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VS.主人公!(旧)  作者: 阿漣
Ver.3.03 悪鬼と羅刹
180/252

178.鬼界(3)

残酷な描写があります。

苦手な方はご注意下さい。

 ざざ……ッ。


 疫雷鬼が倒された瞬間、一瞬ノイズが走り風景が一新される。

 そこは別の山の中。

 奥木村が見えるので、村の近くなのだろう。

 見知った子供が歩いているのが見える。


 公岑である。

 彼はいつもの通り早朝から友人と山菜を取りに出ていたようだ。


「今日はいっぱい採れそうだね」

「うん」


 友人といっても以前話に出ていた馬手売ちゃんという子である。友人とはいうものの、このままいけば結婚するんじゃないかというくらいの仲良しさんだ。実際小さな村の中ではあるし、そうなる可能性は結構あるんじゃないかな?


 く、こいつめ。

 オレよりも先を行っているとは……おそるべし。

 幼馴染にフラれたことのあるオレとしては結構負けてる感じである。


 まぁそれはさておき。

 この時代の子供は当然ながら立派な労働力である。

 学校というようなものもないので、農業を手伝ったり山菜を採ったりして親を助けるのだ。

 日本は割と昔から識字率高かったとかいう話もあるけど、さすがにこれくらい昔だとそうでもないのだろう。

 もっとも村の中で有力な百姓になっている人や荘園を任されている鳥彦くらいになってくると、付き合いの中で文字を見たりすることもあるので、毛が生えた程度には学力があったりする。

 村の中では一番文字を使えるのが公長であるが、これは都にいたということで例外というべきなんだろうね。


 傍から見ていても感心するくらいの手際で二人は山菜を確保していく。

 ある程度ポイントがあるんだろう。

 巡回するようにチェックしていきつつも、途中ちらちらと視界を色々な方向に向け警戒しながら新しい山菜ポイントがないか探していた。今時、というか現代の子供だったら面倒くさいとか疲れたとか言いそうなものだけどもなぁ。

 こっそりと持っている篭の中を覗くと、オレも知っているようなよもぎといったものまである。

 ……わからないものが大半だけどな!

 むしろよもぎ以外全部わかりませんです、ハイ。

 オレみたいなシティボーイには山でサバイバルは敷居が高いようだ。


 時計はないので太陽の高さでしかわからないんだけども、なんとなくお昼前あたりくらいの時間で二人は引き返し始めた。周囲を色々と見て回りながらの行きと違って、周囲を少し警戒はしているもののサクサクと進んでいく。


 元より見えている距離ということもあり、すぐに奥木村に戻れる。

 あとは家に戻り広いところで種類別に分け、量が多ければちょっとだけ村にお裾分けをしたりする。冷蔵庫のような保存用具もないので、多く手に入ったときに村で分ければ次に他の人が多く食べ物を得たときに分けてもらえる、という風に食材を無駄にしないようになっていた。


 と、村に戻った二人の前に見知った人物が現れる。


「……鳥彦…ッ」


 この前の本心を聞いていたため警戒心を露わにするオレだが、その言葉が聞こえるはずもなく。鳥彦は気易い感じで声をかけてきた。


「今日も山菜採りか?」

「はい」

「お前たちは結構量取ってくるからなぁ…。どれくらいとれたんだ?」


 奴がちょいちょいと手招きするのに応じるように近づき、それぞれ手に持っている篭を見せている。傍から見ているだけしかないってのもドキドキもんだな……。

 別段それを奪おうとかそういうつもりもないようで、がさがさと山菜の種類を確認するように軽く手でかき混ぜるとすぐに鳥彦は離れた。


「今日は随分大量じゃねぇか…それだけ取れりゃ一人前の仕事だな」


 そのまま満足げにその場を後にしていく。

 ……村の有力者として次代の働きをチェックしただけ、なのか???


 疑心暗鬼になっているオレとは違い、公岑たち二人にとっては別段どうということもなかったのだろう。特に気にした風もなく篭を持って家の近くまで戻っていく。

 そこで今日収穫した山菜を種類別に分け始めた。

 その作業が終わるとそれぞれ自分のところ用に山菜を取り分けて作業終了。

 馬手売と分かれて公岑は一度帰宅、その上で山菜をいくらか篭に入れ外に出ていく。どうやらお裾分けにいくつもりだったらしく、村長の家へと向かっていく。


「……? なんだろう?」


 日暮れの近くなった村長の家の近くで、村長と大人たち数人が何やら焦った感じで喋っている。公岑にはよくわからないようだったが、どうやら村で狩りをしている人が無くなったらしい。

 死因は不明。

 特に外傷もなく朝冷たくなっていた、ということらしい。

 おそらくは森で疫雷鬼を見つけた狩人ではないだろうかと推測する。

 あの森であれだけ動物が死んでいたのだ。人間であろうとも感染する可能性は十分ある。

 公長の知識を見れるオレは、この手のものは鬼が死ねば広がる力を失うということを知っている。今回の疫病も呪いのような類に準じるものであるのなら、こちらの日付で明日になれば疫雷鬼が倒され疫病の広がりは無くなる。

 すでにかかっている人間についてはその者の抵抗力次第、ということになるのだが。

 何もできないオレとしては出来るだけ広がらないことを祈るばかりなんだけど……頭のどこか冷静な部分が告げていた。


 ここが羅腕童子の世界であるのなら、ハッピーエンドでめでたしめでたし、となるはずがないのだと。


 公岑が村長に山菜の入った篭を見せ、中身を渡している。

 村長はそれを見て礼を言い、すぐに大人たちとの話に戻っていった。


「―――つけたのは、鳥彦さんで……」

「原因が何なのかも―――」

「……万が一に備えて受領様に報告を―――」


 確かに子供にするような話でもないな…。

 そのへんは公岑も弁えているのかそそくさと立ち去っていく。 



 □ ■ □



 翌日、外は生憎の曇空。

 だが村は一種異様な雰囲気に包まれていた。

 空気がおかしい。

 長閑な村の雰囲気ではないことに幼い公岑も気づいた。だがなんとなく気づいただけで理由についてはよくわからない。

 不安になりつつも、いつも頼りになる父親もいない。

 仕方なくとりあえず村長の家に向かっていった。


 村長はいた。

 だが一人ではなかった。

 村の広場にほぼ全部と思しき村人たちと共に。

 広場には3人ほどの男女が紐のようなもので縛られて座らされている。

 いずれも奥木村の人間で返り血に塗れている。他に共通していることと言えば怪しい目つきで何事かをぶつぶつと言っていることぐらいか。


「………ッ」


 当然公岑も顔見知りだった。

 座らされている3人を見る周囲の村人の目は厳しい。

 その空気に彼は覚えがあった。


 奥木村は長閑な村だ。

 村人同士が助け合っている。

 正確には助け合わねば皆が無事に生きていくことが難しいからなのだが。

 いわば身内同士ではまずないが、時折外から来た人間などが盗みや暴行など罪をおかすことがあった。その際は村人で捕まえどうするかを決めるのだ。


 この雰囲気はそれと同じ。

 謂わば断罪の場。

 だからこそ少年は信じられない。

 あれだけ普段仲の良い村人が村人を害するなど。


「………この者たちは、村の者を殺めた。恐ろしいことである」


 動揺を必死に抑えている様子で村長が告げる。


「同じ村の者同士助け合わねば生きてはいかれん。その中にあって村の者を殺すなど、侵してはならない大罪である」


 無論戸惑いは村人たちとて同様だった。

 だからこそ彼らは村長が言葉発するのを固唾を飲んで見守っているのだ。


「しかも今は危急の時である。すでに聞いている者もあろう。

 現在村にはなぜかわからない死亡者が出ておる。昨日に1人、今朝も3人。

 病かもしれぬから受領様にはすでに連絡を取っておる。数日のうちに何らかの使いが来よう。大事だ。普段にも増して村人同士協力しなければならない。

 そのような時にこのようなことをしたのだから、なお罪は深い」


 ざわざわざわ……ッ。

 昨日の狩人の死亡はわかっていても、今朝の件は初耳だったのだろう。

 大半の村人たちがざわめく。


「だが必要以上に心配することはない。鳥彦によればもし今回のことが病によるものであれば、以前山を五つ超えた村で起こったものと似ていると言う。そのときは1、2日で病は落ち着いたらしい。

 騒ぎ立てずにしていれば何も心配することはないのだ」


 その言葉に人々がほっとしたのが目に見えてわかった。

 そしてそれは公岑も同じである。

 

「この者たちの処遇は今回の件が終わり次第、受領様に報告の上決める。それまでは縛り上げ閉じ込めておくように」


 村長の決定に従い村の若者が三人を引っ立てようとすると、凄い勢いで暴れ出しはじめた。男数人でようやく抑え込むとそのまま村の外れのほうへ引きずられていった。

 ……まるで獣だ、と公岑は思った。

 以前の彼らを知っているだけに、とても同じ人物とは思えなかった。


 ………?


 オレは視線を感じてそちらを向く。

 ざわざわとしながらも落ち着きを取り戻しつつある村人の中。

 鳥彦がただ一人、冷たく視線を向けてきていた。

 正確にはオレのすぐ傍にいる公岑を見ているようだ。


 ぞわり…ッ。


 その瞳の奥の光は形容しがたい異様さを放っていた。

 何度か覚えがある常人ならざる雰囲気。

 それが眼差しの奥底に静かに湛えられている。


 そのまま集まりは解散となった。

 それぞれ会話で紛らわそうとする者、不安のあまりなのか無言で静かに去っていく者など様々ではあるもののとりあえず村の日常へと戻っていく。

 問題の鳥彦も何かを確かめでもしているかのような視線を向けてきた後、何もせずに引き上げていった。


 村で起こった病、そして殺人。

 大きな事件ではあるものの、ただそれだけの話だ。

 鬼は死に病の広がりは収まる。

 必死にそう思い込もうとするオレを尻目に、世界は進んでいく。



 □ ■ □



 翌日。

 公岑は悲鳴で目が覚めた。


「…ッ!!?」


 寝ていた地面から体を起こし、きょろきょろと周囲を見る。

 少しして空耳だったのかと思い始めた頃、外から家の中に飛び込んで来る人影があった。

 いつも一緒にいる女の子―――馬手売だった。


「ど、どうしたの?」 


 突然のことに驚きつつも公岑は話しかけようとする。

 だが抱き着くようにその娘が懐に飛び込んできて固まった。


「え……?」


 熱い。

 ちょうど脇腹にあたる部分から発生した得体のしれない熱に戸惑う。

 脇腹の端。

 見ればそこに刺さっていた。

 馬手売の持っている小さな石の刃物が。


「~~~~~ッ!!!?」


 反射的に馬手売を突き飛ばす。

 どん!と柱に背中を打ちつけた女の子は何の痛痒も感じていないように、ゆっくりと起き上がった。


「……な、なんで…なんで……」


 洩れた問いに返答などありはしない。

 その瞳はぎょろりと見開かれ、がちがちがちと歯が不規則に打ち鳴らされている。

 見たことのない、明らかに正気ではないその有様。


 がちがちがちがち。


 あまりのことに少年は震えを止めることが出来ていない。

 それでも彼は立派だった。

 硬直したまま何も出来なくなってもおかしくないこの状況で、咄嗟に家を飛び出し外に出たのだから。

 辺りはまだ薄暗い。

 背後から聞こえる足音。

 追っ手が誰かなどわかりきっている。

 彼以外に家にいたのは一人だけなのだから。


「だ、誰か…ッ!!!」


 叫ぶ。

 だが誰も出てくる気配はない。

 ただ響くのは自分の息遣いと彼女の足音だけ。

 周囲を見れば明かりをつけているのか村の中心部のほうは明るく見えた。

 意味がわからないなりに、公岑は頼れる人―――すなわち村長を頼ろうと思ったのだろう。村の中心部のほうへと走っていく。

 刺された脇腹も―――刺さった位置が良かったのか、それとも刃物が小さすぎたのか、おそらくは両方だろう―――少し速度は落ちるものの、なんとか走るのに支障がない程度なのは幸運だった。


 走って、走って、走って。


 ようやく広場に到着する。

 そこで彼は見てしまった。

 

 昨日広場で解散した後、公岑はほぼ一日中家にいた。少し家の近くで薪をしてから竃の手入れや、山菜を入れる篭の補修をし昨日採ってきた山菜を食べてすぐに寝る、という至って普通の一日。

 だから知らない。

 その日、狩人と同じように外傷もなく突然死した者が5人、そして村人による殺人が4件起こったことを。

 そして今日。


 自分以外の村人が殺し殺され合っている光景。

 明かりを焚いていたわけではない。

 ごうごうと音を立てて建物が燃えていただけだったのだ。

 燃えていたのは村長の家。


 視界にあるのは血に塗れた村人たちの姿。

 そのいずれもが馬手売と同じように常軌を逸していた。


「ああ、おはよう。公岑」


 そこで変わらず言葉を投げかけてきた者がいた。


 鳥彦。


 その名を持つ男だけは、狂っている世界で唯一言葉の通じる存在。


「すまないなぁ。今日ここでお前さんには死んでもらうぞ」

「………え?」


 だがそれが幸いとは限らない。


「やっぱり選ばれた人間なんだろうなぁ…その選ばれた人間をコケにするような村は一度滅んだほうがいいんだ。特にその元凶の息子なんて殺さないわけにはいかない」


 オレは知っている。

 昨日見せたその瞳の奥に潜むものを。

 今、村人たちを突き動かしている衝動を。


 純然たる狂気。


 伊達先輩のものとは種類が違うが、それでも狂気は狂気だ。

 村人と鳥彦の違いについてはわからない。

 わかっているのは同じように狂気に取りつかれているということだけ。


「…………ッ」


 紅蓮の業火に彩られた中、狂気に踊らされている人々、そして向けられる殺意。

 ここにいてはいけない、と思い公岑は駆け出す。


 走る、走る、走る。


 だがなぜか徐々に足が痺れて来くる。

 村を出たあたりで腕まで痺れてきた。


「ああ、悪いなぁ」


 背後を振り返れば、燃える村を背に追ってきた人影が、嬲るかのように距離を取って佇む。


「一昨日の山菜の中に、毒草を混ぜておいたんだ。ようやく食ったと見えるな」


 嗤う。

 嗤う。

 嗤う。


「い、いやだよ……こ、こ、こんんなの……」


 ずり…ずり…ずり…っ。


 痺れる手足で必死に背後の狂気から逃げ惑う子供を嘲笑うかのように。

 狂気という病に侵された者たちは嗤い続ける。

 

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