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VS.主人公!(旧)  作者: 阿漣
Ver.4.04 月乞う者たち
239/252

237.乱入者たち

 視界に映っているのは中学生の少年と、彼に刃物を突きつけられているぐったりとした月音先輩。


 動けない。

 たった一人の女性を人質に取られただけでこの状況だ。

 “簒奪帝デートラヘレ・インペラトール”なんて大した名前をしているというのに、現実はこの有様なのだから嗤ってしまう。

 だからといって無謀な突撃をすることは出来ない。

 激情はまだ残ってこの身を蝕んでいるものの、いくらか抑え込んだお蔭で生じた理性は月音を諦めて思うが儘にぶちのめしたいという欲望を優先できない。

 その様子を見て、


「うわぁ、ホントに動かないでやんの。なにマジになってんの? ダッセぇ奴。

 そのほうがラクでいーけどな! よし、やれ、“魔王ラーヴァナ”!」


 敵が耳障りに喚く有様は余計に捻り潰したい気持ちを増大させるが、なんとか自制した。


 動けないのなら、することはひとつ。

 ぐっと力を込めて相手を見据える。

 この状況を打開、とまではいかずともその糸口になりそうな何かを掴むために。


 ずずん、と振動と共に歩み出す巨人。

 動かないようにしたオレを、この“魔王ラーヴァナ”の分体で仕留めようと言うのだろう。こいつらを操っていると思しき肝心の中学生は、用心深く月音先輩の傍から離れていない。

 ゆっくりと存在を誇示するかのように歩いてくる彼らを見ながら、ふと疑問が浮かぶ。


 オレが喰った巨人とこの場の巨人の合計5体。

 以前確認したところオレの中にある八束さんからもらった“魔王ラーヴァナ”は30分の1らしい。そして簒奪した2体の巨人から得たのはその数倍。およそ9分の1だから巨人5体分の“魔王ラーヴァナ”の力を持っているということは、総合計で9分の5。

 つまりオレと戦う前までに、この中学生は完成体の半分以上の力を保持していた、ということになる。


 オレが持っていた……というか八束さんから貰った、たったアレだけの“魔王ラーヴァナ”の欠片ですらあの制御の難しさだったのだ。

 ちょっとでも感情が負へ揺らげばそれを手掛かりにしようと蠢く邪悪。

 そんなものを制御できるほど、視界の中に居る中学生は沈着冷静には見えない。むしろ先ほどの言動からすれば我慢が利かず好き勝手に感情を発散させるタイプなのではないか?


「……ッ!!?」


 考え事をしているオレを獰猛な衝撃が体を襲った。

 “魔王ラーヴァナ”の力の結晶たる三本腕の巨人が、オレにその剛腕を振るい幾度も拳を叩き付けてくる。


 ドずッ!! ドガッ!! ズォッ!!


 技巧というよりも威力を重視しているのか、力いっぱいに振り回して拳を放ってくる。

 普通であればこれだけモーションが大きければ見切るのも容易く簡単に回避できるので、実戦ではあまり意味がない。だがオレが動かないという前提があるのなら確かに振りかぶって思いっきり殴ったほうがダメージはデカい。


 拳打の暴風。


 嵐にも似たその中で、オレは鬼の膂力と“簒奪帝デートラヘレ・インペラトール”の防御能力でなんとかダメージを抑え込もうとする。それでも無理であれば損傷そのものを鬼の再生力で復元。

 やられているという感じに見せながらも、すぐに反撃に出れるように体勢を維持する。


 そして動かないのにはもうひとつ理由があった。


 足元の砂浜。

 そこにこっそりと打ちこんだ“エクェス”の腕があるからだ。

 地中を進み相手の足元へ、そして一気にその動きを封じるための一手。

 “千殺弓”こと伊達政次や静穏童子を仕留めたのと同様の手を打っているからこそ、この場を動くことが出来ない。


 ずガンッ!! ドズムッ!! ドドォッ!! ズドッ!!!


 ひたすらに耐える。

 いくらダメージを抑えて、受けた分を修復しているといっても痛覚が無くなるわけじゃない。

 増えていく攻撃数に比例して全てをどうでもいいと投げ出して好き勝手に暴れたい欲望が昂ぶっていくが、起死回生の一手という明確な目標があるからこそ、そこに縋るよう理性を保って留まる。


 どろり。

 脳が溶けでもしているかのように、静かに溜まっていく熱。

 空中に意識が混じりあって境界があやふやになってしまいそうなほど、思考能力が低下して短絡的になっていくのがわかる。

 わかっていて尚、抗うことが難しい。



 殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ―――ッ!!!



【充ッ!! “簒奪帝デートラヘレ・インペラトール”の精度が極端に落ちておるぞ!! もう少しだけ耐えよッ!!】


 ひり付くほどの暑さの砂漠を歩いている最中に冷水を被せられたように。

 ただの彼女エッセの一喝がオレの思考を一瞬だけクリアにしてくれた。

 それで十分。

 それをとっかかりにして奈落に落ちかけた意識をその分だけ浮上させる。


 彼女の言う通りかなりヤバい。


 巨人の攻撃そのものに関しては、すでに“魔王ラーヴァナ”をかなり喰っているお蔭で十分に対抗できているが、それゆえやってきている侵食に抗うのが難しい。

 時折“簒奪帝デートラヘレ・インペラトール”の制御が甘くなっているにも関わらず、暴走せずになんとか落ち着いているのは“羅腕童子”や他の鬼たちが自発的に協力してくれているからに他ならない。


 時間が勝負。

 オレが耐え切ってあの中学生を倒すのが先か。

 それとも制御しきれず暴走してしまって終わりか。


「おぃ、アンタ! 余計なことしてるんじゃないだろーなぁ?

 こっちは知ってるんだぞ、地中なんか通ってきて、その瞬間にここに寝てる人質がどうなるかわかってるワケ?」

「っ!!?」

 

 だが、その選択肢も唐突に断ち切られた。

 ハッタリなのか、それとも実際に感知したのかはわからない。

 それでも相手が指摘していることが、“エクェス”の腕を伸ばした地中攻撃を指していることは明白だった。


 ゴッ!!


 巨人が体重を乗せた拳が顔にめり込む。

 予想していなかった発言に驚いたために一瞬動きを止めていたオレは、防御すら出来ずに勢いのままに後ろへと吹っ飛んだ。


「ぐ…がッ……ッ!!」


 口の中に入った砂のじゃりじゃりとした感触を味わわされながら転がり、なんとか立ち上がる。

 だが立ち上がってどうすればいいんだろうか……? 

 用意していた把握されており、さらに今吹っ飛ばされたことでせっかく近くまで伸ばせていた腕も元に戻してしまっている。

 手立てが見つからない、万事休すの状態。

 さらに広がった相手との距離。

 月音先輩に手を出させないよう一瞬で巨人を倒して、それを詰めるだなんてかなりの無理難題だ。博打にも程がある。


「うっわぁ、タフ過ぎるっしょ。なんでアレで死んでないかなァ?

 まぁそんなに痛いのが好きなら、いくらでも殴ってあげるだけだケドさ。アンタやっつけたらイイもん貰えるってハナシだし、ちゃっちゃとしてくれないと困るってゆーか」


 こっちのそんな考えを知って知らずか、月音先輩を人質にしている少年は軽い口調で語っていく。


「兄ちゃんも結構健闘したけど、やっぱ“魔王ラーヴァナ”にゃあ勝てないって認めたほうがいーよ?

 マジこれ手に入れてから人生ラクショー過ぎるんだけど」


 手に入れた、と確かにそう聞こえた。

 持っていたとか、与えられたとか、ではなく、手に入れた、とそう言ったのだ。

 つまりこの少年は“神話遺産ミュートロギア・ヘレディウム”とどこかで遭遇し、手に入れて制御しているということになる。

 偶然適正があったという可能性もあるが、およそ常人に可能な所業ではない。


 一体何者だ……?


 当然ながらオレの頭の中の問いかけに答えるわけでもなく、少年はぐったりと倒れている月音先輩へと向き直った。

 誰の目にもありありとわかるほど下卑た視線が意味するものなどはっきりしている。


「あー、でも楽しみなんだけど。

 クラスメイトなんか先生含めて全員手ぇ出しちゃったし、通りがかった美人さんは無理矢理遊んでもらったりしてたけど、考えたら金髪美人さんにエロいことするのってハジメテなんだよな~」


 彼女の豊かな胸元を見ながら、手を伸ばす。


「…ッの、野郎……ォッ!!!」



 そのまま衣服に手を掛けると引きちぎろうとし―――



 最早限界だ。オレの感情的にも、そして現実的な対処的にも。

 あいつが月音先輩に手を掛ければ掛けるほど隙が出来る、それはわかる。だが彼女を犠牲にしての勝利なんて全くもって意味がない。

 一か八か動き出すしかない!



 バキンッ!!!



 ―――少年の手は、まるで電流にでも流れたかのように大きく弾かれた。


「……え?」

 

 そんな間抜けな声をあげてしまうほど、相手にとって理解できない事態だったらしい。

 見れば月音先輩を囲むように何か半透明な球状の膜のようなものが展開されていた。

 一体それが何か正確にはわからないが、その淡い光の煌めきは厳かでこの上無く不浄を阻害するかのようで、事実彼女を魔の手から守っている。


「ミッキーちゃん!」


 投げかけられた呼び声。

 そちらに一瞬だけ視線を向けるとおそらくは駆けつけてくれたのだろう、咲弥と聖奈さん。天小園の巫女姉妹がやってきていた。

 つまるところ、これをやったのは彼女、もしくは彼女たちなのか。

 それを肯定するかのように咲弥は拳を握ると「やっちゃえー!」と言いながら大きく突き出した。


 これ以上ないタイミングの援護。

 当然それを無駄にするわけにはいかない!!


 彼女に応えるように巨人たちへ肉薄。

 同時に“無限の矢サギッタ・インフィニタース”を発動。

 ぎゅらりぎゅらりと揺らめく瞳からの二連撃がそれぞれ巨人に炸裂する。


 ガッ!!!  


 大きな損傷を受けて怯んだままの巨人を掴む。

 傍から見れば凄い絵面だろう。

 オレの背中から伸びている8本の漆黒の怪腕が大きく伸びて巨人たちの両肩、両足を抑えているのだから。

 だがそれも一瞬のこと。

 存在を奪われて巨人は刹那に消えて果てる。


 残るは―――ただ一人。


「―――ひ……ッ!?」


 なんとか月音先輩を囲む守りを突破できないか手を出しては弾かれていた少年は、巨人が一瞬で消滅したのを見て喉が引き攣ったかのような声を漏らす。


 いい気味だ。

 イイ気味だ。いい気味だ。

 いい気味だイイ気味だいい気味だイイ気味だイイキミだァッッー――!!!!


 障害は何ひとつナい。

 あの敵までも。

 あの的までも。

 そしてコの荒れ狂う“魔王ラーヴァナ”を解き放つことすらモ!!!



 ズドムッ!!!



 間合いを詰めて少年を蹴り飛ばス。

 ボールみたイにバウンドして飛んでいク。


 蹴って蹴って蹴ッテ蹴って蹴る。


 なかなか死なナい。

 でもモう蟲ケラの息。


 よくもよくもよくもよくも―――ッ!!!

 何もかもが台無しだ。


 もう“魔王ラーヴァナ”は止まらない。

 さぁ、殺意の崖に身を投じヨう。


 折って折って折って折って折ル。


 耳も。鼻も。顎も。前腕も。肩も。

 ちゃント“静穏童子”の力を借りて、手足は逆関節を極めながら投げて遊ぶ。



 そしてそのまま一気にこいつを―――



「そのへんにしとけ、充」


 漆黒の影。

 そんな何かがオレと少年の間に割って入った。

 “魔王ラーヴァナ”の気配、そしてそれを凌駕する圧倒的な存在感。

 生物としての有り様そのもののスケールが違う、そんな男だ。

 それが誰か判断できない。

 敵としか思えない。


 反射的に“無限の矢サギッタ・インフィニタース”を放とうとして―――


「っ!!?」


 衝撃。

 気づけば宙を舞っていた。

 すぐさま着地し、敵を見据える。


「敵味方の区別もつかなくなってンじゃねぇか……少し頭冷やせ」


 黒を基調にした服装をした若い男性。

 この人がなぜ? どうして? なんで邪魔を?

 理解が追いつかない頭に、そんな疑問が頭を過る。



 ―――八束 煉。



 人狼の末裔にして恩人。

 兄貴分として頼りにしていたのに、なんでなんでなんでなんで―――敵として出てきているんだ?

 その答えを何かが囁く。


 “魔王ラーヴァナ”だ。


 これを回収しに来たに違いない。お前オレがどれだけ今夜犠牲を払って手に入れたのかすら理解もせずに、その上前だけをハネようとしている。

 彼は聖奈さんに何か指示を出し、すでに事切れそうな少年を任せてから、


「前にも言ったが、“魔王ラーヴァナ”は奪う系統とは相性が悪い浸食系だ。

 一気に喰えばその消化の難易度は跳ね上がる。面倒でも噛み砕いて完全に制御しきってから増やすんだ。

 見たところまだ間に合う。一度“魔王ラーヴァナ”をこっちによこしな」


 ああ、やっぱり。

 敵だ。


【充、違うぞ。確かに今の状態は不味い。“簒奪帝デートラヘレ・インペラトール”が活性化しているにも関わらずすでに半ばまで侵食されて思考誘導されておる。

 一度手放して落ち着いてから再度取り込むべきじゃ】


 違う。

 こいつも敵だ。

 何もかも敵だ。


 どいつもこいつも、みんな終わりにしてやる。

 そう判断した途端、荒れ狂っていた“魔王ラーヴァナ”が凪いだかのように大人しくなった。

 ほらミロ。

 制御できてないなんてことはない。

 “魔王ラーヴァナ”のやりたいことがお前オレのやりたいこと。


 何もかもを敵として。

 全てを飲み込めばこのわずらわしさも終わる。



「やる気か」 


 狼は獰猛に笑う。

 その瞳は優しくも笑っていない。

 これ以上ないほどの熱を帯びた本気の眼差し。 


「……ま、弟が道を間違えそうになったら、ひっぱたいてでも正してやるのが兄貴分の仕事だしな」


 敵は確かにそう言った。



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