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VS.主人公!(旧)  作者: 阿漣
Ver.4.04 月乞う者たち
233/252

231.月と踊る夜・裏(2)

 漆黒に染め上げられた視界の中。


 じわりじわり、と。


 何かが染み込んでいくような感覚。

 足先から頭に至るまでゆっくりと、それでいて確実に甘い痺れにも似たものが行き渡っていく。

 微睡むような、そんな状態でしばしの時間が過ぎ、少しして半分覚醒していることに気づきます。視界は回復していないものの、音や感覚の一部が戻っていました。


 …………?


 振動。

 まるで歩いているかのようにかすかに上下移動。

 圧迫感から何か拘束されたまま、どこかに連れていかれているのではないかしらという推測が頭に浮かびます。

 少しだけ現状を把握した後、まず今できることを確認。

 静かに精神を集中。

 まるで自らの内面を暴くように、底のわからない心の泉へ顔を覗かせている感覚。


 ピリ……ッ。


 そこに映る存在を確認し安堵します。

 ゆらゆらと心の水面に映った月が確かに存在していました。

 彼女―――“メリーディエース”との邂逅により得た能力。


 ―――かぐや姫プリンツェッセン・モーント


 なぜか先程全身に広がった痺れが発動の邪魔をするかのように蠢く。どうやらこちらの動作を阻害する何かの様です。心当たりがあるのは意識を失う瞬間に受けた謎の衝撃でしょうか。

 とはいえ集中の邪魔をしてきているものの、それでもなんとか軌道させることは出来そうです。


 いざというときの手段があったことにより少し落ち着いたところで、現状について考えます。

 わざわざわたしの意識を切って、どこかに運ぼうとしているのですから危険を承知でもう少し相手の動きがわかるまで意識が全くないフリをするのも手ではありますが……、

 

 “天の羽衣ヴェルト・ローヴェ


 迷わず能力を発動。

 ふわりと体に纏わりつく心地よい柔らかさ。

 物理的、さらに精神的な防護を与えると共に思考能力を強化する、つまり全体強化効果のある基礎能力。

 そしてそれは、展開すればすでに与えられている状態異常を解除できるということを意味します。


 意識が完全に覚醒しました。

 再起動した意識に流れ込んでくる視界。


「海岸……?」


 そう、そこは昼間に充さんたちと働いでいた海岸。

 見覚えのある海の家の建物が並んでおり見間違うわけもありません。つまり中心部から見てほぼ間反対にある星塚からこの浜辺まで、小さな街そのものを横断する距離をここまで移動してきたことになります。体感的にはそれほど時間が経過しているとは思えなかったのですが。

 そこに佇む巨人。

 普通の人間の3倍はあろうかという巨大な大きさですから、まさに巨人と言う表現しか出来ないそんな存在が、その人間の胴体よりも遥かに太い腕でわたくしを抱えるように拘束していることにも気づきます。

 ここまで移動して連れてきたのは、この相手だということは間違いないでしょう。

 ですが、それもここまで。

 発動した“天の羽衣ヴェルト・ローヴェ”の不可視の防護により拘束していた腕が弾かれ、体が落下。落ちた先が柔らかい砂浜ということもあり、そのまま着地に成功します。


 すぐさま離脱。


 巨人の反応が遅く動きの鈍いことを幸いとして、距離を取りました。

 拘束を解かれてすぐに捕まえに動くかと思ったのですが、距離が離れても特に巨人は動くことはなくこちらを睨みながら仁王立ちし、その輪郭をゆらゆらと陽炎のように揺らめかせているだけ。


「……?…この方は一体…?」

 

 少なくとも、充さんと星塚に居るところに攻撃を仕掛けてきた相手、もしくは最低でもその仲間である可能性は高いと思われます。

 どう考えても自然界に存在するような体躯の相手ではありませんし、距離を置いてなおその全身に漲っている膂力の気配や圧倒的な質感、そしてビリビリと肌を刺すのど同時に背筋を震わせる禍々しい雰囲気はどのような肉食獣のものとも異なっています。

 ですが、先ほど拘束から逃げたときもそうでしたけれど反応が余りにも……薄い。

 まるで本人の意志ではなく、何かの命令を聞いて動くロボットのような印象を―――


「おぃおぃおぃおぃ! こりゃあどーなってるんだ! せっかくハグハグ!アンアン!しようと捕まえて連れて来させた女がどうして解放されてるんだよ!!」


 巨人についての考察を重ねているのとは別の部分で、その浜辺にやってきた気配を察知。

 何か驚きの声をあげつつ近づいて来る相手を警戒します。

 そのふたつの気配のうち、ひとつは先ほどまでわたくしを捉えていた巨人と全く同じもの。まるで鏡に映したかのように何一つ変わることのない同一存在。

 そしてもうひとつ。

 隠しきれない下卑た笑みを浮かべる、初日に声をかけてきた挙句、充さんに腕を掴まれた男性の姿。

 バイクのライダースーツにも似た翠の革をなめした頑丈そうな衣服を着て、手に刀身が2メートル近い大きな剣のようなものを持っているところを見ると、おそらくは主人公プレイヤーだったのでしょう。

 

「どんな理屈かはわからないけどもな! “魔王ラーヴァナ”の力を得たオレ様はぁ! 完全無欠、史上最強! ガンガンいこうぜ! イケイケだ! 無駄に刃向わなけりゃイイ想いさせてやるだけで済むぜ? くくく、あのお前を庇った主人公プレイヤー、お前を寝取ったらどんな顔しやがるか、楽しみだ!! 絶望を味わわせてからのほうが復讐はスカ!っとするもんなぁ! わかるよなぁ?」


 もし“天の羽衣ヴェルト・ローヴェ”を使用して、思考を怜悧に研ぎ澄ませていなければきっと外からもわかるくらい大きくため息をついていたでしょう。

 主に失望で。

 ………どうして世の中にはまともな男性がこんなにも少ないのでしょうか。

 正直なところ能力の高い低いとかそういうことじゃなく、もっと相手に敬意を払って思いやることのできるちゃんとした性格であって欲しいだけなのですが。


「わかりませんし、わかりたくもありません。女性を無理矢理攫って手籠めにしようというのは、紛れもない犯罪です。その自覚はお有りですか?」


 男性はその言葉に対しまるでくだらないことを言われた、とばかりに鼻で笑います。


「頭グツグツしてるンのかよぉぉ? ぷるんぷるんな胸ばっかりに栄養いって頭足りてないってことか!

 いいか、よく聞けよ? この横にいる巨人たち……これこそが“魔王ラーヴァナ”だ。伝説に謳われる羅刹ラークシャサの王! こんなマジ完璧すぎる力を使えるんだから、衛兵システムなんてもう何の意味もないんだってことくらい、わかるだろっつうかわかれよ!」


 ……最低ですね、この方。

 女性の体の特定部位を揶揄するのに使うなんて。

 戦闘の邪魔になる感情の揺らぎを抑制しているにも関わらず、嫌悪感を生じさせる物言いだという客観的な分析はできます。


 ズォ…ッ。


 唐突に、彼が持っていた剣から妙なものが噴き出すように現れます。

 翠の炎のように噴き出した後、半分固形化したかのようになってぐねぐねと刀身に絡みつくように巻き付いて揺れています。

 奇妙なその光景ですが、それがただの演出でないことだけはすぐにわかることになります。


「まぁイイや。どうせ主人公プレイヤーでも無いNPCになんて、オレ様の凄さを全部理解できるはずもないだろうからな! いいからとっとと服脱いで愉しませろってんだ、こう……なりたくなけりゃなぁ!!」


 一振り。


 脅すように男が唐竹割りの如く上段から振った剣。

 その刀身に絡みつかせていた翠の物体が弾くように飛んで、海の家のひとつへぶつかります。そのまま『快適!海ライフショップ』と書かれていた看板ごと建物が一瞬でドロドロに溶解します。


「どうだ、どうだ、どうだぁぁァァ? ギンギンだろぅが! “魔王ラーヴァナ”の力を使った場合は当然、使わなくてもオレ様はこんなにも最!強!」


 溶解の魔剣。

 使用者の魔力を吸い取ることで剣に刻まれた魔法を起動。

 刀身に纏う強力な溶解液で相手を攻撃することが出来る大剣。

 それを自慢げに語った挙句、“魔王ラーヴァナ”の力で他の主人公プレイヤーを倒してこの剣を奪った活躍を滔々と始めます。

 自らの力が借り物であることを誇る愚者。

 こんな相手が自分の身勝手な理屈で動き、充さんとの時間を邪魔したことが制御しているはずの感情すら逆なでしているようで腹立たしくなります。


「さぁ、大人しく言うことを聞くつもりに………」

「頭が悪いようなので、もう一度だけ言って差し上げます。貴方の発言などわかりませんし、わかりたくもありません。ですが、そのような浅薄な行動原理と卑しい言動を野放しにするわけにも参りません。

 大人しく縛について下さい。今ならまだ誘拐は未遂で済みますが……少なくともあの海の家の損壊は償って頂かないといけません。

 逆に問いますが、それすらもわからないほど低能ではありませんよね? 自己評価が高いだけが取り柄の“オレ様さん“が」


 あの海の家にもちゃんと持ち主がいて、それぞれの想いを抱えて働いています。どんなに主人公プレイヤーが偉いのかわかりませんが、少なくともこんな風に己の力の誇示のためだけに踏み躙るのが正しいとは思えません。


「……ッ!!」


 わざとした挑発するような物言い。

 それに対してわかりやすいほどわかりやすく、感情を沸騰させた男性は再度剣を振りかぶります。

 どうも使いこなせていないのか、それとも重量のありそうな武器のせいか、大剣を振るう動きは無理矢理なんとか行えている感じがあってモーションが大きい。

 そのためどんな風に振ろうとしているか、すぐに理解できる。

 避けるのもそんなに難しくはないでしょう。


 男の再度の斬撃。

 そこから溶解液がわたくしのほうへと飛びます。

 小さいとはいえ建物ひとつを飲み込んでしまう量のそれに対し、その場から一歩も動くことなく相対し―――


 ―――溶解液が目の前10センチほどのところで不可視の壁に遮られるのを、静かに確認しました。


 以前、充さんが学校で“簒奪帝デートラヘレ・インペラトール”を暴走させたとき、その攻撃からクズノハさんたちを守った“天の羽衣ヴェルト・ローヴェ”の防護。

 そんな程度で突破できるわけがない。

 ぼたぼたと落ちて消滅する溶解液を気にすることなく相手を見据えた。


 強くならないといけない。

 もう充さんが傷ついてまで助けなくてもいいように。

 そして、その隣に並び立って今度は助けるために。


 だから、



「それとも……力ずくがお望みですか?」



 それを止める力を持った今ならば。

 その不条理を正さなければなりません。


 さぁ手早く終わらせて戻らないと。

 きっと充さんが心配しているでしょうから。


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