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VS.主人公!(旧)  作者: 阿漣
Ver.4.04 月乞う者たち
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238.群狼

 四肢を動かそうとすれば、そう考えた瞬間には動かし終わっている反応の良さ。

 猛りながら駆動する二輪の速度をどれほど上げても、スローモーションにしか感じないほど研がれた感覚。

 常に重力にひかれていることなど忘れてしまいそうになるほど軽い身体。


 つまるところ、それほど身体が活性化している。


 というよりも、むしろ活性化し過ぎている、というほうが正しい。

 確かに月の大きさによって人狼の戦力は大きく変わる。

 新月では身体能力が半減、さらに使えない能力すらもあるが、逆に満月においては絶好調と言っても過言ではないくらいにコンディションが良くなるし、それに付随して再生能力や身体能力も格段に上昇する。


 だがこれは明らかにそれ以上。

 満月時が最高であるはずにも関わらず、間違いなくその上に位置している。調子がいい、という意味では悪いことではないと言う者もいるかもしれない。

 それでも針の穴を徹すようなミッションを課されることが有る身としては、想定よりも良かろうと悪かろうと、どちらもイレギュラー要因として警戒しなければならないことには違いないのだ。

 自らの体に対して、そう冷静に分析をしながら俺はバイクを降りる。


 入道海岸。


 その海を一望できる展望台といったところだろうか。普段は憩いの場として人間たちで溢れているはずのその場所は、禍々しい気配だけが残った歪な場所へと変わってしまっていた。


「……この気配、やっぱり“魔王ラーヴァナ”が絡んできてやがンな」


 予測が見事に当たったワケだが、別段嬉しくもない。

 つまるところ、それは弟分が厄介なコトに巻き込まれている、ということだからだ。


 ひゅぉんっ!!


 展望台の手すりを軽く踏みつけ、そのまま宙へ身を躍らせる。

 浮遊感すら、すでに慣れたもの。

 こともなげに空中で姿勢を変えて着地に成功した。


 破壊痕、とでも言えばいいのだろうか。


 おそらく充と“魔王ラーヴァナ”が争ったと思しき戦いの後がそこかしこにあった。

 破壊された家屋、砕けたアスファルト、倒れた塀。

 傍から見れば個人同士の戦いだなどと信じられないようなその痕跡を追って行く。もっとも、明確にわかる痕跡など無くても同じことだ。

 八束煉という名の人狼として生まれながらに備え、そして幾多の経験を超えて磨かれてきた五感を以ってすれば戦いの残り香などいくらでも見つけることが出来るのだから。


「こりゃあ明日の朝は修復屋レストレイターが大儲かりするな。いや……その前に過労死かもしれねぇが」


 世間様ではブラック企業やら過労死やら時折ニュースになっているが、表の世界だけのことじゃないらしい。そんな益体も無いことを頭の片隅で考えつつ、進む。


 最終的に辿り着いたのは浜辺だった。


 本来であれば落ち着いた夜の海。

 だが今に限っては、そこに踊るいくつかの影が静寂を許さない。

 夜陰に紛れる術を纏い気配を断ちながら、状況を把握する。


 まず目についたのは三体の巨人。


 身長は5メートル20センチといったところだろう。

 夜の帳に溶け込むかのような漆黒にも関わらず、その身体の線をなぞるように揺らめく闘気の焔が存在を明確にアピールしている。

 3本のかいなを有する禍々しい怪物。

 それがなんという者かを俺は知っている。

 この身に使役させているモノと全くの同質なる存在だと。

 それが三体。

 感覚的には、こいつらを合計すればオレが取り込んでいる量に比肩する。


「で、相手は予想通り充―――と、やっぱりややこしいコトになってやがンな」


 その巨人が相手をしているのは俺の弟分こと、三木充。

 だがそれは戦うというよりも、一方的に蹂躙されていると表現したほうがしっくりくる有様だった。

 いくら相手が“魔王ラーヴァナ”の分体であったとしても、あの充が一方的に、というのは考えづらい。むしろ何かの事情で反撃できないかのような不自然な動きだ。

 だがそれより何より不味いのは―――


 ―――体に纏っている充の“簒奪帝デートラヘレ・インペラトール”。

 吹き上がるそこに時折浮かび上がる無数の亡霊の貌のようなものだ。


 その口から洩れるは、怨念を吐くかのような不気味な空洞音にも似た小さな声。

 煮え立つコールタールの表面に浮かぶ泡のように現れては弾け消え、現れては弾けて消えていく。 

 鬼首山で俺が充を助けるために譲渡したものを遥かに超える、そんな量の“魔王ラーヴァナ”の欠片をすでに取り込んでいる証。


 俺も初めて欠片を取り込んだ際には、しばらくその調整には苦労した覚えがある。

 同じ“神話遺産ミュートロギア・ヘレディウム”である俺ですら、時間をかけて慣らす必要があったその力を一気に得たのだから、暴走一歩手前のように見える現状もある種当然。

 少なくとも将来はともかく、今の充の力では“魔王ラーヴァナ”の侵食を抑えて制御下に置くのは不可能に近い。

 とはいえなんとか上手く抑え込まなければ、そのまま暴走し最終的には“魔王ラーヴァナ”の憑代になってしまうだろう。

 兄貴分としてそれは望むところじゃない。


 他方、海岸には彼ら以外の姿もあった。


 十代前半くらいの少年、そして彼にナイフの先を突き付けられた倒れている女性。

 そのどちらも誰なのかわかっている。

 むしろそれがわかったからこそ、ここにやってきたのだから。


 確か女性の方は、充が通う高校の生徒会長―――確か月音と言ったはずだ。高校での戦いでは“簒奪帝デートラヘレ・インペラトール”を抑え込んだ力を持っていたはずの彼女がどうして人質になっているのかは疑問だが、それは考えても結論は出まい。

 どのような強者だったとしても完全無欠では足りえないだけのこと。

 そして刃を見せている少年こそが、資料で記載があった“魔王ラーヴァナ”保有者。その顔の色は己が欲望のままの色を見せており、些かの狂いも見出せない。

 通常“魔王ラーヴァナ”の因子はその持ち主へ影響を与える。

 俺も然り、そして今の充も然り。

 にも関わらず少年にはそれが無い。

 まるでただの子供が危険な玩具を手に入れて、好き勝手に振り回しているだけ。

 そんな印象さえ受けるのだ。


 まァ、そこは今こだわっても仕方ない。


 確かに違和感はあるが、もし何かの偶然で後天的にではなく先天的に、それこそ生まれながらに有している場合は影響を及ぼさない、というような何かの要素があるのかもしれない。

 どれほど強い毒を持っている蛇であっても、それで自ら死ぬことがないように。


 状況としては少年が―――いや、あのクソガキが人質を取って充の動きを封じながら、嬲り殺そうとしている感じだろう。

 上手くいっているから得意げになっているが、それでは早晩“魔王ラーヴァナ”の後押しで我慢のし切れなくなった充の暴走に巻き込まれて滅びるというところまで予測する頭は無いらしい。

 あれだけわかりやすい充の暴走の予兆すら気づかないあたり、力を持っているだけの小者でしかない。過小評価はしないが、過大評価して必要以上に警戒する必要はない。


「……結局、肝心なのは充をどう刺激しないように上手くやるか、ってだけの話だな。

 そう思わないか? お嬢ちゃんたち」

「ひゃぃっ!?」


 岩陰に隠れていた娘二人にそう投げかけると、彼女らは驚いたように小さな声をあげる。


 鬼首神社の巫女―――天小園姉妹。


 なぜここにいるのかは知らないが、隠れて様子を窺っていたあたりこの状況をどうにかしようという意図は見える。ならば使えるものは使わせてもらおう。


「大祭のときは色々あったから、実質は充と打ち上げした後以来か。ゆっくり話す機会、とまではいかないのは残念だけどな」


 柔らかく言いながら充を視線で示すと、幾分か警戒が和らいだ気がする。


「とりあえず力を貸してもらいたい。今来たところだから、その前までの状況はわからねェが充の状態が不味いのはわかる。さっさとあそこのクソガキをどうにかしてやらないと、どうにもならん。

 人質がネックになってる以上、それを解消してやるのがまず第一だ」

「ん……それで人狼のおにーさんは……」

「煉で構わねぇよ」

「れっちーは、どうして欲しいの?」


 れっちー……いや、その発想は無いわー。

 ……まぁいい。

 天小園(妹)のセンスはともかく、ひとまず打ち解けられたようなので追求するのも面倒だ。


「人質になってる月音嬢のところに“祓い”の結界を張って欲しい。

 それで充が解放されれば、ひとまずクソガキは終わる。後は俺が充の状態を見て対処するだけだ」


 正直なところ、充が解放されて巨人が吸収されれば、さらに内部の“魔王ラーヴァナ”が膨れ上がる。それを考えれば俺が横合いから殴り掛かってどうにかしたほうがいいんだが、それはそれで人質に万が一のことが生じたときのことを考えれば悪手。

 いくら気配を消して不意を打ったとしても、人質がすでに洗脳とか何か状態異常を施されていたら不測の事態が生じる可能性がある。

 その点、“祓い”であればその内部の不浄を全て解除する効果も期待できる。

 デメリットは充の暴走の拍車がかかることくらいだが、最悪どうにかする方法は浮かんでいるので責任持って対応するしかねぇな。

 そんなことを考えていると、巫女姉妹の姉のほうが口を開いた。


「ですが……“祓い”となるとかなり至近距離まで近寄る必要があります」

「そこはまかせろ。上手いこと気配を誤魔化す術をかけといてやるよ。

 ただ“祓い”をかけた瞬間に、それも解除される可能性があるから行動を終えたらすぐに退避するようにな」

「ん、わかった」

「わかりました」


 よし、じゃあすぐさま行動開始といこう。


 ズォンッ……ッ。


 俺の足元の影から湧き上がった黒が薄く膜のように広がって、彼女たちを覆い隠す。


 ―――翳狼かげろう


 鬼首神社で、安倍晴明にかけられた空間隔離術。

 そこから学んで編み出したばかりの新技だ。

 月明かりを受けた上で、それを自らで遮断した後の影。つまりは俺によって覆い隠された空間、という因果を含んで空間を歪ませて内部の姿と気配を遮断する、ある種の結界に近い。

 原理としては“魔王ラーヴァナ”の“幻惑する魔術の従マーリーチャ”を元にしているので、幻覚とも言えるかもしれない。

 そこにさらに俺の力を上乗せしている上に効果を一定の条件付けで限定しているので、元々の“幻惑する魔術の従マーリーチャ”よりも圧倒的に効果が高い。

 反面、月の出ている夜しか使えない、本来の俺―――つまるところ狼形態における影の体積よりも大き過ぎる空間は隠せない、といった欠点がある。

 すぐさま行動を起こした巫女たちは人質へと近寄っていく。

 当然のことながらクソガキはそれに気づいた様子もない。


「あー、でも楽しみなんだけど。

 クラスメイトなんか先生含めて全員手ぇ出しちゃったし、通りがかった美人さんは無理矢理遊んでもらったりしてたけど、考えたら金髪美人さんにエロいことするのってハジメテなんだよな~」


 そして幸いトチ狂ったクソガキが人質の衣服へと手をかけた瞬間、“祓い”の結界を張ることに成功した。


 バキンッ!!!


「……え?」

 

 結界によって弾かれた自らの手を驚きながら見るクソガキ。

 充もまじまじとその結界を凝視しているのがわかる。


「ミッキーちゃん!」


 “祓い”によって術が解けたのだろう。

 距離を取るように離れる姿を見せた巫女たちが、充に声をかけている。

 ただそれだけでアイツは状況を理解したらしい。


 ただの一瞬。

 間合いを詰めると一拍の攻撃で巨人たちを仕留め、その存在を奪い尽くした。


「―――ひ……ッ!?」


 頼れるものを失ったクソガキが引き攣った声を洩らしているが、知ったことではない。それよりも気になることを見極めるため、俺はただ充だけを見据えていた。


 自らがやられた蹂躙をやり返す。


 そうとしか形容できないような執拗な攻撃が繰り出されていく。

 たちまちボロ雑巾のようになっていくクソガキ。

 だが見なければいけないのは、そこじゃない。


 充の身体から生まれては消えていく“魔王ラーヴァナ”の残滓。


 それまでのように耐えているのではなく、一方的に力を叩き付けてフラストレーションを発散させているのも関わらず、衰えるどころか、より一層猛っているように思える。

 つまるところ、それは本人の感情に反応し過剰な力を放出する第一段階をすでに超えていることを意味する。

 もっと言えば第二段階―――宿主の思考を誘導、操作し感情を無理矢理に吐き出させて、そこに反応していくレベルにまで達している。

 見極めは終わった。

 あとは、


「そのへんにしとけ、充」


 充から“魔王ラーヴァナ”を引き剥がすだけだ。

 すでにわけがわからなくなっているのか、それとも俺のことを忘れているのか定かではないが、クソガキの前に割り込んだ俺に対し、充は構わず攻撃を加えようとする。

 その攻撃の予兆を掴んだと同時、手加減した蹴りを叩き込んだ。


「敵味方の区別もつかなくなってンじゃねぇか……少し頭冷やせ」


 いくらか跳んだものの、すぐさま体勢を立て直し充は俺を見据えるように構えた。

 戦意は衰えず。

 それどころか、その身体を覆う気流のような“簒奪帝デートラヘレ・インペラトール”はさらに激しさを増し、“魔王ラーヴァナ”の力がもたらす亡霊の相がその表面に無数に浮かび上がって呪詛を吐く。


「巫女の嬢ちゃん。悪いが、クソガキと人質連れて離れててもらえるか。クソガキの方は死なん程度に治療してから、離れたところで縛って転がしておいてくれてもいいからよ。

 聞かねェといけないこともあるからな」

「ん。でもミッキーのこと」

「おぅよ、任せとけ」


 背を向けたまま、手早くそんなやり取りをしてから、充のほうへと向き直る。


「前にも言ったが、“魔王ラーヴァナ”は奪う系統とは相性が悪い浸食系だ。

 一気に喰えばその消化の難易度は跳ね上がる。面倒でも噛み砕いて完全に制御しきってから増やすんだ。

 見たところまだ間に合う。一度“魔王ラーヴァナ”をこっちによこしな」


 偽りのない本音だ。

 充が制御できる前提で、本人が願うのであれば“魔王ラーヴァナ”を持つことに対して不満はない。だがそのためには一度手放した上で、しっかりと順を追って制御を確立させてやるのが必須条件なのだ。

 その言葉に対して返ってくるモノはない。

 まぁ当然だろう。

 念のために聞いたが予想の範疇だ。

 そもそもそれを冷静に考えることが出来る状態なら、こんなに俺が慌てる必要もねぇしな。


「やる気か」 


 戦意が臨界寸前にまで満ちようとしている相手を見ながら告げる。

 かなりしんどい作業になるだろうが……それは躊躇する理由にはならない。



「……ま、弟が道を間違えそうになったら、ひっぱたいてでも正してやるのが兄貴分の仕事だしな」



 命を賭けるのに、それ以上に必要な事実は無いのだから。





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