30.部活動再開
小さく低い駆動音。
ゆっくりと視界が開けていく。
気づけばそこは草原だった。
オレが初めてアイツ…突撃鼠と戦った場所。
そう、記念すべきオンラインゲーム第二回目がスタートしたのである。
今朝、またしても筋肉痛に襲われた体を引きずりながら学校へ向かったオレだが、そこそこ上機嫌でもあった。
なぜなら土日の赤砂山での戦果が上々といえるものだったからだ。
山分けした分が255P。それと別に自分一人が狩った分が100Pなので合計355Pもの大収穫。無論山分けしたうちのオレの取り分は素材でもらってあるので、まだ換金はできていないのだが。
換金がてらどれくらいレベルが上がったのかも確認したいことだし、起こったことの報告もしておく必要があるだろう。出雲と明日の部活の後に会う約束を取り付けた。
そのまま放課後となり、ジョーに引っ張られるまま部活に到着、そして今に至るワケだ。
今日も天気は快晴、ゲームの中とはいえ気持ちのいい風も吹いている。
何度体験しても(いや、まだ二度目なんだけども)このヴァーチャル・リアリティの精巧さには驚くばかりだなぁ。
『おーい、聞こえとるかー?』
ピロン、という音と共にどこからか声がする。
思わずきょろきょろと周囲を見回すが誰もいない。
『ちゃうちゃう、メッセージボイス送っとるだけやから近くにはおらへんで~。とりあえずそこにおっても何もでけへんし、最初のプロトス村までナビしたるさかい進んどき』
耳には確実にジョーの声が聞こえるのに、視界の範囲には誰もいない。不思議な感じ……でもないか。いつもエッセがしてることと一緒だと思えば。
【このような声を送るだけのレベルの低い通信と同じにしてもらっては名折れじゃ。
おぬしの鈍い頭にも違いがわかるよう、今夜は悪夢をてんこもりで送っておいてやろう】
怖っ!?
ま、まぁ冗談っぽいからきっとそんなことはしないだろう、エッセは優しいし!
気を取り直して歩き始める。
確か最初のチュートリアルでの平原が続いている方向に歩いていけと言われていたので、特に何も考えずそちらに歩いていく。
そして現れる敵。
勿論懐かしの四足獣、突撃鼠だ。
『あー、忘れとった。ミッキー、そのへんなんやけどエフォチュー出るさかい、出来るだけ草原の隅っこ歩いたほうがええで』
遅ぇよ!?
なんという使えないナビだ。
早速突撃を敢行する突撃……あー、もう面倒だからエフォチューでいいや。なんか負けた気がするけども。
以前と同じ突撃だから、さすがに避けるのは難しくない。
ひょぃ。
……あれ?
心なしか、前より楽に避けれる気がする。
一応もう一回確認してみよう。
ひょぃ。
おぉ、確かにちょっとだけ避けるのが簡単だわ。
ゲーム内でのステータスとかの数値は変わっていないはずだから、もしかしてこれは出雲の言っていた感覚ってやつが鋭くなったんだろうか?
確かにここ2週間、リアルで結構な数の敵を倒してきたからなぁ…。
しみじみ思うオレに、さらに突撃してくるエフォチュー。
「あらよっと」
カスったら燃えるような蜘蛛火のような怖さもない直線的な動き。
ひらっと避けてすれ違い様に剣を一閃。
血をまき散らしながらエフォチューはふらついた。
「さすがに一撃で仕留められるような攻撃力はついてないんだよなぁ」
あくまで鋭くなったのは感覚的なもののみ。レベルも武器も変わっていないのだから攻撃力が変わるはずもない。残念に思いながらもう一度同じ動作を繰り返してエフォチューを倒す。
二撃。
死にそうになってた前回を思えば上出来だろう。
エフォチューが消えて現れた戦利品を拾ってさらに先を急ぐ。途中でさらに二匹のエフォチューを狩って進む。
データを作ったときの能力が反映されるから、ゲーム内数値に依存するものは仕方ないとしても感覚を頼りにする行動については、いい練習になるな、これ。
咲弥が言っていた、使えない技の実験といっていたのも頷ける。
赤砂山と違い戦って勝ったからといって経験が積めたり、金銭的に得をしたりするわけじゃないが、代わりにここは死亡というリスク無しで感覚のトレーニングが出来る。
「新しい技能とか習得したり、思いついたことを試すのにもよさそうだな…っと。おや?」
平原が続く先。
遠くに村が見える。
もうすぐ日暮れになろうという時刻。村の建物からは炊事の煙っぽいものがすこしずつ上がりだしているように見える。つまり、あそこには人がいるということだ。
「あれがプロトス村、かな…?」
周囲に警戒しつつ、ようやく見えた村へと急いだ。
村というだけあって集落の規模はそんなに大きくない。遠目に見える家屋の数からすると大体100人くらいの人口だろうか。周囲を粗末な木の柵で囲っているだけで、こんな魔物がうろうろしている世界でやっていけるのだろうかと不安になりつつ進んでいく。
村に近づくと田園風景が広がっていた。
品種的には小麦畑かな?
刈り入れのシーズンはもうすこし先なのだろう。
実っている穂はまだ青い。
ゲームの中であっても実際の生活があると思わせるリアリティのある作りこみだ。最も本当にこの世界の生活があっても納得するけども、と自らの経験上思ったりもする。
オレにとってのリアルが誰かにとってのゲームだったのだから。
さて、村の入口らしき場所にやってきた。
木の柵が途切れている場所に粗末な門があり、そこに「ようこそプロトス村へ」と書かれていたから、おそらく間違いはないだろう。
見張りなのか自警団の青年的な男が一人棒(つい長さを気にしてしまったのはリアルで乳切棒を使ってたからなんだろうなぁ)を持って立っているが、ちょっと見られたくらいで村に入るのに特に咎められることはなかった。
門を入ってすぐ、
「よ、ちゃんと来れたみたいやなぁ」
そこにはジョーがいた。
正確にはジョーによく似た人間、といったほうがいいかもしれない。大体の体格などは同じだが受ける印象が微妙に違う。装備は胸当て、靴、小手、盾、全てなめした皮製品のようだ。腰にはショートソードらしきものを2本ぶら下げている。
「あー、やっぱミッキーはこの前の続きからやっとったんやなぁ。キャラメイキングからやり直しといたらよかったのに。来るまでエフォチュー大変やったんちゃう?」
「そういえばそうだった…何も考えないで続きでやっちゃったな」
以前ジョーから初期状態でもらえる肉体的な補正をかけるため、自分の肉体をベースにして能力値とか色々メイキングできる話を聞いていたっけ。多分今のジョーのイメージが普段とすこし違うのは、その補正のせいで腕がすこし太くなっていたりと細かいところが違うせいかもしれない。
あと眼鏡をしてないのも大きいよな。
頭の上に出ている名前が「ジョー」なので人違いではなさそうだ。
「でもエフォチューくらいは平気だよ。慣れたし」
「おぉ!? 最初はあないに敵が強い強いいうとったミッキーが、平気とか言うてる!? これはアレやな、明日魔王とか雪とか希少魔物とかなんか色々仰山降って来るくらいの天変地異フラグか!?」
「はっはっは、きっと予報は血の雨なんじゃないかな」
「笑顔で抜刀しようとするのやめてッ!? それ降ってくんの俺の血やんか!?」
うん。間違いない、ジョーだ。
「ジョーはパソコンから?」
「そやそや。ヘッドフォンつけとるさかい、音声でメッセージは送れるけどな。さっきから送っとったメッセージはワールド内からミッキーの名前探して名指しで届けてたんや。
ちなみにそっちからはどう見えとるんや?」
「どう…って。もう、まんまジョーにしか見えないよ」
「さよか、とりあえず忘れんうちにフレンド登録しとこやないか」
おぉ、また新しい言葉が出てきたな。
ワクワクしてきた。
「フレンド登録?」
「あー、なんちゅうたらええんやろな。ようは知り合いの登録やな。携帯のアドレス交換するみたいなもんで、フレンド登録したら、その相手が今ゲームやっとったらわかるようになってるねん。せやさかい、一緒にレベル上げせえへんか~、とか誘いやすいわけやな。
あとフレンド登録しとらへんとメッセージ送るのに一々名前入れて検索せなあかんから、正直面倒なんや」
なるほど。
とりあえず説明されるがままに、ツールバーの欄からフレンドを起動させる。
「そこで今出した俺からのフレンド登録申請がきとるやろ? そこにYESって返してもろたらええねん。…よし、OKOK。これでフレンドやな。
もし自分から誘いたいときは相手の頭についとる名前を見ながら……」
「ふむふむ」
フレンド登録の仕方を覚えた!
とりあえず今はジョーだけだけども、機会があればオンラインゲーム部の人みんなとフレンド登録しておきたいな。
「ほんで、ミッキーはここ来たの初めてやろ?」
「うん」
「それやったらチュートリアル進めたほうがええな。多分村長の家行け言われとるはずやで」
念のためウィンドウを展開する。
前にプレイしたときから時間が経っていたけれど、一度体感した操作は覚えていたようだ。
そこにはチュートリアルのメッセージがあり、「貴方はプロトス村にやってきました。旅人はまず村長に挨拶しにいくべきでしょう。村長の自宅は村を散策すれば、すぐにわかるでしょう」とある。
ジョーに気を取られてて気づかなかったな。
「確かに言われてるな」
「ここで待っといたるさかい行ってきたらどや? そないデカい村やないし、すぐにわかると思うで」
「おう」
村の中を探しながら歩く。
小さな村ではあるけれど一応小さな宿屋と雑貨屋はあるらしい。何か世話になるかもしれないので場所は覚えておく。
軒先にぶら下がっている穀物やら、時折聞こえるニワトリの鳴き声など、村は長閑そのものだ。古き良き農村部の風情というのか。もうすぐ日が完全に沈みそうな時間帯のため、人があまり出歩いていないのが残念。
すこしまわると小さな広場があり、その正面に村長の家らしき建物を発見した。ここの建物だけガッチリしておりすこし作りが違う。他の村人の家の中には掘っ立て小屋に近いものもあったけれど、この家はちゃんとしたログハウスみたいだ。
コンコン。
控えめにノックをすると、中から40代の女性が出てきた。
「はい、どちらさま?」
うーん、どう名乗ったものだろうか。
あまり洒落た言葉も浮かばないので、普通に名乗るしかないか。
「すみません。こちらが村長さんの家でよろしいでしょうか?
旅の者で充と申します。つい先ほど村に参りましたので、まずはご挨拶をと思いまして」
「まぁ! 旅の方ですか。ささ、どうぞどうぞ」
拍子抜けするほど簡単に中に通される。
実は強盗とかだったらどうするんだ、と思ったが見るからにあやしい連中が村に来たら、おそらく入口でチェックされるんだろうと結論づけた。
入ってすぐ食堂になっていて、そのテーブルにある椅子を勧められた。横にある台所の竈には料理中だったらしく火が入っている。ちょっと申し訳ない時間帯に来ちゃったかもなぁ。
すぐに奥の部屋から女性に呼び出されたお爺さんが出てきた。年齢は60くらいかな? 頭はさみしいことになっているが、髭は30センチほど伸びており、イメージしやすい村長っぽいお爺さんだ。
「わしがこの村の村長をやっておりますアンベロスですじゃ。
あなたが旅人の充さんでよろしかったですかの?」
「あ、はい。お食事前の時間にすみません」
思わず謝ってしまった。
ゲームだと思えばそこまで気にすることはないのかもしれないけれど、これだけリアリティのあるゲームをしていると相手が単なるNPCだとか思えない。
村長さんとの話は以下の通り。
村の近くの北の洞窟に小赤鬼が住みついた。もし可能であればそれを退治してくれないだろうか、というものだ。
なんでオレに頼むんだろう、と思ったけれど魔物の出る世界で旅をしているんだから、戦うくらいはできるんじゃないかと推測されたんじゃなかろうか。村の入口を警備してるっぽい村の若者よりはオレのほうが強そうだし。敵が小赤鬼なあたりは、ファンタジーのお約束っぽいなぁ。
報酬は銅貨で100枚と、昔冒険者であった村長が秘蔵しているディミトリアカ地方(要はこの村がある地方である)の地図。
正直金銭については貨幣の価値がわからないので高いのか安いのかの判断がつかない。
ただ地図はかなり便利だろう。そもそもこの村以外について右も左もわからないのだから。
チュートリアルウィンドウも「依頼を受けるも受けないも貴方次第です。初心者の方は請けることをお勧めしますが、それすらも自由です。この世界は貴方たちの自由な活躍を待っているのですから」とか、さりげなく依頼を受けたほうがいいよ的なニュアンスなわけだし。
「わかりました。お請けいたします」
覚悟を決めて頷く。
洞窟までの道のりや、小赤鬼の数などを聞いてから、ジョーと合流するため村長の家を後にした。
休みのうちに書き溜めておこうと思うのですが、完成するとついそのまま投稿したくなっちゃうんですよねぇ。
と、いうわけで昼間に投稿させて頂きました。
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