21.初めての狩場
ガタンゴトン。
電車が揺れる。
目指すは一路、狩場である赤砂山だ。
そう、今日は日曜日。
初めての狩りの日である。
赤砂山に向かう方法は大きく分けて2つ。
車か電車だ。
バスかタクシーで向かうか、電車で終点の赤砂山駅まで向かうかである。
前者のほうは赤砂山まで徒歩5分くらいの距離まで近づけるというメリットがあるが、バスは本数自体が少なく(なんと1時間に1本である)、タクシーは金額が恐ろしいことになる。
電車は駅から15分くらい歩くことにはなるが、運行本数が1時間に3本ほどはあることと、駅前にコンビニがあるので途中で何か欲しくなったときの補充が出来る。
結果、オレと出雲は電車を使って向かっている。
ガタンゴトンガタンッゴトン…
のんびりと動くワンマン電車に揺られながら、
「う゛お、ぉぉ~」
オレは悶え苦しんでいた。
原因は単純。
筋肉痛である。
月音先輩みたいなすごい美人と知り合いになれてテンションが上がってしまったせいか、つい出雲からやれと渡されていた練習メニューを張り切ってやってしまったのだ。
「降りてちょっと体を温めれば、大分楽になる。それまで我慢だ」
隣に座っている出雲はそう言ってのんびりと風景を楽しんでいる。
幸い休日の朝、さらに人のすくないローカル線ということでオレたち以外に乗客がほとんどいないため呻いても迷惑ではないのが救いか。
【まったく…加減を考えよ、加減を】
そういうエッセだって、煽ってただろ!?
【な、なんのことかの。決して些細なことで気合を入れて暴走する若人が面白くて、ついつい合いの手を入れてしまったなんてことはないぞ】
うわぁん。
弄ばれたぁぁぁ。
「充」
声をかけられたのでそちらを向くと出雲が真剣な顔をしていた。
「おそらく帰りは消耗して話どころではないだろうから、忘れないうちに言っておかないといけないことがある。週明けのことだ」
「?」
「伊達先輩の件だよ」
ああ、そういえば同じ学校だもんなぁ。
あの恐い人と顔をあわせる可能性があるんだった。
どうしよう。
「そう警戒しなくてもいい。俺と伊達政次―――あの副生徒会長とは、上位者同士のイベント会場で知り合った。その時に携帯の番号を交換したが、実際の情報については殆どやり取りをしていない」
「?」
「つまり、あの男は俺と充が同じ学校だってこと、知らないはずだ。俺があの男のことを知っているのはあくまで副生徒会長、ということで見たときに気づいたからに過ぎない」
あー、なるほど。
確かにあの目立つ生徒会長の隣にいたら目立つわ。
「つまり向こうはこっちを知らないが、こっちは向こうを知っている。
基本的に1年の教室近辺にいる限りは鉢合わせになる危険はないと思っていいだろう」
そういうことなら大丈夫そうだな。
高校に入って一ヶ月以上経つけれど、確かに1年の校舎で3年を見かけることは皆無に等しい。
「でもあの先輩、あのときオレを撃った人でしょ? なんで知らないのかな」
一昨日の一件の際、顔くらいバレててもよさそうなものだが。
「あの男は基本的に興味のないものには関心を持たない。ある程度対等の力の持ち主か、十分な障害でもない限りは気に留めない。言葉は悪いが、あのときの充はただのNPCで、巻き込まれて死んだ、という認識だけだったからな。覚えていなかったんだろう」
自分で殺して覚えてないとか、まったく非道い話である。
ただ、今回はそれで助かっているので余り否定もできないのが苦しいところだ。
「とはいえ狩りに同行したあの夜にようやく本性に気づいたのだから、俺も偉そうなことは言えないのだが…すまん」
「いいって。もう過ぎたことだろ。その件は十分謝ってもらったし、今もこうして助けてもらってる。今後はその話はナシでいこう」
【…くっ…くく、青春しておるの】
エッセ、努力は買うけど笑いを殺せてないから。
「念のため鉢合わせする可能性を考慮して私服で待ち合わせしてたからな、名前も呼んでいないし充のことは当分気づかないだろう。その間に、出来る限り力をつけてもらう。
可能な限り時間を稼ぎたいから、学校では行動に気をつけてくれ」
「あいよ」
そうなると月音先輩に会いにいったりとかは出来ないか。
普段副生徒会長は月音先輩と一緒にいることが多いからな。
残念無念。
何か方法を考えるかぁ。
電車は無事赤砂山駅に到着。
コンビニでオレはおにぎりいくつかと水を購入して(出雲が何を買ったのかは言うまでもない)赤砂山へと向かう。
道中では狩場の魔物についていくつか説明を受けた以外は特に何事もなく到着。
赤砂山、といっても現在では木々に覆われた緑の山。とてもここが特殊な狩場になっているとは思えない。山道をゆっくりと歩いていくと例の頭痛がして、周囲の気配が変わったのに気づく。
ゆっくりと体を解してから袋から乳切棒を取り出す。
「基本的に危なくならない限りは手を出さないから。見ているから、色々試してみるといい」
さて、どうなるかな。
乳切棒の両端を手で持って構えながら周囲を伺う。
すると早速木々の上のほうからひとつの影が降りてくる。
バササッ!!
鋭い羽音と共に現れたのは鴉。
ただし通常の鴉よりも明らかに2回りはデカい。
“黒羽鴉” 適正レベル:1
出雲によると赤砂山の山頂付近に勢力を持つ鴉天狗の眷属で、山に入った者を警戒し追い返す役目を持っているらしい。攻撃方法は急降下して嘴で突く、という通常の鴉と変わらないもの。
ビュンッ!!
「おわわっ!?」
急降下してきた鴉を避ける。
わかっていてもやはり恐怖心が勝るのか、大げさに飛びのいてしまった。
嘴が下手な刃物よりもデカいんだもの仕方ない。
【最小限の動きで避けなければ、反撃できぬぞ】
そ、そんなこと言われても…。
エッセの言葉通り、黒羽鴉は避けられるとそのまま上昇して再び空に戻る。
どうやら攻撃できるのは向こうが攻撃してきた一瞬だけらしい。
さらに二度、三度。
黒羽鴉の攻撃を避けるが、どうにもこちらの一撃を加えるには至らない。
む、難しい…。
「杖で受け止めるイメージで下から掬いあげるんだ」
出雲のアドバイスが飛ぶ。
黒羽鴉は一瞬出雲に攻撃対象を変えようとするも、明らかに格の違う相手だと判断したのだろう。再びこちらに飛来する。
オレは出雲のアドバイスでひとつだけ覚えた杖術の動きを思い出す。
体は攻撃面積を減らすため、右足を前に出した半身。右手で杖の右端、左手で杖の左端を握り杖を立てる。このとき親指が内を向くように。
何度か避けて気づいたのは黒羽鴉の動きが直線的で単純なこと。恐怖のためタイミングを取るのが難しいが、動きそのものはバッティングセンターのボールと大差ない。
バササッ!!
黒羽鴉が降りてくる。
まだ…まだだ…。
あとちょっと……ッ。
「ここだッ!!」
左手を杖の真ん中ほどまで滑らせながら、杖の下段を跳ね上げる。
ガキンッ! ザシュッ!!
黒羽鴉を打ち据える音。
杖で下から攻撃された黒羽鴉はすこしだけ浮き上がってからそのまま地面に落ちて動かなくなった。なんとか倒せた、のかな?
すこしすると、ぼふっ、と黒羽鴉の亡骸が消える。
そこには黒い大きな羽が残されていた。
「まぁまぁだな。ただもうすこしタイミングを覚えないと無傷は難しいか」
出雲の言葉通り、さっきの一合で黒羽鴉の嘴は腕の外側をすこし切っていった。
若干血が滲んでいる。
ちなみに羽は“黒の風切り羽”で売値が5Pらしい。
河童の軟膏1つ分にもならないとは世知辛い…。
とはいえ、一匹で満足しているわけにもいかない。
山道をどんどん歩いていき先へ進んでいく。
その度に黒羽鴉が出てくるので、同じ構えからタイミングを計りつつ打ち据えて倒す。
3回ほど戦って、無傷で済むのが1回くらいだな。
ちなみに出現頻度的には大体100mほど進むと黒羽鴉に遭遇する感じだ。
ばきっ!
6匹目の黒羽鴉を倒した。
段々肩が上がらなくなってきたので、休憩して昼食を摂ることにした。
休憩がてら出雲にステータスを確認してもらう。
「どうよ?」
「しっかり経験値と技能習熟度は上がっているようだ。おそらくあと10匹くらい倒せば、杖術が1になるんじゃないか?」
うわぁ、先が長っ!?
しかし妖怪?というか魔物とはいえ倒すのは結構気になるなぁ。幸い死体が残らないので罪悪感が湧かないのが救いだけども。
【あやつらは霊脈から漏れ出たエネルギー体のようなものじゃからな。
出雲が言っておった鴉天狗レベルならともかく、眷属は本能と指令のままに動くだけじゃし交渉もできぬから仕方なかろうて】
もくもくとおにぎりを食べ終えて狩りを再開する。
次に現れたのも黒羽鴉。
ただし今度は数が2羽になっていた。
「うわわぁぁっ!?」
「位置取りを考えるんだ。常に二羽を視界に収めるようにして、一羽ずつ仕留めることを考えろ」
さっきまではどっしりと構えて迎え撃つことが出来ていたが、相手が複数となるとそうもいかない。動かなければいい的である。
なんとか動きながら二羽を視界に収めて、1羽が空中に戻っていく間に構えて残り1匹の攻撃にカウンターを入れる。
なんとか倒した頃には息も絶え絶えである。
すこし休んでまた進む。
道中さらに3羽の黒羽鴉が襲ってきたのでそれを撃退。
そのうち山道に立て札が立っている場所に出た。
『ここから先、危険。引き返されたし』
内容は実にシンプルなものだった。
「前にも言ったが、ここから先は敵の強さが段違いになる。引き返そう」
どうやらこの先は鴉天狗が出るとか言ってた危険ゾーンらしい。
眷属レベルでてこずっているオレとしても、そんなヤバいところは御免蒙りたいので引き返すのに異存はなかった。
ぼひゅ…っ
「ッ!?」
引き返してすぐ、何か妙な音がして咄嗟に周囲を窺う。
何か火の玉のようなものがひとつ周囲を飛んでいる。
「…あれ、まさか……」
出雲に聞いていた要注意な魔物の名前を思い出した。
“蜘蛛火” 適正レベル:2
見た目は火の玉に似ているが、その正体は百匹のクモが一塊の火となって空を飛んでいる存在。攻撃方法は体当たりであるが触れると通常のダメージ以外に炎が纏わりついて継続ダメージを与える。
すぐに水で洗えば大事はないが、放っておくと炎自体は10分ほど消えないため、通常ここに来る初期のレベルでは死亡する可能性が高い(出雲談)
そう、聞いていた。
確かに聞いていた。
心構えも出来ていたつもりだ。
だが改めて見るとかなりキモい。
すげぇ小さい蜘蛛が塊になってうぞうぞ蠢きながら火をまとって飛んでくるんだから、そりゃもうキモさがマックスである。
「うおおおぉぉっ」
必死にダイビングするように飛んで、蜘蛛火を避ける。
幸いなことに黒羽鴉よりも若干スピードが遅いため、避けながら攻撃することは難しくなさそうだ。そう判断して避けながら乳切棒で叩く。
すかすかして手ごたえがイマイチ。大丈夫かと不安になりつつ何度も何度も叩く。
腰が引けているせいか、避けるのを優先しているためか、棒の先端で小突くような攻撃になってしまっているものの、10回ほど叩くと蜘蛛火は霧散した。
【なんとか勝ったが…お世辞にも上手くはなかったの。
もうすこし引き付けてから、たたきつければ結果も違うものを】
そりゃ、それが出来れば最高ですけどね!?
あんな触れたら火傷間違いなしの相手に、初見でギリギリまで近づけさせられるような度胸はございませんよ!?
【まぁよい。まだまだおるし、すぐに慣れるであろう】
「…え?」
ぼひゅっ、ぼひゅっ…。
嫌な音が耳に届く。
勘違いであってほしい、と思いつつそちらを向くと、蜘蛛火が2つ。
「大丈夫だ、充。今日は火傷対策で水の用意がある」
「そういう問題じゃないぃぃっ!?」
やはりレベルが違いすぎるせいか出雲には攻撃せず、オレのところに迫り来る蜘蛛火たち。
悪態をつきつつ必死で避ける。
避ける避ける避ける。
【ほれほれ、早く攻撃せんといつまでも終わらんぞ】
体力も無限に続かない。
痛いのは出来るだけ避けたいが、ここは多少の火傷覚悟で倒す以外方法はなさそうだ。
「絶対生きて帰ってやるぅぅぅっ!!」
自分を鼓舞するように叫んで蜘蛛火に向き合った。
こうしてオレの狩り初日の成果は最終的には以下の通りとなった。
三木 充
年齢:16
身長:168センチ
体重:61キロ
所有職:
逸脱した者 LV.0
武芸者 Lv.1
技能:杖 1.23
倒した敵:
黒羽鴉 × 10
蜘蛛火 × 3
獲得物:
黒の風切り羽 × 10
蜘蛛糸 × 1
なんとか無事に帰ることができましたとさ。
なかなか戦闘シーンはむずかしいですね。
作中での杖術の動きは筆者の中途半端な齧り具合でしか再現できていませんので、細かい描写が間違っていましたら御容赦下さい。




