193.みっしょん・ぽっしぶる
昨日分が投稿できていなかったので、本日は2回投稿となります。
立ち尽くすことしばし。
あんまりに動かないものだから怪訝に思ったのだろう。
月音先輩が心配そうに声をかけてくる。
「入口で立ったままというのも何ですから、どうぞ空いている椅子を使って下さい」
「ど、どうも」
とりあえず口から出せたのはその程度の言葉だった。
生徒会室内に入り、促されるままパイプ椅子に腰かけた。
位置としては咲弥の隣。向かい側に聖奈さんと月音先輩が座っている感じになる。
「今ちょうどミッキーちゃんの話してた」
「ふふ、鬼退治の武勇伝を聞かせて頂いていたんですよ」
無言でサムズアップする咲弥と、楽しそうに微笑む月音先輩。
武勇伝と言われてもなぁ…“逆上位者”に不意打ちされて首が飛んだり、油断して茨木童子に吸収されたりと恥ずかしい内容のほうが多いんじゃなかろうか。
とはいえ問題はそこではない。
今一番問題なのはちらちらとこちらの様子を窺いながら不安そうな表情をしている、挙動不審な聖奈さんである。
向けられている視線からするに、結構な距離感を感じるんだけど……何かオレってそんなマズいことしただろうか?
「さ、咲弥」
うーんと悩んでいると、助けを求めるように彼女は妹に声をかけた。
「あ、ミッキーちゃんは初対面だった。こちらが姉その1」
「…さ、咲弥ぁ~……」
……いや、その説明はどうよ。
「でも1はいるけれど、2はいない」
しかも2段落ちだったし。
「咲弥ちゃんもお姉さんをあまりからかわないの。こちら、天小園聖奈さん。咲弥さんのお姉さんで、生徒会で書記をやってもらっているの」
さすが生徒会長。
さらっとわかりやすい自己紹介でフォローしてくれた。
「ど、どうも。三木充です……」
「……聖奈です」
うぅ…空気が微妙だ。
な、何か話題になりそうなものがないか…?
ふと生徒会室の奥の窓を見ると、雲ひとつない青空が目に入った。
「ほ、本日はお日柄もよく…」
「……そ、そうですね」
ダメだ。いきなり詰まった。
「…お見合い?」
「うぐ」
ぼそりと咲弥の言った一言がグサっと刺さる。
【確かに傍目から見ておると、会話のぎこちなさがそんな様に見えぬこともないな】
さらに意外なところから追い打ちまで来る始末。
確かにちょっと意識し過ぎか。別に疾しいところは無いんだし気にしないでいつも通りにしていればいいや、と結論づけると、
「あのね、ミッキーちゃん。お姉ちゃん、お礼言いたいんだって」
ふと咲弥がそんなことを言い出した。
その言葉に促されるように、
「そ、そうなんです。充さん」
はっとして聖奈さんが表情を一片させた。
「お礼……? 何かお礼されるようなことしたっけ?」
【鬼首神社で、封印が敗れた際に二人を庇って宴禍童子に立ち塞がったじゃろう。
お礼を言われる資格は十分にあると思うがの】
ああ、なるほど。
「鬼首大祭でのことなら別に気にしなくても…あれは依頼でやったわけだし、ちゃんと最後まで仕事をするのは当然でしょ?
むしろ勝手にご神体どうこうしちゃった分、逆に迷惑をかけているというか……」
「茨木童子については、お手伝い頂いた国の方からお話だけは聞いております。
その件に限って言えば正直なところ聞きたいことが山のようにありますが……それはそれです。例え依頼であったとしても危ういところを助けてもらったのは事実。それに復活した茨木童子が暴れないようにしてくださったという意味でも感謝はすべきだろうと思うのです」
おそらくは彼女の巫女としての顔なのだろう。
先ほどまでのどぎまぎとした対応とは打って変わった落ち着きのある口調で続ける。
「それ以前に、貴方に謝らなければいけないこともございます。伊達政次なる慮外者の奸計に愚かにも引っ掛かり操られていたわたしの罪。
捕えられた貴方が拷問される中、癒しをかけその苦痛を長引かせる片棒を担いだのは紛れもない事実なのです。にも関わらずその贖罪もせぬまま、今度は命を助けてもらった。
これ以上の恩義など一体どこにあるというのでしょうか。どのようにその大恩に報いればいいものかすら思いつきません。
もし何かお望みがあれば仰って下さい。わたしに出来ることであれば何でも致します」
な、な、なんでもですと!?
さすが咲弥の姉で、さらに主人公だけあって、というか聖奈さんもかなりの美人だ。どちらかというと実年齢よりもちょっと幼く見えるお人形みたいな可愛い系だけども美人には違いない。
そんな娘に「何でもする」とか言われることが、実際に起こるとは想像もしていなかった。
ど、ど、どうする?
ホントに何でも言っちゃっていいんだろうか?
あんなこととかこんなこととか、もう青少年のいけない欲望なんて山ほど……
【…………】
「……」
「………」
「あ、あははは。
イヤだなぁ、男として当然のことをしただけですから、お、お気持ちだけで大丈夫ですよ」
視線が痛すぎるよ!?
「何でも」発現の直後から咲弥はジト目で見ているし、月音先輩は変わらず微笑んでるけどなぜか怖く感じるし。
おまけに、なぜかエッセまでも無言のまま何かを訴えるような念を送っている気がする。
こんな状況の中で女の子に無茶なことを要求できる男が居たら見てみたいものである。
少なくともオレには出来ない。
【なんじゃ、わらわたちが居なければ人倫の道にもとるようなことを要求するつもりじゃったのか?】
……まぁ確かにちょっと想像しただけで、元々そんなつもりはなかったけどもさ。
「えーっと…そんな感じなんで礼云々は気にしないで下さい。別にお礼目当てで助けたわけじゃないですし、咲弥のお姉さんなら身内同然っていうか…ホント当たり前にやっただけなんで、逆にそこまで言われたら照れちゃいますよ」
「ですがそれ以前に……」
「伊達のことを言っているんなら、それこそお門違いです。オレは自分の意志であいつに敵対しました。切っ掛けと理由は月音先輩でしたけど、全部わかった上……かどうかは微妙なところもありますけど、それでも覚悟した上でああなってしまったんです。
悔しいですし今思えばもっとやりようはあったと思いますけど過ぎたことです。
喩え聖奈さんが癒してくれなくても、あの場では色々非道いことはされたでしょうし。どっちみち拷問されたであろうことに変わらないんだから聖奈さんに罪なんてありませんよ」
あれは自らの選択の結果のこと。
だからその結果と責任は他でもないオレだけのものだ。
聖奈さんには悪いけど、彼女に責任を渡したりはしない。
「………咲弥の言っていた通りですね」
完全に言い切ったオレに対して、彼女は困ったように小さく笑う。
「不器用で、頑固で、ところどころお茶目で…それでいて優しい」
そんな風に言ってたのか…微妙に照れるぜ。
思わず咲弥を見ると、あっちもバツが悪かったのかぷぃと顔を逸らした。
「……わかりました。今はあなたのその言葉に甘えることにします。
ですが、もし何かわたしの出来ることでお役に立てることがありましたら遠慮なく仰って下さい」
お、正直これは有り難いかも。
なにせ相手は“上位者”の中でも癒しの術に長けた人物だ。自分のことに関しては、鬼の再生能力があるから不自由していないものの、目の前で死にかけている人がいて治癒が必要になるタイミングだって出てくるだろう。
そのために回復の術を学ぶのには格好の相手である。
「あ、なんならデートとかでもいいですよ。さっき充くんはおねーさんにえっちなこととか、無茶なこととか要求しなかったので、ポイントさらに高くなりましたから」
「…ッ!?」
「お姉ちゃんッ!!」
うわ、爆弾投下してきたよ、この人!?
っていうか何気に試されてたのね……危なかった。
【勿論、礼は礼として力を尽くす心づもりではあったのじゃろうが、あまり無茶なことを要求しておったなら当然それなりの人物じゃと見做されておったのは間違いなかろうよ】
……やっぱ女の人って怖いわ。
勝てる気がせん。
「聖奈さん、充さんをあまりからかってはいけませんよ」
「いえ、割と本音です。それにこの子、とっても素直に顔に出るから一緒に居て楽しいのではないかと思いまして」
「充さん……真に受けちゃダメ、ですからね?」
「や、やだなぁ。と、当然じゃないですか、月音先輩。ははは……」
駄目だ。
紛うこと無く校内トップの美人である月音先輩に、綺麗な人形みたいな可愛い系の聖奈さん、そしてちょっとマイペース娘な不思議系美少女の咲弥。
傍目から見たら、ジョーあたりに泣いて悔しがられそうだけども、イケメン度が足りないオレには、こんな美人さんたちの会話ゾーンに耐えきれない。
せめて出雲の半分くらいはイケメン度があれば……ッ。
【阿呆なことを言うておるでない。そもそもこの娘たちはこの場にいるのがおぬしだからこそ、今こうして胸襟を開いて喋っておるのじゃろう。
これが出雲であればもっと余所余所しい話しかできなかったであろうよ。
あまり過信されるのは困るが、おぬしは自己評価が低すぎる…もう少し自信をもったらどうじゃ】
うーん…?
そんなもんなんだろうか。
【……ふむ、まぁ幼馴染ということで比較されることも多かったであろうから、長年のコンプレックスはそう簡単に解消はできぬか】
そう言われても自覚はないんでなんとも。
ひとまずこの美女ゾーンから戦略撤退をするためにも、サクっと用件を済まさねば!!
ああ、でもせっかく月音先輩以外にも美人がいるんだし声かけてみようかな。この面子ならジョーの奴、泣いて喜びそうだし。
「ところで、咲弥。メール見たけど、神社のほうは予定通り落ち着きそう?」
「ん。週末でひと段落。もうちょっとだけ来週も雑事あるけど、夏休みまでには目途がつく、はず」
「そっか。ちょっと茨木童子に関してはこっちから報告しないといけないこともあるし、落ち着いたらちょっと神主さんも交えて話せる機会は作れそうか?」
どの程度まで話を聞いているかわからないけど、オレが茨木童子を連れて行ってるわけだから、直接詳細を説明して念のため許可をもらっとく責任があるよなぁ。
「大丈夫」
「はい、父も技を磨いて待っていると思いますよ?」
「……なんで?」
「うち、神主業しつつ、古流柔術の道場もしてる」
「そこじゃないから! なんで戦う気満々なのかって話だから!」
いや、確かに前に咲弥が実家が古流柔術やってるとか言ってた気はするけども!
思わずツッコんだオレの言葉に応えたのは姉の方。
「? 咲弥とお付き合いの許可を貰いにいくのでしょう?」
「なんでそうなるの!?」
っていうか話聞いてましたか、聖奈さん!?
「……咲弥でなければ、もしかしてわたしとでしょうか? いけません、咲弥に悪いです」
「話が通じてないぃぃッ!?」
「聖奈は基本的には真面目な娘なんですけれど……はい、お茶をどうぞ」
「あ、ども」
とりあえず咲弥のお姉さんに凄く真面目な面以外に、年下をからかって楽しむ面があるのは理解した。親衛隊的なファンがいるとか前に紹介DVDに出てたけど、実物と会ってみるとちょっとイメージが違うな。
「話を戻すけども、ちょっと用があって生徒会室に来たんだよ。で、その用件が絡んでいるから忙しいかどうか聞いたんだ」
もらった冷たいお茶をコクリと一口飲んで落ち着いてから、
「実はジョー…オレのクラスメイトに丸塚丈一っていう奴がいまして。咲弥とは同じ部だから友人なんですけど、そいつの親戚の家が海の家と宿泊所をやっているそうなんです。
で、来週末あたり人手が足りないからバイトがてら二泊三日くらいで海に行こうって話が出たんですよ。ただ今のところ参加者が少ないんであと2,3人声かけようということで、月音先輩ももし興味があればどうかな、と誘いに来た次第です」
「まぁ」
ぽん、と手を打った月音先輩は興味深そうにしている。
これはもしかして大丈夫そうかな?
ドキドキしていると
「家族に聞いてみないとわかりませんけれど……よければ是非、充さんと海に行ってみたいです」
まるで遠足前の子供のような、大人びた月音先輩にしては珍しい年相応の無邪気な笑顔を見せてくれた。
「これは手強いライバル登場かしら。咲弥も頑張らないと」
「………う、うん」
なんでそこで姉妹はヒソヒソ話をしているんだろうか。
「咲弥のほうも誘おうかと思ったんだけど、忙しそうだったからさ。もし良かったら一緒に行く? 聖奈さんも可能であれば是非」
「ん、行く!」
「あら…、お誘いに甘えようかしら」
おし、これで3人綺麗どころが増えた!
でも随分とあっさり了承したな……というかこの二人は家族に確認、とか言わないし。
【おぬし忘れておるじゃろう、この者たちは“主人公”じゃぞ。
参加したい楽しそうなイベントがあれば、不自然さのない範囲でそこに行けるように周囲の事情のほうが譲ってくれる立場じゃ】
なんというご都合主義!
とはいえオレにとってプラスなご都合主義なら大歓迎だ。
ひとまず時給や集合場所など簡単に打ち合わせをし、聖奈さんや月音先輩と携帯アドレスを交換。
これにて今日のオレのミッションはコンプリートされたのだった。




