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VS.主人公!(旧)  作者: 阿漣
Ver.4.03 滲む歪み
221/252

219.積み重ねたモノ

 ビルの一室。

 そこに設けられた机に若い男が突っ伏していた。

 周囲にはオフィスビルとしか思えないようなスチールの机やファックス複合機、パソコンなどの備品。その中で突っ伏しているにも関わらず、彼は黒のスラックスに、紺色のワイシャツの胸元を大きく開けてだらしなく着こなしているせいもあり、まじめなサラリーマンと言うには些か無理があった。


「お疲れですね」

「……?」


 私がかけた声に、彼はふと顔をあげた。


「あー…佐伯さん、か」

「もうお昼ですよ? 食事しなくて大丈夫ですか?」


 八束煉。

 比喩でもなんでもなく、そのままの意味で狼を本質とする年若い青年はやれやれ、と起き上がりながら軽く体を解す。


「あー、無理。もうなんか飲み会続きで腹が落ち着いてねぇし……なんで人間の食いモンってのは、あんな刺激強いのばっかなんだか…」


 はふぅ、と頭をかく。

 なるほど、人間以上に感覚が鋭敏な狼ならではの意見。


「どちらと? 確か一昨日は検察の人たちとだったと聞いていますけど」

「昨日は警察庁。よくわからねぇんだけど、どうも例の警視総監シメたのについて感謝してるので、っつぅ話だったな」

「ああ、それで。確かにアレは彼らにしてみれば色々と問題があったでしょうからね」

 

 先日の鬼首大祭の際にこちらを妨害してきた警察署長。

 そこに裏から手をまわしていたのが警視総監、というところまで判明していた。


「んで、そこのエラい人…ん~」

「官房長あたりでしょうか」

「ああ、そうそう。その官房長サンが堅苦しい店を用意してくれて、そこで飯食った」


 官房長サン……。

 一応警察庁の内部部局の中でもかなりの高官なんですが、どうやら目の前の青年にとってはそれはあまり関係がない様子。


「……なぁ、警視庁と警察庁ってやっぱ仲悪いのか?」

「そもそも本来は警察庁がトップですが、そのうち警視庁は東京という枠で力をつけすぎています。他の地方と違って独自の呼称が許されているのもその証左ですが…首都警察の側面もありますから、それについてやはり警察庁で面白くない人たちもいるんでしょう」


 特に今回はその警視庁の警視総監が、地方の警察所長と個人的に繋がり自らの思う通りに動かした、という意味でトラブルとしてはかなり面倒な類になっていた。


「こちらによって繋がりが暴かれていなければ、警察庁からの横槍と見做されてもおかしくないわけですから、それについて感謝をするのもわからなくはないですよ。

 しかも“なぜか”警視総監は精神的に衰弱して今回の件を含め、余罪についても自供してから自ら退職されたそうですし」

「あー、誤解されねぇように言っておくけど、最終的にボスにもゴーサインもらってからの話だから無茶苦茶したつもりは全然ねぇ…ですよ?」


 身内と思う人物に対して敬語を使う、ということを苦手としている彼の言動に苦笑する。


「検察の方々のほうも似たようなものでしたか」

「今回の件は関係ねぇけども……ちょっと前にボスからの仲介で、ちょっと手伝ったからな。そのときの礼って話だったけど。そんなワケでもう何もしたくねぇや。

 一応今日は顔出したが、午後から明後日まで休日申請してあるから毒抜いとかねぇと」


 行政という縦割りの組織にいる以上、自らの所属を第一に考えなければならない。だが実際の現場では管轄や利害関係によって所属する組織が対立することもままあり、その場合やはりある程度のところで折り合ったりという調整が必要だ。

 そのため、自らの組織に出来るだけ都合がいいように調整できるように組織外と個人的に繋がりがあれば、それはアドバンテージとなる。

 そういった理由から、積極的に外に駆り出されているのが彼だ。

 その人間にはない特殊な能力により、他の組織に知られたくない困りごとを秘密裏に解決することによって、こまめに貸しを作りいざというときの備えとするのと同時、関係を良好に保っている。


 とはいえ、それ以外にも思わぬ恩恵もある。


 見ての通り、目の前の人狼は義に篤く、面倒見もいいし、筋の通らないことを嫌う。さらに言えば裏表のない性格をしている。

 そんな人物が相応の力を持って難題を解決していくのだから、現場の人間にしてみれば様々な感情を向けられるのは当然。

 事実、現場の人間のうち中堅から若手を中心として彼のシンパは結構いるらしい。

 今はまだ階級的に低い世代ではあるが、10年、20年したときを想像するのならば、間違いなく将来的な楽しみのひとつと言ってもいいだろう。


「そういえば、先程頼まれていた件、報告書が届きましたよ」


 ぽん、と机に書類を置く。


 残りの“魔王ラーヴァナ”の保有者についてまとめられたその報告書。 

 かつて彼がシベリアにて対決した“神話遺産ミュートロギア・ヘレディウム”という名の人知を超えた異形の力。それを現在保有している者を探した、その結果。


「あいよ」


 ざっと青年が目を通している内容は簡潔。

 見つかった“魔王ラーヴァナ”保有者は一人だけ。

 それが某県の飛鳥市、正確に言えば入道海岸に旅行中だという内容だ。

 年は十代。

 私たちから見ればまだまだ子供と言ってもいい年齢ではあるが、それだけで油断は出来ない。なにせ“神話遺産ミュートロギア・ヘレディウム”というのは例え見た目が赤子であったとしても、容易に都市ひとつ破滅させておもかしくない存在なのだから。

 もっとも、現在に至るまでその“魔王ラーヴァナ”保有者からの大きな被害は報告されていない。力を隠しているか、力を使いこなせていないのか、どちらにせよ位置をようやく把握できたので時期を見計らって対処すればいい。


 がたん。


 緩慢な動作でゆっくりと八束君は立ち上がった。


「面倒だから休み明けにゆっくり読むわ。おつかれさん」


 ふわぁ、と欠伸をしながら出ていく。


「……もしかして入道海岸にでも行くつもりですか?」


 予想は出来ていた。

 なぜか彼が気にかけている主人公プレイヤー、三木充という少年もまたその海岸にいることはわかっていたからだ。


「さすがにちょっと過保護じゃないですか?

 入道海岸と一口に言っても結構広いわけですし、いくらなんでも充君がいきなり“魔王ラーヴァナ”保有者と出会うなんて偶然はないでしょう」

「違うって。予定通り休むだけだ」


 ギィ、と蝶番が軋んだ音を立てて扉が開かれる。


「最近ちょっと暑くなってきたから、夕涼みがてらバイクで海の方流すかもしれねぇけどな」


 そんな言葉を最後に、ばたん、と扉が閉まった。

 あまりに予想通り過ぎて苦笑する。


「本当、貴方を見ているとよくわからなくなりますし……そしてよくわかりますよ」


 かつてこの国において彼ら狼は存在していた。

 彼のように人と成れる者も数こそ少ないものの確実に存在していた形跡はある。にも関わらず現在は彼以外まったく種族そのものが確認されていない。

 なぜ滅んでしまったのか。

 種族そのものとして彼のような誇り高さがあったとするのなら、その理由はわかりすぎ、わからなくもなる。


 仲間を信じるその気高さがゆえに裏切りに脆いように思えたから、滅びは必然。そして同時に、あの気高さで信頼されてしまえば裏切れるはずなどないとも思え、やはり理由がわからなくなるのだ。


 無論、おそらくは前者を疑いなく信じればいいのだろう。

 人という種は単純な能力では劣っていても群体としての怖さ、知恵、狡猾さを含めた総合力に関しては決して他の生物に劣っていない。だからこそ、現在も万物の霊長などと我が物顔で生存することが許されている。


「さて……これが、貴女の狙いなんですかね」


 報告書自体は昨日から上がっていた。

 その上で組織のトップから指定されたのがこのタイミング。

 つまり、今の青年の反応も予め想定されたものなのだろう。


 おそらくは、早期での激突、そしてその力を青年が取り込むことを狙っているのか。


 古の大陰陽師、安倍晴明という大敵が現れた今、可能な限り早くこちらの戦力を増強させたいというのはわかりやすい理由なのだが……。

 そこまで考えるも、ひとまず思考を停止した。

 異能はあるものの精々気配を増減できる程度の力しかない私の出来ることは、フォローでしかない。諜報や事前、事後準備ならともかく前線でどうこうできるわけもない。

 ならば、出来ることを精一杯やる。

 そのいつも通りのスタンスでいくしかないのだから。


「…それに毎度毎度、どれだけ心配してもやるべきことはやりきる男ですからね、彼は」


 今回も無事に成功することを疑っていない。

 それも当然。

 これまで数々の困難を克服してきた男なのだから。


 だから予想が出来なかった。


 これが、彼―――八束 煉との最期の会話になるだなんて。



 □ ■ □



 焼きそば、フランクフルト、カレー……。

 次から次へと出来上がり運ばれていく。

 さすがに二日目だけあり、昨日よりはみんな確実に業務に慣れていてテキパキと処理していた。


「すみません、この子にオレンジジュースを」

「どうぞ、200円になります」

「あぃがとー」


 子連れの母親に。


「おにーさん、こっちにコーラひとつね」

「あいよ、200円」


 臨海学校だという中学生。


「おぅ、ビールじゃ」

「どうぞ、千円お預かりしまーす」


 強面パンチパーマのいかついおっさんまで。

 様々な人たちが来るのをただひたすらに捌いていく。

 昼時を無事に終えひと段落した頃、ちょうど外の浜辺の廃材ゴミ回収作業も終わりそうな感じになっている。

 実に作業時間にして3時間ほど。

 重機入れても同じくらいの時間なのではと思うほどの速さである。

 さすが鬼……力仕事はお手の物、だな。

 感心しながら眺めていると、ひた、と背後から頬に冷たい缶ジュースがあてられた。


「おぉぅっ!? …って、ジョーか」

「おつかれさん、ちょっと休憩やな。それ、差し入れやから気にせんで飲んでええで」

「あいよ」


 ぷしゅ、とプルタブを引くと炭酸が解放される音がする。

 ごくごくと飲み干して冷たさを味わう。

 いやぁ、暑い海の浜辺で飲む冷たい炭酸飲料は格別だねぇ。


「ああ、そや。それでさっきの話なんやけど……撤去費用要らんって、ホンマなんか?」

「あー、みたいよ。っていうか要らないっていう話じゃないだろ、正確には」


 そういって隣の海の家『海坊主○儲け』の店先で大量のヤキソバを食べている白髪の娘さんに視線を向けた。すると、こちらの視線に気づいたのだろう。


 その娘さん―――茨木童子は楽しそうに、にこぱ!と幼い笑みを浮かべた。


「代わりにあっちの子にフリーパスで海の家の料理とか食べさせてあげるって交換条件あるんだし」

「確かに大食いやけども、いくらなんでもそないなん割にあわへんやろ。だって50人動員してもろて、例えば1日の日給が力仕事のバイトレベルの1万やったとしても50万。会社やったらそこに利益やら経費みたいな間接費もかかるやろうし、建築現場の作業員やったら日給もうちょっとするはずやし、どう考えても海の家の料理喰いまくってもそこまでいかへんで」

 

 確かに重機が必要なレベルの撤去だ。

 今の話を聞いていると、普通にやったら少なくとも100万以上はかかる。

 なんだけど、正式な会社じゃないし、それが理由で会社とか調べられても困るので仕事として受けるのもどうかという懸念があった。

 そもそも見積書出せとか言われても普通経費で何がかかるのかとかわからんし?


「あー、確か鬼首屋…じゃなかった、鬼首組って一般向けの仕事はやってないんだよ。お得意様のところだけで一見さんお断りな感じで。

 今回は特別にやってるだけで正規の仕事じゃないから大丈夫、って…うん、社長が言ってたよ。

 でもそれだけだと皆さん変に気を遣ってしまうかもしれないから、社長の娘さんのあのお嬢さんが初めての海の家で不自由しないようにだけしてもらえると嬉しいという話なんだから、そこは好意に甘えておけばいいんじゃない?」


 霊力使った分勿体ないとも思うんだけど、そもそもオレが思いつきでやったことだし。

 しかも目的が、この夏の思い出を充実させたい、悪くさせたくない、っていう利己的なものだ。

 だからついでに茨木童子たちが色々と新しいものを楽しめるなら、それで十分なのだ。

 なにせ彼女らは千年も封じられていたんだから、こういう風に色々と外の刺激を楽しんでもらいたいというのがオレ、そして裡にいる羅腕童子の正直な思いである。


「さよか…それやったら、あとであっちの作業員の方たちに、せめて昼飯は用意しとくわ」

「あ、それいいと思うよ。宴姉たちも海の家初めてだからさ」

「ミッキー……お前というやつは…ッ!!」

「? どしたの?」

「エンさんを宴姉とか呼びあえるくらい仲がよいとか、これだけ綺麗どころに囲まれ取って、さらに月音先輩たちにモテモテとか! もはや天誅するしかないやないかぁぁぁ!?」

「マテマテ!? タコ投げんじゃねぇよ!? しかも、それ生きてるやつだろ!!?」


 ジョーが乱心したぁぁぁぁ!?

 タコに墨吹かれて顔が真っ黒になったり、水鈴ちゃんがツッコミ入れてジョーが撃沈したり、てんやわんやである。


「あー…酷い目にあった……」

「災難でしたね」


 外でバケツの水で顔を洗っていると、聖奈さんがタオルを差し出してくれた。


「ありがとうございます」

「でもちょっと驚いています」


 ぽつり、とそう漏らす。


「鬼たちをこんな風に見る機会があるだなんて」


 彼女らにとって鬼は、毎年祭りの度に戦う相手。

 それどころか主人公プレイヤーにとっては、狩場で出現する魔物に過ぎないのだから、こういう人の手伝いしている光景は不思議かもしれない。


「あれ? でも式神とか使う術者とかいるんじゃないですか?」

「確かに鬼を使役する術者はいますけれど……こういう使い方はしませんから。召喚して地道な作業に使役するよりも、狩場とかで使ったほうが儲かると聞いています」 


 伊達との戦いで鬼を使っていた術者がいたけど、確かにあのとき奪った霊力からすると結構使役って消耗するから、こんなアホみたいな使い方はできないか。

 オレだって霊脈からごっそり余るほど霊力もらってなかったら、こんなことしなかっただろうし。


「なんといいますか……鬼ってもとが人の想念でしょ?

 だからその鬼が生まれるきっかけになった想念が何であったかによって、もしかしたら共存できる連中もいるのかも…なんて思ってます。今は」

「………言われるまで、その考えに至らなかったのが少し悔しいです」


 でも公長さんとか、茨木童子の過去を見たからこそ、だからなぁ。

 そうでなかったらオレもそこまで考えられるようになっていたかどうかわからない。

 なので、


「でもそれも鬼首大祭に参加させてもらったからですしね。

 そういった意味では、ここまでずっとあの鬼首大祭を続けて下さっていた、神社の方―――もちろん聖奈さんを含めてですけど、その人たちのお蔭とも言えるんじゃないでしょうか。

 だから、あんな風に鬼が人の役に立ちながら楽しそうに動いてるのは、ある意味貴女たちの行いの結果ですよ」


 おっと、そろそろだな。

 作業が終わり、手を振っている宴姉に手を振り返す。


「じゃあ、鬼たち戻さないといけないんで、ちょっと離れますね」


 聖奈さんに一礼して、歩き出す。


「………ズルい人ですね」


 背中に投げられた一言に聞こえていたけど聞こえていないフリをしながら。



 こうしてなんとか昼過ぎに廃材の撤去は終了。

 二日目の海の家も無事に満喫することが出来たのでありました、まる。



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