234.月界譚
なんとか6月中にもう1話お届けすることが出来ました。
説明回なのでテンポが悪いかもしれませんが、お楽しみ頂ければ幸いです。
始まりはいつだったのか。
その文明は発展を謳歌し、人は遍く天地を掌握した。
空を飛び、海を泳ぎ、地を走る。
遍く場所にその支配が及んだ。
全ての生物の頂点。
そこへと到達したにも関わらず、彼らは歩みを止めなかった。
ありとあらゆる困難は彼らにとって克服すべきもの。
ありとあらゆる諦観は彼らにとって唾棄すべきもの。
ありとあらゆる絶望は彼らにとって破却すべきもの。
どれほど物質的に満たされようとも。
どれほど精神的に満たされようとも。
その魂だけが満たされない。
魂の渇望という名の不治の病。
そして同時に生命を生命たらしめる、その原動力たる力。
満ちて尚足るに至らぬ強欲の果て。
もっと強靭に。
もっと劇的に。
もっと迅速に。
もっと美しく。
もっと俊敏に。
もっと賢く。
もっともっともっともっと―――ッ!
あくなき欲望がゆえに世界の果てを越えてなお進み、魂の源へと至り、その全てを飲み込んだ。
一にして全、全にして一。
個にして衆、衆にして個。
ただ純粋な魂の在り方として至高へと辿り着く。
正しく全知全能。
存在が世界そのものであるがゆえに、彼らが知らぬ存在は無く、彼が行えないことも無い。
全き存在。
超越者。
これ以上の在り方は無き究極。
だが真の意味での全能では無かったのだろう。
魂の飢餓だけが止まない。
最早、他の何物をも存在し得ぬというのに、何を求めればよいというのか。
無を求める心という有。
その矛盾に至高の存在は狂い荒ぶった。
永き時の果て、その先に答えを見つけるまで。
世界に唯一。
彼が世界であり、世界が彼であるがゆえに。
他を欲するのであれば、別の世界という他を見つければよいのだと。
―――そのためだけに、“それ”はいとも容易く世界の壁を砕いた。
空間を引き裂くように境界が破れ、門が開く。
異界に存在する星の海の中に、その扉を生み出した。
だが、ただそれだけの―――彼らにとっては容易い行為により、大きな余波が発生した。
付近の小天体が大きく軌道を変えられ、生まれて間もない惑星に衝突するほどの。
思わぬ余波の大きさを考慮した彼らは、ひとまず自らが開けた扉に開閉機構を備え付けることにした。
衝突し砕けた小天体の残りを引き上げ、特殊な呪により空間の蓋としたのだ。
彼らが識っているのは元々の世界―――つまり自ら自身のみ。未知なる新世界を識るまで、己が力の影響を抑えようと試みたのである。
それらを為し、ただひたすら理解することに時を費やした。
世界と世界の理について。
自らという世界のみの法、それとは別の真理がそこに在ったのだ。
極論すれば世界と世界の関係は生物のそれと似ていた。
優勢な方がもう一方を飲み込むという意味で。
だがそれは純粋な力関係のみでは決しない。
肝心なことは理。
そも世界は矛盾しない。
ならば生じた矛盾をどう処理するのか。
世界はその矛盾を矛盾で無くすることで処理をした。
ゆえに矛盾は生まれた瞬間、矛盾では無くなる。
ただの言葉遊びにも似た理だが、それを用いるのが世界そのものであれば話は別だ。
例えばAという人物が別世界からこの世界にやってきた。
通常であれば、Aがこの世界に存在するには理由が必要だ。
因が無ければ果が存在しないゆえに。
親、もしくは生まれ出でる事実が存在しなければAはこの場にいない。
しかし因があるのが別の世界であるのなら、この世界の果と結びつくことはできない。
ならば、どうするか。
その果にあう因を世界が生み出すのだ。
元から矛盾などなかったかのように。
Bという親が居たように世界そのものが変化する。
彼らはそれを、修正力、と呼んだ。
最も修正力が発生するのは、その果が強固な場合だけだ。
世界にその存在を認めさせるだけの強烈な理がなければ、果そのものを消してしまう方向に力を使ってしまうがゆえに。
理を探究し終えたとき、彼らは気づいた。
この世界への扉を開いた際、余波を受けた生まれたばかりの惑星に生命が誕生していることに。
まだ生命としては単純で未熟、高度な知能など望むべくもない。
だがその事実は重要だった。
元々は彼らも同じような生命体であったが、世界そのものとなった段階で肉の身体ではなく純粋な力的な存在へと昇華していた。
寿命や病、怪我を克服できた反面、未だ合一していないこの新たな世界では肉体がないことによって剥き出しの魂が消耗し行動に制限が出るというデメリットも発生していたのだ。
そこで彼らはその誕生した生命を利用することを考えた。
封じた扉の隙間から、彼らの力そのものを極々微量ながらも送りこみ、その力を取り込ませ徐々に変質させるのである。彼らそのものが力であるがゆえに、どれほど微量であったとしてもその中には彼ら自身が潜んでいる。
いつかその取り込んだ力が一定量を超えたとき。
そのときこそが彼らがその生命を器として融合、この世界へと一個の世界として誕生することになる。
その存在を起点に最終的には二つの世界そのものが一つへと昇華し、再び全知全能として君臨することになるだろう。
気の遠くなるような年月を要する計画だが、永劫の命を持つ者にとっては大した問題でもない。
時間はかかろうとも急な反発を生まぬ程度の力を積み重ね、いずれ強固な果と為せば、そこから先は修正力が辻褄は合わせてくれるだろう。
かくしてその惑星―――地球の生命はその誕生後、異界からの力の影響を受けることになる。
その異界の名こそ“月界”。
はるか未来、知能を有した人間がその力を放つ小天体を月と呼んだのは、常にその力の影響を受けたこの星の生命であるがゆえなのだろう。
月の力を受けることにより、星の生命は爆発的に膨れ上がり多様性を生み出していく。
月の満ち欠けと生命律動が同調したのはその名残とも言える。月光という外部援助がある強い日と弱い日を生物が己が生態として差異を認識し修正して進化した結果だ。
さらに長き月日を経て、人類が誕生。
そこで彼らは気づいた。
この世界にも自らと似たような存在が居ることに。
神、精霊や妖といった肉の体ではなく、純粋な力そのものを媒体として存在を形為している者たち。
そして喜んだ。
その存在ですら月からの力の影響を受けていることに。
人狼のような生物そのものが月の影響を強く受ける存在だけではなく、神話の中にまで月を司る神が誕生している。これが偶然であろうか?
彼らは今後の観察対象を神々にまで広げることにした。
計画は順調のように思えた。
だが開始から今日に至るまで、二度だけ大きな計画修正を強いられることとなる。
一度目の変更。
それは別の異界からの影響がこの世界を変容させてしまったためだ。
自ら異界の壁を越えたにも関わらず彼らはそれまで考えもしなかった。自らに出来ることは他者にも出来るのだということを。
ある種、ひとつの世界で万能性を極めてしまったがゆえの過信とも言える。
その影響は迅速にして多大。
一夜にして世界は塗り替えられ歪められてしまった。
“主人公”と呼ばれる特殊な存在が生まれ、世界は彼らを中心に回り始めた。“管理者”を名乗る5人が“主人公”たちの動向を管理し我が物顔で振る舞うのを見ることとなる。
わかりやすく言えば先を越された、ということ。
必然的にその後は、おそらく障害となるであろう連中をどうするのか、という点を考慮して計画を練り直すことになった。
二度目の変更。
先に述べた通り、元々彼らは世界そのものであった。
それぞれ個々の概念と全体の概念が同時に成り立つ特殊な融合関係だったと言ってもいい。
多様性を保持しつつも大元の共通性が一体性を保持していたため、物事に対して多角的なアプローチを可能としながらも衝突しない、そんなある種の理想関係を有していたのだ。
計画の実効性を検証するために行われたいくつもの実験。
第一次実験では生物が月光を浴びることで界の力を蓄積できることを確認し、第二次実験では子が誕生した時点でそれぞれの親が蓄積していた月界の力と同じ量を、子供が生まれながらにして持っていることを確認した。
これらからわかる通り、計画の要ともいえる重要な実験。
そのうち、第百二十八次に行われたものこそが原因となった。
月界の力を宿した光―――月光の照射を調整。
一時的にその指向性を変えて一点へ焦点を合わせ、肉の肉体を持たない月光の塊として“月の者”を顕現させる。謂わば擬似生命体である。
無論、器を持たない以上周囲へ力を放出し続けていずれ消滅するが、世界に万遍なく分散していた月の力を一点に集中させてからある程度の範囲に放射することで力の集中性が高まり、結果として一定水準の月の力を蓄えた器―――謂わば最終目的である“完成体”へ至る時間が少なくなるのではないか、と考えたのだ。
結論から言えば目論みは成功した。
だがもたらされた結果が少々違っていた。
実験発案者である意志体の名から“輝夜”と名付けられた構成体は、目的通り周囲に月光を撒き散らし、辺りの人間に蓄積された月界汚染度を飛躍的に上昇させた。
だがその副産物として、周りにいた人間の中に異常な挙動を見せる者が続出した。
神懸かり、などと呼ばれるような癒しの力や超絶の身体能力などといった通常あり得ない類だ。
正確には異常な能力の発現、と言った方が正しいか。
無論月光に関して、その影響により生物が特殊能力を得るということは以前の実験で実証されていた。人狼、と呼ばれる凄まじい身体能力と再生能力を誇る種族はその産物。
しかしそれはあくまで徐々に、という過程を踏んでいたもの。
まさか短期間で生物が変容を遂げる、というのは予想外のことだ。
周囲の人間に能力を与える。
そんな噂を聞きつけて“主人公”たちがその存在を奪いにやってきたため、壮絶な戦いになった。最終的には5人の当時有力な“主人公”たちの集団によって一時的に身柄を奪われはしたものの、こちらの世界に誕生していた月の神のうち一柱を使役し奪還、処分したことで一先ず終息させることが出来た。
後からわかったことだが、単位時間当たりの月界力の摂取量が増えると何らかの能力を発言する可能性は指数関数的に増大するらしい。
総蓄積量とは関連しない項目のため、地上に直接降りることのできない月界存在たちでは検証することが難しく見逃されてきた分野でもある。
これにより以後は実験も数を絞り、可能な限りこちらの世界への影響を排除する方針へ転換。目的たる“完成体”が出来上がるまで、“主人公”のような他の異界の者に妨害されぬよう息を潜めることとなったのだ。
過ぎ行く時間。
移ろいゆく文明。
その中で数を増やし、さらに混じりあう人間たち。
その果てに生まれた存在。
生まれながらに。ひとつの世界全てを背負うことを定められた“完成体”。
―――それが、わたし。
わたくしが告げた。
―――月音・ブリュンヒルデ・フォン・アーベントロートという存在。
この世に生を受けた時点で月界の総てを率いる“完成体”の条件を満たす月の力を有した者。
“逸脱した者”だというのも当然。
そもそも全ての始まりから、世界の枠の外だったのだから。
―――貴女が18の年を数える頃。
その身に帯びた月の力、そしてこの世界の全てのそれは貴女に従うことでしょう。
世界において最初の“完成体”が全てを背負う、そう始めから決められ放たれていた力なのですから。
そして、そこまで真実を開示されてようやく気付いたのです。
月界の目的のまま、わたしが自分の意志とは無関係に“完成体”という存在になるとすれば。
そこに待っているのは、“逸脱した者”同士、どちらが世界を変えるかを決める争い、なのだという残酷な現実に。
次回の更新については活動報告で載せていきますので、チェック頂ければ幸いです。
夏本番までに海編は終わらせたいですね~。




