212.思わぬ乱入者
そんなこんなで、なんとか初日の業務終了まで漕ぎつけることが出来た。
午後5時、拳さんのところの人が数名来てくれたので、手早く引き継ぎをする。
「お客さんもたくさん。今日は頑張った」
「だな。あー…疲れた……。あ、月音先輩もどうぞ」
「ありがとうございます。ではお茶を頂きますね」
とりあえず荷物を纏めて、みんなで休憩。
一本ずつ好きな飲み物を持っていっていいよ、ということらしいので何本か選んでみんなに配っていく。昼を過ぎて少し客足が落ち着いてからは1人ずつお昼を摂ったけど、急いで食べたせいかもうすでに小腹がすきはじめている。
それだけよく働いた、ということなのかもしれないけど。
ざっくり計算してみたところ初日の集客はおよそ300人ほど。
しかもこれがお座敷の人数だけの計算になるので、今回は随分と多かったんだなぁ。夏休みはじまったばかりの土曜日ということもあり、家族連れや若い人たちが多かったようにも思う。
「とりあえず今日は宿泊施設のほう行こか。せっかく水着やし、遊んでいきたい気もするけどまだ初日や。明日も同じくらいの時間にはあがれるさかい、海で遊ぶんはそのときでもええやろ。
宿の方で着替えもできるし」
「ん、お披露目はした」
「確かに、充も鼻の下いっぱい伸ばしてたし」
「特に、月音さんの魅惑溢れるお胸に。わたしもあのくらい立派なものを持っていたら、充さんを楽しませてあげられたでしょうに……不覚ですね」
「せ、聖奈さん!?」
そ、そんなに鼻の下伸ばしてたか、オレ!?
思わず月音先輩の様子を窺ってみるが、少し苦笑しているものの特に気にしている様子ではないので一安心だ。
「あー、まぁしょうがないやんか。ミッキー、実はむっつりやし」
「これっぽっちもフォローになってねぇよ!?」
いつも通りの会話をしながら砂浜を歩いていく。
まだ夏なので日が高いものの、そろそろ時刻的には夕方になってきているので帰宅する人が結構いるせいだろう、着替え用に設けられている更衣室ゾーンにはたくさん人が並んでいる。
「そこの金髪の素敵なおね~さ~ん、一緒に遊ばな~い!?」
むむ、月音先輩にかけられる男の声。
これは悪い虫だ!
思わずそっちを見ると、
「…………うぁ」
思わずそんなうめき声をあげてしまう。
それもそのはず、すげぇ見たことのある顔だったのだ。
実際のところ見たのは一度切りだけども、あれから半月も経っていないから忘れるはずもない。
「オレ様ってば、エスコートしまくりでバリバリなんだぜ! ズガーっとひと夏の思い出作るにはバッチリなんだぜ!」
「さすがアニキィ!!」
「そっちのお連れの、黒髪の可愛いお嬢さんたちも是非おれたちと!!」
なぜか揃ってブーメランパンツの水着を履いている男性3人組。
加能屋で夜刀さんに喰ってかかっていた、あのアホ主人公たちである。
擬音使いまくってるちょっと馬鹿っぽいリーダーと、それに追随する頭弱そうな取り巻き2人。
【これはまた予想外じゃの………よりにもよって、なんでこやつらがここにいるのやら】
同感だけども、それよりももっと大事なことがある。
同行している女性たちが皆美人だから声をかけたくなる気持ちはわかる。オレだってナンパ目的に浜に来ていて、彼女たちみたいなのが女性だけで歩いていれば玉砕覚悟で声をかけみたりしたいなぁと思わないでもなかったかもしれない気がするとかしないとか!
【なぜそこで微妙に弱気入っておるんじゃ】
……いや、いざ声かけようとしたら、美人過ぎて尻込みしそうで。
と、そんなことはさておき。
「すみませんが、わたくしはこちらの皆さんと……」
「お! 一緒ならいいってことか。問題ないない! ガンガンいけるぜ! なにせ、みんな美人さんだしよ! 1,2,3,4…おぉ、女性5人にオレ様たち3人! いい人数比じゃないか!」
「さっすがアニキィ!! ナンパも一流!!」
「いえ、この後行くところがありますのでそのお誘いはお断…」
「そんなこと言わずに行こうぜ! オールナイトで愉しく遊び倒せるコース、バシバシ用意してあるからさ!」
ちょっと強引過ぎるだろ、これ。
月音先輩が断るのも丁寧にしているのをいいことに食い下がりまくっている。
しかも綾や咲弥、聖奈さんまでナンパとか、もうコイツってオレに完全に喧嘩売ってるよな?
この虫たちの眼には横に男がいるというのは映っていないらしい。
「……おねーちゃん、この人たちアホなの?」
「眼を合わせてはダメですよ、馬鹿が感染りますからね」
「そこ、聞こえてるぞ! よりにもよってアニキを馬鹿呼ばわりだなんて!?」
「そーだ、そーだ。ちょっとアレだけど、アニキはいつだって正しいんだ!」
天小園姉妹は慣れているのか、ずばりと一刀両断。
それはいいんだけど……何気に酷いな、取り巻きーズ。
実はリーダーのこと嫌いなのか、と疑ってしまいそうだぞ。子分たちよ?
でもこいつらも主人公なんだよなぁ…なんでよりにもよって、ゲームと思っている世界の中でまで子分になっているのか。それがよくわからない。
脇役好きなんだろうか……???
まぁとりあえず、
「………いい加減にしてもらえませんかねぇ?」
声をかけようとしたジョーを制して前に出る。こういうのは男の出番だと思うけど、相手が主人公だと考えればジョーには申し訳ないけど相手が悪い。
オレが出るしかない。
女性陣との間に割り込むように現れたオレに対し、男たちは一瞬驚きながらもすぐに機嫌を悪くする。
「なんだ、お前は! オレ様たちが今デートの約束してるところなんだ、邪魔すんなよ!」
いや、全然デートの約束違うし。
何このウザさは。
「月音先輩。デートするんですか?」
「…? いいえ」
「はい、そういうことなんで諦めて下さい。退散して下さい。一昨日来やがって下さい。
そもそもナンパするなら声かけて嫌がられたら潔く退散するのがマナーでしょ。個人的にはおと……彼氏連れに声かけてる段階でマナー云々言ってもわかんないかもとは思いますけど一応言っときます」
「か、彼氏ぃ!?」
男はオレを値踏みするかのように、じろりと見てくる。
「なんだなんだ、大したことねぇじゃないかよ! これなら気合がガンガンな分、オレ様のほうがいいに決まってる、そうだよな?」
「そうですよ、アニキィ!」
「ですです」
……え? 反応が薄すぎる。
もっとこう、同じ主人公の彼女だったら揉め事になるので警戒するかと思ったんだけど……あ、もしかしてこいつら、加能屋でオレと会ったことすっかり忘れてたりするのか?
「初対面のお前にもわかるように言っといてやるとな、オレ様はいずれこのゲ…世界を制する男になる、謂わばすげぇ奴なんだぜ! わかったらさっさと帰るんだな。
なに、今日から彼女にはオレ様が彼氏になってやるからよぅ!」
「そうだそうだ!」
「アニキィ、ついていきますよ!」
うん、確定。
こいつらみんな完全なる鳥頭だ。
せっかく伊達みたいな変態から守り抜いた月音先輩に、またこんなタチの悪いのが声をかけてきたと思うだけで虫唾が走る。
言ってもわからない馬鹿相手にはまともに対応するだけ無駄だ。
一歩踏み込み肉薄。
近づいて睨みつけながら、あのときと同じことを告げる。
「“それくらいにした方がいいんじゃないですかね?”」
“威圧”発動。
本来放射状に威圧してしまうので指向性を持たせることが出来ないが、こうして手で接する距離までいけば範囲を最小限にすることで、この男たちだけを範囲に含めることが出来る。
それでようやく気付いたのだろう。
ぶるっと震えてビビる男たち。
くだらない。
本当にくだらない。
この程度の威圧に耐えられないで月音先輩に手を出そうとか、あんたら伊達が居る頃じゃなくて運が良かったな。
様子を確認して解除し、
「じゃあ急ぐんで失礼。行こう」
月音先輩の手を引いて、ジョーたちには目配せしてその場を後にする。
少し歩いて浜を出てから曲がり角を曲がり、後をつけてきているのを確認してから、
「あ、すみません。つい…」
そう言って手を離そうとしたが、なぜか逆に柔らかく握り返された。
「へ…?」
「彼氏、なんでしょう?」
ぶふっ!?
振り向くと、そこには小さく首を傾げて微笑む月音先輩。
「あ、いや、あれはですね、そう言ったほうがあいつらも諦めるかなと思ったわけで、オレみたいなのが彼氏とか駄目にも程がありますけど、あの場限りの方言…じゃない、方便っていうか!」
彼女の柔らかい手を握った状態で、さらに見つめられているという異常事態に思わずわたわたしながらなんとか言葉を押し出す。
月音先輩の背後で綾が拳を握って応援してたり、何か不満げでちょっとお怒り気味の咲弥が姉の聖奈に頭を撫でられて鎮められたりしているが、構っている余裕はなかった。
そのまま沈黙することしばし、
「ふふ…大丈夫です、わかっていますから」
ゆっくりと握った手が離される。
「ちゃんとわかっています。先程、充さんが庇って下さったことも…そしてこれまでしてくれたことも、全部。嬉しかったから、ちょっとだけ意地悪しちゃいました。ごめんなさい」
言葉通り満面、と言ってもいいくらいの笑み。
初めて会った頃の誤魔化すような笑顔からは想像も出来ないくらい、綺麗で眩しい。
そんな笑顔を向けられたら、思わず勘違いしてしまいそうになるくらいに。
「…………ッ」
好意的な感情を向けられている自覚はある。
少なくとも嫌われるようなことはやってこなかったつもりだし、出来る限り彼女のために動いたりもしていた。恩を着せるつもりはないけど、それでも感謝こそされ嫌がられるような行動はしていない。
ただ……その感謝を自覚することと、そこから先を期待することには無限の隔たりがある。
だから、勘違いしてはいけない。
綾のときに思い知っているはずなんだから、二の轍を踏むわけにはいかない。
あの想いを思い出せ。
所詮オレは―――
「なぁなぁ、月音先輩に一個聞きたいんやけど。実はミッキーのこと、好きやったりします?」
【聞くまでもない気がするがの】
最も期待し、最も恐れるその答え。オレが思わず沈黙したのを見たのか横合いからジョーがそれを問い、そして呆れたようなエッセの声が響く。
それに対し月音先輩は少し考えるような素振りを見せ、
「いいえ?」
ああ……やっぱりだ。
変な勘違いしなくてよかった。
いくら“簒奪帝”で主人公の枠を手に入れているとはいえ、それはあくまで奪ったもの。
オレの本質は一般NPCなんだ。
そんな風に無理矢理自分を納得させる理由を頭の中で生み出す。
―――だけど、現実はそんな独りよがりの思考をあっさりと消し飛ばしてしまう。
「大好きなんです」
ほんのりと頬を染め、彼女は続ける。
照れているのか少し戸惑いながら、それでいて確実に。
「だから、さっきの彼氏…というのが、本当になったらいいな、って…思います」
一瞬言われたことの意味がわからずに茫然とする。
そして理解してから再びその意味するところに驚いて言葉に詰まった。
【わらわが言うのもなんじゃが……今度は勘違いしてもよいのではないか?
おぬしはそれだけのことをしてきたし、どこに出そうとも恥ずかしくない良い男子であると思うがの】
…………。
意地悪く、それでいて優しく響くエッセの声がじわりと心に染みる。
く、くそ、ジョーめ、サムズアップとかしてんじゃねぇよ!?
確かにナイスアシストな感じだけども!?
こんな臆病なオレでも、そこまではっきり言われたら、さすがにわかったよ。
明確な好意。
彼女の性格からして、こんなにはっきりと告白めいた好意を告げることが、どれくらい勇気が要ることだったのかくらいわかる。
だからそれに対してオレは明確に答えないといけない。
「オレは―――」
月音先輩の行為に対して、オレが返せること。
必死にそれを考えながら言葉を発そうとして―――
「………弥生、さん?」
―――なぜか月音先輩の後ろ、綾たちよりもさらに後方で、でっかい2メートルくらいの長い包みを担いでいる見覚えのあるボブカットの女性の名前を呼んでしまっていた。
「ああ、充じゃない。奇遇だねぇ」
加能屋で会えていなかった彼女の突然の登場。
予想もしていない場所で会えたのだから、オレが思わず名前を呼んでしまったのも無理はない。
無理はないんだけど……
「………」
あああ!? なんか月音先輩の表情がヤバい!?
絶対これなんか誤解されてるよ!?
間違いなくこの場で、その発言は悪手だった。
あまりにデリカシーのない行動。
「ミッキィ~~~~? 」
はい、わかってます。
オレは覚悟して、
「月音先輩が頑張ったのに、全部台無しやないかぁ!!」
「ぐぶぅ!!?」
水鈴ちゃんの逆水平チョップを喉に喰らった。
ホント、ダメ過ぎる……。
恋愛ものって難しいですね。
とりあえず無糖コーヒーを淹れないと(オィ)
まぁ言うほど恋愛になってないかもしれませんが!
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