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VS.主人公!(旧)  作者: 阿漣
Ver.4.03 滲む歪み
225/252

223.月と踊る夜(3)

 飛燕。

 そう形容しても差し支えないような速度でそれは間合いを一気に零にする。


 温い夜気を鋭く貫き掻き分けるかのように、寸毫足りとて留まること無く。

 ゆえに与えられた猶予は刹那、と呼ぶしかない寸瞬でしかなく、それは構えていない体が反応するには余りに短く、そして惨劇を生むには十分過ぎる間だった。


 目の前の女性に突き刺さる影。

 漆黒の杭にも似た形状のそれは紛うことなく突き刺さりその体を貫通、先端が再び闇に顔を出す。

 その数、およそ3。

 それぞれが若干角度を変えているものの同様に刺さり、その度に衝撃が彼女の体を硬直させる。


 意味がわからずに硬直する思考は、ただ網膜から受け取ったその光景を認識するのみ。

 錆びついた歯車がようやく動き出したように、頭が動いたのは全てが終わりかけてからだった。

 まったく質感を感じさせない奇妙な漆黒の棒を突き刺された彼女が、その黄金色の砂を思わせる髪をゆっくりと靡かせながら倒れていく。


 待て。

 待ってくれ……ッ。


「つ、月音先ぱ……っ!!!?」


 絞り出した声は笑ってしまうほど震え掠れたような、それでいて短い言葉だけ。

 背後からの衝撃に、ぐらりと傾いたまま前に倒れる月音先輩。

 並んで展望場の手すりに手をかけて景色を見ていたのだ。

 そのまま前に倒れればどうなるかなど自明の理。


 カチリ。


 スイッチが切り替わる感覚。

 何度目だろう。

 回数を重ねて慣れたためか、スムーズに脳内の加速が開始される。


 世界が変質した。


 消失する色。

 緩慢になる時間。

 そして重くなる身体。


 白と黒の強弱のみに彩られた灰色の中、緩やかに倒れていく彼女へと手を伸ばす。


 見えない水に満たされでもしているかのような抵抗を、力で強引に押し除けながら徐々に詰められていく間合い。

 わずか1メートルにも満たない距離が、今はその百倍を超えるかのような感覚に焦燥感だけが募るものの無理に飲み込む。

 雑念を挟む余裕などないのだから。

 手すりを越えて前に傾ぐ瞬間、ようやく手が月音先輩へと届いた。


 落ちかけた彼女の手を掴む。


 女性一人の落下エネルギーを片手で保持するなど普通は無理だろうけど、今や主人公プレイヤーとなっているオレの身体能力なら問題ない。

 ぐ、と握りしめたその手に伝わる、暖かく柔らかい感覚。


 ザザ……ッ。


 それが消えた。

 唐突に。

 何の前触れもなく。


 意味がわからず、ただ目の前で起こったことを脳裏で理解しようと反芻する。


 まるで昔のブラウン管テレビのように、月音先輩の体が一瞬ノイズのようにピンボケし輪郭が掠れ、そのまま霧散した。


 幻…?


 だがすぐにそうではないと頭を振った。

 世の中の全ての幻を知っているつもりはないが、それでもさっきまでのものは幻じゃないと感覚が訴えている。とりあえずはその感覚を信じるしかない。


「……………な…ん……で…ッ!」


 さっきまでなんでもなく喋っていたのに。

 状況のあまりの落差に意識が追いついていない。


 それでもなお意識を鋭角にし、攻撃がやってきた方向―――背後を振り向く。


 混乱しつつも動けたのは、これまで戦い続けた短くも濃度の濃い経験があったからこそだろう。

 展望場を漂う澱み廃れた空気。

 覚えがあるその雰囲気―――狩場の呼気。


 振り向いた視界に入って来たのは、異形。

 燃え盛る焔のように輪郭の端を揺らめかせる影のような漆黒の巨人。

 身長は5メートルはあるだろうか。

 無数の小さな蟲が集まってでもいるかのようにその存在自体の濃度まで揺らいでいるように見えるものの、基本の輪郭から判断するにその肉体は凄まじい密度を感じさせる。


「羅腕…童子………?」


 思わずそう口走ってしまうほど似た印象を受けた。

 5メートルを超える身長に見合った一本一本が腱かと見紛うほどの筋肉。

 似ている、と判断した理由は単純―――それを纏った腕が2本ではないことだ。

 通常の二本の腕の他に、右の肩口からもう一本腕が生えている。


 ゆえに羅腕童子と見間違えそうになり。

 ゆえに羅腕童子とは違うのだと理解する。


 羅腕童子が角を生やしている場所に角はないし、そもそも羅腕童子は通常で4本、最大で腕を8本まで増やすことが出来る。オレの裡に羅腕童子が宿っていることを改めて確認する間でもなく、違う存在だということは明白。


 そう、違うのだ。

 同じではなく、目の前のこの相手は―――羅腕童子よりもさらに強大な相手。 


 放っている威圧感。

 帯びている暴風が如き殺意。

 数こそ劣るものの一本一本の力感が軽く倍を超える腕。

 オレの倍以上の大きさであるその巨躯。


 羅腕童子を基準とすれば、どう見繕っても上位互換。

 とはいえ、羅腕童子とて“名持ち”の鬼。

 鬼の中ではかなり上位に位置する存在であり、その上を行く鬼などそうはいない。

 条件にあてはまるとすればつまるところ、酒呑童子クラス。

 そうだとするのなら、もっと注意深く相手を見定めないとならないのだが……。


「………ッ」


 ぞわぞわと胸がさざめく。


 焦燥。

 不安。

 そして怒り。


 おそらくこいつが放ったであろう攻撃で、月音先輩が消えた。

 ただその事実のみがオレの背中をぐぃぐぃと押し続けて止まろうとしない。

 考えが千切れては生まれ、生まれては千切れる。


  どうして月音先輩を殺されそうにならないといけない?

   何やったってどうせ無駄になる。

       どうすれば月音先輩がどうなったかわかる?

        一体こいつはなんなんだ?

          どいつもこいつも邪魔ばかりしやがって……ッッ!!!

      ああ、もうおしまいだ。

        なぜ事前に気づくことが出来なかった!

         相手が何であれ関係ない…ただ簒奪するだけのこと。

 なぜ狩場でもないのに魔物が居る?

    いくら考えてもおかしいだろ!? なんでオレがこんな目に合う!?

           どうしようもなかった……。

           ダメだダメだダメだ―――こんな結果は認められない…ッ!!!


 目の前の異形をこの上無く完膚なきまでに叩き潰しこの熱を晴らしたいと憤怒が踊り、月音先輩がどうなったかを確かめるのが先だと精査する理性、そして現状をただ悲しみ嘆き全てを投げ出したくなる哀哭、そしてそれ以外の何もかも只管にが喚き散らしている。


【……充】


 ゆっくりと宥めるように、エッセの声が届く。

 その声にほんの少しだけ落ち着きを取り戻した。


『心せよ。アレは……難敵じゃぞ』


 どうやらエッセは相手を知っているらしい。

 その真剣な色を帯びた声が事態の切実さと共に告げている。


『案ずるでない。おそらく月音嬢は死んではおらぬ』


 未だに動こうとしない敵に対して払っていた注意がその言葉で一瞬揺らぐ。


「……本当なのか?」


 こんな状況でわざわざ嘘を言うような相手ではないことはわかっている。

 それでも尚確認してしまう。

 それも当然。

 信じたら、それに縋って動くしかなくなるのだ。

 もしその上で全ての後に嘘であったとわかるのなら、受ける衝撃は想像も出来なくなるくらいは本能的にわかっていたから。


【無論じゃ。あの敵がかつて敵対する王の妻を攫った逸話を持つ“神話遺産ミュートロギア・ヘレディウム”………“魔王ラーヴァナ”じゃからな】


 どぐん…ッ。


 その言葉に受けた衝撃は二つ。

 ひとつは月音先輩が殺されてはいないまでも、攫われたと暗に言われていることにオレが受けたもの。

 ひとつはオレの裡に潜む“魔王ラーヴァナ”の欠片が、今までと違い最早その衝動を隠すことなく蠢き始めたことに対するもの。


 ふしゅる……。


 まるで破れたタイヤから高圧の空気が漏れてでもいるかのように。

 静かに息吹が上がる。


 ふしゅる、しゅる、しゅるる……っ。


 “魔王ラーヴァナ”と呼称された巨人が、その牙を煌めかせながらゆっくりと前進を始めたのだ。

 展望場の広さ的に、あいつの歩幅ならば間合いを詰めるのはあっという間。

 例えただの歩みだとしても、警戒するには十分過ぎたし、一歩を踏み出す度に小さく地面が振動するのを感じながらなら尚のこと。


 抜刀。


 隠袋から羅腕刀を抜きながら、周囲を見回す。

 辺りからは先ほどまでとは打って変わって人の気配がしない。

 初めてオレが伊達と遭遇し殺された飛鳥市の鬼首神社と同様、街中が狩場になっている、というオレの認識は間違っていないようだ。

 何らかの方法でこの一体の住民がいないのだと確信できるほど人の気配がしない。


 ならばやることはひとつ。


 叩き潰してぐちゃぐちゃに磨り潰して何もかも奪い尽くしたい、その衝動を必死に抑え込む。

 幾分か羅腕童子、というか公長さんにも力を借りて制御。


 “魔王ラーヴァナ”がぎょろり、と目を剥いて大きく咆哮をあげようと息を吸い込もうとする機先を制して、先手を取る。 


 ―――“幽玄なる纏い”


 ゆらり、と体を揺らし分体を創造する。

 数は1つだが、心持ち長持ちするように霊力を大目にして切り離す。


 この場はそいつに任せ、オレは手すりを掴んでそのまま乗り越える。

 虚空に投げ出される体。

 浮遊感に身を任せながらも、切り離した分体に咆哮をあげそうになっている“魔王ラーヴァナ”目掛けて攻撃するように操作していく。



 オ、オォォォオオオオオオオオオオオオォォォ―――!!!



 ビリビリと肌を刺すほど揺れる大気。

 展望場のほうで敵が挙げた咆哮は物理的な衝撃を持っていたのか、その場にいた分体はおろか落下中のオレの体勢までいくらか崩すほど。


「……名前は伊達じゃない、ってか!」 


 およそ10メートルほど落下し、下にあった木の枝を掴んでは勢いでへし折って、と繰り返すことで多少慣性を殺す。

 そのまま着地。

 受け身すら要らないのは鬼の膂力に感謝だ。


 そのまま走り出す。

 兎に角距離を作らなければならない。

 なぜなら―――


「―――エッセ、悪いけど急ぎで頼む。さっき言ってた“魔王ラーヴァナ”の逸話を聞かせてくれ。そこまで言い切るってことは、そこから他に何かわかってるんだろ?」


 優先すべきは月音先輩。

 あいつを倒すとか倒さないとか、そういうのはその後の話だ。

 単純にあの巨人を何とかすればいいだけならば話は早いが、ただの時間稼ぎだったら困る。というかむしろそのほうが可能性としては高いんじゃないかと思うのだ。

 だから今はまず月音先輩の行方に繋がる情報が欲しい。


 ずぐん……。


 流れ出る衝動のままに暴れることへの誘惑の、なんと甘美なことか。

 楽園の蛇のチロチロと見える舌さながらに、憤怒の業火が見え隠れする。


 だがそれはもういい。

 一度伊達との戦いで衝動に身を任せて失敗しているのだ。

 今は我慢し冷静に動かなければ、と考えつつ、わざわざそう考えないといけない段階で冷静かどうか微妙だけどな、と自嘲する。


『うむ、了解した。“神話遺産ミュートロギア・ヘレディウム”はその能力も神話や伝説の逸話からある程度類推出来る。ゆえに先ほどの―――』



 ぞごぉぉんっ!!!



 爆砕音。

 遠目に先程までいた展望場が砕けた、その衝撃だ。


 ド、ドドドドド……ッ!!!


 まるで展望場に爆弾でも落ちたかのように、その下にあった山肌にコンクリートで作られた擁壁ごと砕け、結果押さえられていた土が土石流の如く下にあった民家を押し流した。

 

 何が原因かは見た瞬間にわかる。

 というか分体の意識が途絶えるまでの知覚が教えてくれていた。


 咆哮に多少存在を削られながらも、分体が“魔王ラーヴァナ”へ殺到。そのまま攻撃を加えようとした際に、敵が腕を振り上げ鉄槌を振らせてきた。

 恐ろしい速度ではあったものの、鬼の膂力と修羅場で鍛えた見切りで咄嗟に反応。

 分体はギリギリで避けた結果、その鉄槌が地面に衝突。

 それが齎したのがあの惨状である。


「………衝撃波と、まき散らされた砕けたコンクリートでダメージを受けて硬直したところを分体は潰された、って感じだ」


 エッセにそう説明しつつ、破壊力にぞくりと体を震わせる。

 体のサイズだけなら封の解けた直後の茨木童子のほうがデカかったが、アレは解放直後ということもあってここまでの活動性はなかった。

 時間稼ぎすらもギリギリ。

 そんな相手だと認識を新たにする。


 だが関係ない。

 どれだけ相手が強敵だろうと関係がない。

 立ちはだかるのならば、叩き潰す。



 ―――増して、月音先輩かのじょを浚うような相手に手加減などできない。



 突如湧き出た一際強い、異質なその衝動。

 何物をも犠牲にして憚らないと断言できる。

 そんな狂おしいほど感じる彼女への執着。


 それを冷静に分析する間もなく、抑え込みながらただ時間を稼ぐべく疾走する。


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