192.いきなりin生徒会室
投稿時に操作を誤って本文消してしまい、連続投稿が途切れてしまいました…申し訳ない。
終礼のチャイムが鳴り響く。
一日の授業が終わったと同時に、張りつめていた教室内に緊張感が解け喧騒に包まれる。さながら夏の陽気が乗り移ったかのように皆テンションは高い。
「終わったぁ~ぁ……ぁ」
自分でも驚くほど気の抜けた声を出しながら、どたりと机の上に突っ伏す。ようやく筋肉痛の抜けた体も今は脱力してぐったりとしていた。
腕時計を確認すれば7月ももう12日。
金曜日であることを考えれば他のみんなのテンションの高さもわからないではない。
一週間の授業が終わり週末の連休がやってくるのだから。
鬼首大祭から5日。
体を包んでいた疲労感もすっかり無くなり、ようやく平穏な日常に戻ってこれた感じだ。
「なんやなんや、随分とテンション低いやないか、ミッキー」
「………疲れてるんだよ」
他のクラスメイトと同じテンションで話しかけてきたのは友人のジョー。
いや、こいつはいつも通りと言うべきか。
「おっさん化しとる!? 夏本番なんやで! サンバとか踊ったりしてもおかしくないところを、ミッキーが鼠王国のパレードに参加も出来んほどヘタっとるやなんて!?」
「………ごめん、ツッコむ元気もないわ」
「なんやて!? ツッコみすら放棄やなんて!? あの日一緒にインターナショナルお笑い界の星になろうと誓い、お笑い養成ギプスを開発したはずのミッキーはどこにいったんや!?」
「ギプスでお笑い養成とかわけわからんし、そもそもインターナショナルお笑いって……ッ!?
いやいやいや、とりあえず他のツッコミは置いとくとして、そもそもそんな誓いいつしたんだよ!?」
うぐぐ……不覚。
適当にスルーするつもりが反射的に反応してしまった。
「ん-…明日?」
「しかも未来だしッ!?」
未来の話にされると否定したいのに微妙に否定しきれない感じがいやらしいな。
一応言っておくと明日だってそんな誓いをするつもりはないし、そもそも明日は休みだから会わんだろとか、ツッコミどころは多いんだけども。
「冗談は置いとくとしても……夏やで! 夏! 来週だけ乗り越えたらついに夏休みやないかッ!
学生にとって夏休み以上の楽しみがある言うんか?」
「………冬休み?」
「く、お正月を持ってくるとは中々やりおる。
確かにお年玉とか待ち遠しいから異論はないが、冬休み以外で!」
「春休み…?」
「一年が終わって晴れて進級、宿題もないし陽気もええから絶好のデート日和やな! せやけども! とりあえず夏休みが一番言うことにしといて!」
お、珍しく勝利。
ジョーはがっくしとオーバーアクションで肩を落とす。
夏休み…夏休みかぁ…。
目先のことばっかりですっかり忘れていたけども、そういえば今日は12日、来週の金曜日が19日。確か翌日の20日から夏休みだったはずだ。
【そういえば、おぬし、水鈴嬢と何やら約束しておらなんだか?】
「おぉ、海!」
思わずガタ!と椅子から立ち上がる。
あんまりいきなり立ち上がったものだから、クラスメイトの数人が吃驚してこっちを見た。
視線が痛いのでいそいそと座り直し、
「あー、よかった。水鈴から話聞いとるはずやのに、全然夏休みについて食いついてこぉへんからどないなっとんのかと思たわ」
「色々あったんだよ……色々」
主に切ったり張ったり、鬼退治からの陰陽師とのバトルまで。
確かに鬼首神社について郷土史とか調べに緑横丁図書館に行った際、水鈴ちゃんと親戚のおじさんがやってる海の家の手伝いついでにみんなで遊びに行こう的な話をした。
オレとしたことが、女の子との約束を忘れるなんて…ッ!?
モテ男への途は遠いぜ…! だが! 諦めない!
「お~い、ミッキ~。なんで突然拳握ってやる気になっとるんや~」
【言うてやるな……】
ジョーには聞こえていないとわかっていても、エッセは思わず一言フォローしている。
「夏休みってことは聞いてたけど、日程のほう決まったら水鈴ちゃんのほうから教えてもらうって、話だったからさ。詳しい話までは知らないよ」
「さよか。場所は入道海岸やねん。最寄駅の東入道駅まで行ったら、おじさんが迎えの車出してくれるようになっとる」
入道海岸……何かフラグっぽい名前に思えてくるのは気のせいだろうか。
【一応言うておくと、入道とは妖以外にも悟りを開いた、とか仏門に入った、という意味もあるぞ?】
へー、エッセよく知ってるなぁ。
「で、肝心の日付なんやけど、実はもう海開きは済んどんねん。7月1日やったかな。
そのへんからおじさんとバイト一人で回しとるんやけど、学校が夏休みに入る時期から家族連れとかどっと増えるらしくてな。例年は7月の夏休み開始からバイトを2、3人増やしとるんや」
「へー」
「…なんやけど、今年はテレビ番組かなんかでそこの海岸が特集されたらしゅうてな、地元で宿もやっとるそっちのほうも予約多くて、そっちにもバイトを回したいらしい。
せやから人数的には最低5、6人欲しいみたいやな。7月の終わりは比較的大学生のバイトとか手配出来たみたいやから、とりあえず出来たら夏休み入って早々、20日くらいから二泊三日くらいでどうでしょうかお願いできませんでしょうか」
まぁ確かに急だけども。
というかなぜ最後がいきなり敬語に……ってまさか。
「小銭稼いでるな?」
「ははは、ミッキーは面白いなぁ。バイトの斡旋料とかもろてませんよ? もろててももろてません言うますよ?」
「やれやれ……大判焼き一個な」
「……ミッキーはええ子やなぁ」
バイト代がちゃんと出るんなら別に問題はない。
それに外泊と言ったって、行っていいか確認する家族も……いないし、ね。
【………すまぬな】
あ、いやいやいや! 別にエッセを責めるつもりはないんだ。
ちょっと思い出してほろりとしただけだから。
「で、ひとつ問題があるんや」
「へ?」
まだ何かあるんだろうか。
ああ、さっき5、6人欲しい言うとったからオレとジョーと水鈴で3人。
数が足りていない、ということなんだろうか。
「人数のこと?」
「ちゃうねん、いや違わへんかもしれんけど…もっと大事なことや! これがのうなったら夏休みを謳歌することすらでけへんかもしれんちゅうても過言ではあらへん。否、これを失ってしもたら生きてる意味そのものがあらへんのではないかと!!」
スケールがデカそうな話になってきたな。
ドヤ顔でジョーは続ける。
「綺麗どころがおらんねん!! 綺麗どころ! こういうの頼めるくらいの知り合いとかみんな男ばっかりやし!! ムサいねん!? 夏の海でムキムキマッチョ会合は嫌やねん!?」
「てぃ」
「ぎゃふぅっ!? 何すんねん!?」
「いや、水鈴ちゃんがいたらどういう反応するからなぁ、と思ったらつい…?」
逆水平チョップに悶絶するジョーを尻目に、
「まぁ女の子誘えと言われれば心当たりが無くはないけど……」
とは言ってもオレの交友関係もそんなに広いわけじゃない。誘えるくらいの相手は月音先輩、咲弥、綾(当然この場合は出雲も誘う)くらいだ。知り合いの美女っていう意味では“魔女”さんもいるけど、さすがのあの人に接客業させようと思うほど無謀じゃないし。
「頼むわ。一応咲弥にも声かけたんやけど、なんや今家のほうめっちゃ忙しいみたいでな。部活のほうも今週は来れへんみたいやし」
悪い。
その忙しさの一因はオレです、はい。
全部オレのせいとは言わないけど、鬼首神社が原型留めないほど盛大にやっちゃった張本人の一人としてはちょっと申し訳ない。
確かにまだあれから一度も会ってないし、一度事後処理とかで話さないといけないよな。メールしたところ、一般の人から目につくところは“修復屋”総出で頑張ってもらったこともあり一通り月曜日中には直ったそうだ。
ただご神体が居なくなったり、直し切れていない場所があったり、色々な事後処理がある関係で今週はいっぱいいっぱいだそうな。来週は少し余裕が出来る、という話だったんで話はそのときかな。
「って話なんだけど、そっちはどう?」
部活にいくために教科書を鞄に詰めていた出雲と綾、近くにいたその二人に声をかける。
「面白そうなんだが……インターハイが近いから泊りがけは無理だな」
「あー、そういや8月頭だったか。頑張れよ、応援には行くから」
確かに部活やってる人は夏の大会って一大イベントだったな。おまけに今の剣道部では出雲は3人目のポイントゲッターである。
一年ながらの抜擢でもあるから、直前の稽古をサボるわけにはいかない。
「そうなると綾もダメだし、中々人数厳しくなってきたなぁ」
「? 私まだ何も言ってないよ?」
「いや、常識的にさ、彼氏いるのに彼女の方だけ誘うのってNGでしょ」
「別に構わないぞ?」
うわ、このイケメン笑顔で言い切った。
「これが一対一のデートで知らない相手と海に行くというのなら話はまったく違うんだろうが……大人数で、しかもジョーの親戚の方のところに泊まるわけだろう?
おまけに充もいる。心配することってあるか?」
「と、彼氏が言ってくれています」
くそう。
この二人、ツーカー過ぎる。
確かに綾にどうこうしようというつもりもないし、逆に変な男が寄ってくるよう気を配るけど。
【……内心、ちょっと喜んでるじゃろ】
そ、そりゃあ幼馴染だしね!
「人数に困っとるんは本当やし、有り難く頼んだらええやん。なんやったら俺がちゃーんと悪い虫つかんように綾ちゃんをガードしまくるし。ミッキーから」
「なんで悪い虫扱いよ!?」
「おじさんとこの宿の従業員部屋貸してもらえるからちゃんと男女別やし、水鈴もおるから寂しくない! 温泉もついとる! さぁ後はミッキーが我慢するだけや!」
「悪い虫扱い否定する気ねぇな!?」
なにか釈然としないが、あと残ってるのは月音先輩だけだな。
思い返せば伊達に付きまとわれまくってたから、友人とどこかに遊びに行くとかしたこともないだろうし、誘うくらいなら気分を害することもないだろう。
「出雲と綾の問題だからそれでいいならいいんだけどさ……んじゃ、別の知り合いに声かけてみるわ」
「頼むで、ミッキー! ああ、今日のミッキーはなんや頼り甲斐が違うのはなんでやろう……輝いて見える。そう、エレクトリカルパレードやったんや!?」
「パレードネタまだ引っ張ってたんかい!?」
おまけに、外からの日差しがオレの後ろに見えるようにわざわざ移動してまで言うことかと。
激しくツッコミを入れてから一路生徒会室へ。
部活棟に辿り着いて階段を上がっていくと、初めて月音先輩と出会ったときを思い出して感慨深くなる。
そもそもあのときの出来事が無ければ、鬼首神社で殺されそうにもならなかったし、エッセと会うこともなかった。羅腕童子とも何の関係なかったろうし、鬼首大祭で歴史の授業に出てきそうな陰陽師と会うこともない。
今のオレがこうして在るのは全てあれが切っ掛けであったとも言える。
それがたったの二か月ちょっと前の話。
あまりの日々の密度の高さに我ながら苦笑するしかない。
生徒会室の扉の前までやってきた。
特にどこか見回りをしているのでなければ、多分ここにいるはずだ。
そう思いノックする。
コンコン。
「はい」
よかった、すれ違いにはならなかったようだ。
聞き覚えのある先輩の声に、
「一年の三木充です。入ってもよろしいでしょうか?」
ガタガタッ!!?
中で何か騒々しい音がした。
まるで誰かが大慌てでもしているかのような。
「もしかして取り込み中ですか? よければ出直しますが」
「ふふ……気にしないで大丈夫ですよ、入って下さい」
? 返ってきた月音先輩の口調は別段慌てている雰囲気はない。
首を傾げつつも引き戸に手をかけて扉を引く。
ガララ。
以前にも一度来た生徒会室。
前に伊達に呼び出されて来たときと置いてあるものは変わらない。
だがそこにいた人物を目にしたとき、思わず驚いてしまった。
「ごきげんよう」
穏やかに微笑んで出迎えてくれたのは生徒会長こと月音先輩。
金髪を優雅に揺らしながらのその笑みは、以前伊達に付きまとわれていた時のどこか憂いのあった表情とは違い、柔らかく親しみが感じられ思わずドキリとしてしまう。
「や」
月音先輩とは長机を挟んだ反対側に座っていたのは咲弥。
ちょっと疲れてはいるみたいだけど、初めてパーティーを組んだ際に待ち合わせをしたときのようにのんびりと片手をあげて挨拶してくれていた。
「こ、こんにちは」
そして室内にいた最後の一人。
オレが驚いた理由は咲弥がいたこともあるけれど、主にこの人がここに居たことだ。
以前二度ほど会っているが、一度目は魅了された状態で敵としてだったし、二度目は宴禍童子に結界を破られ倒れていたから意識がなかった。
そのいずれもが特殊な状況でこうしてちゃんと面を向かって話すのは初めてじゃないだろうか。
序列六位の上位者。
“慈なる巫”の二つ名を持つ主人公
―――天小園聖奈
さっき大慌てしたのはもしかするとこの人だったのだろう。
耳まで覆うようなふんわりとした黒髪ショートの彼女は、戸惑うようにオレに会釈した。




