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VS.主人公!(旧)  作者: 阿漣
Ver.4.04 月乞う者たち
234/252

232.月と踊る夜・裏(3)

約1年ぶりの投稿となりました。

それもお待ち頂いていた皆様がいればこそ。


この場を借りて御礼申し上げます。


 ドッドッドッド……ッ!!!


 生ぬるい夜気を裂くように音が響いた。

 いつも通りの聞き慣れた鼓動感からくる手応えに満足しながら、男はひたすら二輪を駆けさせていく。


「ったく、何事もなけりゃいいンだけどな」


 彼はヘルメットも被らず頬に叩き付けられる風を感じながら、そう呟いた。

 警察官に見られれば免許がどうにかなってしまいそうだが、すでにメーターの速度は表示の限界近くまで上がってしまっている。

 制限速度を余裕でぶっちぎっている以上、ヘルメットなぞ被ろうが被るまいが同じことだ。

 恐ろしい速さで消えていく景色。

 これが高速道路であればともかく、蛇行し曲がりくねった山道で行うなど自殺行為。そんな正気を疑う所業を彼―――八束 煉はなんでもないことのように行っている。

 同じ方向に向かっているもの、対向するもの、追い越し車線にはみ出ているもの……時折現れるそういった障害物を、まるで予めわかっていたかのように滑らかにスピードを落とすことなく避けていた。

 にも関わらず、


「チッ」


 彼は不機嫌そうに舌打ちした。

 元々人狼である彼の反射神経を以ってすれば、この程度の速度のバイク操作は容易い。一般人には突然現れたように見える障害物も、止まっているかのようにゆっくり感じるくらいだ。

 さの冴えた感覚に対し苛立ちを感じている。

 正確には冴え過ぎる・・・・・感覚に、だ。


「近づけば近づくほど昂ぶってやがる……今夜は満月じゃねぇんだぞ」


 その異常な感覚が、これから向かう先の脅威を伝えているかのように思えるのだ。そしてそれは彼の弟分が厄介な事態に巻き込まれていることを意味している。


「一体何が起きてやがンだか……月が地上に墜ちて来てるわけでもあるまいに、な!」


 四気筒を激しく吹かしながら、夜の海へと人狼は疾駆した。



 ■ □ ■



 たったこれだけの挑発でも、相手にとっては到底看過できるものではなかったらしい。

 一瞬何を言われたのかわからず、しばらくその場で唖然となった後に目に見えて怒りを見せる。怒気とそこから生じる興奮のあまり顔を赤く染めながら喚き散らす。


「まったく! オレ様の誘いを蹴ったあたりから馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、本当に馬鹿なNPCだ! そんなにボロ雑巾みたいになりたいなら、望み通りそうしてやる!!」


 とはいえ、そう言いつつも先ほどあれだけ自信を持っていた必殺の攻撃を、あっさりと無効化されたことに対して内心恐れを抱いていたのでしょう。

 ば、と片手を天高く差し上げてから勢いよくわたくしのほうへと振り下ろしました。


「やれ! “魔王ラーヴァナ”」


 その命令から数秒後、ぎこちなく巨人たちが動き出す。

 どうやら彼らが“魔王ラーヴァナ”と呼ばれる存在であることは間違いないようです。命令から反応、実行までのタイムラグがあったのが少々引っかかるものの、それでも目の前にいる男性がこの者たちを使役していることも確か。

 砂浜であったからよかったものの、地面のしっかりしていた場所であれば軽い地響きくらいはするのではないかと思えるほど重量感のある足取りで巨人たちが迫ります。


 ゴァオオオォォォォォォ―――ッ!!


 間合いに入る前に威嚇と思しき咆哮をあげ、ビリビリと大気を震わせながら近づく巨躯の異様。

 分析によればその咆哮には“威圧ブロウビート”と同様の効果が内包されているようです。

 わたくしにとっては“天の羽衣ヴェルト・ローヴェ”の守りによって瞬時に無効化されているため、特に影響は感じません。しかし並みの人間であれば、この段階で恐慌をきたして逃げ出してもおかしくありません。

 ゆえにたとえ何百人、何千人いようとも耐性のない常人の軍では抵抗できない。

 ただの咆哮ひとつ使っただけで一騎当千以上。

 そしてその事実ですら当然以前、大前提レベルともいえる当たり前の強さ。

 それが“神話遺産ミュートロギア・ヘレディウム”という存在。


 ガィン…ッ。


 ただ拳を突き出す。

 それだけの行為が、この巨人にかかれば致死の一撃。 

 そんな車が突っ込んできているのと等しい運動エネルギーすら、“天の羽衣ヴェルト・ローヴェ”を突き崩せない。空中に見えない壁があるかの如く弾かれ巨人はたたらを踏んでいます。


「無駄です。

 その“魔王ラーヴァナ”が放てる攻撃値では、こちらの護りを突破できません」


 事実を告げる。

 感情を制限し最適化された思考が、相手の脅威を測っていますが、そこから導き出される内容からすれば相手に勝ちの目はありません。

 用意されている特殊な防御能力を使うまでもなく、“天の羽衣ヴェルト・ローヴェ”の基本防御すら突破できないレベルの攻撃しかないのですから、そもそも勝負になり得ない。

 そして―――、


「ふ、ふざけるなぁッ!! それなら本気をガンガン出してやるだけだ!!」


 予想外の事態に怯え半分、手も足も出ないことへの苛立ち半分といったところで相手が叫ぶと、巨人たちはいっせいにその手に刃を出現させます。


 ジャギンッ!!!

 

 それは月の輝きを帯びた曲剣。

 伝説に謳われし“破壊神の月刃チャンドラハース”であることを、“天の羽衣ヴェルト・ローヴェ”が伝えてくれます。

 数を増やすことのできる特殊能力が脅威ですが、“魔王ラーヴァナ”が使うだけあって基本的な刀剣としての能力そのものも一級品。

 単純なその刃の切れ味だけで、コンクリートや鉄ですらバターのように切断できる、と。

 それでも、どれほど鋭い武器であろうとも、この場合は無意味。


 ビイィィンッ!!


 金属が振動する不快な音が大気を奔る。

 振ろうとしていた刃がまるで空中に固定でもされてしまったかのように止まり、その刃が放つ金色の輝きが触れている巨人の腕へ侵食していく。

 のたうち苦しむその有様から、何が起こっているか推測することは簡単。


「ど、どうしたんだ!? 一体何が……ッ!?」


 そんな簡単なことすら理解できない者はこの場にただ一人くらいのもの。


「そちらの手にしている武器は月の加護により強化されているもの。

 わたくしの“かぐや姫プリンツェッセン・モーント”と同属性がゆえに、より属性に深く強い方に支配権を奪われた。それだけのことです」


 属性“月”。

 月より放たれし魔力の影響を受けているものが帯びるもの。

 それらは等しく月の眷属になることを意味する。


 月属性における法則は唯一つ、上位の者と下位の者との間における歴然とした階級差。

 より月の恩寵を受けし者に逆らうことができない。

 臣民が絶大なる月の力の恩恵と引き換えに差し出さねばならない、ただ一つの義務。


「ば、馬鹿な…ッ!! 在り得ないッ! ずるいぞ、ずるいずるい!! そんな圧倒的な展開が許されるのは、主人公プレイヤーだけのはずだ!! なんでNPC如きがそんなことが出来るんだッ!!?」


 巨人の動きが止められたことに錯乱しながら、主人公プレイヤーの男性が様々な攻撃を放ってきます。

 酸、炎、斬撃……。

 それでもわたしは動かない。

 その悉くが無駄に終わるとわかっているから。


「は、ははは。違う違う違う! これは負けイベントだ! そうだ! ここはどんなにレベルを上げていても絶対に負けるイベントだから、負けても仕方ない! 卑怯者め! このイベントの後にガンガンストーリーを進めていけば、雪辱する機会があるんだ、そうに違いない!!」


 ? 負けイベント?

 一体何を言っているのか理解に苦しみます。

 前後の文脈から敢えて負けている、と言っているのでしょうか?

 どう見ても単純な力負けにしか見えないこの状況、あの男性が手加減しているとはとても思えないですし、そんなことをする意図がわかりません。


「そちらにまだ手が在るのでしたら構いません。全てをお出し頂いて、それを打ち砕き、これ以上なく納得頂いて退いてもらうだけのことです」


 わたくしに相手を殺める意図はありません。

 この“魔王ラーヴァナ”の力をどこで得たのかなど聞きたいことはありますが、因果を言い含めることで、わたくしの周りにこれ以上を被害を出さないのであれば、命まで取る必要はないでしょう。

 そう考えて、相手の出方を窺っていると―――



 ―――ぴし…ッ



「……え?」


 突然、体が動かなくなりました。

 息をすることすら忘れてしまいそうになるほど、全身が金縛りにも似た硬直に襲われる。


 “天の羽衣ヴェルト・ローヴェ”の防御機能を作動する間もなく襲った状態異常。

 それどころか“かぐや姫プリンツェッセン・モーント”自体の能力が消失していく感覚。


 “逸脱した者ハエレティクス”の能力自体を抑制する。

 こんなことが出来るのは――― 




「―――あてだけ、どすえ」




 短い光沢のある黒シャツ。

 タイトな黒のロングパンツ。

 赤いロングジャケット。

 そして朱のアイマスクと銀の髪。


 音も無く突如空間から滲み出るように現れた一人の女性。


 同時に視界が灰色に包まれ、静止しました。

 巨人も、男も、何もかもが停止した世界。

 この覚えのある感覚に、わたくしは彼女の名を思い出します。




 ―――“メリーディエース




 管理者の1人にして、わたくしを充さんが放り込まれたのと同じ、今の“逸脱した者ハエレティクス”へと導いた張本人。

 “神話遺産ミュートロギア・ヘレディウム”と並ぶ世界の支配者層。


「あれから一度も姿を見せなかった貴方が……なぜここに?」


 ただそう一言を発するだけで恐ろしい労力が必要でした。


 そう、会ったのは後にも先にもあのときだけ。

 充さんを見出したエッセさんが頻繁に接触しているのとは対照的に、一度たりとも接触して来ていない彼女が突如この場に姿を見せた。

 しかも、狙い澄ましたかのように戦いの最中に。


「そないなこと言うて……いけずやわ。

 そろそろ聞かせてもらわへんとあきまへんえ?」


 うっとりとした声色で彼女は語る。

 聞かせてもらう、という言葉の意味にぞくりと背筋を震わせた。



「あんさん、まだあてと契約しとりまへんやろ?

 差し上げたんはここまで。これから先も使いたいんやったら、うっとこの“逸脱した者ハエレティクス”として覚悟を決めておくれやす」


 

 彼女が言う覚悟。

 それが意味することは―――



 薄々気づいてはいたけれど、考えないようにしていたのに。

 目を逸らし耳を塞いでみてでも知りたくなかった事実。



 ―――三木充を含む、他の“逸脱した者ハエレティクス”を斃すということ。



 最後の勝利者となって、唯一の“逸脱した者ハエレティクス”として君臨する覚悟だと。

 そう目の前の管理者が囁く。


「拒否しても構いまへんえ?

 そのときは……」


 “メリーディエース”はチラリと背後で硬直している主人公プレイヤーの男を見ます。

 この男と指示されている“魔王ラーヴァナ”に襲われている現状、能力を喪えばどうなるかなどわかりきったことだとでも言うように。


 充さんを助けるために得た力。

 それが今となって牙を剥く現実。



 それでも、その選択肢ならば選ぶ方は決まり切っています。



 死への恐怖はありますし、それ以上に死んでしまって充さんに逢えなくなる恐怖に震えてしまうけれど。その充さんとの殺し合いを強制させられるくらいなら―――



「いけまへんえ」



 言葉が出ない。

 唯一動いていた口すらも、何かの力で止められてしまいました。



「ここまでお膳立てしましたんえ? 聞きたいんは肯定の言葉だけ」



 すでに意志すら関係なく。

 抗えないほどの彼女の力の前に、わたしの口からは―――









「お断りです。そもそも、貴女からは何ももらっていませんもの」



 ―――“わたくし”の言葉が紡がれた。





活動報告で書いた通り、リハビリ中のためしばらくは投稿感覚が長めになります。


リハビリ代わりに取り掛かっている拙作『退屈を持て余した軍神の本気』が完結後、毎日更新に復帰する予定です。

ご興味ありましたら、そちらもお楽しみ頂ければ幸いです。


誤字脱字・ご意見などはいつも通り感想欄にてお待ちしております。

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