220.海辺における魔性の女
ギラギラと照りつける太陽。
その熱を受けて足裏焼く砂浜。
ならば、こう叫ぶしかあるまい。
「やっほぅ!!」
海の家のバイト2日目。
午後3時くらい。
色々あったせいだろうか、交代の人たちが少し早めに来て上がらせてもらえたこともあって、皆で目の前の海へと飛び込んだ。
あがる水しぶきと冷たいような温いような微妙な感覚。
少しみんなと一緒に泳いでから、
「ふぅ~」
足がギリギリつかないくらいの、ちょっと沖で脱力。
ぷかぷか浮いてみる。
さすがに日本の海なのでテレビでやってたみたいな海外の綺麗な海色とはかけ離れているものの、それでもようやく海へやってきたな、という実感が湧く。
「ふぅ~…て、おっさんかっ!?」
「がぼっ…ボッ!?」
後ろからツッコミが入って思わずちょっと海水を飲んでしまった。
「な、何すんだよ!? 危ないだろ!」
「いやぁ…あんまりミッキーが若者らしゅうないから、つい…」
見るとイルカっぽいビニールの浮きに跨った咲弥と、それを引っ張っていたのだろう、前面についている紐を肩にかけているジョーがいた。
なんというか…
「……似合いすぎる」
「どーいう意味やねん」
だってこう雰囲気的に、ジョーってどちらかといえば人力車とか乗るよりも、引かせたほうが似合うタイプじゃん?とは言えないのでよそ見しておく。
「それにしても、おっさん言うんは言い過ぎとしても、なんやしみじみし過ぎと違うか?」
「ん。おっさんまでいかないけど、ちっさんレベル」
ちっさんってなんだ、ちっさんって。
アレか!? ちょっとだけおっさん、で略してちっさんだとでも言うのか!?
相変わらずちょっとおトボケ風味な咲弥語録は、色々と奇想天外である。
「まぁー…去年は受験勉強とかあったわけじゃん?
うちの学校、公立の中じゃそこそこの進学校なわけだし、出雲と綾はともかくオレのほうはそれまで適当にやってたせいで内申もよくなかったしさ。
頑張って勉強しなきゃいけなかったから、去年は1回プールくらいは行ったけど、海は行ってなかったんだよね。なんで久しぶりだってのは確かだ」
「ああ、そういうことか。それでも入りたいんやったら内申が低いなんて気にしても仕方ないもんなぁ……そういう意味で言うたら、うちの学校はマシやな。いくら内申低くてもこのジョー様みたいに頑張ったら入れるんやし!」
あー、そうデシタネ。
貴方、中学時代結構不良なんでしたっけネ。
県下に進学校としてそれなりに実績のある公立校。
うちの高校は公立トップ3位のうち最後のひとつである。もっとも微妙な僅差で4位と3位が入れ替わるようなレベルなんだけども。
トップの学校は完全な実力主義、内申はあまり重視せず(あまりに素行不良とかなら別である)試験一発勝負、2位の学校は試験もある程度のものは要求されるがどちらかというと内申重視と言われている。
うちの学校はこの次なわけだけども、私立も入れた全体の県内トップ3位は、ここに私立が1校来ているから公立縛りでないと、実際は我が母校が4位だったりする。
2トップの学校を本命にするレベルの生徒が確実性を見て入る、というか受け皿になってる感じだな。
おかげで上からやってきてる頭のいい奴と、ギリギリ入れてるレベルの人間が交じっているので色々と面白い校風になっているとは世間の談。
「まったくそうは見えないけど、そうなんだよなぁ…まったくそうは見えないけど、ジョーも受験勉強頑張ったはずなんだよなぁ。まったくそうは見えないけど」
「いくらなんでも、疑い過ぎちゃう!?」
「ん…まったくそうは見えない」
「しかも追い打ちまで余すことなく!?」
ぶくぶくぶく。
ずぅー…ん、とショックを受けたリアクションで顔を半分海へと沈めていくジョー。
そのまま海に没して、
ざばぁぁぁんっ!!
「わ…わっ!!」
突然イルカのフロートが下から突き上げたジョーによって跳ね上がって、咲弥が投げ出された。慌ててフォローしようとするも、結構泳ぐのが上手かった咲弥はすぐさま水面から顔を出してイルカに手をかけた。
「な~んて、ツッコミせずに終わると思たか!? ふはははは、甘い甘い! 丸塚屋のシロップたぷたぷ特別かき氷よりも甘いでぇ!?」
ちなみに300円である。
「いやいやいや、危ねぇし!? ツッコミするんならもうちょっと…」
「うっさい危ない、黙れ」
「ぎゃふぅ!?」
オレが思わずジョーに注意しようとしたが、その前に咲弥からのツッコミが入った。
イルカのフロートをぶん回して見事に命中である。
「く…陽動とは……ミッキー、おそれい……って、ホンマ悪かったって! 堪忍堪忍。もうせぇへんから許して、お願い!」
さらにボケを畳み掛けようとしたジョーだが、無言でイルカの浮きに固定されている持ち手を握って、軽く持ち上げた咲弥の笑みに怯える。
とはいえ、咲弥も悪ふざけということは理解しているし、そこまで本気ではないのだろう。
ぶー、とわざとらしく不快そうにしながらも、それならヨシ!という顔になった。
あたりを見てみると、綾たちの姿は海岸のほうにあった。
さっき全員で一緒に海に入ったが、女性4人は一度岸に上がっている。
月音先輩と水鈴ちゃんは水分を取りに行ったのか、さっき広げておいたパラソル(もうすぐ日暮れだから要らないかもしれなけど、こういうのは雰囲気が大事だしね!)のほうへ行っていた。
そこから人数分のペットボトルと何かボールのようなものを手に戻ってきて来る。。
視線が合ったのだろう、こっちに気づくと楽しそうに微笑んで手を振ってくれたので、手を振りかえす。
うん、なんか今、オレ、リア充な感じが凄くする…ッ!!
さて、思わずガッツポーズしてしまいそうになったのはいいとして、他の2人、綾と聖奈さんは浜辺にいた。
「あー……今回の犠牲者は聖奈さんかぁ」
思わず苦笑する。
綾と一緒に海に行った人しかわかってくれないであろう、二つ名(なおオレと出雲限定)。
海辺の魔性の女。
そう評される彼女の秘密。
何を隠そう、彼女は砂遊びが大好きなのである!!
え? 秘密じゃない? まぁ確かにそこまで大した秘密ではないんだけども。
なんでも昔家族で沖縄に行った際、海水浴場の砂のあまりの綺麗さにそこで砂遊びをしたことが切っ掛けなのだが(お土産はちんすこうでした)、そこから毎回海水浴に行くと必ず砂で何か作っている。
確か過去に一緒に行った際の作品は以下の通りである。
5歳:山城
7歳:ラプンツェルの塔
8歳:万里の長城
10歳:コロッセオ(小)
12歳:ノイシュヴァンシュタイン城(さすがに挫折) → ボルド城
14歳:平安京
中でも子供会で行った8歳のときの海水浴の際、万里の長城を作る!と言って、浜辺に全長30メートルの砂の長城を作ったときは大変だった。本人は海水浴場の端から端まで作りたかったらしいけども、作ってるうちに波によってどんどん浸食されて崩れていくわ、他の子どもたち面白がって怪獣来襲!的なことをしつつ壁を崩していくわ、てんやわんや。
正直30メートル作れただけで凄いと思う。
てか、海に来たのにほとんど海に入れてなかったな、あのとき。
正直高校生にもなって砂遊びってどうよ、という世間一般の意見は重々承知しているけども、何が凄いかというと綾の砂遊びが実に楽しそうで、ついつい付き合ってしまうところだ。
童心が凄く刺激される雰囲気というのか、大人でも巻き込まれて砂遊びをしてしまいかねない有様である。
なお、この趣味が高じてというべきなのか、海水浴の前の日とかこっそり作る建造物の設計図とか書いてたりする綾は、割と城とか歴史建造物オタク的なところがあったりなかったり。
まさか聖奈さんが獲物になるとは思わなかったけども、遠目に見てる限りは結構熱中しているように見える。見事に綾の魔力に憑りつかれている感じだな、うん。
さすが綾、海辺の魔女の力をいかんなく発揮している。海辺ならば鬼首神社の巫女ですらも陥落させるその力……ッ、おそるべしッ!!
「なんでニヤニヤしとんねん、ミッキー」
「ん。月音先輩のばっかり見たらヤ」
おっと、いかんいかん。
つい笑っていたらしい、落ち着こう。
そして咲弥、年若い娘さんがそういうこと言っちゃいけませんよ!?
「で、どないする?」
「? 何の話?」
どうやらあっちに気を取られている間に何か話しかけられていたらしい。
「なんや聞いとらんかったんかい。
せっかくやし、ビーチボールでもせぇへんか、って話。人数もおるしな」
び、ビーチボールだと……ッ!?
アレか!? よくマンガとかアニメであるアレなのか!?
ジャンプしてスパイクして、レシーブしてトスして、滑り込むアレだというのか!?
そういえば綾と出雲と3人で来たときは大抵最後砂遊びに巻き込まれたり、人数が少なかったりしてビーチボールみたいな人数要ることってしてないなぁ。
「OKOK。んじゃちょっとひと泳ぎして浜に戻るよ。せっかくだしあそこまで行ってみたくてさ」
指差したところには3メートル四方くらいの筏がプカプカ浮いている。
丁度海水浴場として沖合と網で区切られている間くらいの場所。
底に沈めてある錨か何かに繋がっているのだろう、水中から複数のロープで固定されているようだった。下にはタイヤみたいな大きなゴムチュープが取付られており浮力を生み出している。
泳いでいる人たちが思い思いにあそこまで行ってはよじ登ったり、ちょっと休憩したりするのに使われていた。
「なんや、それやったらちょっと付き合うわ。どっちがあそこまで行ってタッチして、浜まで行けるか競争とかどや?」
「お、いいねぇ。んじゃ勝った方はジュース一本な」
よっしゃ!とジョーが気勢をあげながら、
「あ、ちなみにリア充なミッキーは、咲弥のフロート引きながらやからな?」
「な―――」
―――んでッ!?と、余りの非道いハンデに声をあげそうになったが、咲弥が「すごーい☆やったー♪」的なキラキラと期待した目でこっちを見ているのに気付いて、思わず言葉に詰まった。
そんな視線を向けられたら、
「―――んでもないな! いいじゃないか! やってやるぜ!!」
こう言うしかないじゃないか、男の子なんだから!
咲弥がイルカのフロートの上に再度載って安定したのを確認してから、ジョーからもらった紐を掴んで
肩にかけた。スピードが出るのを覚悟して、ちゃんと咲弥が持ち手をしっかりと掴んでいる。
「よっしゃ、ほな行くで!! ヨーイ……ドン!」
ざばざばざばざば…ッ!!
合図で一緒に泳ぎ出す。
あっという間についていく差。
イルカのフロートに乗った女の子ひとりはかなりのハンデだ。
この条件を了承した以上、ジョーはオレが勝てると思っているなど微塵も考えていないだろう。
甘い。
その考え…丸塚屋の丸塚屋のシロップ超たぷたぷ特別かき氷(350円)よりも甘すぎるッ!!
鬼の膂力よ、今こそその力を発揮せよッ!!!
“簒奪帝”発動!
意識して体の構成を変え、鬼の身体能力を纏う。
結果、突如猛スピードでジョーを追いかけはじめる。
「な、なんやて!?」
そのまま抜かし、
「よっし…ゃ…がぼぼぼぼっ!??」
沈んだ。
体が浮かない。
なんでだ!?
驚きながら疑問符を浮かべると、すぐに答えは見つかった。
ああ…なるほど、そういえば確か筋肉って重たいんだったっけ………。鬼の体並みの密度を持ったのに、同じ泳ぎ方したらどんどん沈んでいくよな。
『若………』
ああ、公長さん、そんななんともいえない哀しそうに呟くのやめて!?
なんとか膂力を抑え動きを修正して、なんとか泳げるようになったものの、その頃にはかなり差がついていたせいもあり、最終的にジョーの勝利で終わりましたとさ、なむ。




