244.残された課題は
そんなこんなで色々あったわけだけども。
「はぁ~……」
互いの状況を確認し合って、なんとかひと段落したところで、大きなため息をつく。
そのあまりの見事さは、一緒に歩いている巫女姉妹が思わずこっちの顔色を窺ってしまうほどだったらしい。
【“魔王”といい、“人狼”といい、一晩で立て続けに“神話遺産”クラスの相手と戦うような騒動を、色々あった、の一言で済ませてしまうのはどうかと思うがの】
そりゃそうやって字面にすると、並大抵のことじゃないのは間違いないんだけど……もう体力的にも精神的にも疲労し過ぎてて、今はあんまり深く考えたくないところだ。
【まったくもって、充は大物じゃ】
うぐぐ。
勿論冷静に考えたら、伊達みたいな上位者クラス相手に四苦八苦してたはずのオレが、そんな連中が集団で戦って弱点を突いて倒せるかどうかというボスレベルの相手をしてる、ってのは驚く以外ないのは確かだけど。
「充さん、大丈夫ですか?」
「ミッキーちゃん、平気?」
おっと。
心配してくれているらしい咲弥と聖奈さんになんとか笑い返す。
「あー、平気平気。なんか一晩に立て続けにイベントがあったから、精神的に疲れちゃっただけだよ。宿に戻ってのんびりすれば大丈夫だと思う」
八束さんとのやり取りの後、少し休んでからオレたちは宿へと向かっていた。幸いというか、どこかに避難していた人々もそれぞれ自分の家などへバラバラと帰り始めており、そこに紛れる形になっている。
さすがにこんな深夜にフラフラと高校生が歩いていたりすると、場合によっては警察官に補導されてしまうことも考えられたが、そのへんは人払いの効果も含めてしっかりとされているようだ。
原理はさっぱりだけども、主人公―――正確にはその権限を奪っている―――オレに都合がよい、という事実だけわかっていればいいや。
ふと耳を澄ませれば、
「しかし不発弾がいくつも発見されるとか、ホント一生に一度あるかないかだよなぁ」
「マジ、宝くじ当たるくらいの確率じゃない?」
「それくらいだったら宝くじの方、当たって欲しいけど」
だの、
「こっちはのほうはよかったけど、海岸に近いほうはまだ避難が解除されてないらしいな」
「でも良かったわ……うちの母親あっちに住んでるんだけど、爆弾は無事に撤去は出来たらしいからあとはその周辺の安全確認だけみたいだし」
とか言っている人たちの声が耳に入る。
どうやら今回は不発弾の撤去ということで住民が避難させられ、そしてこっそり修復が済んだ場所から順次避難を解除しているようだ。
全く関係ない人の犠牲は出ないに越したことはないので、めでたしめでたし。
「よし!」
気合を入れ直して先へ進んで行く。
疲れているのは確かだけど、現状はそう悪くもないし頑張れる要素があるので宿までならなんとかなるだろう。
やせ我慢をしているとでも思ったのだろうか。
聖奈さんがこんな言葉を投げかけてくる。
「重かったら言って下さいね。少しであれば、咲弥と二人でなんとか出来ると思いますし」
とんでもない!
思わずそう言いそうになった。
何のことかって?
そりゃ当然、オレが背負っている月音先輩のことですよ、うん。
じきに目を覚ましそう、とはいえ海岸に放置するわけにもいかず。
気を失っている女性をどうやって運ぶのか、と言えばお姫様抱っこか背負うかの二択くらいしか思いつかないので、とりあえず後者を選んだわけです。
え? なんでお姫様抱っこじゃないかって?
冷静に考えてみて欲しい。
一応、ステータス的には問題ない。
それこそ鬼の膂力までゲットしているんだから、人の1人や2人くらいひょぃっと持ち上げることが出来る。さすがにどっかの物置の宣伝みたいに、100人乗っても大丈夫~、とまではいかないけどね。
だけど外見的には、オレは割とひょろい青年男子に過ぎない。
勿論何もやってない人間と比べればしっかり鍛えてある自覚はあるけども、人間を軽々と持ち歩けるような筋力は似ても似つかない。
つまるところ、変に思われないようにお姫様抱っこすることは断念したのだ!
【ほぅほぅ、では恥ずかしいとか、そういうことでやる勇気が無かったとかではないと?】
はい、ゴメンなさい。
全くもってその通りです、うん。
思春期の微妙な男子心には人前で堂々とお姫様抱っことか無理です。
こう、危機的状況とか戦闘中とかノリノリなときは気にならないんだけど!
【正直でよろしい。背中の感触にその鼻の下を馬鹿面の如く伸ばしていることについても、小一時間ほど説明できれば、なお言うことはないがの】
むぐぐ…っ。
あれだけのことがあったんだから、ちょっとくらい癒しがあってもいいと思うんだ。
具体的には背中に感じる男にとっては永遠にロマンスな感じの膨らみとか!
結構服も破れたり何なりしていたので、月音先輩には昼間鬼たち用に確保してあったTシャツを着てもらっているのだけど、生地が薄手なので最高である。
とか、そんなことを考えていたら、
「………ぇぃ!」
「おぉっ!??」
なぜか咲弥から脳天チョップを喰らった。
「な、何を……?」
「不穏な気配を感じた」
さすが巫女。
邪な気配を察知する能力は一級品のようだ。
さてさて、そんなこんなで歩き続けているとようやく宿が見えてくる。
宿の入り口前の広場と入ってすぐのロビー。
そこに結構たくさんの人がいるのがわかる。なんとなく様子を窺って見るが、どうやら例の不発弾騒ぎでここが近所の避難所になっていたようだ。
普通は学校の体育館とかじゃないかなー、と思うのだが。まぁこの暑い時期だからこっちの方がいいのかもしれない。
人々の中には宿泊客もいて簡単に紛れ込めそうだっただな、っと。
お? あそこにジョーたちがいるな。綾とか水鈴ちゃんも無事で一緒に行動しているようだし、こっそーりと混じってしまうことにしよう。
「お、ミッキー! どこいっとったんや!!」
「い、いや、ちょっとみんなで夕涼みに行ってたら……」
驚きながら近寄って来るジョーに説明しようとするが、いきなりドモってしまって上手いこと説明することが出来ない。
そこに、
「ええ。夕涼みの最中に警察の方から避難という話をお聞きしまして。ずっと近場の避難所にいたのですがようやく戻ってこれた次第です」
「あー、そやったんかぁ……そりゃまた災難やったなぁ」
聖奈さんがすかさずフォローしてくれて事なきを得た。
ホント、今回は天小園姉妹には世話になりっぱなしだなぁ、そのうちこの借りはちゃんと返さないと。
「探しとったのに見つからへんかったから心配しとったんやで?」
「ゴメンゴメン」
「しかし不発弾騒動とか……海岸のゴミの件から始まって、なんや色々けったいなことだらけやなぁ。ちょっと丸塚屋もお祓いしといたほうがええかもしれへんなぁ」
やめて下さい、鬼が浄化されてしまいます、とはさすがに言えない。
まぁ冗談はさておき、
「お祓いするかどうかはともかく、とりあえず部屋に戻って休みたいよ。さすがにこれだけドタバタすると色々疲れちゃって」
「そうやな。昼間は昼間で海の家で頑張っとったわけやし、さっさと寝ぇへんと……って、あれ? 今更やけど、なんで月音先輩おんぶしとるん?」
「うん、そこは真っ先に聞かれると思ったんだけど。実は―――」
「しかも気ぃ失ってるみたいやし……は!? まさか、ミッキー、月音先輩へ暗闇に乗じてオオカミさんの如く襲い掛かってあ~んなコトやこ~んなコトをさせようと、ドラマとかでありがちな薬品を染み込ませたハンカチで意識を奪ってしもたとか!?」
「なんでだよ!? ってか、大勢人がいるところで人聞きの悪いこと言うなよ!?」
「そんでもって、でも結局、失敗してもうて不発! 無念! 不発弾だけに!」
「上手く言ったつもりか!?」
いや、ホントに周りの人の目が痛いからやめて!?
ちょっと貧血でフラついて倒れちゃったから、背負ってるだけ的な言い訳をしつつ誤魔化す。どちらにせよこんな人がザワついてるところで落ち着けるわけもなし、さっさと部屋に戻って休もう。
ツッコミがてら咲弥から、ジョーが喉への水平チョップを喰らっているのは見なかったことにする。
「成敗…」
「はぁ……ジョー君。もう夜も遅いんだし、そのへんにしておいたほうがいいと思うな」
「か、軽い冗談やって。何事も無かったことやし、早いトコ寝よ寝よ」
咲弥と綾からの援護射撃に茶目っ気のある苦笑を浮かべつつ肩を竦めるジョー。
誤魔化すように彼にぽんぽん、と肩を叩かれたのと同時に、、
―――ぞわり!!!
全身が総毛立つような違和感を感じ、思わず周囲を確認する。
ざわめく人々。
ホールの内部。
大きな窓ガラスから見える、坂の多い街並みと遠くの山々の風景。
どれもおかしなところはなかった。
それでもほんの刹那だが、喩えようのないような劇的なまでの拒否感が沸き上がるような、そんな感覚が全身を貫いたのは間違いない。
すっかり小さくなった“魔王”も、八束さんからもらったばかりの“餓狼”も、ざわついているのがわかる。
「? ど、どないしたん?」
「ミッキーちゃん、どうかした?」
突然オレが周囲を気にしたので、慌てた様子でジョーや咲弥たちが心配そうに問うてくる。
間違いない感覚ではあったものの、あっという間に溶けて消えてしまったために原因がわからない以上、話しても仕方ないと判断。なんでもない、と頭を振った。
部屋へと戻るべく歩いていく。
少ししてから、ふと気が付くと並ぶようにこっそり近づいてきていた女性が一人。
「大分お疲れのようですね……。充さんはまだ大仕事が控えているみたいですし、着きましたら月音先輩は任せて早くお休み下さいね」
……は?
聖奈さんから投げかけられたその一言に呆けるように硬直する。
大仕事……?
「あら? 月音と夜にお出かけされた、というお話だったのでてっきり告白でも受けたのかと思ったのですけれど、違いまして?」
いや、違わないけどもさ。
なんでそれを知ってるの!?
「すっかり顔に出ていますよ。その様子ですと、やはりご返事はこれから……というところでしょうか。つまり! 明日は頑張って気合を入れないといけませんね!」
「なぜそれを……」
―――ぞわぞわぞわぞわ…っ!!
おかしい。
彼女は笑顔にも関わらず、背筋が寒くなるのが止められない。
ま、まさか、さっきの総毛立つ感覚の原因は彼女だったりするのか!?
「巫女の勘、侮ってはいけませんよ?
どういう結論になるにせよ、しっかりと対応して頂けないようなら、わたしのほうも色々と動かないといけませんし……ええ、勿論、充さんなら月音先輩に気合の入った返事をして頂けると信じておりますけれど」
ふふふふふふ。
そんな擬音が背景に見えてしまいそうになるような、そんな笑み。
「が、頑張ります……」
なんとか絞りだした声はそれだけ。
彼女が年下をからかって楽しむ趣味があることを、まるっと忘れていたオレは目の前の女性の迫力にすっかり恐れ戦き、月音先輩への返事に対して二重の意味でプレッシャーを感じてしまうのでした、まる。
とはいえ、疲労していたのは間違いなかったようで、月音先輩を部屋まで送り届けた後、オレは自室でばったりと倒れるように寝てしまった。
そのためプレッシャーで寝られない、という事態にはならなかったことだけが救いだけど……ああ、明日が怖い。
次回で海編終了となります。




