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VS.主人公!(旧)  作者: 阿漣
Ver.4.04 月乞う者たち
244/252

242.もうひとつの代償

何をトチ狂ったか本日2話目の更新です。

どうぞお楽しみ下さい。


 急速に力が抜けていく。

 それを自覚しながらも、減少していった分を補うように気力で立て直す。


「これは……ちィとばかしキツい、か」


 鬱蒼とした森の中。

 大地を踏みしめて進んで行く脚も覚束ない。

 ここまで消耗したのは随分と久しぶりだろう。


「いつ以来だったか……。

 吸血鬼ンときもここまでじゃなかったから、あの性悪な狐野郎と戦ったときくらいか」


 自嘲気味に吐き捨てながらも歩みは止めない。

 結果だけ見れば上々。

 弟分は無事に正気に戻ったし、“魔王ラーヴァナ”による被害も抑えることが出来た。喩えこの身に増大した“魔王ラーヴァナ”の制御とそれが齎す苦痛がのしかかる羽目になったとしても。


 正直、胸をぶち抜かれた時は危なかった。


 榊さんとの戦いのように単純な物理的損傷であれば、まだなんとかなる。

 厳密には満月である必要はあるし、そもそも通常の人狼の再生力では心臓を修復するのは無理だというのはあるものの、俺に関して言えばなんとかすることが出来る。


 だが略奪系能力アレは話が別だ。


 心臓をぶち抜かれた状態で、自らの本質である“餓狼”を奪われる。

 俺の再生能力を構成している二つの柱―――生来の再生能力と“魔王ラーヴァナ”による宿主修復―――はどちらもその発現を“餓狼”に根差している。

 その根源を奪われた状態で、あれだけの傷を負って生きていられるのか、やってみなければわからないレベルでどう転んでもおかしくなかった。


 唯一あった勝機、というか今回の結果を齎して決定的要素。


 それは在り得ない月齢の加護。

 本来は満月までしか加護は存在しない。

 満月こそが人狼が最大の力を発揮できる環境のはずだった。

 だがあの周辺だけは違ったのだ。


 道中でも感じていた好調さ。


 理由は定かではないものの地上に新たな月でも顕現したかのような、通常の倍の加護が得られていた。これにより生来の“餓狼”の基本能力が高まっていたからこそ、ごく一部とはいえ“餓狼”が奪われて欠けた状態で尚あの結果を導き出せたのだ。


 正に綱渡り。


 もしもあのとき、もう少し“餓狼”を多く奪われていたら。

 もしもあのとき、もう少し取り込んでいる“魔王ラーヴァナ”が多かったら。

 もしもあのとき、もう少し月の加護が少なければ。


 ほんの小さな要素ひとつで全てが崩壊していたかもしれない。

 そして、もっと言えばそんな状況すら切り抜けたからこそ、今の自分がいる。それは素直に満足していいことに違いない。


 なんとか合流地点まで辿り着き、手近にあった倒木に腰かける。


 充との戦いの後、バイクを回収。

 用意してあった予備の服へ着替えてから、佐伯さんに連絡を取って合流地点までやってきた、というところだ。


 すでに“魔王ラーヴァナ”を操っていたと思しきクソガキも回収済み。そいつを調べれば、どうやってその力を得たのか、そしてどうやって制御していたのかなど重要な情報が手に入る可能性があるからだ。

 ちなみに裏で色々と手配をしてくれていたのは佐伯さんだ。

 こういうときの手際の良さには大変助かっている。


「そう言えば子供が生まれたばっかりだったっけか……なんかお礼送っといたほうがいいかもな」


 入道海岸を離れたせいなのか、それとも別の要因なのか。

 今はすでにイレギュラーな月の加護は消えている。

 通常通りの人狼の力に引き戻されてしまった今、“魔王ラーヴァナ”の力を抑えるのも一苦労だ。

 充に一部を奪われて減衰している“餓狼”に対して、取り込んだ“魔王ラーヴァナ”は昨日までの優に3倍近くに膨れ上がっている。まだ1割ちょっと足りていないが、体感的には大元の存在の9割近くがすでに俺の裡に取り込まれている。

 制御を誤ればいつ侵食されてもおかしくない。

 まだなんとか制御できてはいるものの、しばらく慣れるまではそれ以外に余力を割くことは難しいだろう。ある程度の日数がかかるかもしれない。


「溜まりに溜まってる有給って奴を消化すンのも、いいかもな」


 そんなことを考えていると、


「お疲れ様、八束君」


 聞き覚えのある声に振り向く。


「ああ、佐伯さん。子供さん生まれたばっかなのに、色々時間外の仕事させて悪か―――」



 ごとん。



 振り向いた瞬間、その目に映った人物。

 その首が落ちた。


「―――っ!?」


 吹き出す鮮血。

 思わず硬直した俺に対し、それを成し遂げた相手は満足げにニヤリと笑う。

 


 ……どさり。



 首を失って、そのまま重力に引かれて倒れる身体。

 その後ろには開いた扇子を振り切った状態で立っている一人の男の姿があった。

 吹き上がった血飛沫のすぐ後ろにいたにも関わらず、その衣装に返り血のひとつすらついていない。


「………てめェ…ッ!!」


 ギリ、と歯を噛み締める。


 その力。その佇まい。その雰囲気。

 忘れるはずがない。

 鬼首大祭を裏で仕組んでいた全ての黒幕。

 史上最強の陰陽師。

 

「…晴明ェ………ッッ!!!」 



 ―――安倍晴明。



 くそ。

 いくら格上だからといって、ここまで接近を許したってのか…っ!!

 万全の状態ならもう少しなんとかなったかもしれないことに歯噛みする。

 正直なところ、俺と榊さんをあしらうレベルの“神話遺産ミュートロギア・ヘレディウム”の中でも最上級と推測される相手が本気でどうこうしようと思えば、守り切るのは難しい。

 だがそれを理解しても尚、目の前で殺された同僚に対しての無念は変わるわけじゃない。


「やぁやぁ、狼クン。お元気かい?

 随分と後輩君と楽しそうに遊んでいたみたいだけどねェ?」

「ハ! 相変わらず覗き見だけは上手いンだな、アンタ」


 俺が憎々しげに見つめていることに気づいているのかいないのか。

 晴明は傍らの倒れている死体を見ながら、


「ああ、まぁこれはキミに責任はないよ。

 元々この人間は殺しておかなくちゃ、と思ってたからね」


 ……?

 佐伯さんを?


「彼自身は関係ない。いや、関係ないと言い切っちゃうと語弊があるかな?

 まぁアレさ、子供の不行き届きの責任を取るのは親の義務ってものだって聞いているし。親の因果が子に巡り、ってアレ? これは逆だったね、タハハ!!」


 意味がわからねェ。

 子供ったって彼には先日生まれた赤ん坊しかいない。

 赤ん坊がこの最強の陰陽術の使い手相手に、一体全体何をできるっていうんだ?


「本来の流れであれば、の話だよん。最もすでにこの世界は変わっているんだから関係ないといえばない、か……とりあえずボク自身によるボクの仇討ちってことで、ファイナルアンサーしといてもらえばいいや」


 ぶつぶつと意味の分からないことを言っていた敵が、雑談は終わりとばかりに圧力を高める。

 冷たい汗が背中を伝っているのがわかる。

 十全の状態であったとしても勝ち目の薄い難敵。

 増してや内部で“魔王ラーヴァナ”とやり合っているギリギリの状況で、勝負が出来るとは思えない。そうなれば取るべき手段は限られてくる。

 業腹ではあるが、なんとかこの場を脱して身を隠すしかない。守るべきものがあれば別だが、ここで俺が踏ん張ったところで佐伯さんが蘇るわけでもないのだから。


「で、本題なんだけど―――」


 ―――今ッ!!


 呼気を読んで最も反応しづらい息を吐き切って吸う動作に入る瞬間、その継ぎ目を狙って動き出す。

 目の前の怪物級の相手にそれがどれだけ意味を持つかはわからないが、人間形態をして呼吸している以上は無駄ではないはずだ。


 だがその動作は呆気なく阻止される。

 このタイミングでの動きを予測していたのかどうかわからないが、すぐさま全く自然な動作で晴明が一瞬で印を切った途端―――



 ―――術による荷重が俺を襲いかかる。



 いつぞやの鬼首大祭で味わわされたものと同じ、巨大な方陣が山を包もうとしている。しかも一枚の上からさらにもう一枚を重ねようとしていた。

 だが、


「生憎と、それはもう予想してたからなァッッ!!!!」


 意識が飛びそうになるのを堪えながら、可能な限りギリギリまで“魔王ラーヴァナ”を使って発動する出鼻の方陣に向けて爪を振るう。

 魔の力により増大強化された巨大な風の刃が消滅しながら方陣を砕く。


「おぉ? なんてこったい!」


 扇子を口元に当てて驚いた仕草を隠そうとしている晴明。

 俺はさらに残ったものも砕こうと、もう一撃放ちながら、この隙を逃すまいと駆け出す。


「だけど、残念」

「ッ!!??」


 気づけば大地に縫い付けられていた。

 方陣は砕いたはずだが、視線を空へ上げることが出来ずどうなっているのかわからない。指一本動かすことの出来ないほどの重力で縫い付けられている。


「~~……~~ッッ」


 単純に力の桁が違う。

 鬼首大祭の時の圧力の優に数倍。

 全く抗うことの出来ないレベルの暴力。


「せっかくだから、道教の太極概念を術に組み込んでみたんだ。

 ほら、さっきキミが言ったみたいに同じものは失礼だろう?」


 道教。

 易に太極あり、これ両儀を生じ、両儀は四象を生じ、四象は八卦を生ず、だったか。

 術師じゃないから詳しいことはわからない。

 だが確か八卦と陰陽五行は関係があったとか記憶しているから形態として近しいのかもしれないという点を差し引いて尚、術の融合とか早々簡単にできるものじゃないぞ!?


「一式の発動手順で、方陣を八卦に基づいたものへ倍化。

 それぞれを並列起動させて八倍の術で圧殺する。お味は如何かな?」


 ギリ……ッ。

 何度目かわからない歯噛み。

 まるで身体が自分のものではなくなってしまったかのように、それくらいの自由しか残されていない。むしろ荷重に耐えることしかできない。


「おやおや、お気に召さなかったと見える。そりゃ残念。お開きと行こう」


 少しも残念そうではない口調。

 倒された視線の片隅にかろうじて耳障りな振動で空気を揺らしながら、力の塊が奴が持つ扇の上にゆらゆらと揺らいでいるのが見えた。


 放たれる力。


 防ごうにも今体を包んでいる縛鎖がそれを許さない。

 最早覚悟を決めるしか、ない。



 ―――五体無事で済まない覚悟を。



 攻撃が命中する直前、全身の気脈を把握。

 意図的に暴走させて活性化。

 その暴走させた霊力を“餓狼”で喰らう。

 自分で自分を喰らい一時的にその能力を底上げ、というのも生ぬるいほど上昇させる。



 ―――餓狼一式 己喰いみぐい



 増大した力により、さらに多くの“魔王ラーヴァナ”も使用することが出来る。

 そのまま力ずくで強引に拘束を解き砕く。 


 バギィィンッ!!!!


 強制的に通常以上の力を引き出す荒業。

 だがそのメリットと引き換えのデメリットも大きい。


 まず戦闘継続時間の減少。

 数倍の力を一時的に得る代わりに、それを行使できるのはほんの短い間だけ。

 時間にしてわずか30秒。


 さらにそれが終わった後の消耗。

 全身の細胞から霊力を喰わせているので、状態は壊死寸前まで追い込むことになる。満月の人狼であれば死ぬことはないだろうが、それでもしばらくは通常の人間以下の能力に落ちてしまう。

 夜の間に移動し、どこかで適切な治療を受けなければ、朝になって月の加護が衰えた瞬間に死んでしまう可能性すらあった。


 最期に喪失。

 喰われた自分自身だけではなく、過剰な力を振るう“餓狼”の能力側にも後遺症が残る可能性があった。

 その場合は喰って得た能力のうち、一部を喪失してしまうだろう。


 だがそれらのデメリットを加味しても尚、ここは使わざるを得ない。


 ここで死ぬ、もしくは晴明の手に落ちることがいい結果を生むことなどあり得ないのだから。

 一瞬にして判断し、より可能性の高いほうに賭ける。それが出来なければ過酷な任務の中、生き続けることは出来ない。


 ガアアアアァァァァァッァァッッ―――ッ!!!


 響く戦鬨ウォークライ

 自由の身になれれば後はやるべきことをやるだけだ。

 制限時間の間に、あの陰陽師を殺す!!!

 そう決意し、反射的に先程奴が放った攻撃を喰う。



 ―――刹那、世界が暗転した。



 ずぐん。


 凪にも似た無。

 それが次にやってくる津波の予兆のようなものだと気づいても最早無駄。

 ただその衝撃に動きが止まり立ち尽くす。


「ああ、言い忘れてたなァ。

 キミたちが手に入れていた“魔王ラーヴァナ”はあくまで力の欠片。百集めようとも万集めようとも完成には至らない。それはなぜだろうか?

 そう! 手足だけあったとしても意志がなければ、存在は存在足りえない。物理的な意味の頭ではなく、概念的な意味での意思を持つ頭脳が無ければ、集めて侵食されたとしてもただの醜い暴走体が出来るだけだからだ!

 でもせっかくキミがほぼ全部集めてくれたわけだし、可哀相だから返してあげたよ」


 何かを言っている。

 だがすでに何も聞こえない。

 文字は頭に入るが意味が読み取れない。



「―――を、ね」



 “魔王ラーヴァナ”が完成する。

 正確には完成しようと、俺の中で荒れ狂う。



 圧倒的。

 山が崩れてくるのを身一つだけで受け止めるのにも似た感覚。

 抵抗することすら許さない絶望的な力の差の中、必死に抗うも無意味。



 何とか打開策を探り閃いたのとほぼ同時。

 俺の世界は闇へ沈んで―――消えた。




明日も更新できるといいな!(希望的観測)

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