208.雑事片して、いざ海へ!
オンラインゲーム部なのに合宿がある!という衝撃の展開があったりもしつつ、問題なく平日は過ぎていった。
1日1日と近づく海遊びの日(正確にはバイトなんだけども)。
不安とワクワクという相反する感情の渦巻く中、ついに土曜日がやって来るのだった。
チュンチュン……。
雀の声が遠く聞こえる中、ぱちりと目が覚めた。
「よし! 朝だ!」
7月20日土曜日。
時計を確認すると時刻は朝の5時48分を示していた。
集合時間は朝の7時半。待ち合わせ場所は金座大路駅だ。
6時40分くらいまでに準備をして出ていけば余裕で間に合う計算である。
【昨夜は楽しみで中々寝つけておらなんだようじゃが、ちゃんと起きれたか。感心感心】
「ちゃんと6時に目覚ましかけてあったから、別に頑張って起きなくても大丈夫だったけどね」
まぁ正直なところ、起きれるかどうかかなり心配だったのは認める。
何せ今回は海、しかも女の子たちとなのである。
思春期の年頃男子としては楽しみ過ぎて、遠足前の小学生のように中々眠れなかったのは当然の理と言わざるを得ない!!
昨夜のうちに準備しておいたスポーツバッグを確認、ちゃんと保険証やら着替えやら必要なものが一式入っているのをチェックしておく。
ふ、今日のオレは一味違うぜ!!
なにせペクーニア通貨をちゃんと日本円に変えてあるので、手持ちの資金が10万円以上あるのだ。月音先輩とかに奢っちゃったりなんかしても痛くも痒くもないのである。
ほんの三か月前までお小遣い制だったときには想像もしていなかった額だ。
あ、もちろんカツアゲされたときに備えて1万円を別のところに2か所くらい隠してありますので、そっちも安心。
【いや、おぬし……今の自分の立ち位置をわかっておるのか?
カツアゲされるとかそういう次元ではないであろうに。そのへんの不良なぞ赤子の手を捻るかのように対処できよう】
わかってるんだけどなぁ……、いや、なんか長年のクセというかなんていうのか。
【“逸脱した者”の割に、そういうところは逸脱しておらぬあたり、充のいい点でもあり悪い点でもあるの】
「……褒めてるのか、嘆いているのか、どっち?」
【難しいところじゃな】
小さく笑いをかみ殺すように冗談めかして言うエッセに、思わず苦笑した。
食パンを牛乳で腹に流し込み歯を磨く。
それから着替えて髪の毛を整えて洗面台の鏡の前でチェック。
うん、それなりになってる!……ような気がする。
服もちゃんとこの日のために新調したもの、しかもほとんど買ったことのない男性向けのファッション雑誌を買ってコーディネイトをこっそりパクってみたという冒険っぷり。
ふ、気合も準備も十分だ!
荷物を持ってリビングに行くと、出雲も起きてきたようで新聞を片手に軽く手を挙げて声をかけてきた。
「おはよう、充」
「おはよう。出雲は部活?」
「ああ、もう2週間ほどでインターハイだからな」
出雲がいよいよ夏のインターハイ、つまり高校剣道で全国区デビューか……。
「なんか出雲が追い込みの時期に、オレだけ遊んでて悪いな」
「気にするな。ボクシングの対抗戦のときは頑張ってたんだから、それが逆になっただけのことだ。
それに……インターハイ、応援しに来てくれるんだろ?」
「当たり前だろ」
「なら気にすることはないさ。綾のほうだけ頼む」
「OKOK。じゃ、行ってくるよ」
出雲のマンションを出て自転車で、ひとまず綾との待ち合わせ場所へ。
軽快にペダルを漕ぎつつ頬に夏の暑い風を感じる。
勿論、何もせずにこの日を迎えたわけではない。
というかむしろ怒涛のように色々あった。
順を追ってひとつひとつ思い返してみる。
まず月曜日に水着を用意したのを皮切りに、火曜日は斡旋所で、尻子玉と水翠晶の依頼について完了報告をしに行った。
尻子玉の報酬が900P、貢献ポイントが300。
水翠晶の依頼報酬が3000P、貢献ポイントが150。
合算して3900P、貢献ポイントが450。
これが結構デカい。
まず報酬のペクーニア通貨であるが、現在のレート換算で1Pあたり298円なので、3900Pということはそれだけで116万ちょっとの収入、ということになる。はっきり言って1日で稼いだ額としては破格である。学生として、というよりも社会人であっても1日で100万円って凄いんじゃなかろうかと思う。
いやぁ、もうびっくりしたよ、ホント。そのおかげで気が大きくなって服とか色々買ったりしたわけだけども。今回は運もあったけども、1日でこれくらい稼げるんであれば出雲のところでの居候生活から出て、自活するのもアリだよなぁ。
そう考えると羅腕童子の賞金18000Pというのが如何に破格かわかる。
さすがイベントモンスター。
さて、次に評価・貢献ポイント。今のところ受けてる依頼でもらえる評価ポイントと貢献ポイントが違うものがなかったので、どちらも920。330でよかったところを450も稼いでしまったので、当然のことながら7級への昇格条件を満たした、ということになる。
昇格試験の申請をしますか、という話が出たのでお願いし、再度翌日に斡旋所へ向かい昇格試験を受ける運びとなった。
試験内容は到って単純。
専門の係員との面談チックな質疑応答だけだった。
一応昇級試験ではあるけれど、どちらかというと7級のものは試験というよりは適性判断みたいなものらしい。
8級までで最低限の基礎的な戦闘能力とかそういったものは見れているわけなので、今後どういった方向に進みたいのか、およびその個人がどういった傾向があるのか(例えば怒りっぽいとか、こういったものが好きとか)性格や思考的なものを含めて診断し、今後の斡旋所のサポートの仕方の参考にさせてもらうのだそうな。
とにもかくにも無事に7級へ昇級。
これでまた一歩“修復屋”さんに何かあったときに助けてもらえるような立場へ一歩近づいたというわけだ。
つぎの6級までは累計ポイントで2000。
今のポイントのほぼ倍以上を稼がなくてはならないということもあり、先は長そうだ。
まぁなんとかひと段落。
依頼も期日内に終えることが出来たのでこれで安心して海に行ける!
………そう思っていた時期がオレにもありました。
水曜日の夕方、咲弥からのメールでもうひとつイベントが発生。
鬼首神社のほうの件が落ち着いたので、親父さんこと宮司さんがアポイントを取りたい、つまりは出来るだけ早く一度会いたいと言っているそうなのである。
一瞬いつにしようか迷ったが、こういうのはさっさと終わらせてしまったほうがよい。
期日を翌日18日の夕方に設定してもらい、咲弥と一緒に鬼首神社へ。
社交辞令的な挨拶を交わしてから、まず今回の大祭の折、オレがどんなことを体験したのか説明を求められた。一応咲弥からは聞いていたようだけど、勘違いなどがあるといけないのでオレのほうからも聞いておきたかったらしい。
探ってみると案の定、咲弥はオレが“簒奪帝”で茨木童子を取り込んだところとかについてはボカして伝えてるし。
どちらかというと気を遣ってくれたんだろうから逆に感謝してるけどね。
宮司さんに話した内容で要点は2つ。
今回の鬼首大祭を裏で糸を引いてやってたのは安倍晴明だということ。
そして解き放たれた茨木童子はオレと戦って負け、大人しく式神となったということである。
前者は真実だけど後者は苦肉の策的な言い訳だ。
なにせ分霊六鬼から始まって茨木童子まで自分の中に取りこんでます、自在に使えますとか言ったらどうしたって、どうやったのかという話になる。結果“簒奪帝”まで説明しなきゃならない羽目になるのは明らかだ。
かといって憑りつかれてます、とかだと危険人物にされてしまいそうだし。
せっかく伊達の部下?から奪った陰陽師の技能もあることなので、それを活かし式神という設定にしたわけだ。実際、符で呼び出すことも出来るわけだしね。
当初は難しい顔をしていた宮司さんも、一度宴姉を符で召喚すると驚きながらも納得してくれた。
長い間鎮めてきた古の大鬼が大人しくなったんだから、それはそれで喜ばしいことなのだろう。
ただひとつ問題が出てきた。
そもそもここ鬼首神社は彼女―――茨木童子の鬼首を祀っているところ。
つまり現在の状態は神社の存在意義が非常に薄くなっているのである。
特に問題なので鬼首大祭についてだ。千年以上続いている歴史ある祭りなので、ご神体が無くなったとはいえ突然何の説明もすることなく止めることは出来ない。
だが裏の鬼首大祭だけでなく、表の祭りも茨木童子の力を一部抽出して人寄せ、事故回避など祭りを円滑に行うために利用していたのである。そのために本来であれば避けるべき鬼門の位置に建物があったりと、最初から見据えた設計がされているのだ。
ご神体が無いままであれば―――つまり鬼の力ではなく、他の神社のように霊脈の力を利用するのであれば―――社の位置から何から大規模に変更しなければいけないだろう。
さて、ではどうするか。
かなりの時間話し合って出た結論は至って単純。
オレが鬼首大祭に鬼として参加する、という解決策である。
正確には溜まった霊脈から茨木童子が霊力を引き出して鬼の力に変換、それを流す。当然そのために式神として使役できるオレが参加しなければならない。
ちゃんと報酬は出してくれるって言うし、オレとしては断る理由もない。
そんなこんなで話がまとまり、解散。
え? 解散したよ? 神社の話は。
その後咲弥が言っていた通り、なぜか道場に連れ込まれて柔術の手ほどきを受ける羽目になりましたが! なぜか、という表現はおかしいか。咲弥が、
「これ、ミッキーちゃん。一緒に海行くって言ったでしょ」
とか説明するからだよね!?
しかもわざと頬染めたりするし!!?
ホント結構なシゴきでした………どれくらいかって?
柔術の技能会得しちゃうくらいだよ!!
なお鬼首大祭の報酬の件については、現在追加の打ち合わせが終盤らしく日曜日くらいには斡旋所から通知が来るだろうとのこと。
「………密度の濃い一週間だったわ」
【今更じゃろうに。それを言うなら一週間、ではなく三か月、じゃな】
「ごもっともで」
伊達に殺されかけてから、まだそれくらいしか経っていない。
三か月なんて高校に入る前の平凡な学生生活ならあっという間に過ぎていた期間なのになぁ。文字通りひとつの事件で見方が変わると何もかも変わった感じだ。
文字通り世界が変わったというべきか。
ようやく待ち合わせ場所に到着。
そこで待っていた幼馴染が笑顔で声をかけてきた。
「おはよう」
「おはよう、綾」
まぁ世界が変わって色々大変だったことも確かにあったけど、今日はそうなって今があることを喜んでおこう。
何せ、可愛い女の子たちと海というこのシチュエーション。
そうじゃなかったら、とても訪れなかっただろうし!!
いやっほぅ!!
「鼻の下伸びてるよ? 充」
「うぐ」
いかんいかん。
落ち着け、オレ。
なんとか平静を保ちつつ、いつもの登校と同じように、そのまま二人で駅へと向かった。
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