211.渚でワーキング
「とりあえずこんな感じでどないやろか?」
ひとまずジョーが書いた人数分け案を確認する。
ジョー:厨房
充:かき氷、浮き輪、その他
水鈴:ホール
綾:厨房
月音:ホール
咲弥:充のサポート
聖奈:飲み物販売
整理すると、ジョーと綾が厨房。
主にジョーが焼きそばやたこ焼きといった粉もの、綾がカレーや焼きもろこしなど調理的に簡単なものを担当する。ちょっと手のかかるものとしてラーメンもあるけど、これは麺を茹でてスープを混ぜて、すでに細かくカットしてある薬味を入れるだけで調理自体はそんなに難しくないので、これも綾にやってもらう。
まぁ綾自体かなり手際がよく料理できる方なので大丈夫だろう。
「でもふと思うんだけど、麺の茹で加減って結構難しくないか? 本職のラーメン屋さんとかも色々湯切りとか追求してたりもするし」
「そないなもん、タイマー使えばええやないか。そりゃ温度とか湿度によって麺の状態違うから微妙な茹で加減が~、とかいうんもあるかもしれんけど、そもそも海の家やで? ここ。
そこまで拘り抜いた本格ラーメン食べるんやったら専門の店行くゆーねん。もっとこう…なんて言うんかな、もっとチープな味を求めとる言うんかな。そういう客層や」
………ごもっともで。
言われてみれば納得である。
「わたくしたちは注文を受けたり、料理を出したり…というお仕事でよろしいでしょうか?」
「せやせや。最初は勝手がわからんやろうけど、とりあえず水鈴も一緒につけるさかい月音先輩はその様子を見て真似してくれたらええってことやな」
「あとは引けた後にテーブル拭いたりとかもあるけど、見てもろたらわかると思う。
そしてなんで“ホール”なんて気取った書き方してんねん、座敷なんやからホールなんかあらへんやろ、わかりづらいわ!」
「げふぅ!?」
見事な逆水平チョップ!……相変わらずジョーたちの家族スキンシップは良好のようだ。
月音先輩と水鈴ちゃんが中の担当。
正直月音先輩が外関係のほうが客寄せ的にはいいんだろうけども、うるさい虫が寄ってきても困るしな。ただでさえ初日は色々と手探りなところがあるんだし、そういった連中の対応まで手が回らなくなる可能性を考えれば妥当なところだろう。
「で、オレがかき氷、浮き輪、その他、ねぇ」
「うっとこの横に屋台みたいなんあるやろ? あそこは丸塚屋のスペースやさかい、そこで普段浮き輪の販売とかやっとるねん。あとかき氷と氷水入れたボックスに入れてある飲料の販売もやな。
かき氷も数杯やったらええけど、丸一日出続けたら結構な労働やしな、そこは日本男児たるミッキーにお願いするしかあらへんやろ」
男児はわかるが、日本をつける意味はあるんだろうか、それ。
「一応忙しなったときに備えて、咲弥のほうも一緒につけるさかいそれでちょっと様子見やな。手があんまりに空くようやったら、また人数を上手くどうかするさかい。
多分持ち帰りも出来る飲料の販売が一番大変やと思われるさかい、そこには聖奈さん単独でついてもろて適宜手が空いとる外組は助けあってもらいたいとこや。
商品の値段については、こっちに用意してある値段表で確認してもろたらええ。品数はそこまででもあらへんから、売っとるうちに覚えるやろけどな」
「……ビールとかあるけど大丈夫か?」
「そっちの許可もおじさんがばっちりやから心配せんとき」
なるほど、さすがに例年やってることだから心配要らないか。
まぁちょっとくらいマズいことがあっても、おそらくスルーされるだろう。
何せこっちには主人公属性を奪って得たオレと、咲弥と聖奈、3人分の主人公なので。
この世界が本当に主人公に都合のいい世界になっているというのであれば、そのへんは上手くいくようになっているだろう。
少なくとも一般NPCを殺害しても上手くやれば誤魔化せる、というのを鑑みればおかしい話じゃあない。
「あとは……何かあったっけか?」
「一番最初にここにアルバイトに来たときに言われたことを思い出して、そのまま注意したらええんとちゃうかな?」
「それもそやな。んー……あ、そやそや。ビールとか焼きそばとか基本的なトコは最低の価格みたいなんが、ここの海の家同士の間で決まっとんねん。例えば350mlのビールが1本400円とか。
そやないと不毛な値下げ合戦したりして誰も得せえへんからな。だから売れ残りそうやから言うて簡単に安売りしたりはでけへん。そこだけは覚えといてくれ」
ふむふむ。
デフレ社会の恐怖に対抗しておるわけですな……ちょっと違う気もしないではないが。
「そんなとこかねぇ。とりあえず休憩は適度に取ってくれ。多分昼前後が一番忙しなるから、出来たらその時間を外すんがええと思う。
今日のところはまだ業務に慣れるのにいっぱいいっぱいやと思うさかい、目先のことだけやっとってくれ。足りひんトコはこっちでフォローする」
売れた分については基本的にレジで打っていけば問題ないらしい。
なお終わった後に全ての金額とレジの現金を整合させるようだ。
「そんなとこやな……質問はあるか?」
ひとしきり説明が終わり解散。
それぞれ持ち場につくことになった。
現在の時刻は午前9時24分。本来の丸塚屋の営業開始時間は9時なのですでに遅れている計算だ。当然ながら他の海の家はもう営業を開始しているが、ミーティングで1から色々相談していた分時間を喰った形だ。
「いやぁ…緊張するなぁ」
「ん。ミッキー、バイトしたことないの?」
「そうなんだよなぁ…やろうやろうとは思ってたんだけども。なんだかんだでアルバイト先も中学生は雇ってくれないから、高校になったらやるつもりで今日に至ってる感じ」
オレが浮き輪とかカキ氷器を外に出して準備している間、姉妹は大きなプラスチックのボックスにがっしゃがっしゃとペットボトルや缶の飲料を入れつつ、さらに氷と水を入れて蓋を閉じている。
厨房に入っているはずのジョーが外に出てきてどこかに行こうとするので、どこに行くんだろうとみていると周囲の海の家に入っていった。
どうやら挨拶で回っているようだ。
やっぱそういうところに気が付くあたり、ジョーって出来る奴だよなぁ、うん。
「値段の紙をを前面に張って、と……これでヨシ。んじゃ頑張るか!」
「ん」
「ええ、頑張りましょう」
【熱中症には気を付けての】
なんかエッセ、お母さんみた―――嘘! 嘘だってば!! 違うから、腕を熱くするのやーめーてーっ!?
こうして予想外のことに戸惑いつつも、海の日のバイトの1日目が始まった。
海の家の立地的には丸塚屋は普通。
凄くいいわけでもないが、別に悪いわけでもない、そんなところだ。
そのせいか、客はちゃんとやってきた。
……ってか多過ぎないか!?
そう思うほどの混み具合だ。
「兄ちゃん、このイルカのフロートいくら?」
「ん…2000…、いえ2160円です」
「すみません、空気入れはどちらにあります?」
「そこの右……はい、そこの足元に自動で入れられるやつがありますよ。
空気を入れすぎると危ないので気を付けて下さいね。一応十分中に入ったら、そこに表示が出ますので、そしたら離して下さい」
「いちごと…レモンのかき氷を1つずつ」
「はい、少々お待ち下さい」
「小さい子用の浮き輪あります? こう、足を入れる穴があるというか…」
「ちょっと待って下さいね……えーっと、これですかね? あ、これですか。1080円になります。はい、確かに…お釣りが20円とレシートです。ありがとうございました!」
表は終始こんな調子である。
かといって、じゃあ中が楽かといえば、あっちはあっちで恐ろしいことになっている。
「ご注文はお決まりですか?」
「えーと、焼きそば2人前とラーメン1人前で」
「はい、かしこまりました」
「フランクフルトまだ~?」
「すみません、只今お持ちします」
「綾ちゃん、次カレー1、ラーメン2、オーダー入ったから頼むわ」
「はい。こっち、さっきのオーダーのやつね。2番さんへ出して。3番さんのはあと2分ちょうだい」
「うおおおぉ、左手が轟き叫ぶ! たこ焼きとお好み焼きを作れと鳴り響くぅぅっ!」
「余計なこと言わんとさっさと焼かんかいっ!」
「げふぅ!?」
一見オーソドックスでよくある作りに見えた丸塚屋だがどうも間口が大きい分、入口部分の見通しがよく、それだけに入りやすくなっているようだ。
確かに中で何やってるかわからないようだと入り辛いもんなぁ。
おまけにジョーがお祭りの出店さんばりに上手い。
焼く速度もさることながら、焼きそばやお好み焼きを焼くときにソースを惜しみなく鉄板に触れさせ、香ばしいソースの匂いを、ちっちゃい扇風機を使ってこっそり外に流しているのだ。
ほんのりとかすかにするソースの匂いに、ついついつられて入ってきてしまう人たちがいるあたり、その作戦はばっちりと言わざるを得ない。
「っていうか、この人数……ジョーが言ってたのよりも全然多くなりそうだなぁ」
「ん。テレビで宣伝してたせい」
お客さんを捌きながら、咲弥と共に苦笑する。
まぁお客さんが多いことはイヤではない。何もすることなくダラっとしていると1日は長いけども、忙しく動いていればあっという間だと思えば、むしろありがたい話だ。
そのまま必死に対応しているうちに昼を過ぎ、外のほうはちょっとお客さんが落ち着いたように感じたのでふと中を見ると、
「Is this your first time in Japan?」
「No, I’ve been here once before.」
なぜか海の家のお座敷では英語が飛び交っている不思議。
どうも2時くらいに外国のお客さんの団体さんが来たらしく、店内は外人さんでいっぱいだ。どうもアメリカから来ているとのこと。そこのお嬢さんの一人が日本の男で結婚したので、大家族で親戚たちと共に結婚式がてら観光にやって来たらしい。
子供含めて30人くらいいるうち、ちょっとだけ日本語がわかるのが1人だけ。
英語で何かを質問しようとしても通行人は会釈して逃げていったりと、何をするにも大変でうんざりしていた中、偶然店員に月音先輩がいることに気づいて、英語が通じるんじゃないかとばかりに入ってきたらしい。
「Here you are.」
「Thanks.」
「How is the taste?」
「The food was good.」
「I'm happy.」
まぁ確かに案内板とかは英語が普及してきてるけども、いきなり日常会話とか出来ない人も多いもんなぁ。言葉があんまり通じない異国で、自分の国の人間と同じような顔立ちの店員がいたら、つい安心して入っちゃうか。
一応他の海の家も英語対応しているところもあるみたいだけど、わざわざそのために外国人の店員を雇ってるところはないみたいだし。
おまけに月音先輩が結構上手い。
生徒会長なんてものをやっているせいもあるのか、会話の中からその人がどんな感じのものを欲しているのかをある程度見抜いてメニューから勧めていきつつ、そこにさらにこんなものあどうですか?とプラスアルファ提案していってるみたいに思える。
【なるほど。確かにその様子じゃな。じゃが一番感心しておるのはそこではあるまい?】
笑いながら意地悪くエッセが言う。
確かにそうだなぁ…言われるまでもなく一番驚いているのは、月音先輩がとっても活き活きとしているところ。伊達みたいな余計なのがついてたらアルバイトひとつ出来なかっただろうし、こういった体験は初めてなのだろう。
色々と試行錯誤しながらも本当に楽しそうに働いている。
それを見て思うのだ。
ああ、あの選択をして本当に良かった、と。
大変なことも多かったし失敗もした。
正直出雲をはじめ、みんなに情けない姿を見られたりもした。
挙句、これからもまだ大変なことをしでかしそうな難敵も控えている。
だけど、それでもあんな笑顔を見れるのなら、それだけで報われたような気持ちになれる。
いやぁ、オレも成長したなぁ!!
【まぁ言うとることは立派じゃし、嘘はないんじゃろうが……笑顔に感心した後に胸元をちらちら見るのはやめておれば、もうちょっと締まったのではないかの】
ぐふ。
バ、バレてら。
「ミッキー。お客さん」
「あ、はーい」
さて、じゃあオレも引き続き頑張りますかね!




