」
すぱぁんっ!!
綺麗な音が響く。
いわずもがなオレがジョーの頭を叩いた音である。
「うぉぉ、何すんねん!?」
「何、じゃないだろ。誰がそんなワケのわからない話をしろって言ったよ。
オレが聞いたのは洞窟のボス、わかる? ど・う・く・つ・の・ボ・ス」
「え~、ええやん。ちょっと今朝見た夢の続きくらい話させてくれても」
「夢かよっ!? 一番最初のチュートリアルダンジョンでいきなり魔王とか、なんでそんな超展開の夢を見てるんだ、お前……そもそも下々と戯れる魔王とかちょっとイメージ違いすぎるし」
「なんでやろ……寝る前に暴れん坊なやんちゃ将軍様のDVDを一気に見てから寝ただけやから、心当たりはないしなぁ…」
「紛うことなく原因それだろ!?」
初めてのダンジョン。
入口から入ってすぐの部屋の小赤鬼を倒して先を進みながら、この洞窟の一番奥にいるボスの話題をしたのが悪かった。単純にボスを聞いただけのつもりだったのに、話すジョーはいつの間にか盛大に脱線。しかも最終的に夢オチという捻りのなさである。
「暴れん坊魔王とかシャレになってないぞ。
そもそもオレのそのセリフ、完全に魔王が主役でオレが悪役側じゃないか」
「はっはっは、まぁ観念するんやな」
「その場合出あえ~、って言われて出てくる下っ端がジョーだけどな」
「ふっふっふっふ…そこは抜かりなし、や。なにせあのドラマ、下っ端は峰打ちやのに悪役は成敗されてまうんやで? つまーりミッキーだけずんばらりと…あー!? 冗談! 冗談やから剣の先で突く準備するのやめてーッ!?」
アホな会話を続けながら先を進む。
素人ながらも罠などがないか確認しながら進んでいるため、その歩みは遅々としている。だがそれを差し引いても洞窟はかなり深いようだ。5分ほど歩いているのにまだ先が見えない。
「で、結局ボスはなんなんだよ」
「小赤鬼の酋長やな。体のデッカいゴブリン思たらええわ。頭も多少はキレるけど所詮小赤鬼基準やからな。それに襲撃されとるっちゅう状況やったら小手先使うこともでけへんし。
一人でいったら小赤鬼の酋長だけ、二人でいったらそれにプラス小赤鬼が二匹、以降仲間が一人増える度に小赤鬼が二匹ずつ増える計算やな。
せやから今回はミッキーが小赤鬼の酋長しばき倒したってや。その間に残りの雑魚は始末しといたる」
ジョーはお手並み拝見、といった感じでにやにやしている。
そうこうしていると道が二手に分かれていた。
そこを右に進んでいくとまたすこし広けた部屋に出る。
先ほど戦った小赤鬼が二匹と、同じ小赤鬼の外見でひとまわり体がデカい奴。こいつがジョーの言っていた小赤鬼の酋長か。
小赤鬼の酋長は、どこからか持ってきたのだろう粗末な木製の椅子に腰掛けている。オレたちが部屋にやってくると、そのボスを庇うように小赤鬼たちが前に出る。
「おっしゃ、行くでー!」
ジョーが突撃するのに合わせてオレも走り出す。
まず前衛の小赤鬼にジョーが勢いもそのままに体当たり。強引に体勢を崩したところで、その真ん中を抜けてオレは小赤鬼の酋長に肉薄する。
対する小赤鬼の酋長は生臭い息を吐きながら腰の剣を抜く。刃渡り60センチほどの広刃の直刀だ。
スラリ…ッ。
ジョーが手に持っている松明に照らされてその刃が鈍く光る。
日本刀などと比べると切れ味は劣るが、それでも刃物は刃物だ。重量もあるから油断すれば大怪我を負いかねない。
「さすがダンジョンのボスだけあって、雑魚とは装備も違うか」
小赤鬼の酋長が身につけているのは皮の鎧。勿論手入れはされていないのでボロボロだが、装備だけ見れば布の服のままのオレよりはずっといい。
じり…じり…ッ。
間合いを測る。
盾でもあればいいのだが、防具もロクにない今の状態では強引にいくのは難しい。
赤砂山で何度も戦ってみて感じたこと、それは間合いの重要性だ。無論前からわかっていたけども、それがさらに実感できたというべきか。
正直なところ同じスピードの相手でも攻撃が来るとわかっていれば、避けることはそう難しくない。問題はその先、反撃ができるかどうかまで考えると途端に難易度が跳ね上がる。
ぶぉんッ!!
横薙ぎに振ってくる一撃をしゃがんで避ける。
例えば後ろに下がるとする。
攻撃を避けることに成功する。
さてそこから反撃しようとすると、今度は後ろに下がった分だけ前に出なければならない。ところが後ろ向きから前向きへ運動の方向を変えるためには一瞬止まる必要がある。
この“溜め”が回避から攻撃までのタイムラグを生む。
相手が攻撃を空振りして崩れた体勢を立て直すまでの時間が、こちらの溜めのタイムラグよりも長ければそこでようやく反撃が出来る計算だ。もしタイムラグのほうが長ければ、相手も回避できてしまうだろう。
ぶぉんっ!! ぶぉんっ!
小赤鬼の酋長は滅多矢鱈に剣を振り回す。
だがモーションが大きく中々オレには当たらない。
回避から攻撃へのタイムラグを可能な限り減らす方法は二つ。
まず反応速度を鍛える。
これはわかりやすい。溜めの時間そのものを可能な限り圧縮することでタイムラグを減らす。
もうひとつは溜めそのものを減らすこと。つまり後ろに向かう力を必要最小限しか使わない。
前者を行うなら純粋に体を鍛えればいい。そして後者を行うのなら、相手の攻撃をギリギリで避ける技術を身につける必要がある―――つまり間合いを見切る技術を。
相手の攻撃がここまでしか届かない、という空間把握能力を身につける。それがわかっていれば、その範囲からほんのすこしだけ外に身を置くだけで回避できるのだから。
ぶぉんっ! ぶぉんっ! ぶぉんんっ!!
中々当たらないオレに苛立ったのか、小赤鬼の酋長はどんどん力任せになっていく。
小赤鬼の酋長の腕の長さ、踏み込むであろう歩幅の長さ、路面の状態、そして手にした武器の攻撃可能射程、などなど考慮する要因はいくつもある。今はまだ完全に把握することはできないかもしれないが、感覚を磨くことでいつか会得する。
それがおそらく、出雲が赤砂山でオレに防具を最小限しか身に付けさせなかった理由だ。
「さすがに今のオレじゃ安全に反撃、なんて難しいけど…も!!」
ぶぉんっ! ぎゃぎぃっ!
上手く壁を背にして、小赤鬼の酋長の一撃を寸前で避ける。振り切った刃は思い切り壁を打つ。固い岩肌に刃をぶつけた小赤鬼の酋長は手が痺れるのかフラフラとたたらを踏んだ。
「タイムラグ減らせないなら、相手の体勢をより崩せばいいだけだろッ!」
それを見逃さずに斬る。
ザシュッ!!!
浅く脚を切る。
相手のフラつきが回復しないうちに、さらにもう一撃。
ガギッ!!!
口を狙った突きは小赤鬼の酋長の鋭い牙に阻まれた。
が、まだ終わらない。
そのまま敵の脚を引っ掛け倒れこむように押し出した!
ぞぶんっ!!
地面に頭を打ちつけた小赤鬼の酋長は、そのまま口の中に熱く何かが突き抜けるのを感じただろう。そしてそれが彼の最後の感覚になった。
「…………ふぅ」
オレは身を起こす。
倒れこむ体重を使ってさらに突き刺す。一対一でしか使えないし、体勢や刃の角度を間違えば一緒に倒れこんだ自分も傷つくかもしれない技だが、なんとか成功して安堵する。
「なんや、無茶苦茶やなぁ、ミッキー」
すでにゴブリン二匹を倒しているジョーが顔を引きつらせてこちらを見ている。
「キャラメイクせんとデフォルト状態やのに、無傷で小赤鬼の酋長倒せるとは思わんかったわー。ミッキー、実は隠れて何か武道とか運動やっとった?」
「いや、偶然だよ、偶然」
危ない技ではあったが、もうちょっと練習すれば赤砂山でも使えそうな気がする。
そういった意味では大きな収穫だ、と満足しつつ体の土を払う。
「パソコンからやっとるとそこまで細かい動きはでけへんからなぁ…。ま、もうすこしの辛抱か」
「……?」
「なんかな、来週もう1台ヴァーチャルの機械入るらしいねん。つまりこれまでと違って複数でヴァーチャルを体験できるようになるっちゅうことやな」
「そんなやすやすと増やせるもんなのか、これ…? 滅茶苦茶値段高そうなんだけど」
「一台8000万いうとったな」
「うっそぉぉぉ!?」
「部長がOBに頼み込んで増やしてもろたみたいやで。
今から楽しみやな~、ミッキーと一緒にやったら、ツッコミももっとリアルに体験できるやろし。今も悪うないんやけど、やっぱりパソコンとヴァーチャルではタイムラグがあるさかいな~」
いやいや、待て。
なんで8000万もする機械の使い道がツッコミの体験なのだ。
そもそもゲーム内でやる必要ないだろうが、それ。
そして部長おそるべし。
実は一般NPCじゃないのかもしれん。
【いや、一般NPCじゃろ、あの影の薄さは】
ですよねー。
さて、小赤鬼の酋長の骸が消えると、そこには広刃の直刀が残されていた。
「お。ええなぁ。そいつ普段は小銭しかドロップせんのに」
「ふっふっふ、いいだろう?」
羨ましがるジョーを尻目に戦利品を手に入れる。出来れば棒のほうが使い慣れてるんだが、今の剣よりは明らかに格上のようだから、今後は広刃の直刀をメインにしてもいいかもな。
周囲を確認するが洞窟はここで行き止まりらしい。
「これで小赤鬼退治は終了、かな?」
「そやな」
簡単に部屋を調べてみるが特に目新しいものはない。
収穫がないのは残念ではあるが、この洞窟に住み着いた小赤鬼たちが悪さをする前に倒せた証拠だと思えばあまり気にならなくなるから不思議だ。
そのまま、先ほどの分かれ道まで戻る
「あ、そやそや。こっちも見とこか」
「?」
ジョーに案内されて分かれ道のうち、先ほど進まなかった左へと向かう。
くねくねと蛇行する道を行くと、クレバスのような崖に突き当たり行き止まりになっていた。
「……奥が見えないな。深い」
「ここでロープが活きてくるんや。ほら、そのへんの尖ってるとこにくくりつけて降りてみ」
こともなげにジョーは言う。
「マジ!? ロープ切れたらどうすんのよ!?
そもそも10メートル程度で底に辿り着ける深さじゃないぞ、これ」
「ええからええから」
半ば強引に押し切られるように壁の出っ張りにロープを結ぶ。
かなり怖いけども冷静に考えれば死んでも村の復活ポイントに戻るだけだと思えば、なんとか我慢できなくもない。
すこしずつ、すこしずつ下っていく。
「……おぉ」
どうやらさっきオレたちが立っていた場所の下はすこしオーバーハングになっていたらしい。
3メートルほど下ると、上から見えないひっこんだ位置に窪みがあり木箱が置いてあるのが見える。ジョーはこれを知っていたのだろう。
なんとか木箱を回収して上に戻る。
【ふふふ、ロープに吊られた不安定な体勢で姿勢を制御できず、4回ほど壁に頭をぶつけたのは名誉のために内緒にしておいてやろうかの】
……ありがと。
いつかエッセの前でカッコよく活躍できる日は来るんだろうか…とちょっと切なくなるな。
さて、木箱を回収して戻るとジョーがにやにやしていた。
「どうよ?」
「…確かに教えてもらってありがたいけども、もうすこし説明が欲しいぞ」
ジト目で睨むもジョーはまったく応えた様子もない。
「ええから開けてみ」
罠があるんじゃないかとドキドキしていたが特に何事もなく木箱は開いた。中に入っていたのは一枚の古ぼけた地図。
アイテム欄には「古代人の地図A」と表記されている。BとかCもあるんだろうか。
「そのうちイベントで使うアイテムやさかい、大事に持っとき」
「あいよー」
今度こそ本当にやるべきことは全部終わり。
そのままオレたちは村に戻り依頼の完遂を村長に報告したのだった。
キリがよかったので、そこでゲームもログアウト。
時間としては3時間半ほど遊んでいたようで、すでに時刻は7時前。ゲーム内時間で15時間ほど遊んでいたらしい。
「うぉぉ…門限がヤバい。急いで帰らないと!」
【そうじゃの。今日戻ったら悪夢をプレゼントする約束もあるし、早く帰って寝るのじゃぞ?】
「やーめーてー!?」
懇願も空しく、その夜の夢は“暴れん坊魔王 ディレクターズカット版(もちろんオレはやられ役)”でしたとさ。
…ホント、心臓に悪いものを。
うーん、12時までに間に合わなかった…。
何気に充君、前よりは強くなってきてますね。
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