205.当たる推測・当たらぬ推測
這う這うの体で、というほどではないものの足早に入口まで戻ってきたオレたち。
木々の間から見える蒼天を見上げれば見れば太陽が一番高い位置に在る。今の今まで暗い洞窟の中にいたせいもあり、蝉の鳴き声をBGMにした木々の間にいると急に気が抜けてきそうになる。
時刻は3時ちょっと前。
まさか水翠晶まで取って来れるとは思わなかったけども、予想以上の短時間でこれから戻るのにちょうどいい時間帯だ。まだ日は高いから、急げば明るいうちに狩場の入り口まで戻れるだろう。
「目的の物は手に入れたんで、オレは帰ろうかと思うんですけど……ファブニエルさんは」
「ああ、先ほども言ったように待っている相手が来ていないのでな。
しばらくここで待機していようと思う。気にせずに先に帰るといい」
洞窟内で言っていたように、入口で待っているつもりらしい。
しかし誰と待ち合わせしているんだろうな……そもそもなんで危険が狩場で待ち合わせているのかもさっぱりわからない。
いや、この人にとっては危険じゃないのかもしれないけどさ。
それでもこの時間から後に会うとなると下手をしたら明るいうちに狩場から出られないと思うんだけど。
まぁそこはオレが心配することじゃないか。
「じゃあお先に失礼致します」
「ああ、お蔭で待っている間のいい時間潰しになった。感謝しよう。
その腕前なら心配ないと思うが、気を付けて戻るといい」
軽く会釈してその場を離れた。
さて、後は家に帰ってゆっくり休もうかな。明日からまた学校だし、あんまり疲れを残すのもよろしくないだろうし。
あ、そういえば一個エッセに聞かないといけないことがあったな。
【なんじゃ?】
ちょっとしたことなんだけどさ。
ファブニエルさんを最初に気づいたとき、エッセが言ってたじゃないか。
あの“雲の咆哮”って何のこと?
【ほぅ、覚えておったか。
“雲の咆哮というのは“神話遺産”のひとつ。
こちらでは……そう、インドの神話における鬼神の一柱。
羅刹の王こと“魔王”の子の名じゃ】
………おぉぅ。
なんかいきなり関係ありそうな感じになってきたよ!?
わずかなりとも“魔王”の欠片をその身に宿しているオレとしては、ちょっと聞き逃せない関係性である。
【“雲の咆哮”とは雷鳴を示す。伝説では誕生の際、偉大な戦士が生まれた祝福を意味する轟雷が鳴り響いたことによりそれにあやかって付けられた名だという】
うわぁ…立派だけど、すっごく周りに迷惑な産声だねぇ!?
【無論、名前負けしておらぬぞ? 一時は神々の王であるインドラをも打ち倒し、インドラを倒した者を意味する“インドラジット”の異名を持つ強者じゃ】
………え。
神様に勝っちゃってるの、その人!?
いや、鬼神なんだから人じゃないのか……?
とりあえずヤバそうなのは理解した。
そしてそれが意味しているのは、
【ひとまず知識として押さえておいてもらいたいのは、そんなところじゃな。自らの姿を隠すなど魔術を駆使した戦い方を得意としておったりといくらか情報はあるが……おぬしの“魔王”のこともあろうし、一度文献を探して確認するがよかろう】
「……そうしといたほうがよさそうだ」
面倒だけど、そもそも八束さんに“魔王”の欠片をもらってなかったら、あそこで命を落としていたわけだし贅沢は言えない。
【ちなみに本来であれば、力の近い“神話遺産”同士は共振し合うため、互いの存在を感じることができる。神話体系が近く力の質が似ていれば、その分だけ力の差を乗り越えて知らせ合うこともあると聞く。
じゃが、おぬしの中の“魔王”は微弱であるうえに、おぬしの中では鬼やら主人公やら霊脈から引っ張ってきた霊力やら、様々なものが詰め込まれておるからの。
向こうに“魔王”の力を気づかれていることはないじゃろう。その様子を見ておると、おぬしのほうも感知できておらぬわけじゃしな】
30分の1だもんなぁ。
そりゃ微弱もいいとこですよ。
ちょっと横道に逸れた会話を戻すことにして、
「……もしかして、ファブニエルさんって“神話遺産”保有者ってわけなの?」
仮に主人公であるにも関わらず“神話遺産”保有者だっていうなら、もうかなりの常識外仕様じゃねぇ!?
ぶっちゃけ他の主人公から不平が出まくりかねない優遇である。
【うむ、わらわも最初あの男から“雲の咆哮”の気配を感じた際、そうではないかと疑ったのじゃが……どうも少し違うようじゃの】
おそらく推測の段階なのだろう、エッセは少し迷いながら続ける。
【確かに“雲の咆哮”の力があの場に存在しておった。
それは間違いない。じゃがその気配はあの男を包むかのように存在しており、その内部から湧き出してくるものではないように思える。
つまりあの男そのもの、ではなく、あの男が何らかの方法を使い“雲の咆哮”保有者より力を借り受けている、というのが正しいのではないかと思う】
それを聞いて、ひとつの言葉が頭に浮かんだ。
―――“天賦能力”
かつて伊達と対峙した際、オレの能力についてエッセが誤解させた言葉。
“神話遺産”保有者が、自らの従僕や眷属に与える能力。
【その可能性が高かろうよ。じゃが、それにしては腑に落ちぬこともあるがの……。
あの男、あまりに“雲の咆哮”の気配が濃すぎる。自らの権能の一部を力として与えたというレベルではない。あれではまるで、その全てを……】
???
どういうこと?
【いや……推測に推測を重ねても仕方あるまい。とにかく、あの男が“雲の咆哮”と関係があり、もしかして何か力を授かっているかもしれぬ、ということだけ知っておればよかろう】
変な能力無くても、単純な洞察力と肉体能力、そして鍛えぬいた戦闘技能の3つだけで十分過ぎるほど強いのに、その上“天賦能力”持ってるのか……。
こう言うのは失礼だけど、まさに化け物だなぁ、ファブニエルさん。
【まさに世界は広いということじゃな】
うんうん。
でも逆に言えば、そんな人とコネが出来たということでもある!
やっほぅ!
テンション高く家路を急ぐ。
一気に水翠晶を手に入れてしまったせいで気分が高揚していたのだろう。軽く走りながら狩場を突き進んでいく。途中に出てくる河童どもを“威圧”で追い払うこと2時間半。
時刻にして午後5時半過ぎにスタート地点である河川敷の入り口へと戻ってくることが出来た。
バス、電車を経由しようやく飛鳥市金座大路駅へと戻ってきた。
あとは乗り換えて、最寄りの緑横丁前まで行くだけである。
「あー、やっと着いたぁ……」
時間は午後6時24分。
せっかく繁華街の駅までやってきたので、何か食べていこうかなぁ。今日は狩場の収穫だけでも大漁と言っても過言じゃないくらいの量だし、その上2つの依頼達成の報酬も貰えるのだから、ちょっとぐらい贅沢をしてもバチは当たるまい。
さて、メニューは何にしようかな。
「あれ? 充?」
乗り換えのためにやってきた金座大路駅の改札手前でそう思い、引き返して出口を出ると聞いた覚えのある声が聞こえてきた。
そちらの方を向くと、すぐ目の前のロータリーの方に見知った美人が4人。
綾、月音先輩と咲弥、聖奈さんだ。
「っ!?」
予想もしていなかった組み合わせ。というよりも、珍しい組み合わせと言える。
びっくりして思わず言葉に詰まるオレに対して、
「充、どこか行くの?」
「いや、戻ってきたところだよ。狩場で依頼と…ちょっと試しておきたいことがあって、さ」
咲弥たちは主人公だし、月音先輩と綾には例の一件の後、事情説明はしてあるから遠慮なく狩場のことも言えるから安心だ。
オレにそう聞いてきた綾は、買い物でもしてきたのか手荷物を持っていた。よく見ると、彼女だけではなく月音先輩や、鬼首神社の巫女さん姉妹も同様である。
「そっちは買い物?」
「はい、来週末お誘い頂きましたから、その準備も兼ねて。
相変わらず頑張っているんですね、充くん。でも無理はしちゃダメですよ?」
ふふ、と月音先輩が微笑むのを見て思わずドキとする。
「本来であればもう少し早い時間にするべきだったのですが…どうしても神社の用事で、わたしと咲弥が出れるのが午後遅めの時間からになってしまいまして。
こんな時間までお付き合い頂いてしまいました」
「聖奈さん、そういうことは言いっこなしだって言ったじゃないですか! そもそも誘ったのはこっちなんだし」
話の内容からすると、綾が誘ってみんなで買い物に行ってきたってところかな?
それなら元々月音先輩と聖奈さん、咲弥は顔見知りなわけだしこの組み合わせもおかしくない。
「…ん。ちょぅ可愛い水着買ってきた。乞うご期待」
「さ、咲弥さん!」
オレに向かってVサインをしてきた咲弥の発言に、月音先輩があたふたと慌てる。
あー、なるほど、水着買いに行ってたのかぁ…。
………って、水着ですとぉぉぉっ!!!?
水着ってアレだよね!? 泳ぐときに着る普段の服よりも露出が滅茶苦茶多いアレですよね!?
それを認識した瞬間、彼女たちが手に持っている荷物になんかドキドキしてくるから不思議である。
「そ、そんな赤くなられると、こちらが困ってしまうのですけれど……」
恥ずかしそうに言う月音先輩。
普段は凛として大人びている先輩、それがすこしだけ頬を赤らめて所在なさげにもじもじしているですとぉぉッ!?
何、この可愛い生き物。萌え死ねるよ!?
「そういう月音さんが一番赤いですけどね!」
綾が冗談めかしてツッコミを入れているのを見ると、随分と仲良くなっているようだ。さすがにこの中では唯一彼氏持ちだけあって、こういう方面の耐性には一日の長があるのだろう。
「む。ミッキーちゃん、ズルい」
「咲弥。男性はそういう生き物なのですよ? 気にしないで今度の週末一緒に悩殺することだけに専念しましょうね」
「いやいやいやいや、そこの巫女姉妹、発言がおかしいからね!?」
思わずツッコむと、じとー、と咲弥がオレの目を見る。
「のーさつ、イヤ?」
「イヤとかイヤじゃないとかそういうことではなくて……」
「イヤ?」
「いや、だから…」
「イヤ?」
「…………」
「のーさつ?」
「わかった! わかったってば! 楽しみにしてるから!」
く、真正面から目を見据えられてそう言われたら、こう返すしかないじゃないか!!
咲弥は勝ち誇った顔で「わかればよろしい」とでも言いたげな満足感漂う表情を浮かべている。
そこでふと視線を感じ、
「………?」
周囲を見て納得する。
4人が4人ともそれぞれ美人なせいで(さすが重要NPCと主人公の美形補正、とでも言わなければ納得できないくらい皆美人なのだ)、周囲の男性の視線が痛いことになっているのだ。
そのことに気づいたのだろう。綾が気を利かせて、
「わたしたち、もう解散するけど充は?」
「あー、ちょっとそのへんで飯食ってから帰ろうと思ってたんだけど……みんな、帰りは何使うの?」
確認してみると、綾は緑横丁前駅で出雲と待ち合わせしているので一緒に途中まで帰る、月音先輩は迎えの車で帰宅、咲弥と聖奈さんはこのまま電車で隣の天城原市の実家まで帰るらしい。
「なら大丈夫か。予定通りのんびり食事してくよ」
「せっかくだから私と一緒に電車で戻って、家に帰ってから食べてもいいんじゃないかな?」
「生憎恋人同士のお時間を邪魔するつもりはありませんよ~、というかせっかく狩場から無事に帰ってきたのに馬に蹴られて死にたくはないし!」
綾と一緒に帰るというのも楽しそうなんだけど、それはそれ。
空気の読める男こと充くんは野暮な真似はしないのですよ、はい。
「もう…! ……でも、気遣ってくれてありがとね」
出雲と綾がそういうの気にしないってのはわかってるんだけどねぇ。
ま、これはオレの問題だな。
ふと気づくと月音先輩が何か切なそうな表情でじっとオレを見ていた。
「? …えーっと、どうかしました?」
「いえ……なんでもありません」
うーん? 何か機嫌でも損ねたかな?
【…………たわけが】
エッセまでなんだよ! もう!
わけがわからないがとりあえず電車組を見送って、今度は月音先輩の迎えの車が来るまで待ってから見送った。
???……別れ際に「わたくし、頑張ります!」とか言われたんだけど、何のことなんだろう???
きっとアレかな、伊達がいなくなったからちゃんとこれまでの分、楽しんで頑張ります的なことなんだろうか。
【この……ッ、底なしの阿呆め!】
えええ、なんで!?
なぜか機嫌の悪いエッセを宥めながら、日曜日は終わっていくのだった。




