204.水霊の洞
中二病発症か!?的な勢いの恥ずかしさを経て、ようやく源流ゾーンへと到達。
途中、英雄河童と豪傑河童たちに襲撃されそうになったものの、気配を感じた瞬間に“威圧”で退散させることで軽快に進むことが出来た。
人里の気配があった河川敷とは違い、山々に囲まれている緑豊かな風景となっていく。川と並行して伸びていく道そのものもちゃんと整備されたものではなく、獣道にも似た荒れ具合である。
「いよいよか…」
ごくり、と唾を飲む。
まだ時刻は1時半頃だから、まだ1時間以上は目的の洞窟を探す猶予がある。ここまでで5時間近くかかっているものの、一つ目の目標であった尻子玉はもうゲットしているので、帰りは“威圧”を使うと考えれば戻る時間はおそらく半分…とまではいかずとも3時間くらいで済むんじゃないだろうか。
問題はここからだ。
“水霊の洞”を探さないといけないのだけども、上手く見つかるといいなぁ。捜索系の技能を持ってないから隠蔽とかされていると無理そうだが、そもそも8級で受けられる依頼なんだから、そこまで難易度が高いこともあるまい。
どうやらその予想は間違っていなかったようで、歩くこと10分。
あっさりと道が左右二手に分かれており、そのうち右側のほうの案内板に「水霊の洞」と書かれていた。
むしろあまりに簡単すぎて拍子抜けしてしまったくらいだ。
いや、案内板が何かの…そう、河童軍師とかの巧妙な罠でオレを誘い込もうとしているんだ、そうに違いない!
そんなことを思わないでもなかったが、ひとまず案内板を信じて進むことにする。
ファブニエルさんは時折会話はするもの、基本的にオレの行動に対しては口を挟まずについて来てくれている。お手並み拝見されているというか試されているようで、ちょっと緊張しつつ進んでいった。
そこは鬱蒼とした緑で満ちていた。
岩山の麓にぽっかりと洞窟が口を開いている。まるで石に穴を人為的に穿ったかのように壁面は滑らかだが、肝心の入口は緑の蔓や周囲に生えている木々の緑によって覆われ、半分ほど視界が塞がれているせいで奥は見えない。
おそらくここが“水霊の洞”なのだろう。
うーん、もうちょっと時間がかかると思ったのにアテが外れたなぁ……。
「? 目的地らしき場所が見つかったにも関わらず難しい顔をしているな」
「え? あ、は。もうちょっと見つかり辛いかと思ってたんですけど予想外に即座に見つかったせいで、ちょっと悩ましいんですよね……。時間が早いからちょっとだけ洞窟の中を見ていこうかとも思いますけど、途中で切り上げるくらいなら一度ここで終わって仕切り直しも手ですし」
いざというときに備えて懐中電灯の用意くらいはあるけども、中々判断に困るな。
「中を捜索するのに、改めて用意しなければならない装備でもあるのか?」
「別にそういったものはないですね……うん、時間はあるんだし、入ってみることにします」
こっちの懸念を見透かしたかのように問うファブニエルさんに答えると、不思議と方針が決まった。荷物からLED懐中電灯を取り出しスイッチを入れて動作を確認。
うん、予備のほうもちゃんと点くな。
いざとなれば“暗視像”があるから、明かりはあまり必要ないけど、とりあえずは使っておこう。いくらファブニエルさんが友好的だからって手の内をあんまりバラさないほうがよさそうだし。
「良ければ使います?」
「大丈夫だ」
懐中電灯を勧めてみたところ丁重にお断りされた。
どうやら彼は彼で明かりを準備していた様子で、懐からボールペン型のライトを取り出している。
さすがにそのへんは抜かりないようだ。
がさがさ。
体に引っかかりそうな蔓を羅腕刀で切り落としながら入口へ進んでいく。
中は人が並べそうな幅、そして高さも3メートルほどでそれなりに広い。遠目で見た通り洞窟の岩肌は意図的に削られているのか滑らかになっていたが、時折ゴツゴツとした岩が張り出している。
岩の角が露出しているせいで転んだ拍子に打ち所が悪かったりするとヤバい感じだ。
また天井の至るところに髪の毛くらいの物凄く細い亀裂のようなヒビが走っており、そこから水気が垂れてくる。10分毎に水滴が一粒、というようなわずかなレベルだが。
おかげで外に比べると内部はひんやりと涼しい。冬場はともかくとして、こんな夏の暑い時期にはありがたい場所だ。
コツ、コツ、コツ……。
ゆっくりと周囲を警戒しながら進んでいく。
歩いていると一定の間隔で左右に窪みがあるのに気づく。別にどこかに通じているわけではないが、人が一人体を隠すくらいは楽そうな影を生み出しているので、ちょっとドキドキしながらそこもチェックしていく。
【そうビクビクすることもあるまい。
一本道の洞窟なのじゃからひとまず先だけ心配すればよかろう】
そうは言うけども、オンラインゲーム部の仮想現実以外ではほぼ初めてのダンジョンアタック。
緊張するのは仕方ないと思う。
100メートルも進んだ頃だろうか。
懐中電灯に照らされた奥のほうで何かが動いた気配がした。
現れたのは豪傑河童の群れ。
数は4体ほどだったので“威圧”を放つと奥へ逃げて行った。
気を取り直して先へ進む。
………あ、でもこの洞窟がもし奥まで一本道だったら、出てくる敵出てくる敵全部“威圧”で追い払ってたら、一番奥でまとめて相手することになっちゃうかも?
負けるつもりはないけど面倒さを考えるなら、各個撃破のほうが楽かもしれないな。
「ファブニエルさんは、こういうダンジョンって今までたくさん潜ってます?」
「…そうだね。警護人の仕事をしているのだから、警護対象を護衛して入ったこともある。襲撃から警護対象を守るため、先手を取って敵対勢力のアジトに強行することもあるが……ダンジョンと言えるかどうかは微妙なところだな」
わーお。
警備会社っていうから、もっとこうSPチックなのを想像してたんだけど、敢えてこっちから敵を潰しに行くこともしているのか。
海外の会社はアグレッシブだなぁ。
「そういうときのコツとかってあります?」
「セオリーはある。まず優先順位を明確にしておくことだな」
不測の事態が起こったときにどうするのか。何を優先するのか。
そういったことを常に意識しておくことが重要らしい。
なるほどなぁ……。
さて、進んでいくに連れ洞窟はぐにぐにと蛇行し、道が左右に分かれた。
どちらにしようかな、っと…よし、とりあえず右手の法則で右に行こう。
【河童がおったのじゃから足跡くらいはチェックしたらどうじゃ】
お、忘れてた忘れてた。
しゃがみこんで足跡をチェック。
……………。
………。
……。
…うん、まったくもってわからないね!
石っぽい地面なので土ほど明確に足跡が残っていない。そういうのを調べるのが上手い人ならもっと色々な情報を読み取れるのかもしれないけど、とりあえずオレにはさっぱりだ。
【じゃがそうして調べる姿勢が大事じゃぞ?
誰でも最初は出来ないところから始めて技能を会得していくものなのじゃからの】
あいよ。
“簒奪帝”で奪ってばっかりいるとそっちのが簡単だから、つい頼りたくなっちゃうけど、使いこなすという意味でも素の状態で色々会得するのは大事だよな。
「……ぉッ!!」
ぽたぽたと時折垂れてくる沈むが首の根本に触れ、その冷やっとした感触に思わず声をあげてしまう。
誤魔化すように首回りを手でゴシゴシとしながら右方向の道へと進んでいく。
いくらも歩かないうちにすぐに行き止まりとなったものの、そこには壁から染み出した湧水が小さな泉を作っていた。チョロチョロと常に水が補充されているが溢れる様子はないので、泉の底にどこかに通じる穴でもあるのだろう。
泉は何とも言えない不思議な青みがかった光を滔々と湛えている。
【霊脈の吹き出し口じゃな。どうやらそこに人為的な湧水を持ってくることで霊脈からの力を混ぜておるようじゃ。傷口に塗れば治癒の促進を、飲めば消耗した気力を補充してくれるようにしておる】
おぉ、それはアレだな。
世間一般で言うところの回復の泉というやつだな!
家のゲーム機でやっていたロールプレイングゲームとかで、HPとMPと状態異常が治る泉があったのを思い出した。
そういえば茨木童子も昔はこういうところから霊力を喰ってたみたいだし、もしかしたらオレも霊力引き出せたりしないかな。
【無理じゃ。ここは単純な霊脈の吹き出し口ではなく、意図的に加工され水と混ぜられた謂わば霊水と言える仕様になっておる。ここで飲める分ならば霊力を取り込めるじゃろうが……そもそも人間はそんなに何十リットルも水を飲めんじゃろう?】
あー、500ミリリットルのペットボトル1本分くらいなら一気飲みできるけどそれじゃ取り込める量はタカが知れているかぁ。
そうなるとここで霊水を汲んで持ち帰って、日常いつも飲んでみるとかはどうだろう?
【それも難しかろ。持ち帰ったところで、途中で霊力が水から抜けてしまうしの】
炭酸っぽいな、霊力ぅ!?
試しに一口手で掬って飲んでみるけども、確かに微々たるものだ。取り込める霊力は3口で体感的には1くらい。コップ一杯で4程度だ。
霊力の最大値が10とか20しかない主人公なら十分な回復量に見えるが、お腹がたぷたぷになるまで飲んでも100いかないので、今の霊力量を考えれば無理をして取り込む必要はなさそうだ。
「回復できる泉みたいですけど……外れみたいですね」
「そのようだ」
踵を返して戻り、先ほどの分かれ道を今度は左へと進んでいく。
少し進んだところで今度は英雄河童1体、豪傑河童2体と遭遇。
奥でまとめて相手するのも面倒だし倒……ん? そうだ、いいこと思いついた。ひとまず“威圧”で追い返すことにした。
その後も河童と出会うことに奥へと追い返していく。
遭遇率は結構なもので合計40匹は追い返しただろうか。何か奥に進んでいくに連れて河童と出会う間隔が短くなっている気がするが。
そんなこんなで洞窟に入っておよど1時間後。
そこは一際大きい空間が広がっていた。
半径30メートルほどのドーム型の空間で、天頂部分に空いている穴からどばどばと滝のように水が流れ込み、空間の中央を横切るような池があった。
その池の向こう側、入口から40メートルほどの地点に祭壇のようなものが設置されており、その上には青緑がかった角ばった水晶がいくつも置かれていた。多分あれが目的の水翠晶なんだろう。
池は中心部以外は浅いのだろう。ぬ、と上半身だけを出した河童の集団がこちらを見据えて警戒していた。その数、おそらく100ほど。ただ女子供のような非戦闘員もいるようで、それら戦えない河童は隅の方で大人しくしている。
実際戦えるのは中心に集っている邪な河童や豪傑河童、英雄河童と思しき40くらいのものだろう。
その数が先ほど“威圧”で追い返した数と同じくらいなので、ようやく合点が行く。おそらく途中にある窪みとかに潜んでやり過ごして先へ進んでいけば、ここに邪魔はいないのだろう。それなら8級でも何とか出来る可能性はあるし。
さて、そんな分析はともかく水翠晶を手に入れるなら池を渡らなければならず、池を渡るなら連中を倒さなければならない。
だが水場での河童は強さが格段にアップすることを考えると、ここで戦うのは余り面白くない。かといって、こんな逃げ場のないところで“威圧”なんか使ったら追い詰められた連中がパニックを起こすのは確実。
そのドサクサに紛れて水翠晶をゲット、という手もあるけど、逆にパニクった河童が水翠晶を毀したりしたら目も当てられない。
「そういえばファブニエルさん、ここで待ち合わせなんでしたっけ?」
「そのようだが……まだ来ていないようだから、入口で待っていればよさそうだ。ミツル君は自分の用事を済ませるといい」
「はい」
幸いなことにここは小石も落ちてることだし、当初のプランでいくことにした。
「よ、っとぉぉぉっ!!」
懐から出した品を投擲。
鬼の膂力で池の中心部分上空へ放り投げる。
そして小石を拾って、
―――投げた英雄の皿目掛けて投擲した。
バリィィィンッ!!!
ガラスが細かく砕けるような綺麗な破砕音。
「ギャアアアア!!?」
それと同時に河童たちが元から青い顔を豹変させてもだえ苦しみ始めた。
英雄の皿を割った時の共鳴効果、つまり精神ダメージと状態異常である。
その間にワルフを突撃させて華麗に犬かきで池を突破、水翠晶を咥えて戻って来させることが出来た。
「ヒイィィィィィ!!!」
「ギャワワワ…ッ」
「ィヒィヒィ!!!」
「グギャアアアアアッ!!」
河童たちはまったく妨害してこない……こう、なんかトラウマになるレベルのショックだったらしい。
泡吹いてガクガク震えたり、延々と頭を掻きむしったり、ガリガリ頬を血が出るまでひっかいたり、失神したり。
英雄の皿、おそるべし。
正直やりすぎた感が否めないほどだ。
「………と、とりあえず出ましょうか」
背後に届く多数の河童の悲哀に満ちた叫びに困惑しつつ、オレとファブニエルさんは洞窟を出た。




