16.序盤攻略の手引き
この物語はフィクションです。
実在する団体、個人とはいかなる関係もございません。
一応念のため。
【はじめまして、かの。龍ヶ谷出雲。
日本地域、第五位の上位者よ。
わらわはエッセ。昨夜因果の縁により充と結ばれた者じゃ】
目の前に現れた管理者は銀の髪を揺らして優雅に一礼した。
まるで実体をもっているようだけど、すこしだけ透明なので幻のように見えた。
さっき、本体はGMをしているとのことだったので、おそらく幻で間違ってはいないだろう。
……結ばれた、のあたりで微妙に誤解を招きそうな気がするけども。
ま、まぁエッセは美人なので別に、い、イヤじゃあないが。
【たわけめ。その思考といいさっきのやり取りといい、お主の頭の中はどうなっておるんじゃ。
もっと、こう相手との心理戦になるような慎重なやり取りが期待できるかと思っておったわらわの希望を返すがよい】
「う…って、さっき休眠するとか言ってたじゃんか!
隠れて見てるなんて酷いぞッ」
【わらわの望みを託す相手がどれくらいの対人技能をもっておるか、測るくらい当然であろう?
おかげで予想外に青春なやりとりを見て腹を抱えて笑わされてしまったではないか】
「うぐぐ…」
と、そこで呆気に取られている出雲を見た。
かといってこっちが冷静なわけでもない。
よもや実体化してくるとは思っていなかったので、慌て具合はオレも似たようなもんだ。
【実感が沸かぬなら、こう言おう。わらわはお主らの言うところのGMというやつじゃ】
「……ッ!?」
ざざ、と出雲が腰を浮かして間合いを取ろうとする。
が、残念。ここは室内。
入口の戸を背にしたところ以上に距離を開けることはできない。
扉を体当たりで割るくらいの勢いでいけばそうではないかもしれないが、オレが警戒していないこともありそこまでするつもりはないようだった。
【そう警戒するではない。
ひとまずお互い情報の共有といこうではないか】
その言葉にすこし警戒を緩めた出雲は元の座布団の位置に座り直した。
まずエッセからは昨夜の出来事についての説明。
具体的にはGMコールを受けて、死に掛けているオレと出会ったこと。自分の手伝いをしてもらう条件として命を助けたこと、などなどである。
無論その際も具体的に何の手伝いをしてもらうか、といった点は言及していなかった。とりあえず当面は重要NPCになる、というのが目的だと。
【こちらから言えるのはそんなところじゃな。
そのために充に色々と教えてやってほしい。なにせこやつは昨夜までなにひとつ知らなんだからの。主人公としての情報をいくつか教えてやってもらいたい】
「了解した。とはいっても何から説明したものか…」
「…うーん、そうだなぁ…」
今までの話から聞きたいことを考えてみる。
そういえば、出雲が来るまでの間に考えてたことがあったな。
「エッセからちょっと聞いたんだけどさ、ステータス画面ってどう出すの?」
「…なるほど。すこし待ってくれ」
ごそごそと出雲は制服の内ポケットから何かを取り出す。
「……って、スマートフォン?」
そう。
取り出したのは国内メーカーから出ているスマートフォンだった。
「基本的にはこいつで一括管理している。
昔は専用の機械端末にカードを通して印字してその都度見なくてはならなかったので不便だったが、これが出来てからは出先などですぐに確認できるようになったな」
「……そんな機能があったのか」
「ああ、元々こいつを開発したのはアメリカにいる主人公だからな。
今の機能はそもそもオマケのようなものだ」
うっそ、あの人って主人公だったのッ!?
驚きと共にそんな感情を抱きつつ、ニュースで見たことがあるだけのスマートフォンを開発した会社を思い浮かべた。
まぁ確かにあれだけ世界にインパクトを与えた人だから、納得といえば納得だけども。
「で、ステータスチェッカーって種類のアプリがあるから、それをダウンロードして使ってる。一般的に主人公が多く使ってるのはアウダークス社製の“ステータス・ボックス”だけど、俺はカンケル社の“オープン・ステータス”かな」
「…色々種類があるのはわかった」
「話を戻すと、それをダウンロードすると使用者のステータスを表示することができたり、カメラで取ったNPCとか物品のステータスを見ることも可能だ。
ただ魔物や重要NPC、特殊なアイテム、ステータスを公開してない他の主人公のデータについては看破とか鑑定系の技能が必要になることもある。」
「へー」
うーん、オレが未だに二つ折りの携帯しか持っていないうちに、それほど進歩していたのか。これは明日あたり是非ともスマートフォンに機種変更せねばなるまいッ!
…でも結構値段するんだよなぁ。
と、わくわくしているオレに出雲は申し訳なさそうに一言添える。
「でも残念ながら一般のNPCがこのアプリを使っても起動させることが出来ないんだ。
正確には起動はするけど画面に認識阻害がかかってるから、ただのインターネットの検索サイトの画面にしか見えないようになってる」
ちくしょー!
NPC差別反対だー!
確かに主人公がステータス画面見てるときに、後ろから一般の人が見てわかるようだと色々と面倒だっつーのはわかるけども、ワクワクしていた矢先だけの結構くやしい。
【わらわもステータスを見るくらいなら出来るが…充に見せてやることが出来ないのと、この実体化と同じで労力を使うので頻繁に出来ないのが難点じゃな】
どうやらさっきオレとの会話で実体化しなかったのは節約のためだったらしい。
打って変わって今回については、オレは一度エッセの姿を見てるけど、出雲は見てないから実体化したのかもな。声だけの存在ってのも胡散臭いし。
【一言余計じゃわい】
「ぎゃふん」
手刀が頭にヒットした。
どうやらこの幻、実際に触ることも可能らしい、すげー。
「エッセさんがステータスを見て伝える、って手もあるが消耗するっていうのなら、当面は俺が充をコイツで撮ってステータスをその都度教えるのがよさそうだな」
「悪いね」
ではせっかくなので早速撮ってもらうことにした。
おそらく無音設定にしてあるのだろう。
出雲のスマートフォンのカメラは音もなく静かにオレを撮った。そのまま表示されるデータを出雲が読み、紙に書いた。
「細かい項目まで全部読み上げるのは大変だから、主なところだけだぞ。こんなところだ」
三木 充
年齢:16
身長:168センチ
体重:62キロ
所有職:逸脱した者 Lv.0
技能:なし
「…………」
とりあえずこれは職業なのか、とツッコみたいが!
それ以前にレベル0ってなんなんだ!?
「……」
出雲も結構難しい顔をしている。
「と、とりあえず次は狩場について聞きたい」
イヤな沈黙が流れたので話題を変える。
【重要NPCにどうすればなれるかはわからぬが、一先ずは主人公がやっていることを真似てみるのが近道なのではないかという話になってな。
同時にわらわと契約した充はイレギュラーな存在じゃ。昨夜のように認識阻害が上手く機能せずに戦いの場に迷い込んでしまうような可能性もある。
そんなときでも自分で対処できるようにならねばなるまい。
その2つの理由から狩場で充が経験を積めるよう、そのあたりの情報がほしい、というワケじゃな。
ちなみに狩場自体の説明はしておるからな。具体的に適正な狩場を教えてもらえればよい】
いきなり話題が変わって戸惑う出雲だったが、エッセの説明で納得してくれたようだ。
ナイスな補足、さすがはエッセ。
「そうだな…さっきのステータスを見た限りだと、赤砂山の麓近辺がいいと思う。
俺も最初の頃はあそこから始めたからね。麓から登っていくと木に模様が書かれた地点が何箇所かあるから、そこまでが丁度いいはずだ。
逆にそこから先は飛躍的に敵の強さがあがるから、一度音無川に狩場を変えたほうがいい」
【狩場は基本的に主人公のためのものじゃからな。
充だけで入れるかどうかはわからぬし、最初は出雲に同伴してもらってはどうじゃ?】
「ああ、確かにそうだ。了解した」
エッセの提案にも出雲はあっさりと承諾した。
相変わらずイイ奴だ。
「今週だと平日と土曜日は部活だから、今度の日曜日ということで」
「早ッ!? 日曜日ってもう3日後じゃんっ!?」
なんという急展開。
あんまり深く考えなかったけど、狩場ってことはオンラインゲームの突撃鼠のときみたいに命かけて戦ったりするんだよな……。
今更ながら怖くなってきた。
「いきなり戦わせたりしないさ。その前にちょっとトレーニングメニュー作っておくから土曜日は時間あけておいてくれよ?
いざ日曜日に体が動かなくても困るからな」
「………ああ、のんびりダラダラ出来る日々よ、さようなら」
一体何をしろというんだろうか。
出雲はこと体を動かすことに関しては冗談が通じないからなぁ。
「そんな大したことはさせないよ。
そもそも赤砂山も麓近辺ならそれほど危険な奴は出ない場所だから」
「そうなのか」
「ああ。ただ長くなるので具体的な敵の話については、日曜日に道すがら話そう」
頭を過ぎるのは突撃鼠。
あれは結構危なかった…。
いや、あの四つ腕の鬼よりは随分マシだったけども。
なにせ動きがわかりやすいし、突撃力はあったけどそれでもまた鬼のほうが素早かった。
…そうだった。あの四つ腕の鬼のこと聞いてないや。
おそるおそる聞いてみる。
「………あの、四つ腕の鬼みたいなのは出てこないよな?」
「ああ、羅腕童子か。さすがにあんなゴツいのは出てこないよ」
どうやらあの鬼は羅腕童子というらしい。
確かに腕が凄かった。
「戦った体感だけど、羅腕童子の適正レベルは30くらいだな。
適正レベルというのはタイマン張ったときに五分になる確率と思ってもらえればいい。仲間とパーティーを組んで集団で戦う場合は人数にもよるけど、適正レベル+10前後の敵を狙う」
「…30~ッ!?」
一体30レベルってオレの何倍なんだ…。
………………あ、0にいくつかけても0か。
とりあえず遠い世界なのはわかった。
「……ちなみに出雲はレベルいくつなの?」
「俺か? 確か昨日の段階で36だったかな、ちょっと待て……ああ、間違いない」
スマートフォンを覗き込みながら事も無げにいう出雲。
親友のレベルはさらに遠い世界でした、はい。
「相性もあるから、一概にレベルで全てを測るってわけにもいかないけれど、な。武器によっては苦戦したり楽勝だったり、なんてことは日常茶飯事だ」
「武器か~…」
あれ?
なんか武器のことで聞いておくことがあったような。
【たわけが。武具の入手方法を聞くんじゃったろうが】
「あ、それだ。それそれ」
思わずぽん、と手を打った。
「昨日の夜、出雲なんか刀みたいなの持ってただろ? そういう鬼とかに通用する武器とかってどこで手に入れればいいんだ?」
「買ってくればいい」
ですよねー。
オレの聞き方が悪い、とエッセに再度ツッコミを入れられる。
「冗談だ、冗談。基本的には物々交換になる。俺たち主人公相手にやっている店があるから、そこに敵を倒して得た素材を持っていくと、これの中に価値を貯めてくれる」
冗談だったのかっ!? ツッコまれ損だったよっ!?
それはともかく、出雲がスマートフォンの画面を変えると、そこには数字が書かれていた。
P:185,920
「……何かのポイントってこと?」
「間違ってないな。これはそのまま通貨代わりとして、そういった店で使える。
ちなみにPはお金って意味らしい。主人公相手の店でしか使えない電子マネーみたいなものだ。
基本的に敵に対しては特殊な装備でないと効果は薄い。まず最初に装備を整えないと危険なのは間違いない。」
素材を手に入れて専用の通貨に換金して費用入手→敵を倒さないとお金がない→装備も買えない。
……つまり最初の敵を倒すまでは、装備を整えるお金もないってことでしょうか?
でも、敵は装備を整えないと倒すのは危険、と。
軽く詰んでるような気がする…うおぉぉ、難易度高いよぉ!?
そんなオレを見かねたのか、
「一部特定の金融機関に登録してあると日本円を両替してくれるところもある。えぇと、確かここだな。今のレートは…」
外貨取引のような画面に表示されていたのは「円:P=286.38:1」のレートだった。
つまりペクーニアを1手に入れるのに、286.30円が必要という意味だ。
その画面によるとペクーニアは最小1000単位でしか両替してくれないため、最低単位で両替する場合でも1000倍となり28万円以上が必要だ。
一介の高校生に出せる金額ではない。
「うん、詰んだね」
「そんな遠い顔をするなよ。あくまで一般的な入手方法を説明しただけだ。
手助けをするって約束したからな。さすがに初期のほうの装備はもう処分しているか使いものにならなくなっているから渡せないが、ペクーニアでよければ充にやるよ」
「おぉ、ありがとう親友!」
なんかタカるみたいで申し訳ないが、背に腹は変えられない。
RPGのゲームとかでも王様から支度金もらったりしているわけだし、これはOKだと思っておこう。
とはいえオレにもなけなしのプライドはある。
「さすがにもらうのは気が引けるから貸し、ってことで。
そのうち素材集めるなりバイトするなりなんとかして返すからさ。親友にそんな大金借りっぱなしってのは気持ち悪いし」
「別に気にしなくてもいいんだがな…わかった」
【わらわとしては、そこで素材を売って返す、と言い切らずにバイトとか言っておるところが、男として往生際が悪いと思ってしまうがの】
いや~、だっていざ戦ってみて敵が滅茶苦茶強かったらどうしようか、ってつい考えちゃうんだよねぇ。我ながら臆病だな、とは思うけども。
「金座大路にある蔵元屋か分塚商店街の加能屋だな…。早速明日いくから、充は夕方時間あけておいてくれ。部活が終わり次第装備を調達しにいこう」
「ほんと、お手数おかけします、ハイ」
【では話はまとまったようじゃな。
これから充が色々と迷惑をかけると思うが、よろしく頼むぞ、出雲とやら】
「無論です」
エッセと出雲もとりあえず揉めるような様子はなさそうだし、これでなんとか一件落着かな。
出雲が来る前はどうなることかと思ったけど、当面必要な情報をたくさん仕入れることが出来たし成功なんじゃないだろうか。
ピンポーン。
一階でインターフォンが鳴る音がする。
どうやら来客のようだ。
時刻は午後六時前。
あれ? 何か忘れているような…?
そんなオレの耳に届く母親の声。
「充~、綾ちゃんが来たわよ~?」
あぁぁぁぁ、そうだったーっ!?
わたわたと慌てるオレ。
でもふと冷静になってみると、慌てる必要はないんじゃなかろうか。
さっきまでの話題の最中に入ってこられたら困るが、落ち着いていつもとおりの他愛ない話をすればいいだけだ。
そうすればこの部屋はいつも通り、オレと出雲、そして実体のある幻っぽいエッセがいるだけ。
………。
そこが一番マズかった。
「まずいッ、エッセ、早く隠れて隠れてッ!」
【おぬし、どさくさに紛れてどこを触ろうとしておるか!?】
「落ち着け、充」
「いやいやいや、偶然だから偶然ッ、っていうか部屋にいたらマズいんだって! 早く早くッ!」
綾なら出雲と同じようにうちの母親はスルーさせて部屋まで通してしまうだろう。
最早一刻の猶予もない、と焦ったオレは何をトチ狂ったかエッセを押入れに押し込もうとする。
【わかったから触るな、たわけ! 精神集中できねば戻れんではないかッ!】
「ええっ!? オレのせいなのっ!?」
せっかく初の主人公との交渉が上手くいったのに、最後はどたばたと締まらない感じで1日が終わるのでしたとさ、まる。
なんとか今回も無事に投稿できました。
次回投稿は5日0時予定です。