171.逆鱗の代償
通常よりも残虐に部分があるかもしれません。
読む方は自己責任のお願いいたします。
淡く光る巨人。
その異様は山中のどこからでも見ることが出来る。
というか冷静に考えて、山頂に現れた高さ20メートルを超える物体が光っていたら、夜に目立たないはずがない。
きっと祭りをやっている麓の方はさぞ大騒ぎになってるだろうなぁ……。
倒れたまま、遠くの巨人を見上げつつそんな埒もないことを考える。
「…………」
すでに勝利を確信したのだろうか。
無言のまま、ゆっくりと敵が近づいてくる。
三と描かれた布で顔を隠した黒ずくめ―――“逆上位者”3位。
己も“上位者”で3位、“童子突き”なんて二つ名を持つ強者だったんだが、今回ばかりは相手が悪い。これが鬼とかならどれだけ強くても大抵なんとかなるんだけども完全に対人暗殺に特化した目の前の相手では鬼討丸の身体能力増強も、鬼から致命傷を受けない絡繰りも意味を為さず、結局こうして叩き伏せられる羽目になってしまった。
今の現状は全身傷だらけ、瀕死状態。
逆転の一手を狙おうにもそれに足るだけの手札がないときている。おまけに相手はどうも再生能力系の能力があるらしく結構な傷をつけてもあっという間に癒えてしまうというチート仕様で万事休す。
まぁ仕方ない。
負けるときは負けるのだ。
何も死ぬのはこれが初めてではない。
せっかく封印された古の鬼が出てきたかもしれないときに、そいつと戦う機会を得ることが出来なかったのは正直口惜しいが仕方ない。
「いやぁ、ホント敗けた! お見事! 強いね!」
「……………」
「でもさぁ、せっかくこの“童子突き”を倒したんだから、もちっと名乗りを挙げるとかメイドさんのお土産的に顔を見せてくれるとか、そういうのないのん~?」
「………」
せめて最後に正体に繋がる手がかりでも得られないかと軽口っぽく言ってみたがやっぱりダメ。
返ってきたのは全くの無反応。
せっかく正体隠しているのにわざわざそれをバラすほどお人よしではないというのは予測はしてたんでダメ元だったんだけどね~ん。
そのまま“逆上位者”はゆっくりと刃を振り上げた。
そして、
「―――見つけた」
背後にやってきた影に蹴り飛ばされた。
「……へ?」
倒れている己に刃を向けて振り下ろそうとしていた“逆上位者”が突然消えた。そうとしか思えない勢いで横にすっ飛んで行った。
そして入れ替わるように黒髪の青年が立っている。回し蹴りを放った状態で片足立ちをしつつゆっくりと足を下ろしていく。
くそぅ! 己以外なのに恰好と行動がイケメンのチョイ悪っぽいぞ!?
「ど、どちらさんでしょう?」
「うるせェ。黙ってろ」
ハイ、ダマリマス。
問いかけてみるも会話をぶった切られてしまって哀しみのイン・ザ・シー!
びっくりしつつ起き上がってしっかりその男を見る。
上半身が裸でジーンズを着ているだけという妙な格好で、なぜか片方だけ黒い革製の手袋をしているのが印象的だ。ただその立ち振る舞いはしなやかで隙がない。
「残念だが俺から逃げるってのはちと無理だぜ? 何せ“鼻”は特別製なんでな、棗ェ……」
抑えた言葉の淵から垣間見えるのは憤怒か。
どうやらこの男、己と戦っていた“逆上位者”と因縁があるようだ。
「あのときの狼………名を充から聞いたでござるか」
蹴り飛ばされながらも致命傷は回避していたのか、敵はゆっくりと立ち上がるり、ぱらり、と顔を隠していた布を取る。
棗、と呼ばれた“逆上位者”はまだ若い女だった。
年齢的には大学生くらいだろうか。
結構好みの顔である。
合コンとかだったら間違いなく声かけちゃうよん!
「だが些か疑問でござる。
古の鬼が復活するやもしれぬこの状況で、拙者に構っている時間があるのでござるか?」
かすかに首を傾げる棗に、
「そっちは弟分が向かってるんで心配要らねェのさ。
本気になったあいつが失敗して鬼が解放される心配するくらいなら、鬼を倒したあいつが“魔王”の影響受けて暴走する心配したほうがマシだな」
カッカッカ、と笑う男。
だがその目はちっとも笑っていない。
「そういうわけなんで、先に仕事のほうを済ませておこうかと思って、な」
ぐつぐつと地中で溶岩が内圧を高めて噴火の瞬間を待つ如く。
男から漏れ出る何かは爆発するタイミングを待っているようだった。
「“逆上位者”殲滅だ」
猛る戦意。
直接向けられているわけじゃない己にまでびりびりと肌を刺す空気が伝わってくる。
ってか怖いよん!?
「どうしてそこまで評価できるか謎でござるが……そろそろ拙者もお暇せねばならないでござるよ。
邪魔をするのなら押し通るまでッ!」
「いやいや、待て待て。大事なことをひとつ言っていないぞ」
武器を構えようとする棗に対し、男はゆっくりと手に持っていたものを見せた。
「これ、お前の腕だろう?」
ッッ!!!?
いつの間にか棗の構えようとした右腕が肘から先、消えていた。
そしてなぜか無くなったその部分を男が持っている。
ぽとり、と切れている腕から刀が男の足元に落ちた。
「………~~~ッ!!?」
背筋が凍る。
思い出したかのように吹き出す血。
棗が声にならない絶叫をして苦痛に耐える。
「なんだ、見えていないのか?」
男は淡々と言う。
だが棗の再生能力はすぐに発動し引きちぎられた肘から先の腕が急激に再生を始める。
それを待つことなく男は手にしていたものを放り投げた。
まるでお手玉のように回転しながら落ちてくる腕、それが目の前の高さまで落ちてくると男は自らの手を振るう。
グシャリ。
たったそれだけ。
それだけで棗の腕は消えた。
ゴキ…メキ…ゴキ…パキ……ッ。
男は振るった手をいつの間にか握っており、その握った手がかすかに揺れるごとに何かが磨り潰される音がする。
「……馬鹿、な…ッ!?」
再生しようとしていた腕。
それが突然再生を止めたことに“逆上位者”は驚きを隠せない。
「ああ、なるほど…霊力組成を確定しておいて一定以上の変更があればデフォルトへ戻るようにした術式、それを体に埋めているのか。再生というよりは復元、ってトコだな」
対する相手は握った拳を開き、何も無くなっているのを確認していた。
「復元されないことに驚いてンのか? 当然だろ。霊力組成そのものが壊れれば……いくら戻そうとしても戻す地点が改変されてりゃどうしようもねェ」
さらりと恐ろしいことを言いながら、足元に落ちていた首落ち刀を拾い棗のほうへ軽く放り投げた。彼女の足元へ落ちたそれを示しつつ、
「使えよ。抵抗してェんだろ?」
圧倒的強者の余裕か。
それとも絶対の自負なのか。
どちらにせよ選択の余地は無く棗は得物を拾い残った腕で構える。
片腕がない体のバランスが崩れた状態で、どこまで動けるかは疑問っちゃあ疑問ではあるんだが。そもそも五体無事な状態で仕掛けられた何らかの攻撃に全く反応できず、結果として腕を失っているんだし。
とはいえ、相手は悪名高き“逆上位者”、つまり斡旋所から指名手配されていて尚追っ手を撃退し捕まらずに存在する猛者。
確率は少ないだろうが何か逆転の一手を狙ってくるかもしれないことを考えれば、勝利が目的ならわざわざ武器を渡すことはない。
だが男は、
「それにそうじゃないと俺の気がすまねェのさ。
………俺の弟分に手ェ出した身の程知らずにゃ思い知ってもらわないとなァッ!!!」
なんてことはない。
憤怒の源は私怨、だがその熱さは紛れもなく本物。
私怨を私怨と自覚して尚ここに立っている。
そしてそこから起こされるこの男の行動は確実に敵を灼く焔だった。
燎原の火の如く、いくら水があろうともこれを静めることは容易でじゃない、そんな恐怖。
そこからは一方的だった。
ただひたすらに“逆上位者”がその身を焦がされていく惨劇。
他にこの戦場で生きている者はおらず、さっきまでいた雑魚鬼も光の柱が出来てからというもの、そちらに向かったのか最早一体もいない。
だからその惨劇の観客は己ひとり。
男の姿が一瞬ブレる度に棗の体が削られていく。
何の比喩でもない。
文字通り削られていくのだ。
ビキ…ッ! 残った腕の小指を。
メキキ…ッ! 右足の指を親指以外を。
パキャ…っ! 肩甲骨を。
グリュ…ッッ! 左目を。
ミヂッ…! 右耳を。
ズォ…ッ! 左足のアキレス腱を。
ブチィッ!! 右の頬を。
ようやく理解が追いつく。
やっていることは単純極まりない。
相手が反応できない速度で相手を攻撃しているだけ。
圧倒的な速度の差が威力の大小も、狙いの大小すらも、自由自在の攻撃を生んでいた。
1回毎に棗の体がどこか無くなっていく。
ただ獣に噛み千切られたり、引き千切られたりしている痕が増えていく、その事実だけが残る。
…………というか、マジもう見てられん。
や、やり過ぎじゃあ……ッ、とすら思える。
確かに非人道的な所業を行うがゆえの“逆上位者”ではあるものの、これではどっちが残虐なのかわかりゃしない。正直己だって鬼を散々殺してきたのでなんとも言えないが、明らかに倒すのが目的ではなく、これは嬲り殺しだ。
悪がより大きな悪に蹂躙されている、としか表現できない。
もう完全に勝ち目がないことを悟ったのだろう。
棗が覚悟を決めた顔をし、辛うじて残った腕の残った指でなんとか保持していた刃を自らに向け―――
―――そしてその腕さえも削られ消える。
男が目の前に居た。
だからそれが誰の所業かなど火を見るよりも明らかだろう。
「まだ自害もさせねェし殺しもしねェよ。お前には使者になってもらないといけないからな」
ただの嬲り殺しと違うのは、それを行っている男の目に狂気や嗜虐の色が無いことだった。
純粋にやるべきことをやっている、そんな冷徹な意志を燃えるような憤怒とは別に感じる。
「てめェら、主人公は甘い。
復活ポイントだか何だか知らねェが、そうやっていつでも保険かけてやがるせいでどこか抜けてやがる。本気のつもりでも、それは俺たちの本気とは訳が違う。
どんな酷い状況になっても死ねば元通り。普通に捕まっても死ねば元通り。そりゃ確かに本気も曇るってもんだろうがな。
逆に言えばそれがてめェらの自信の源のひとつ、寄る辺ってことなんだろう。なら、それをぶち壊させてもらう」
ゆらり、と男は手を動かす。
特に何かをするわけでもないそれだけの動きで棗と己はびくっと警戒してしまう。
目の前の男は何者なのか、それはわからない。
だが何度でもやり直しの効く主人公が、そうでない者に手を出すことに対してあまり良くは思っていないことはわかった。
「俺に喰われた以上、もう死んでも元通りにならない。
死ぬ直前、腕も足も何もかも不自由な状態でしか復活できない………さぁ、ようやくてめェらは本気になれるんじゃねェのか?」
主人公と数多く戦ってきたのだろう。
相手が何を得意とし何を嫌がるのか、それを熟知していた。
ぶっちゃければ、もし己がそんな風になったらと思うと絶望しかない。
丹精込めて育てたこのキャラクターがボロボロにされてしまった状態まで退化させられてしまうなんてさ。ここまでかけて時間、労力、その他がすべて水の泡じゃないか。
本当にそんなことが出来るのかな…?
そんな疑問はあるが、実際目の前でそれらしいことが起こっているのだから仕方ない。
ふと疑問なんだけどもさ、もしそうなったら管理者に言えばいいんだろうか???
ただ“神話遺産”とか特別の仕様に関しては、関わったら結果については保証できないことも多い。対応してくれるとは限らないだろうなぁ~。
「ただの主人公にゃあここまでやんねぇんだがな……ここまでやりゃあ、てめェ以外の脳髄野郎どもに伝わるだろ。俺の身内に手ェ出すってのがどういうことなのか、を」
なぜそういう風に呼ぶのかはわからないけども「脳髄野郎ども」とはおそらく“逆上位者”を指しているんだろう。
そいつらへの警告。
ここまで棗の心をへし折る数々の惨劇の全てが、ただそれだけのためだと言い放った。
オオオオ…ォォォ………ン。
山全体に遠く響くような遠吠え。
それが光の巨人の哭き声なのは間違いない。
にも関わらず、目の前の男を視界に入れながら聞いたその声を狼の遠吠えと錯覚したのはなぜだろう。
きっかり8分後。
“逆上位者”棗が絶命したのは、光の巨人が次なる変化をみせたのとまったく同時だった。
………とりあえず、コイツは敵にまわしちゃダメだと思いマシタ。
いやぁ、鬼専門にしといて良かったわぁ。




