228.夜が誘う戦場の先
一刻も早くミッキーちゃんの現状を確認するため、目の前の取り巻きーズ(仮)との戦闘に突入した私たちだったけれど、その戦いは始まって早々にも関わらず一気に結末へと収束しようとしていた。
ヒュッ……ッ。
刃が煌めく。
ギィンッ!!!
金属同士がこすれ合うような硬質な音が響いた。
ヒョゥ…ッ。
穂先が突き出される。
ギギギギッ!!!
そしてその全てが“祓い”の結界にシャットアウトされている。
「か、硬ぇぇぇぇッ!?」
「どうなってやがるぅぅぅ!!」
私ならいざ知らず、姉こと上位者である“慈なる巫”の“祓い”だから、その構成力は強固極まりない。なにせ私のように魔術とかに寄り道せずに、技能の一本伸ばしなのだから当然。
弱くはない。
むしろ普通の魔物に比べれば強いと言える。
それでもその戦闘は狩場での妖怪との戦いと何も変わることはなかった。
そうなった理由は力の大きさではない。
いくら“神話遺産”からどんな強大な力を与えられていようが、それを使う者が活かせなければ意味がないということなのだろう。
「………話にならない」
思わず呟いてしまう。
一般的に狩場での戦いは地道なもの。
ミッキーちゃんのように、あんな規格外の力を持っていたり上位者クラスほど敵との相手に隔絶した差があれば話は別だけど、普通は仲間を集めて組んで格上の相手を狩るのが一番効率がいいから、そうなるのは仕方ない。
攻撃、防御、強化、回復…それぞれが役割に応じた動きに徹し、総合力で徐々に相手を圧倒し勝負を決めるそういった戦いでは必然的に忍耐力が養われる。
でも新人だから、そんな経験はないのだろう。
目の前で鬼っぽい妙な変化を遂げたAとBは明らかに通じない同じ攻撃を繰り返しては、イライラしては徐々に動きを雑にしていくだけ。
普通ならとりあえず色々な攻撃を試して効果を確認するとか、これだけ攻撃が通じないんだから出直すとか、こっそり持っていた隠し玉を使うとか色々あると思うんだけど。明らかに物理攻撃が効いていない相手なのに、魔術とか物理じゃない手段を試そうとしていない段階でどうかな、って思う。
「咲弥、このまま警戒しながら一気に決めてしまいましょう」
ん。それが作戦なのかもしれないから油断はしない。
おそらく単なる確認のつもりだったのであろう姉の台詞に頷いた。
単純に戦闘のことだけを考えるのであれば取り得るべき手段はいくつもあるけれど、出来るだけ早く排除したいならやることは決まっている。
可能な限りの最大火力での殲滅。
“祓い”の結界に守られて相手の攻撃が届かないのをいいことに、私は詠唱に入った。これまでの“硬風”のような短く発動できるものでは必要としない作業も、今から放つ新しい魔術を私が使うのには必要。
『灰塵の地・座する緋の棺が如く・焼けよ・爛れよ』
身体の中の霊力が活性化し精製されて魔力へ変換。
杖を振るい空間に輝点を三点設置。
それにより座標基準を設定。
『睥睨する炎界の一つ眼・灼の粉の催し・踊り繰る・躍り来る』
相手が大慌てで攻撃を激しくしているのが見える。詠唱が必要な魔術の威力が高いことくらいは知っているのだろう。放たれるまでになんとかしなくてはならないと必死に武器で結界を攻撃するも、圧倒的に地力が足りないせいで無駄に終わっている。
その間に基準を元に放つ位置を設定。
魔法陣が目の前に展開されたので、そこに瑞々しい魔力を一気に注ぎ込む。
「―――“逆なる炎雨”!!!」
一瞬で攻撃してくる新米主人公AとBたちを巻き込んだ半径10メートルほどの範囲を包み込むように、ぼぅっと地面に薄い赤の輪が浮かんだ。建物を巻き込まないギリギリの範囲で、もちろん私たちも効果範囲に巻き込まれているけれど、おねーちゃんの“祓い”があるから問題なし。
「な、なんだこれ!?」
「もしかしなくても、アニキ的にもヤバい奴じゃねぇ!?」
ぼ…ぼぼ……。
その範囲の地面に無数の小さな赤い点が浮かび上がり、そこから上に向かって細い炎の矢のようなものがレーザーのように突きあがる!!
ぼぼぼぼぼぼぼぼ!!!!
さながら赤い雨が降っているのを録画して逆再生したかのように、半径10メートルのドーム型の空間に炎の逆雨が荒れ狂った。
ジュゥォォォォォォ!!!
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」
「うあっぁあぁァァァァァ!!?」
肉が焼ける匂い。
普通の火と違い地面から突き上がっても単純に燃え移っていくわけじゃない。まるで炎の針が体に突き立ってでもいるかのように、体に突き刺さり貫こうと潜り込みながらさらに内部をその熱で焼いていく。
その時間はおよそ10秒ほど。
だがその魔術が消えたとき、AとBはすでに消し炭も同然の無惨な姿になっていた。
主人公同士の日常での殺し合いはNGだし、取り締まりやペナルティはあり、度が過ぎれば“逆上位者”のように不名誉な感じにレッテルが張られて色々と不都合が出るのは広く知られている。
だが狩場においてはそれがある程度無効化される。
それは“境界化”されている場合も同様。
対人戦が実装されているこの世界においては、単純に戦いになって敵主人公を倒すことは問題にならない。
ちなみに“逆上位者”がイベント戦で悪名を高めることが出来るのは、主人公殺害行為そのものではなく、パーティー登録しておいて騙し討ちをしたり、邪魔することでイベント目的を妨害するからだったりする。
「……………ッ」
消し炭となった遺体。
一応鬼などの人型の魔物で慣れているつもりだったけど、それでも至近距離で見ると余り気分がいいものじゃない。
それでも後悔は無い。
勿論襲ってきた彼らが普通じゃない感じだったということもあるけど、それよりもずっとミッキーちゃんがどうなっているかのほうが気になるから。
「咲弥」
ぽん、とおねーちゃんが頭を撫でてくれた。
「ひとまず充さんと合流しましょう。考えるのはそれからでも遅くないわ」
「ん」
とは言うものの、当てももなく探すにはこの街は少し広すぎる。
ある程度目星をつけて探す必要があった。
「どこ行ったかな?」
「そうね……月音さんと一緒に行ったのだから、雰囲気のあるところの可能性が高いんじゃないかしら? このへんだと星塚、七戸園あたりなら地元の人にも観光客にも有名みたい」
「…? なんで知ってるの?」
「ちゃんと下準備したもの。もしかしたら充さんがデートに誘ってくれるかもしれないわけですし」
冗談めかしてチロっと舌を出すおねーちゃん。
どうやら彼女はこのあたりのデートスポットをこっそりチェックしてあったらしい。
おそるべし。
ミッキーちゃんのほうがどうなっているのかはわかんないけど、少なくともあの程度の相手にどうにかなるとは思えない。あのレベルの敵なら、鬼首神社の大妖さえ支配できているミッキーちゃんにとっては足止めすら怪しいし。
おそらく黒幕と思しき“魔王”、つまりその“神話遺産”保有者が相手であっても、そう引けを取るとは思えない。
だから無事である前提で如何にスムーズに合流するかに注力するべきだと思う。
そんな風にどちらに行こうか考えながら、ひとまず広い道のほうへと出ていくと、
ぞわり。
空気の変質は一瞬。
全く人気のない、街灯以外は明かりすらついていない暗く寂しい街中。
そんな街の建物の隙間を縫うように、異様な赤黒い霧なのか煙なのか判断が難しい妙なものが結構な速度で広がっていく。
反射的におねーちゃんが大麻を振るう。
“祓い”を行ってシャットアウトすることで、私たちの周囲には近寄ってこれないけれど、街全体に広がる勢いで流れていくのを止めることまでは出来ない。
「…………?」
「? どうしたの? おねーちゃん」
「少しおかしくて……。
“祓い”に凄く反応していて弾けるんだけど、反応の割に手応えが軽い感じなの。直接的な攻撃でないのは見た通りだけれど、吸収や精神的な攻撃にしても軽すぎて……いいえ、追求しても仕方ないわね」
違和感。
確かにおねーちゃんの言う通り。
さっき戦った人たちが使っていた“魔王”からもらった力の質とは少し違う感じがする。似て非なるというのか………でも残念ながら結論が出る前に思考は中断された。
遠くから響く轟音と、吹き飛んでいく木造家屋によって。
おねーちゃんに確認してみると、どうやら星塚のある場所の方向みたい。
そのすぐ後にも断続的に同じような音が響いて、その度に小さな爆発じみたものが起こっている。
何者かが戦っているのは間違いない。
つまり、そこにミッキーちゃんがいるのだ。
「行こう!」
「ええ」
おねーちゃんが相槌を打つ間すらももどかしい。
私たちは大急ぎでそちらに走り出す。
幸いなことに他の妨害は無かった。
てっきり他にも“天賦能力”をもらった相手が立ち塞がって時間を稼ぐかと思ったのに。
近づいていこうと走り出しているうちに、徐々に戦いは近づいているようだった。
先ほどまでの轟音が徐々に耳を劈くようなものに変わり、壊れていく建物の被害も段々よく確認できるようになってきた。
「……え?」
なのに、唐突にその音は消えた。
まだ合流できていないというのに。
戦いが終わっちゃったんだろうか?
ミッキーちゃんはちゃんと勝てただろうか。
それとも危なくなって逃げてるとか?
色々な考えを置いてけぼりにしながら進む。
こういうときは前衛職ほど走る速度が出ないのがもどかしい!!
そのへんの常人とは比較にならないけれど、それでも所詮は後衛職。
そんな心配をよそに、足が止まったのはすぐ後。
別に疲れたわけじゃない。
そこにミッキーちゃんがいたから。
―――紛れもない戦場のど真ん中に。
足を止めたまま、私たちはその光景に目を奪われた。




