203.音無川上り旅情(3)
などという、ファブニエルさんのびっくりする強さにビビったりすることがあったものの。
まぁアレですよ。
仮面なんてつけてて誤解を受けがちだけど、この人いい人だ!
やっぱり人は外見で判断しちゃダメだよね!
伊達みたいに外面はいいけど中身がアレな人だっているんだし。
【……素材を全部譲ってくれると言われた瞬間に、評価がそうなるのはどうなんじゃろうな】
そう、つまりはそういうことなのだ。
先ほど自分がやっつけた豪傑河童と英雄河童の群れ、さらにプラス無頼河童。これだけの敵のドロップアイテムを全てもらっていいと言われてしまったのだ。
「遠慮せずに持っていくといい」
「そ、そんな悪いですよ」
「何度も言っているが今日は私用で来ているんだ。
荷物が増えるのは余り好ましくないし、そもそもこれらの素材は余り必要がない。それなら必要としている者に譲るのがベストだと思わないか? それに―――」
遠慮しながらも内心欲しいのを見透かされているのか、
「―――この国の美徳に、譲り合い、があるのだろう?」
そんなことを親しげに言われたら、もう譲ってもらうしかないじゃないですか!
【………なんという、チョロい男子じゃ】
まぁ冗談はともかくとして、素材が要るのは間違いないわけだし、尻子玉だってたくさんあればあっただけ良いのは間違いないんだ。
別段拒否することはないんじゃないかな、と。
「じゃあお言葉に甘えまして……」
恐る恐る答えるも、
「…?」
当のファブニエルさんは川を挟んだ逆側の河川敷、正確にはその河川敷のすぐ目の前にある街のほうへと視線を向けていた。
「どうかしました?」
「いや、失礼した。素材についてはこれで解決だが……ミツル君はまだこの狩場に?」
よくわからないが、声をかけると再びこちらを見つつこの後のことについて問われた。
「あ、はい、することがありまして……」
「ほぅ」
「“水霊の洞”という場所に行かないといけない依頼を請けているんで、そこの入り口まで確認しておこうかと」
それに対する黒き鷹の返答は、またも予想外のものだった。
「それは奇遇だな。これから人と待ち合わせしているのも、そこだ」
確かさっきこの人はプライベートでここに居るって言ってたし、その人と会う、というのが目的なのだろう。さっきドイツの斡旋所に所属していると言っていたし普段はドイツにいるんだろうか。
「確かこの国ではそういう偶然を……縁、とか言うのだろう?
せっかくの偶然だ、よければ一緒に行くのはどうかな」
「あ、はい」
特に断る理由はない。
とはいえ、ちょっと偶然にしてもデキ過ぎている気がする。
だが考えてみたところで何かわかるわけでもなし、何かの罠的なものかとも思ったが先ほどの戦闘を見ている限りそういったことが無くてもオレをどうにかできる力量があるのだ。もし本気でファブニエルさんがオレを罠にかけようとしているのなら考えるだけ無駄だろう。
ちなみに先ほどファブニエルさんから譲られて回収したドロップアイテムは以下の通り。
三日月宗近×1 河童の軟膏×29 尻子玉×2 豪傑甲羅×1 英雄の皿×1
一番最初に挙げた三日月宗近は無頼河童が持っていたものだ。
どっかで見た覚えがあるような日本刀である。
【おぬしが一番最初に出雲に連れられて赴いた店に置いてあったのではないか?】
おぉ、なるほど。
確かにあったな、これ。
あのときは装備出来ない、とか嘆いた覚えがあるけども……と思いながら確認すると、
三日月宗近 種別:太刀 使用条件:腕力22、技巧31、太刀28
今なら余裕でクリア……してねぇよ!?
腕力と刀技能は超えてたけど、技術と巧緻が足りてないし!
うぅ……先は長いなぁ。
ひとしきり落ち込むも気を取り直して、残りを確認。
これまで手に入れた戦利品を足して最終的に、
三日月宗近×1 河童の軟膏×124個 尻子玉×6 豪傑甲羅×3 英雄の皿×2。
これが今日の現時点までの戦利品だ。
時刻が13時半くらいだと思えば、上出来と言える。何より問題だった尻子玉をすでにノルマの5つを越えて手に入れられているのが大きい。これで安心して“水霊の洞”探しに専念できるというものである。
おっと、ちなみに英雄の皿については下記の通りである。
英雄の皿:売値2000P。英雄河童の皿。豪傑として幾多の死線を越え英雄に至った河童が持つ魔力が宿っており、これを叩き割ると周囲10メートル四方にいる河童族の皿との共鳴作用により、多大な精神ダメージを与えることが出来、状態異常に陥らせることが出来る。
……これってアレだよね。
他人が股間を全力で蹴られてるのを見ると、自分の股間もヒュンってなる感じのやつだ。
【わらわにはさっぱりわからんが……そういうものなのかの?】
そうなの!
とりあえず災厄河童とか無頼河童みたいなやつにも効果が高そうなので、いざそういう奴が現れたときに備えて持っておくことにしよう。
いざ“水霊の洞”を求めて!ということで歩き出すオレとファブニエルさん。とりあえずはこのまま河川敷を歩いていき、源流まで辿り着くまで進む。
もう十分過ぎるくらい戦利品は稼いでいるのでこれ以上河童が出てきたら“威圧”で追い払うことにしよう。そのほうが“水霊の洞”を探す時間に余裕が出来るし。
てくてくてくてく……。
幸いというのか、先ほどまで出まくっていた河童が実に静かだ。尻子玉を持っている数は増えているんだけども……もしかしてファブニエルさんが一緒だからビビっているのだろうか。
てくてくてく……。
そうだとするなら楽でいいなぁ。
てくてく…。
………。
「……………」
「……」
うおぉぉッ!?
ま、間が保たねぇッ!?
黙って二人でただひたすら歩いているだけなのに、痛いほど無言。
話しかけようにも適当な話題が思いつかないし、何かボケようにもファブニエルさんってどうもそういうのにツッコミを入れてくれるようなタイプにも見えない。
ちらっと横を盗み見るが、黒き鷹は切れ目の入ったロングコートの裾をかすかにはためかせながらなぜか足音をほとんど感じさせない歩みで進んでいる。
これがジョーだったらボケ倒せばいいだけなので、気楽に話せるのに。
何か話題がないものか、話題、話題……、あ。
話題あったな。
「ひとつ聞いても良いですか?」
「何なりと」
前置きをしておいてから、
「さっき、ファブニエルさんが豪傑河童や英雄河童と戦っていたじゃないですか?」
「豪傑、英雄の河童というのか、あの者たちは。
なるほど、あの有様でHeroとは些か名前負けしている感は否めないな」
まぁ確かに河童の世界では英雄かもしれないが、オレたちから見て英雄っていうほどかと言われたら名前負けしている気がせんでもない。
「あのとき、一斉に連中が飛び掛かった後、ばたばたっと倒れたじゃないですか? あれって一体何をしたんですか?」
脳裏をよぎるのは投げ飛ばされ、転び、弾かれる河童たち。
しかもエッセによればあれは魔力などが感じられない、つまり術でも何でもないらしい。
「そうだな……わかりやすく言うと、殺気を放って動きを制限させることで、全体の動きにおける指向性を集め、集中した点を崩した、ということになる」
「………???」
何を言っているのかさっぱりわからん。
とりあえず殺気を放って何かしたのは理解した。あのときに妙な形の殺気が随分飛んだのは確認出来ているわけだし。
要領を得ていない様子のオレに少しだけ苦笑しながら、
「例えば…」
ぞ、と小さな殺気の塊が突如オレの顔を叩いた。
反射的に片手のガードを上げて顔を防御する。
とん。
すると腕をあげてガラ空きになった脇腹に、ファブニエルさんの手が軽く当てられた。
「原理は同じ。あの手の野生に生息する存在は殺気や気配について常人よりは鋭い。全体を圧殺するような殺気ではなく、敢えて小さな殺気を指向性を持って特定の場所にぶつけることで反射的に動きを引き出すことが出来る。
今ガードを上げさせるために意図的に顔に殺気をぶつけたように、目的のために相手の動きを誘導する。これを全ての河童に対してそれぞれ個別に行ったんだ」
さらり、と。
何でもないことのように彼は続ける、
「踏み込む足に殺気を当て踏み込みを甘くしたりして体勢を崩してやれば、相手は硬直する。全ての河童の動きが硬直し、尚且つ体のどこかが触れているように動きを止める。
あとは手近な一匹に衝撃を徹してやれば、群れ全てに対して衝撃が通じる。特に皿に損傷を与えれば倒れると聞いている相手だから、衝撃波で割れやすい皿を砕くことは簡単だったよ」
やっていることは順当。
先ほど説明された原理はボクシングでも同じなのだ。
フェイントを入れて対応して動く相手のガードに隙を作ってそこに拳を叩き込む、その行動と同じ。ただそれを殺気だけで、しかも動きの全く違う全ての河童に対して的確に行ったことが常軌を逸している。
体勢や動きが違えば同じ動きを止めるにしても殺気の宛所は違うんだ。しかも50に届こうかという数の相手に対し、全ての個別の動きに対応し、的確な位置に適当な殺気を叩き込む。
それも硬直した河童の体が衝撃波を徹し易いようにぶつからせるように。
「無論、練達の相手であれば誘いを看破して逆手を取ることもあるから簡単にはいかない。現に今ミツル君が素直に引っかかったのも不意を突いたからだ。
英雄河童には英雄河童の、そしてミツル君にはミツル君の、それぞれ通じる戦法が時と場合に応じて違うのは当然。それを見極めてそのときに最適なことを最適なように行う。
それができれば魔術のような不可思議な力が無くても、誰にでも出来ることだよ」
いやいやいや、出来ませんって!?
そもそも普通の人が体の中に衝撃を徹すような打撃を打てないし! オレの知っている中でも完全に出来るのって比嘉さんくらいなもんだよ。
そう思う反面納得もできた。
基本的な技術と絶大な基礎、そして圧倒的な洞察力で生まれた結果でしかないのだからエッセが魔力を感じられないのも当然だ。
人間が持つ肉体能力、そして技術の極致。
「……オレでも出来ますかね?」
「自分でそう思えるのなら」
そう短く回答が返ってくる。
「例えば警護人なんてものをしていると、洞察力が鋭くなっていく。そもそも警護人は襲撃があって守るものではないからね。襲撃の予兆を的確に捉え、それを避けることが出来ることこそが最上の結果。
だから長くやっていれば当然その系統に当たり前のように長ける。
必要なのは自ら元来持っているであろう能力を信じ磨き続ける能力だと言える。自分を信じず能力を磨くことを忘れるのなら、出来ないだろう」
警護人か……。
この人くらいの洞察力が手に入るんなら、正直それもアリかもなぁ。
違和感と言うか、ちょっとした変化にも十分気づけるだけの感覚があれば戦闘で不覚を取ることも無くなるだろうし。
「……ちなみに警護人ってどうやったらなれるんでしょう?」
「? 興味があるのならここに連絡してくれ。ミツル君のように見込みがある若者は大歓迎だ」
それとなく聞いてみると、ファブニエルさんは名刺を一枚差し出してくれた。
そこにはブラック・ホーク・セキュリティ・サービスという英語っぽい会社名と、そこのCEOとしてファブニエルさんらしき名(姓も書いてあったけどドイツ語読めないので正確にはわからなかった)が書いてあった。
そういや警備会社やってるとか言ってたっけ。
CEOって何て意味だったか覚えてないけど、とりあえず偉そうだというのはわかる。
「そこに本社の番号があるだろう。直接電話してくれて構わない」
コネをゲットした!
やっぱ友好関係は人種問わない基本だよね。
ファブニエルさん、何か普通の主人公とはちょっと違うような雰囲気もあるから、個人的には仲良くしておきたいし。
さらにツッコんで話を聞いてみると通常は格闘技などで目ぼしい成績を上げた学生をスカウトすることが多いと言う。無論すでに名を馳せた者であったとしてもヘッドハンティングをしたりもするらしい。
なお基本的に正式雇用は18歳以上だが、資質がある若者を選抜する次世代の育成枠採用なら義務教育さえ終わっていれば可能とのことだ。
試しに雇用条件を聞いてみると、次世代枠であったとしても結構な好待遇である。
狩場で戦うにしても危険は変わらないのだから、将来的には警護人になるってのはひとつの選択肢かも。
まぁそれもエッセとの契約が終わってからの話だけどね。
忘れてないからそんなに気にするなってば。エッセから受けた恩を全然返せてないんだから、例えイヤだって言ってもまだまだ付き合ってもらうからな。
【……充のくせに生意気じゃ】
ふふふ、照れ頂きました!
……って、あれ?
エッセさん、左手が久しぶりに熱いんですけど…!?
まさか……、
【て、照れてなどおらんわッ!! そんな余計なこと言えぬようにしてくれるッ!!】
熱ッ!!?
熱ぃって、マジで!?
やーめーてー!?
本当に久方ぶりのそんなエッセとのやり取り。
それが平穏、とまではいかなくても得難い日常だと感じる。
……まぁ突然左腕を押さえて悶え始めたオレを、ファブニエルさんが何かわけのわからないような目で見ていたのに気づいたのは、もう少ししてからだったけども。




