214.世界改変会議
巨大な歯車。
無数にも思えるほどの歯車が空中に浮かんでいる。
極小のものは数センチから、そして巨大なものは数キロまで。
大小様々なそれは、不思議なほど噛み合いそれぞれの速度で回っていた。
その歯車が集まった総体としての威容は、まるでひとつの構造物のように歪な球体の輪郭を生み出している。
空間の中心に浮かぶ歯車の構造体。
無限とも思えるほど広がりを見せる、影ひとつすらない真っ白な空間。
そのさらに中心。
回転する歯車同士の間を縫うように視線を通せば、そこにはひとつの大きな部屋がある。
いや、部屋と言うには語弊があるかもしれない。
半径50メートルほどの、歯車を模した彫刻のされている巨大な円形の床には壁も天井もない。
ただその床の上に真ん中がくりぬかれた円卓、そしてそこに備え付けられた椅子が置かれているだけだったから。
円卓の上は鏡のように磨かれ景色を映し出しているが、その側面には様々な装飾が彫り込まれている。
唐草のような模様から、紋章、文字、龍、鬼、剣、槍、人間、刀、銃……古今東西を問わずありとあらゆるものを詰め込んだかのような混沌としたデザイン。
何者も存在しない空虚な空間ながら、どこか静寂に満ちた厳かさを感じさせる、そんな場所。
そこに間もなく変化が起こった。
ぐにゃり。
そんな形容詞がしっくりくるかの如く円形の床の端、そこの空間が歪む。
それぞれ等間隔になるように4カ所。
現れたのは4人。
それぞれ異なる装いをした、世界の管理者たち。
“東”
“西”
“南”
“北”
まるで最初からそこに居たかのようにその風景に溶け込んだその者たちによって、この空間は完成する。これから起こる出来事のために。
再び世界が歪む。
円卓の中央に現れしは管理者中において全き権能を持つ者。
4人の管理者たちを統括する者。
最高管理者“存在”。
銀の髪を棚引かせ女神を思わせる神秘的な雰囲気を漂わせながらも、その双眸は力強くこれから起こる事態を見据えていた。
かくして整う舞台。
そこにひとつの異音が響く。
それこそが始まりの音。
ガギンッッ!!!
異物でも挟まったかのように、その音と共に歯車のひとつが停止する。
そして順繰りに他の歯車も停止していく。
完全に全ての歯車が停止したのと同時。
いつの間にか円卓の椅子に鎮座する者たちの姿が浮かび上がった。
全ての席が埋まっているわけではなく、むしろ空席の方が多いせいだろう。それぞれが座っている席から別の者の席まで随分と距離がある。だがそんなことはまるで関係ないかのように、そのうちの一人が口を開いた。
『あれれれれ? せっかく早く来たのに、もう全員集合か。驚かせようと思ったのに、まったくもってつまらないなぁ、がっかりすぎるぅ~』
心底がっかりしたのだろう、落胆しながら放ったそれは言葉ではない。
彼らは人間のようにわざわざ空気を振動させて、その動きに意味を持たせて意志を伝えたりなどしない。だからこの円卓がどれほど広く、相手までどれほど距離があろうと関係がない。
自らと相手を認識し、ただ伝えたいことを思えばいい。
それだけで世界は欲求を満たすのだから。
『内心びっくりはしているよ。ボクの記憶の限りじゃ、君が時間通りに来たのなんて過去1,2回くらいだったから、まさか時間前に来ているとは思わなかった』
意志を届けられた者がそう答えれば、もう一人も応える。
『左様。まさか気ままな“妖精王”が時間厳守とは……世も末よ』
くくくく…と艶やかな女の笑みが小さく場に満ちた。
だが会話もそこまでだった。
空間が軋む。
ただ狂おしいほどに震え、そしてただひとつの現象を生む。
円卓に設けられた、ただひとつの漆黒の席。
他の白磁が如き席に座っている者たちが一斉にそこを注視すると同時、一人の仮面の人物が腰かけていた。
『 』
ただ、彼らにとっては今の世界を創造した者。
ゆえにこう呼ばれ、名乗る。
『創造者』
闇が輪郭を持っているだけの人型に浮かぶ仮面は白く歪。
この円卓に並ぶ存在を持ってしても尚、異質過ぎるその在り方。
その彼が現れたことが、今この空間を定義づけていく。
―――ごきげんよう、優遇された諸君。
急な招集に集まってくれたことに感謝の意を。
ただひとり、この世界にその意思を轟かせ得る者はゆっくりと告げる。
この円卓の席に座す者たちを被保護者と呼べる者は彼だけ。創造したこの世界の仕組みという枠組みにおいて、他の主人公とは一線を画すほどに優遇をしているからこその呼びかけだ。
そしてそれは同時に、彼らが後援者たる彼が、この世界を維持するのに必要な出資を行っていることを示す。
―――さぁ、これより、世界改変会議を始めようではないか
世界に生ける者にとっては大きな影響を及ぼしかねないその内容。
だが、それをなんでもないことのように淡々と進めていく。
並んでいる他の面々の反応をゆっくりと確認し、
―――今回の検討内容はひとつ。
では……まず提案者より説明を求めるとしよう
そう言って、一人の男に視線を向けた。
発言を引き継ぐように、視線を向けられた男が意志を放っていく。
『最近ちょっとたるみ過ぎてるような気がしてね。ほら、前に比べてどの主人公も小粒になっているし、丸くなっちゃっていて面白みがない。
コレって、ゲームの難易度的に問題がないかって思うわけさ』
かつて中央で佇む管理者と契約していた男。
彼は楽しそうにコツコツ、とテーブルを指で小さく打ちながら続ける。
『せっかくだから難易度の調整、具体的にはバージョン6つ前くらいかな。それくらいの頃の基準になるようにしたいのと同時に、今いる主人公たちがもっと必死になって入り込めるキャンペーンの開始を提案したい。
やっぱりドキドキハラハラ必死こいてる絶妙な難易度こそが求められてると思うんだよねぇ』
列席者のうち、半分以上は多かれ少なかれ納得した様子を見せ、残りは興味のなさそうな様子を見せており、反対する者はいない。
なぜなら、提案として問題があるのであれば、そもそもこの場の議題には上っていないはずだからだ。予め『創造者』に提案する事柄については確認された後だからこそ、この場でお披露目することが出来る。
謂わば、その目的のために面白くすることが可能だ、というお墨付きがあるからこそ、提案者に発言を許したということを列席した者たちは知っていた。
『キャンペーンかぁ、面白そうじゃないか! うん、やっぱ世の中って奴ぁ、面白くなきゃダメダメだもんね、さっすが。妖精が楽しいもの好きってツボをしっかり押さえた注文だ、やっほぅ!』
ある者は喜び、
『“創造者”が行うからには手抜かりはなかろうが、しっかりとどの主人公にも恩恵があるようにしてもらいたいものよ。多少の差は仕方なかろうが、な』
ある者は懸念を浮かべ、
『面倒くさ…どっちでもいいからさっさと終わろうぜ』
ある者はため息をつき、
『…………』
ある者は我関せずといった風で無言を貫く。
提案が為され、いくつかの意志が飛び交い、その全てを“創造者”が次のバージョンアップに落とし込めていく。
これまで数多く繰り返されてきた儀式。
―――では、提案に基づきバージョンアップを行う。
開始時期については通常通り管理者を通し告知を行うものとする。
それだけの簡潔な終わり。
バージョンアップの内容を事細かに説明する必要はない。
彼らは世界の出資者でもあるが、同時にあくまでも主人公なのだから。希望が在って提案されたのならば、許す範囲での方向性は満たすのも吝かではない。
わかりやすく言ってしまえば実際に世界として形作るのに携わるわけではなく、そこから先は通常の主人公と同じく、影響を受け取って楽しむ側。
この場に座す者も、一部の例外を除けば互いのことを知らない者同士。出資しているという一点でだけ繋がっている者たちなのだから。
雑談をするわけでもなく、すぐに席から気配が消えていく。
最後まで残ったのはひとりだけ―――今回の検討内容を提案した男のみ。
自らと管理者たちしか残っていないその場で、
『ひとつ聞きたいことがあったんで、それだけ聞いても構わないかな?』
一方的に意志を飛ばし始める。
『そろそろ“逸脱した者”たちのほう、揃ったんじゃないか?』
肯定も否定も返らない。
ただ管理者たちはそれぞれ小さな反応を見せただけ。
『ふーん…? 今のところ、それぞれがベットする“逸脱した者”は“東”、“西”、“南”、“北”それぞれ1人ずつ覚醒した相手を見つけているのか。
これでエッセ一押しの充君を入れて計5人………いいねぇ。出揃って誰が本当に“逸脱した者”になるのか、競う準備が出来た、というわけだ』
指折り数えながら意地悪く意志は続けた。
『誰が勝つのか賭けようか? ああ、でもオッズは尋常じゃなく偏るかもしれないなぁ…相性の問題はあるにせよ、なにせ現状じゃ一人がダントツで優位過ぎる。』
告げられる事実に誰も反応を見せない。
それも当然だろう。
互いに選んだ“逸脱した者”については互いに知っている。つまり管理者たちにとっては、当然の事実なのだから。
『だから当面の興味はそこなんだろうけど……ま、面白い見世物だと思うから、今回はお膳立てをしてあげたんだよ。
今回のバージョンアップを乗り越えることが出来れば、みんな化けることが出来るだろうからね。
だから楽しみにしているよ―――』
繰り言が如き意志が紡がれていく。
―――あの最強の“逸脱した者”たる“かぐや姫”を誰が下すのか
最後の出資者が去る。
世界から管理者たちが消え、歯車は再び廻り出した。




