245.あの日、この場所から
なんとか宿に戻って夜が明けた。
そして寝床から這いずるようにもがき苦しむオレの姿が!
「うぐぐ……身体が痛い」
【当然じゃろう、人が止めるのも聞かずにあれだけ“魔王”の力を行使し、無理矢理限界以上の力を引き出したのじゃから、当然反動はあって然るべきではないか】
ぐうの音も出ないなぁ。
正直なところ、対抗戦の後とか伊達戦の翌日とか、一気に疲労と痛みが押し寄せてきたことが過去何回か会ったお蔭で、なんとか耐えられないほどじゃないけどね。
とはいえ、
「最終日だし、気合入れないとなぁ」
あふ、と欠伸をしながら伸びをする。
眼は覚めたものの、さすがにちょっと身体がキツいので朝のロードワークはサボるとして。
二泊三日の海の家バイト最終日。
昼過ぎくらいまで手伝ってそのまま帰り予定だから、なんとかどこかで上手く時間作って月音先輩への告白の返事とかしないといけないし、これは中々ハードな1日になりそうだった。
【もう少しオタオタするかと思ったが、どうやら腹を括ったようだの】
一応ね。
返事の内容は決まってるし、後はちゃんと言うだけだからそれなりに落ち着いてるよ。
それになにより、あれだけ向こうから踏み込んでくれたんだから、はぐらかしたりせずに思ってることを素直に答えないと筋が通らない。
そう思ったら必然的に腹も括れるさ。
ここで退いては男が廃るぜ!!
……などと気合を入れたのはいいものの。
朝食や海の家のバイトの時に、上手いこと2人っきりになるタイミングが無く、何事もないまま帰りの時間。しかもすでに駅まで来てしまっております、ハイ。
「間もなく、1番ホームより各駅停車、北鹿島行きが4両編成で発車致します」
内心落ち込みながら、アナウンスを聞き流しつつ窓からホームをぼんやりと見ていると、
「なんやなんやなんや、ミッキー。元気ないやん?」
「えぇぃ、ちょっとしんみりしてる気分なんだよ、そっとしておいてくれ」
「え~。もうすぐ解散やから、この愉しい夏のあばんちゅ~るがしまいになってしまうんやで!?」
と、突然ジョーが盛大にため息をつく。
「はあぁぁぁぁぁ……」
「今までテンション高かったのに、急に落ち込み過ぎじゃね!?」
「いや、そないなこと言われても、これが落ち込まんでいられるかっちゅーねんっ!?」
いつも通り淡々とツッコむ咲弥に対して、ジョーは凄い勢いで答えた。
「なんでこないにトラブル続きやねん!? 初日はよかったけど、二日目はなんや浜辺に廃材みたいなんが大量に流れ着いて困ってまうし、しまいにゃ夜に不発弾が見つかって撤去で避難やと!?
どこぞの人生カードゲームやあるまいしイベント有り過ぎやろ!?」
まぁ気持ちはわかる。
まさか海の家バイトがてら海水浴に来て、これだけ色々あるとは神様でも思うまい。
主にオレが原因だけどな!
それにわかると言っても、
「大丈夫」
「? なにがやねん?」
「どんなことがあっても、ジョーが今最後の賭けで負けたことは変わらない」
咲弥が淡々と事務的に告げながら、先程ジョーが振ったサイコロの目に対応したカードを渡す。
人生カードゲーム最悪のひとつとして呼び声高い「ザ・打ち切り人生暴走エンド」である。
「ギャー!? それはあかんやつやねんっ!?
せっかく壮大な伏線とかフラグとか色々つけてみたりしとるいうんのに、いきなり打ち切りで全部ご破算いう悪魔のようなカードやねんかぁ~!!?
あまつさえそれどころか、制限時間ありきで打ち切りまでの残り時間を唐突に知らされる主人公立ち位置と来たら、もう暴走するしかない的な感じになるという絶望!!」
うん、とりあえずツッコミどころは数あれど、まず一言言っておかないといけないことは間違いない。
「話を逸らすにしたってやり方があるだろ、ジョー……」
「さすがに少しばかり強引なのは免れませんものね」
そうこうしているうちに電車が動き出した。
車窓越しに流れていく景色。
かすかな潮風と美しい海岸線が視界を彩っている。
こっそりと月音先輩の様子を窺って見ると、丁度目が合ってにっこりと微笑まれた。
うん、これはすごーく返事を期待されている感じだ。
さすがにオレでもわかる。
どうにかして2人っきりになれるようなシチュエーションを作って、そこでちゃんと返事をしないと……と思えば思うほど内心焦っていく罠。
【腹を括ったとか、男が廃るとは何だったのか……やれやれ】
腹を括っていようが、ドキドキするのはドキドキするんだよ!
こう、出雲みたくイケメンに生まれついていて告白されまくって慣れているのならいざしらず、最近までそういうのにはとんと無縁だったもんでね!
【ふむ……まぁそのあたりは周りに見る眼のない連中が集まっておった、とでも思えばよかろう】
そりゃどうも。
しかしアレだな、聖奈さんにはすでにバレてるからいいとして、そうなると咲弥にも伝わってると見た方がいいか。そうなるとあとはジョーに水鈴ちゃんあたりに気づかれないように、月音先輩を連れ出せばなんとかなるな。
【綾嬢はいいのかの?】
あー、まぁ何気に綾は鋭いし、どっちにしても後で色々聞かれるだろうからそのへんは気にしないでおくよ。それどころかなんでかわからないけど、今も意味深な視線をチラチラと向けてきているあたり、絶対何か感づいてるに違いない。
悶々とすることしばし。
いくら悩んでいても時間は進む。
電車は無事に金座大路駅まで戻ってきていた。
この駅が最初の集合地点でもあったのと同時に解散地点でもある。
つまるところ、この旅行もいよいよ終わりということだ。
「あー、戻ってきた戻ってきた。やっぱ故郷は違うもんやなぁ~」
「二泊三日で大袈裟過ぎないか……?」
「ふっふっふ、喩え1分1秒であろうとも、最も長く過ごした故郷はいつでも心の片隅でこっそり忘却の海の果てに行っているものなんや!」
「がっつり忘れてるじゃねぇか!」
「げふん!」
「それ以前に、その意味だと故郷は関西になるんじゃ……」
オレのツッコミに続くように補足する水鈴ちゃんの追撃。
うん、実に平常運転だ。
少しゲホゲホとわざとらしく咽る動作をしていたジョーだったが、サクっと立ち直ると集合している全員を見回し、
「色々予想外のことがあったけど、それでも楽しく過ごさせてもろた。うちの方も助かったし、それもこれもみんなのお蔭や。ありがとう。
ほんなら、予定通りここでこのまま解散や。別に遠足ちゃうから帰るまでが旅行!とかは言わへんし、どっか寄ってったりしようが、真っ直ぐ帰ろうがそこは各自の判断やな」
ジョーにまでニヤニヤと意味深に視線を向けられてるし。
こりゃ絶対、後で学校で根掘り葉掘りされるな。
せめてもの救いは学校再開が夏休み明けで、まだ間があるってことくらいかな。
そんなことを思っていると、
「ミッキーとかオンラインゲーム部のメンツとは8月5日からの合宿あるけど、他の人と今度顔合わせるんは夏休み明けやな。
ちなみに! みんなに愛されとるジョー君の予定は今のところ結構余裕あるさかい、遊びに行くとかデートとかばっちこい!なことだけ覚えといてな!」
冗談めかしてオチをつけ笑いを誘いつつ、そのジョーの挨拶を以って解散となった。
……そういえばオンラインゲーム部の合宿があったんだっけか、無念。
参加無料で遊び倒せるんだからキャンセルするのは勿体ないし、そこは覚悟を決めるとしよう。
っと、いけないいけない。
今はそれよりも遥かに大事な、文字通り一大事があるんだった。
「月音先輩。この後、お時間あります?」
バクバクと緊張のあまり高鳴る心臓の音が大きすぎて、近くの人間みんなに聞かれているような錯覚すら覚える。それでもなんとかドモることなく言葉を発することは出来た。
「大丈夫ですよ」
おし。
うん? 何か後ろで綾が妙な動きをしているな。
ジェスチャー?
口の動きと手の動きから何を言おうとしているのかを読んでみる。
が?……ん? わ…?? いや、三文字目よくわかんないな。次は……れ?
?? ああ! 頑張れ、か!
とりあえず両方の拳を小さく握ったファイト!的なポーズしたので、おそらく間違いはないだろう。
薄々バレてるとは思ったけど、最早バレバレ過ぎる……。
「じゃあ、ここじゃなんだしちょっと落ち着ける場所に行きましょうか」
「はい」
と、いうわけで皆と分かれて月音先輩と歩き出す。
せっかく幼馴染も応援してくれてるわけだし、ここは頑張りどころだ!
何かを言おうとして聖奈さんに口を塞がれ、もがもがと連れていかれてゆく咲弥も気になるけど。
さて、どこへ行くべきか。
悩んだ挙句やってきたのは―――、
―――喫茶店「無常」。
え? 芸が無いって?
何を仰る、一介の高校生がそういくつもこのクォリティの行きつけの店とか持ってるわけないだろ!?
むしろこんな雰囲気のある喫茶店を一つ知っているだけでも、小洒落てる高校生だと感心して欲しいところですよ。
【別段そんなことは言うてはおらぬが……確かに一介の高校生では、大妖の営んでいる喫茶店を行きつけなどには出来んじゃろうから、言っておることは間違っておらぬか】
確かにオーナーが酒呑童子とか、ちょっとレア過ぎるけどツッコミどころはそこじゃない気がする。
ちなみに着く直前に定休日だったらどうしよう、とか内心冷や汗をかいていたのは内緒。
レディ・ファーストよろしく入口の扉を開けて半身を突っ込んで月音先輩を店内へ誘導。こういう洋風アンティーク調の内装だとレディ・ファーストも遣り甲斐があるよね。
「いらっしゃいませ」
「あ、どうも。二人なんですけど」
幸い店内は余り人がいないようだ。
恥ずかしがるわけじゃないけど、話をするにはそのほうが都合がいい。
「充様、どうぞこちらに」
いつぞや鬼首大祭のとき、榊さん不在のときに会った店員のお兄さんが席へ案内してくれた。
茨木童子の記憶を見てしまった今、この人も結構な鬼なのがわかっているので感慨深いものがある。ぶっちゃけ、この人(いや、鬼なんだけど)がいなかったら今の状況は在り得なかっただろうし。
案内してもらったのは、少し奥まった場所にあるテーブル席。
相変わらずびっくりするぐらい座り心地のよい椅子に腰かけて注文すると、店員さんは「かしこまりました」と一礼して離れていく。
もう、去り際に彼が小さくサムズアップしていい笑顔を浮かべたような気がしたのは、もう気がしただけということで忘れよう。
「落ち着いていて、良い雰囲気のお店ですね。ちょっと意外ですけれど」
「? そうですか?」
くすりと微笑む月音先輩。
彼女の方は、意外というどころかむしろ逆にこの店にしっくりと馴染んでいて、まるで通い慣れている常連さんのように見える。本格的な英国調のクラシカルな雰囲気と、月音先輩の金髪で西洋風の顔立ちがマッチしているせいだろうか。
「単なるイメージです。高校生くらいの男の子がよくいくお店だと、ファーストフードとかもっと元気なお店かな、なんて思っていたんです。聖奈さんからもそんな話を聞いていましたし。
だからこんなに大人っぽい、と言ったら失礼かもしれないですけれど、本格的な喫茶店は想像していませんでした」
なるほどねぇ。
とはいえ、別に他に行くところがない、というだけの理由でこの店に来たわけじゃない。実はちゃんとした理由もあるのだ。
【ちゃんとした理由“も”?】
……いや、確かにここ以外だと、そのへんのファーストフードとかくらいしか選択肢がなかったのもあるけどさ。
丁度、注文した珈琲が運ばれてきたのを確認してから、会話を続ける。
「実は、ここなんですよ」
そう、全てはあの日から。
「この店に出雲と来てたんですけど……ふと月音先輩をお見かけしまして。
様子がおかしいから気になってついていったら、月音先輩が子猫をかばおうとしていた状況だったわけです」
意味に気づいた彼女が小さく驚いているのがわかる。
装備を買いに来たあの日。
あそこでたまたま通りがかった月音先輩を見かけていなかったら、それどころかその後に気になって首を突っ込まなかったら、今こうして彼女と向き合っていることは無かっただろう。
そのせいで上位者と戦う羽目になったりと色々と苦労したけれど、あのときの選択は今でも後悔していないし、むしろよくやった!と褒めてやりたいくらいだ。
「だからせっかく話をするなら、この店がいいと思ったんです」
照れ隠しに砂糖を3つほど珈琲に入れてかき混ぜながら言うと、
「……はい、わたしもそう思います」
何を思い出しているのか、これ以上無く嬉しそう微笑みを見せてくれた月音先輩が視界に映った。




