190.祭囃子は最早遠く
充たちと別れた後、俺はすぐさま別働隊と合流した。
「お疲れ様、八束君」
「……で、結局繋がってたのは、どいつなんだ?」
さすがにいつまでも裸だと街中にも出られないので、差し出された服を着ながら佐伯さんに問う。
それに対しての問いは簡潔明瞭だった。
「やはり真野警視総監みたいだ」
「あー、やっぱあのおっさんかよ」
被害を出さないための鬼首神社を隔絶させる結界。
今確認していたのは茨木童子が復活すればすぐ発動させる予定だったその術が、かなり遅れたという事実に対して。
理由は単純で、妨害者がいたからに他ならない。
「間違いないね。そっちから連絡をもらってから、当日まで詳しい術式や布陣については部下には伝えていない。現地の警察は明らかにこっちの布陣を知っていて、職務質問その他で発動を遅らせてたから」
「日頃からボスについて色々言ってくれてるみてぇだしな。順当っちゃ順当か。ただ簡単に尻尾出し過ぎな気はするけどよ」
実際予想された事柄ではあった。
よもや安倍晴明が出てくるのは予想外だったものの、鬼の復活及び混乱を狙いそうな“逆上位者”側の手として妨害してくる可能性は考慮していたのだ。
何せ酒呑童子はともかく、俺はボスの指揮下、つまるところ国の側で働いている立場だ。隔離する結界が発動できないうちは全力を出すわけにはいかない。ただでさえ事前の榊さんとの戦いで山ひとつ吹っ飛ばして怒られたわけでもあるし。
妨害することによって茨木童子との戦いにハンデを負わせ消耗させる、それが目的だったのだろう。
わかっていたからこそ、榊さんにその旨を伝え序盤は上手く防御に徹したわけだ。
「実際、使い捨てなんでしょう。多分追求しても現場の暴走という形で逃げると思うよ。お偉方はそういう逃げは上手いから」
「むしろ報復恐れて、突然しょうもない病名で緊急入院するとか?」
「あり得そうな……どこぞの政治家も都合が悪くなるとそんなことやっていたから」
やれやれ。
ため息しか出ない。
しっかし縦割りの弊害ってやつかねぇ……仲間内で足引っ張ってどうするんだか。仲間は守るべき対象でこそあれ邪魔をしたりする相手じゃないだろ。
「ま、それでもボスなら、このカード上手く使うだろ。妨害されたことは事実なわけだし」
「布陣の打ち合わせを携帯でしろ、って言われたときはびっくりしたけどね」
「………むしろこのカード手に入れるために餌を撒いたんだから、ハメられたのは向こうでもあるな」
通常そういった打ち合わせを電話ではしない。
文書や人を介してではニュアンスや解釈の違いを生む可能性もあるし、間に人が入れば入るほど情報の洩れる可能性は高くなる。
俺とボスのあの儀式めいたやり取りも携帯電話ではなく普段は直接やっていたのだ。それが今回に限っては携帯電話で行われた。
結局のところ撒き餌。
その後日に続く布陣や結界の打ち合わせを携帯で行うことに対しての違和感を抱かせないために。
盗聴があることを前提でなければわざわざそんなことはしない。
おっと忘れてた。
「あ、ちなみに今回の黒幕は安倍晴明だった」
「……いや、そんなさらりと言われても!? 大陰みゃおうじじゃないか!?」
「噛んでる噛んでる。なんで念のため、うちに在籍してる陰陽師のほうも身辺調査しておいたほうがいいかもしれないぜ?」
…ん?
何か妙な感覚が。
ふと些細な違和感を覚えた近くの山へ目を向ける。
「……気のせいか」
「報告書をどう書いたものだろう……」
「佐伯さんなら出来るって!」
ばんばん!と激励の意味を込めて佐伯さんの背中を叩く。
「後で真野警視総監の個人情報ももらえる?」
「まさか………七代祟る勢いで何かするつもりじゃ」
「いやいやいや、六代くらいで済むレベルにしておくからさ」
「心臓に悪いから冗談でも言わないように!」
「ははは、悪かったって。ちょっと釘刺してくるだけだよ、あとはボスがやるだろうしよ」
笑って誤魔化して歩き出す。
さすがに疲れたし腹も減った。
休憩が必要だ。
「………強さは、どうでした?」
その背中に問いが投げかけられる。
まぁいきなりヤバそうな名前が出てきたから、その強さを知りたいのはわかる。
だから敢えて間違える。
「ああ、強かったよ、心も、体も。予想より」
「……やはり最強の陰陽師の称号は伊達では………」
「違う違う」
振り返ってにやり、と笑う。
心底思っているからこそ自然に言える。
「そいつよりも強い、俺の大事な弟分のことさ」
□ ■ □
充たちが鬼首神社を後にし、榊の用意した車で天城原市を出発した頃。
のんびりと下山する影があった。
やや小柄なひとりが先導する形で進み、その後に人影が続いていく。
「さてさて。さすがにあそこでハルちんがあっさり退いたのは驚いたけども。
とりあえず理解してもらえたかな? あ、ハルちんってのは晴明のことだからね」
先を行く者はその歩を緩めることなく続ける。
足場の悪い山道だということを感じさせない軽やかな足取り。
「アレが今の彼の立っているレベルさ」
彼、というのは他でもない。
エッセが選んだ契約者、つまり“逸脱した者”という立ち位置を与えられている三木充という少年。
先ほどまで彼らは鬼首神社を眺めることの出来る場所でそれを見ていたのだ。
もっとも今のところは常人でしかない同行者にとっては、先導しているその人物が術式で映像を拡大しなければやり取りの細部まで確かめることはできていなかっただろうけれども。
「これで僕が言ったことが嘘じゃないとわかってもらえたと思う。いや、別に疑っていることを責めたわけじゃないよ、そもそもいきなり現れた僕の言い分を一から十まで全部信じるようなお人好しじゃないことくらいはわかっていた上で声をかけているわけだし」
人影は足を止めることなく聞いている。
だが先ほどまで見た光景を理解するにはまだ少し時間が必要らしく、彼は考え込む素振りを見せている。
言葉の合間に下草を踏む音が響く。
人影は足を止めることなく先を促した。
まだ先導する人物の言いたいことが残っていることを察して。
「ご理解ありがとう。ところでなんで今、山の中を歩いているかわかるかい?
実際のところ時間は惜しい。彼のいる高さまで今から追いつこうというんなら、すぐにだって取り掛かって欲しいもの。なにせあれは疾走する亀……いや、本意と関係がないから坂道を転がり落ちる亀、かな。いくら兎だっておいそれと追いつけない。
こんな山から歩いて出るなんて風情はあっても雅であっても、時間の浪費に違いない。浪費こそが人生を楽しむ要素だと否定はしないまでも、ありていに言って意味が無い。
じゃあ、なぜそうしているのかと聞かれれば意味は無いけれど意義があるからさ」
ふぃ、と先導者が振り向く。
纏っているコートの裾から伸びる紐に繋がった複数の十字架がぶつかってかすかな音を立てた。
その中性的な顔立ちに浮かぶのは好奇心。
これから始まるであろう事柄に対する隠しようのない興味と予感。
「猶予だよ、猶予。
覚悟を決めるための猶予。時間。長考するのであれば最後の期間。
こう見えて中々我慢強いんだよ、僕……え? うん。ゴメン、嘘ついた。単純に仕込みをするときに念入りなだけだよ。そのほうが出来上がりがグンとよくならからね。
内心は焦りまくりでハラハラドキドキ。
彼女が三木充を“逸脱した者”として見出してからというもの、根暗で引きこもってる“東”、生真面目な仕事主義者の“西”がそれぞれ相手を見つけて“逸脱した者”を生み出しているし、放浪好きでいつもは何処にいるかさっぱりな“南”までがこんな島国くんだりまで来て“逸脱した者”を手にした。
まさに驚異の参戦率に思わず僕も参加しちゃったほどさ!
それぞれがそれぞれの解釈の違いを込めて対象者を絞っているあたりは、彼女の影響なんだろうね。可能性は出来るだけ多くあったほうが何をするにも確実だ。蠱毒というのであれば毒を持っているという共通項さえあるなら違う種類の方が効果が高い。
ん? ああ、“南”の“逸脱した者”はよく知っている人物だよ。ほら、月音・ブリュンヒルデ・フォン・アーベントロート。
あれはあれで面白い因果の結晶だし、能力的にも充君とぶつかるのが楽しみで楽しみで。あ、なんかトキめいてきちゃった」
人影は足を止めて驚いた。
知っている人物がさらに“逸脱した者”になっているというのだ。それも仕方あるまい。
緩い風が吹き頬を撫でていく。
人影は足を止めて目を見開いたまま小さく呻いた。
だが今はその想いを吐露する場ではないと自覚している。
「話を戻すよ? 猶予はこの山を降りるまで。だからそれまでに決めて欲しい。
この“北”の玩具になって“逸脱した者”になるかどうかを」
“北”は笑う。
そもそも結果に拘泥するつもりがさらさらない。
他の連中はそれぞれの見方に従い少しずつ方向性の違う者を候補にすることによって、エッセの宿願を達成できる可能性を高めようとしているが、そんなことは知ったことじゃあない。
行いたいのはただひとつ。
彼女と同じこと。
もし方向性を変えるとするのなら、それは面白おかしくなる方向に、だ。
話を続けながら再び足を動かす。
「もうすぐ麓だね。覚悟はどうかな?
前にも言ったけれど、僕が選ぶ基本的な条件はただひとつ。彼女が選んだ充君と同じ一般NPCであるかこと。その上で面白く引っ掻き回してくれそうな人材だったから、さ。
単純明快この上ないだろう?」
人影は歩みを続けながら沈黙する。
今、“北”が言った事実を実感するために、頭の中で反芻するかのように。
麓に近づくにつれ、これまでの獣道のようなものとは違う山道に出る。
人影は歩みを続けながら歯噛みする。
自らが単なる一般NPCであって、居ても居なくても世界と関係ない存在だったのだという残酷な事実に対して。
話は単純。
ある日声をかけてきた、この“北”と名乗る者の言を信じ覚悟を決めるか、それとも全てを忘れて世界の真実に目を背け、知らないフリをして生きていくのか。
どちらにしても大差はないのかもしれないが。
やがて麓に出る。
初夏の日差しがあたりを包む住宅街の入り口。
そこで得られる答えをすでに“北”は知っていたし、実際のところそれは予想通りだった。
人影は立ち止まり頷く。
明確な肯定。
人影は立ち止まり、その眼差しを“北”に向ける。
なぜなら理由があるのだから。
最初の“逸脱した者”―――三木充。
その存在が“逸脱した者”であるのであれば、受けざるを得ない。そんな相手だからこそ、“北”が候補者として見定めわざわざ鬼首大祭まで連れまわしたのだ。
あくまで覚悟云々は戯れでしかない。
本人が言っていたように確かに時間は有限で貴重だが、三木充の成長速度を以ってしても尚追いつくことは可能、そう思える人選なのだから。
「確かに覚悟を確認した。
さぁちょっとそこの物陰に行こうか。時間は取らせないよ、少しばかり本質を覗かせてもらうだけ。
そうしないと“魂源”を呼び起こすことが出来ないからね。
ふふふ、痛くしないから任せてごらん?」
ゆっくりと候補者へその手を伸ばしかけて、突然“北”はその動きを止めた。何か聞き耳を立てているかのように静かに佇む。
そのままほんの数秒ほど経過すると、今度は困ったように笑った。
「おっとっと! 会議の招集か。ちょっと時間が押してきちゃった。
まったくこんな多忙な僕なのに、仕事を増やすだなんてハルちんも中々意地悪なもんだよ。でも面白そうな提案もしてくれそうだし、それはそれで面白いだろうな」
まったく誰も彼も。
どうしてこんなに面白くしてくれるんだろう。
この世界はまるで玩具箱。
「ゴメンゴメン。何の話かわからないよね。
ひとまず今日のところは送るから帰って学校にでも行きなよ。眠くてもちゃんと朝ご飯を食べて授業を受けるように!
ちゃんと時間が出来たら“魂源”を顕現させる手助けはしてあげるから安心して大丈夫。ああ、勿論その後に時期を見計らって“逸脱した者”の先輩にも挨拶させる機会を設けるよ。
ほら、日本は礼儀の国だからね! 僕はこの国の人間じゃないけれど、郷に入りては郷に従えの精神もきちんと理解しているよ?」
伸ばした手を横に一振り。
ただそれだけの動作の後、目の前にいた候補者であった人影は消える。
残されたのは未だ“逸脱した者”を参戦させていない管理者のみ。
「ふふふ…愉しいなぁ~~ッ」
“北”は笑う。
どれだけ時間が経とうとも、どれほど発達しようとも、世界はいくらでも面白く滅茶苦茶になる方法を残している。まるで奇跡のように。
こんなに楽しく面白く愉快なんだから、もっと彼女も楽しめばいいのに。
なんとか鬼首大祭編、終了です。
途中更新できない期間を経て一年以上かかってしまいましたが、なんとかまとめられて一安心です。
鬼首大祭編について充君たちの反省会その他は次編にて。
ようやく海です!(ぇ)




