246.区切りの先へ至る決意
いつも読んで頂きありがとうございます。
気づけば評価ptが9000を超えていました。
なかなか進まない話にお付き合い頂いている全ての皆様に感謝致します。
カップを置くと、残っている珈琲はゆらゆらと滑らかにその水面を揺らめかしている。喉を流れて行った液体の香りが鼻腔内を通り抜ける感覚が心地いい……ような気がする。
【それ、以前充が見ておったテレビの表現そのままな気がするがの】
べ、別にいいだろ。
まだ砂糖ガンガンに入れないと飲めないくらいだけど、ちょっとくらい珈琲の良さがわかる大人っぽさに挑戦してみたかったんだよ!
エッセのツッコミに一応返しを入れてから、テーブルを挟んで向かい側に居る月音先輩を改めて見る。
うん、やっぱ美人だなぁ。
スタイルもいいし顔立ちも整っているんだけど、さらに加えるならよーく見ると睫毛が長くて、それが彼女の女の子らしさを強くしているひとつみたいだ。
こんな美人がオレなんかに告白してくれた。
事実だけを数ヶ月前のオレに言ったら、なに無謀な夢を昼間っから見ているんだと鼻で笑われそうなレベルだが、紛れもない事実。
頬を捻るどころか、八束さんにボコられても覚めてないんだから間違いない。
それに対して答えなければならない。
普通に考えれば否定する材料など何ひとつとして存在していない。
まだ知り合って日が浅いけれど、それはただそれだけのことなんだから、これからゆっくり知っていけばいい。付き合うからといって、別段結婚するわけでもないんだし嫌いな相手じゃなければ気楽にOKしても大丈夫な気がする。
特に月音先輩に限って言えば嫌いどころか、結構好きなので猶更だ。
だけど、それでも何か小魚の骨が喉に刺さっているかのように、小さな何かがオレの中で引っかかっていた。
そして冷静になってみれば、それが何かは明白。
この前の“魔王”の件だ。
単純に“魔王”そのものがどうこう、という話じゃない。すでにオレの裡にはほとんど存在していないし、欠片の大半、9割方は八束さんが持っている。
それ以外残っている欠片が再び襲ってきても、その程度であれば今度は対抗するのは難しくない。
どちらかといえば問題は“神話遺産”、という存在が関わってきている、ということに尽きた。
エッセの口ぶりやこれまでの話からするに、世界にはまだまだ“神話遺産”が存在している。
八束さんの“人狼”、“酒呑童子”こと榊さん、そして“魔王”。
もっと言えば“魔女”ことモルガンさんや、ファブニエルさんに感じた気配だってある。
近い範囲だけでこれだけ存在するのだから、それこそ広い世界中を見回せばさらに多く在ってもおかしくない。
主人公という属性を得てしまったオレは、ゲームのボスとして設定されていることが多いと聞く彼らと、好むと好まざるとに関わらず接触せざるを得ない可能性が高い。
結果、今回のように周囲を巻き込んでしまう。
そこに彼女を関わらせてしまっていいんだろうか? その1点こそが煮え切らないオレの心の染みとなってしまっていた。
黙り込んでしまったオレに対して、
「……難しい顔をしていますよ?」
月音先輩は少し困ったように微笑んだ。
「そんな顔に出てます?」
「ええ、そんなにわたしの告白が迷惑だったのかと、心配になってしまっています」
おぉぅ!? 凄ぇ誤解されてるよ!?
「え? え? い、いや! そんなことは!」
慌ててフォローしようとするも、先回りをするかのようにさらに言葉が返ってくる。
「ふふ、冗談です。そんなに慌てなくても充さんの考えていること、なんとなく予測できていますから大丈夫ですよ?」
優雅にソーサーを片手に持ちながら、もう片方の手でカップを傾けるその仕草が唸ってしまうくらい様になっている。
その澱みのない堂に入った動きから日常から家でお茶の時間とかがあるんだろうなぁ、とかそんなことを考えてしまう。
「……この前の夜のこと、気に病んでいるのですよね?」
唸ってしまいそうになるくらい、正鵠を得た一言。
実のところ、あの夜に月音先輩を部屋に送ってから今日に至るまで、彼女にその話題を出していない。敢えて意図的に避けていた。
一応、咲弥たちに確認してもらったところ外傷的なダメージはあるものの、後遺症の残るようなものや、性的に襲われているような痕跡はないと(正直一目散に海岸に向かったので時間的にもそうだろうと思う)聞いているものの、それでも一緒に居たことで巻き込んでしまった、という負い目は消えない。
それが月音先輩が“魔王”の欠片こと巨人に攫われた後のことを聞いていない理由。
「そう…です」
誤魔化しても通用しそうにないから、正直に答える。
「強くなった……そう自分では思ってました」
実感はある。
最初は手も足も出なかった魔物との戦いを経て、主人公を倒し、そして伊達という上位者をも下した。
茨木童子という“神話遺産”が関わるような、さらに上のランクの事件すらも乗り越えたのだから、傍から見れば強くなったと豪語してもいいはずだ。
それでも足りていない。
欲を言えば油断していようが、不意を突かれようが、何があろうとも無事に乗り切れるような、そんなレベル、百歩譲ってどれほどの強者がやってきても何とか歯が立つレベルになっていなければ足りない。
“神話遺産”の欠片による不意打ち程度にしてやられ、さらに八束さんには手も足も出ていなかった。
何とか戦えていたのは彼がそうなるように誘導したからであって、本当に殺し合いであれば“簒奪帝”が反応できない速度で必殺されておしまいだったはずだ。
「これからもおそらく、ああいう事件はオレの周囲に起こってくると思います。
そして毎回今回のように何とか出来るとは限らない。どんな相手が出てきても解決するには、まだまだ力不足なんだと思い知らされてるのに………」
自分の希望を優先して、月音先輩を巻き込むわけには―――そう言おうとして、当の相手に睨まれているのに気付いた。
先程までの微笑みから一転、見るからに機嫌が悪そうだ。
「充さんは神様にでもなりたいんですか?」
ずぃ、と少し身を乗り出さんばかりの剣幕に思わずたじろぐ。
なんでこうも怒ってらっしゃるんでしょーか?
【……はぁ。本当にそのへん、おぬしはアレじゃな】
アレって何!?
【まぁ丁度いい機会じゃ。
せっかくの機会でもあるし、月音嬢にそのへんの認識の間違いを正してもらうがよかろう】
突き放すようなエッセの言葉に続いて、月音先輩が言う。
「いくら少しばかり特別だったり、不思議な力を持っていたとしても、充さんもわたしも人間です。昔話にどうしようもない存在として出てくるような相手と比較していれば、力不足なんて当たり前じゃないですか!
それを簡単にどうにか出来るような力を持つまで、誰も巻き込まないようにするだなんて、それはとても酷いと思います。酷過ぎる優しさです」
充さんにとっても、周りの人にとっても。
そう彼女は続けた。
「それに……忘れていませんか?
巻き込んだ、というのなら、それはわたしのほうがずっと先輩です。
貴方を主人公との戦いに巻き込んだのが、そもそも今の状況になっている大きな理由のひとつですから」
力説されてしまった。
なんかいつもの月音先輩っぽくないというか、何というか。
凄く一生懸命に主張してくれているのが伝わる。
「ですから、もっと建設的な話をしましょう。
巻き込んでしまう、というのはわたしにとっては何の理由でもありません。それでも充さんがそれを気にするのであれば、それをどうやったら解消できるのか。
それを話す方が有意義だと思いますよ?」
……いや、ホント凄いな。
そこで思考停止しないで、こうやって前向きになれるってあたり、さすが生徒会長として人に選ばれるだけのことはある。
「例えば……わたしが強くなって、それこそ逆に充さんをどんな相手からも守れるようになるというのも、ひとつの方法ですよね。
巻き込んでしまうのに答えを迷う、ということは脈自体はちゃんとありそうですし」
そ、その発想は無かった!?
いや、なんていうか、やっぱ女の子は男が護るべきだとばかり……。
そんなオレのキョドりを余所に、彼女は決意した!とばかりに拳を握った。
「わたしもエッセさんの言うところの“逸脱する者”です。言うなれば充さんと同じだけの伸び代はあるはずです。そうなれば、なんの問題もない……そういうことですね?」
確かに理屈としては間違っていない。
いつぞや、オレが校庭で暴走しているときに見せられた彼女の“かぐや姫”を思い出す。
完全に“簒奪帝”の攻撃を相殺し切ったあの力ならば、同等以上に化ける可能性は確かに高い。
勢いに押されて思わず頷く。
「そのときに、充さんが心置きなく答えを言えるように頑張りますね。
勿論、その前に充さんが心変わりして答えを言いたくなっても大歓迎ですよ?」
「は、はははは……」
とりあえず保留……という扱いになったんだろうか。
思ったより月音先輩がグィグィ来ててびっくりしたけど。
【そりゃそうじゃろう。おぬしは巻き込む巻き込まないで物事を考えておったようじゃが、それを言ってしまえば他の者もだとて同様。
だからといって他の全ての者との関係を断とうとはしておるまい? 例えば綾嬢など、幼馴染ということでかなり親しいが、重要NPCではあるもののそれこそ何の力も持っておらぬ一般人じゃ。巻き込まぬため、というのであればまず第一に遠ざけるべきであろうが】
でもそれは出雲がいるから……。
【出雲がおるから守れるだろう、という理由で遠ざけないのであれば、今の充の力からすれば同じレベルで守ることが出来なくもないのじゃから月音嬢への回答を悩む理由にはなるまい。
つまるところ、綾嬢との幼馴染の絆がそのへんの判断を甘くしておる。逆に言えば、自分に好意を寄せてくれてはいるものの、そのへんの基準を甘くしてくれるほどではない】
それはつまり―――
【そういった意味で、未だに綾嬢に負けておる部分があると気づいてしまったからこそ、必死になっておるのではないか。可愛い女心よの】
うーん。
でもそれは仕方ないじゃないか。やっぱ長年一緒に居る相手、しかも昔告白まで考えた相手なんだし。
逆に月音先輩こそ出会ってからの短期間でこれだけ親密になってるんだから、その方が凄いと思うけど。
【えぇぃ。恋愛はそういう理屈だけでは語れぬ、そういうことだとでも思っておけ。
まったく……こんなことをわざわざフォローされねばわからぬのだから、本当に朴念仁だの】
うぐぐ。
エッセにやり込められながらも、今の結論に対しての異論があまりないことは自覚していた。
引っかかっているものがあって大きな声で付き合いたい、とは言えないものの、月音先輩への好意は紛れも無く有ったのだ。
巻き込んでも大丈夫と思えるくらいになるのっていつかわからないし、もしかしたらその前に愛想を尽かされるかもしれない。
それでもこんな美人との間に可能性が残るのなら、それが一番いいことには違いない。
あー、そう思ったら少し安心してきた。
今後もちゃんと見放されないように頑張らないとな!
今更ながらに一気にまくしたてたことを恥ずかしがっているのか、少し赤くなって珈琲を口にしている月音先輩を見ながら、そう思った。
だから、このときのオレは気づかなかったのだ。
彼女が決意した本当の意味―――月界の定めへの反逆を。
勢いに押されていっぱいいっぱいだったせいで、あの月夜にあったことを聞かなかったせいで、彼女が一体何に対して、どれだけの覚悟を費やしてオレへの想いを貫こうとしたのかを。
高校一年生の夏。
海のイベントはこうして幕を閉じたのだった。
要約:土壇場でビビって舞台から降りようとしたら、押し切られて試合継続することになった(なお引き続き攻め込まれる模様)
次回から新章になります。
長かった……気づけばもう冬ですよ!




