31.北の洞窟
村長の家から出ると、なぜかジョーがいた。
「入口で待ってるんじゃなかったっけ?」
「それなんやけどな、どうせまたここに来なあかんし二度手間になるやろ。
せやさかいこっちから来たんや」
?
どういう意味だろう?
「充は初めてオンラインゲームやるみたいやけど……それまで家でやっとった普通のゲームで考えてみ? もし魔物と戦ってる途中で死んでもうたらどうなると思う?」
「…んー、大抵セーブしたところからやり直すか、どっかにペナルティつけて戻されるね…あ!」
なるほど。
それと同じことがオンラインゲームでもあるのか。
現実と違って殺されても死なないというのは理解してたけど、その先のことまでは考えてなかったな。
「同じように設定したポイントにペナルティつけて戻される、ちゅうんがオンラインゲームやな。
今のミッキーやったらスタート地点に設定されたまんまやから、もし死んでしもたらそこまで戻ってしまうんやで? そこからまたここまで来るんは大変やろ」
言いながらジョーは広場の真ん中へと進んでいく。
その地面には半径1メートルほどの二重の円が描かれていた。
「これが降臨の文様や。わかりやすく言うと復活ポイントやな。
もし魔物に倒されたら経験値が減るペナルティ、通称デスペナを受けて最後に設定した復活ポイントに戻される。ここは小さな村やからこないな、ちまい降臨の文様やけどでっかい町とかやったらもっと眼ぇ剥くみたいな豪奢なんもあるで」
円の中に入ると、円そのものが淡く光る。
この状態でツール画面から復活ポイント設定を行うと、その場所が復活ポイントとして上書きされるようだ。
……もしかしたら現実のほうでも主人公たちにはこういうのがあるのかもしれない。一度死んだらそれまで、というのは普通だけれど、エッセがオレにしようとしていたようにわざわざ再生や蘇生方法まで実装されているのだ。
死んだ場合に一時的に猶予を与えるか何らかの方法を選ばせる、くらいはあってもおかしくない。
要確認、だな。
自分の復活ポイントの設定をしながら、そんなことを思う。
「ポイントの設定も終わったようやし…あとは装備やな。
ここに来るまでの間でどれくらいの数、エフォチュー倒してきたんや?」
「初めてやったときに1匹と、今日は3匹だな」
「ちゃんと頭蓋骨出たか?」
「回収したよ。倒した数分持ってる」
「それやったら回復アイテムくらいは買うてけるな。雑貨屋行こか」
雑貨屋が店じまいを始めようとしているところになんとか滑り込む。突撃鼠が残した(暴れ鼠の頭蓋骨、という名前らしい)骨は1個あたり銅貨10枚で売却できた。
これで所持金が銅貨40枚。
「銅貨ってどれくらいの価値があるんだ?」
「金、銀、銅貨の区分やから一番下やな。それぞれ100倍で上の硬貨1枚や。銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚。金貨の中にも大金貨やら色々あるけど、それくらい覚えておいたら足りると思うで」
雑貨屋の店内は雑貨以外にも簡単な武器や防具も置いてある。よく見ると一番値段が高い装備が、今ジョーが身につけている皮製品のようだ。
「ここで一番安い回復アイテムが薬草で1個銅貨10枚。塗り薬やから即効性はないけど、塗ってから徐々に生命値が回復する感じやね。回復量は10秒で20から30っちゅうとこか」
薬草以外にもポーション関係も売っているが、一番安いもので銅貨50枚もしているので、とても手が出ない。
「宿代は一番やすい部屋で銅貨20枚やから、薬草1つと…あと、これ買っておくといいぞ」
そう言ってジョーが差し出したのは
「ロープ…?」
紛れもない縄の束だった。
「洞窟で必要になるから持っていっといたほうがええて」
まぁ先達の言葉は聞いておくべきか。
なけなしの金をはたいて薬草を1つ、ロープを10メートルの一本購入した。
やっと客がいなくなって安心した店主が満面の笑みを浮かべながら店じまいをしている音を背に、二人で村を歩いていく。
「真っ暗だな」
街灯に照らされた現代の街並みと違い、灯りどころかネオンもロクにない村は暗い。
その代わり星空はとても美しかったけれど。
「よっしゃ、サクっと宿にいくで。
洞窟までどれくらいの距離かは村長に聞いとるやろ?」
「ああ。4時間くらいだっけ?」
「村で話聞くとわかるんやけど、小赤鬼は夜行性やさかいな。今日は一泊して2時くらいに出発、6時くらいに洞窟ついたら明け方で眠気がマックスなとこを襲撃できるで」
「時間帯で敵の強さが変わるのか」
時間帯どころか相手の生態まで考えないといけない、とか作りこみが凄すぎるだろ。
【たとえゲームの中であろうとなかろうと、情報の重要さは変わらぬ、といったところかの。
ためになるではないか。】
途中で見つけた宿屋に入る。
入口近くにカウンターがあり、そこを通り抜けて中に入ると食堂になっていた。食堂には階段があって二階に続いているようだ。カウンターには壮年の男がひとり。
「何の用だ?」
「一泊したいんだけど空きはあるかな?」
「1人銅貨20枚だ。食事はつかないから食べるなら一階で注文して食堂で食べてくれ。日が暮れると竈の火を落としちまうから温かい食べ物食べたければ、その前に注文してくれ。それ以降でも対応は出来るが料理に追加で燃料代を銅貨5枚もらうことになる」
「わかった」
ジョーはぶっきらぼうな口調の店主に話しかけると、手際よく宿泊の段取りを進めていく。オレとジョーはそれぞれ銅貨20枚を出して宿帳に記載する。
うん? 何か今の会話で聞き捨てならないことを聞いたような……。
「なぁ、ジョー」
「なんだ?」
二階の201と202の鍵をもらって階段を登っていく。
「お前、宿代銅貨20枚でいいって言ってたよな?」
「言うたな」
「………飯ついてないんだけど」
「はっはっは、何を言うとんねん。ちゃんと宿代“は”言うたやんか?」
「…………」
確信犯でした。
うん、殺そうか。
「そうかそうか、じゃあオレが腹を減らしたら落ちてるサイフを拾えばいいわけだな。それで万事解決だな、よし、とりあえずお前落とせ」
「ぎゃー!? 階段から蹴落とそうとするんは危ないッ、危ないからやーめーてーッ!?」
「はっはっは、蹴落とそうなんてしてないよ、これは不幸な事故だよ」
「タックルもあかーんー!? いーやー!? いや、冗談、冗談やからッ!
朝食くらいやったら奢ったるからッ!!!!」
ふ、最初からそう言えばいいものを。
【おぬしら、仲いいの】
最近よく言われる。
そのまま部屋に入る。
オレに割り当てられた202号室。
粗末なベッドと小さなテーブルと椅子しかないこじんまりとした部屋。大きさとしては3畳くらいの広さだろうか。木製の窓がついており、そこから月の光が中を照らしている。もしも締め切っていたら真っ暗で何も見えなかっただろう。
荷物を置いてから、扉を閉め鍵をかけた。
それから、どさり、とベッドに身を投げ出す。
粗末ではあってもちゃんとしたベッドだ、眠るくらいは問題ないだろう。
よほど疲れていたのか、そんなことを考えているうちにあっという間に眠りに落ちていった。
ぱちり。
静かに目を覚ます。
まだ室内は月明かりだけで暗いが、ツールバーのゲーム内時刻表示を見ると午前2時を示していた。さすがゲームだけあって起床時間などは設定しておけばちゃんと目覚めるらしい。
現実でもこれくらいすっきり目が覚めるなら、オレも遅刻しないんだろうけどなぁ。
「おーい、ミッキー。起きとるか?」
「ああ」
手早く身なりを整えて荷物を手にする。
確認すると一番最初にエフォチューと戦って消耗していた生命値は6割まで戻っていた。
さすがに朝食の時間、というには早すぎるので店主に干し肉だけもらって(無論ジョーの奢りである)、部屋の鍵を返した。
村を出て一路北の洞窟を目指す。
「宿に泊まったのに生命値が回復してないんだけど」
「ん? ああ、昔のコンピューターゲームと違って、このゲームやと宿に泊まったからって、傷の全回復はせえへんで」
ええ!?
HPとMPは宿に泊まったら全快するんってのがRPGじゃないのか!?
「一晩寝ただけでどんな怪我も治ってしもたら、それこそリアリティの欠片もないやろ。寝た時間によって一晩で生命値が1割くらいは回復するけども、それ以上は無理やな。あと呪いとかの状態異状と腕が無くなったとか欠損状態も回復せんな」
「……それ、宿の意味あるのか?」
「あるある。このゲーム、徹夜で行動すると段々行動にペナルティがかかるようになっとるねん。せやから寝ておかんといざというときに動きが鈍ったりしてえらいことになるで。あと魔法使い系の精神力は一晩で全快するしな」
「それはわかるけども…生命値が6割とか不安すぎる」
「単純な一撃の攻撃力やったら、小赤鬼のほうがエフォチューよりも低いし、いざとなったら薬草もあるやろ。気楽にしとき」
問題の洞窟までの道のりは森、というほど深くないものの林のようなものがある。
さすがに夜間の移動だと迷うのでは、と思ったが獣道みたいな心許ないものではあるものの、小道が走っているためその心配はなさそうだ。
なんでも昔その洞窟は狩人が住んでいたらしく、その名残だそうな。
途中で日が昇り始める。
うっすらと木々の間に朝の日差しが差し込んでいく。
洞窟が見えてきた。
林の奥にあるすこし開けた崖の下。
そこにぽっかりと口を開くようにその洞窟はあった。
とりあえず目に見える範囲には何もいない。
「よし、行こか」
「ああ」
洞窟の入り口に立つ。
しかし中は真っ暗で2メートルほどから先はよく見えない。
「……灯りつけないとマズいんじゃないか?」
「ふ、心眼を極めた身にとってこの程度の暗闇なんて真昼間も同然…」
「で、本心は?」
「灯りが必要やな」
思わず手刀を作って喉にツッコミを入れようとすると、ジョーが慌てて真顔に戻った。
「しかしそのへんは抜けとらへんで! これを見よ!」
「おぉ、まさか!」
「そう、棍棒や!」
「んな先端に布巻いて油塗られてる棍棒があるかッ!」
ずびしっ!
「げふ…ッ!? の、喉はあかんて…ッ!?」
「とりあえずお前が松明持ってるのはわかったから、さっさと火をつけてくれ」
しぶしぶとジョーが火打ち石を使って松明に火を灯す。
なんでオンラインゲームで、しかも小赤鬼の洞窟の前で漫才をせにゃならんのか…まぁ、ジョーだから仕方ないか。
松明の灯りを頼りに洞窟を進んでいく。
ゴツゴツとした岩肌。
現実のほうでは赤砂山にしかいっていないし、何気に迷宮を体験するのは初めてだな。もっとも、現実のほうにこんな迷宮があるかどうかという問題もあるが。
【問題なかろう。世界各地の神話や伝承といったものを紐解けば、人の侵入を拒む怪異の潜んでいる構造物などいくらでも出ておることじゃしな】
じゃあそのときの予行演習のつもりで頑張りますか。
歩き始めてすぐ。
奥がすこし広い空間になっており、赤銅色の肌をした醜悪な小鬼が2匹いた。こいつが噂の小赤鬼か!!
多分洗濯なんかまったくしたことがない粗末そうな服に、切られたら破傷風間違いなしの錆びだらけの短剣が連中の装備。
ゲームとかアニメで出てくる典型的な小赤鬼だ。
おそらく寝ていたのであろう、奴らの動きは鈍重。
壁によりかかるように座っていた小赤鬼が立ち上がろうとする前に、オレたちは部屋に雪崩こんだ。
ふぉんっ!
剣を振りかぶって振り下ろす。
ざしゅっ!!
チュートリアルで何回も振らされたお陰か、結構深く小赤鬼の顔を切りつけた。顔を押さえて悶える小赤鬼に再度斬りつける。
ざしゅっ!!
切れ味がいまひとつなせいかどうにも手応えが固いが、袈裟懸けのその一撃で小赤鬼が一匹沈んだ。ジョーのほうを見てみると、あっちは既に一匹始末していた。
ジョーの相手をしていた小赤鬼は頭と胴体が泣き別れ。ただのショートソードに見えたけれど、あの刃物の切れ味はオレのものより上らしい。部屋に飛び込むスピードそのものもジョーのほうが早かったからレベル自体も上なんだろうけど。
「ミッキーも手際ええやん。なんかエフォチューに苦戦してたとは思えんなぁ」
ふっふっふ。
あのときとは違うのだよ、あのときとはッ!!
具体的には、黒羽鴉17匹と蜘蛛火9匹、禅釜尚4匹さらに虎隠良7匹分くらい、違うのだッ!
………改めて考えると結構な量だな、おぃ。
すこしして小赤鬼が消えると、そこには古びた短剣だけが残された。
「これやったらボスまでいっても大丈夫そうやな」
「お、ボスがいるのか」
「おるおる。初心者はちとキツいかと思て付いてきたけど、それやったら大丈夫っぽいことやし、ボスはミッキーに任せとこかな」
「…なんか微妙にフラグっぽいな」
「いやいや、フラグっちゅうんはこういうことやろ。“俺、この戦いが終わったら故郷の幼馴染と…”……ごぶぁっ!?」
「言わせねぇよ?」
「さ、さすがミッキー……ツッコミスキルが天井知らず、や…がくっ」
和気藹々とやり取りをしながら、落ちている短剣を拾う。いくらになるかわからないが、今の無一文の状態では今夜の宿にも困ってしまうしね。
戦闘のあった小部屋からさらに洞窟は奥に続いていた。
この奥にボスがいるのだろう。
オレは気合を入れなおして進み始めた。
時系列的には、綾視点で副会長から勧誘されているときの話です。
のんきに部活をしている場合じゃない気がしますね!