217.その会社の名は…
実際のところ、聖奈さんの助言はありがたかった。
おかげで朝食のときに月音先輩と顔を合わせたけど、とりあえず平静を保つことができたから。
とはいっても月音先輩に告白めいたレベルで率直に好意を伝えられているのは変わりがないので、ちゃんと返事をしなければならないのには違いない。
正直なところ、月音先輩の好意に対して特に断る理由はない。
ないんだけども、そうなったらいいな~的な叶いそうにない夢レベルでしか考えたことがなかった話なので思わず二の足を踏んでしまっているのが実情だ。
急に来たモテ期に青少年の青い心はドギマギしているわけですよ。
…………。
……自分で言っててウザくなってきたので話を戻そう。
とりあえず今日は今日で海の家の仕事を頑張って、その後だな。
明日の夕方には帰る予定だから、返事のタイミングとしては今日の夜くらいがベストだろう。ちゃんと告白に対して返事をするというのなら、邪魔が入らないように二人っきりになれるタイミングを見計らう必要があるから、最終日の帰る直前というのはなんとなく難しい気がするし。
と、そんなことを考えながらみんなで海の家に向かうと、
「………え?」
そこに広がっている光景に思わず間の抜けた声を漏らしてしまった。
白い砂浜の海岸線。
そこに平行に並ぶように設けられている海の家。
その周囲に恐ろしいゴミが散乱していたのだ。
ゴミといっても木材や瓦礫、船の残骸のようなものまであり、砂浜のうち海の家の前の浜辺そのものがそんなものだらけで溢れていた。
「………な、んだよ、これ」
隣を見ればジョーも絶句している。
そりゃそうだろう。
台風でも来ていたのなら話は別だけども、突然大量のゴミが浜辺に溢れ返っていたらびっくりするのは当たり前。当然のことながら他の海の家の人が驚いているのはもとより、海水浴に来てくれた一般の人たちも遠巻きにザワザワしている。
「ちょっと確認してくるわ」
しばらく驚いたままのオレたちだったが、ジョーが我に返って近くの海の家の人に状況を聞きに行った。
結果とりあえずオレたちの代表としてジョーが他の海の家の人たちと一緒に、ここの管理組合の人たちとする協議に参加することとなった。一応、管理組合の方が朝この状況を発見して色々と確認し終わった段階で拳さんにも電話で状況は連絡はしてあったらしいが(丁度オレたちが宿を出る頃に連絡を受けていたらしい)、まだちょっと宿のほうの手が空いていないため、代理としてジョーが充てられた格好だ。
「拳さんの代理、って…大丈夫か?」
「まぁ実際のところは海の家の人間にそこまで大した権限があるわけでもないし、単に管理組合の決定事項の確認と、それに対しての質問だけやからなんとかなると思うわ。」
まいったまいった、と言いつつ苦笑して、
「すまへんけど、丸塚屋のほうで準備だけしとってくれるか。もう開店の9時まで1時間しかあらへんさかい……もしかしたら無駄になるかもしれへんけど、頼むわ」
「あいよ」
「わかりました」
「兄貴、そないな弱気なこと言わんと頑張って来てや」
「ん、ファイト」
「ご武運を」
「任せておいて!」
さてさて、とりあえず急いで準備をして、なんとか開店できる体勢を整えることが出来た。
どこの海の家も海岸との間にゴミが溢れているいるため、野菜など材料を納入しに来た業者さんがびっくりして手間取ったりはしたものの、とりあえずはなんとか収まり、後はジョーの戻りを待つだけである。
が、残念ながらジョーは9時までに戻ってくることが出来なかった。
どうやら協議は結構長引いているらしい。
そりゃあそうだよなぁ……多分、管理しているところにしてみたら危ないので今日は海水浴を中止とかにしたいかもしれないし、逆に海の家の人にしてみたらそれは困るから、まず抵抗するだろう。
なにせ夏休み、しかも学生の夏休み始まって最初の日曜日なのだ。
天候が悪かった、となからともかく、こんな天気で絶好の海水浴日和だというのに客が来なくて営業できなければ商売あがったりである。
かといって、ではこの大量の廃材的なゴミを撤去しようとすればその費用と時間をどうするか、ということになる。いくらなんでも海の家だけで負担、ってわけにはいかない。
協議が長引くのは仕方ないことだろうなぁ……。
とりあえず9時で丸塚屋のほうは開店させておいた。
現状で浜辺全体の半分ほどはゴミがないので、そっちで海水浴をしている人たちも多少いるし、この大量の廃材ゴミを見て驚いた人たちも、とりあえず一服して落ち着こう、というので海の家で軽食を摂ったりもしていたため、閉めたままでいるのもマズいんじゃないかと思ったのだ。
とはいえまだ時間も早いし、この惨状を見て帰っちゃう人もいたりして客足もかなり鈍い。
わかりやすく言えば外で浮き輪とかを売っている担当のオレは、かなり時間を持て余している。
「……ちょっとそのへん見てきていい?」
「ん」
「とりあえず目につくところにはいるようにするから、何かあったらすぐに呼んで」
「ミッキーちゃん」
「? どした?」
「……呼んでみただけ!」
いや、そんな楽しそうな顔されても意味わからんって。別段何か用事があるわけじゃないようなので、気にしないでおくことにした。
とりあえず、店から廃材ゴミのほうへと近づいていく。
最初に見た通り、生ごみとかそういうわけじゃなくコンクリートブロックの割れた奴とか、折れた柱とか、木製の船がボロボロになった奴とか、産業廃棄物的なゴミである。
なんでまたこんなモンが唐突にここの浜辺にピンポイントで鎮座しているのか実に謎い。
しかもそのどれもちょっと苔とかフジツボみたいなのが生えていたりと、どう見ても海の中にあったかのように見える。
「……ん?」
よく見るとどの廃材も妙な点があることに気づく。
本当にちょっとした痕なんだけど、手形みたいなものがくっついているのだ。だがその大きさは明らかに人間サイズではない。直径50センチ以上のこんな大きさの手の人間がいたら見てみたいものである。野球のミットもびっくりな大きさだ。
だがあくまで“そう見える”というだけのこと。
一般の人がこれに気づけるとは思わない。
「かといって……手が50センチ以上のデカい巨人みたいなのが、このゴミを全部ここに置いていったってのも、なんだかなぁ……」
こんだけの量を人目につかずに、しかも海の中にあったっぽいものを海から引き揚げたとか滅茶苦茶もいいところだろう。しかも例えそうだとしても、やった理由がさっぱりだ。
本気で海水浴客への嫌がらせをするなら海岸中にやらないといけないから、これだとメインは海の家に対する嫌がらせにしかなっていない。
どちらにしても……間違いないことがひとつ。
それは凄くイラつく、ということ。
頑張って海の家で汗を流して働こうというのに、思わぬ水を差されているというのか、なんか地道にコツコツやろうとする度になぜかこんな横槍が入るのだ。
腹も立とうというもの。
「お、ジョーが戻ってきたか」
どうやら協議が終わったらしく、遠くから歩いているのが見える。
チリチリと胸の奥で燻る不快を飲み込む黒い不満を自覚しながら、丸塚屋のほうへと戻ることにした。
「あー、集まってもろてええか」
とりあえずお客さんが落ち着いたのを見計らって、ジョーが全員を集めた。
一応お客さんに対応できるように、外の入口付近で集合。
「なんつーのかな……今朝未明、どうも突発的な津波が発生したらしくてな。原因はわからんのやけどそのせいで海底に沈んどったこんな残骸が打ち上げられとるらしい。幸いいうんか、海岸の一番奥まったここにだけ集まっとるみたいやな。地元のダイバーさんとかに見てもろたところ、海水浴場の足元のところに他に残骸があったりはせえへんみたいやから、海に入る分は安全みたいやで」
………いや、なんていうのか。
凄く都合がいい理由だ。
こういう風に理由づけされるような状況をオレは知っている。
「んで対応策な。
今日はここの海岸全体を封鎖して、残骸を回収したいみたいなんやけど、そこは待ってもろて、とりあえず、向かって右側の堤防から、ここの残骸を結ぶ導線と、残骸の周囲をぐるっと進入禁止処置して、封鎖することで話はついたみたいや」
向かって左手側の海水浴場の半分はそのまま使い、海の家へ出入りは出来るようにだけして、それ以外の部分の右手側を封鎖してしまう、ということか。
「で、とりあえず右手側の堤防の横の空き地な、あそこのフェンスに囲われとる土地が地元の人のもんなんやけど、その人の了解が取れたもんやから、そこにとりあえず残骸を運びだして、産業廃棄物扱いで後日処理するらしい」
「確かにずっと海水浴場を半分封鎖してるわけにもいかないよなぁ…」
「そうやねん、明らかに遊べる人数変わってくるし……ただなぁ、今日て日曜日やろ? こういうのに人数使える処理業者さんとかみんな休みやねん。一応なんとかならへんか相談したり手配しとるみたいやけど、休みの日にいきなり言うてそないに人数集めるのって大変やろうし。
あと費用の折り合いもつけへんといかん。急いだら足元見られるから限りある予算でやりくりしたいけども、かといってそのままにしといてるだけで出血続行!てなもんや。
そないな色々があって、中々動けへんから……最悪残骸運びは明日以降になるかもしれへんな」
うわぁ……。
せっかく海の家にバイトに来て、そんなことで営業が制限されるとは……。
しかも今回バイト終わったら月音先輩にちゃんと言わないといけない返事まであるというのに、それがこんな瓦礫みたいなゴミの想い出とセットだとか、ありえねぇだろ!?
………想う様にやればいいじゃないか。
何かが囁く。
そうするだけの力があるのだから、やればいい。
世界を思う様に出来るだけの力は、思う様にするためにあるのだから。
振るわないのは、そう在るべきと与えてくれた世界に対する冒涜だ。
そう強く自覚する。
なぜならそれが―――
―――羅刹の流儀なのだから
なんともいえない解放感に頭が揺らぎそうになり、
「……大丈夫、ですか?」
「………ッ!?…」
顔を覗き込んできた月音先輩の声にハッと我に返った。
どうもかなり顔色が悪かったらしく、彼女は心配そうにオレを見ている。
「あ、だ、大丈夫です。ちょっと色々あり過ぎてびっくりしただけで」
そう言って取り繕いながら考える。
さっきの思いつきに賛同するだけじゃないけども、今のこの状況が許せないならなんとかするのも手だ。なにせそれをどうにかすることが出来るのだから。
そう思えば決心は早い。
「なぁ、ジョー」
「? どないした? ミッキー」
きょとんとしたジョーに、
「そういうことしてくれる業者に心当たりがあるんだけど、さ。人数も十分だし、多分暇してるからすぐに来てくれるよ」
「ほ、ホンマか!?」
驚いて目を見開く親友を見つつ、
「ああ。確か会社名は……“鬼首組”って言うんだけどさ」
どうにかできる能力があるのなら、それをみんなのために活かす。
これ以上の理由は要らない。
さぁ、やってやろうじゃないか!!




