169.静穏無惨
ワルフの背に揺られること5分ほど。
上位者たちの防衛する拠点へ到着。
そこは未だに乱戦の真っただ中だった。
途中の道のりで100を優に超える数の鬼を喰らったおかげで、霊力的にはかなり余裕がある。
【喰うも喰ったり。全部合わせて521じゃな】
カウントどうも。
さて戦いは主に3つ。
まず“童子突き”こと武倉槍長と、黒ずくめで顔のところを「三」と書かれた布で隠された女。なんとなく持ってる得物と戦い方から“逆上位者”の棗じゃないかと思われる。
戦況としては棗のほうが押している。“童子突き”は動きに精彩を欠くというか細かい手傷を一方的に負わされている感じか。
棗はやはり大したものでリーチの長い槍を上手く避けつつ、しかも間断なく攻撃する合間に首を狙っているあたり、見ているとちょっと首のあたりがヒヤっとするのは内緒だ。
次に喪服っぽい服を着た名持ちの鬼こと静穏童子と比嘉さんとの戦い。
こちらは鬼との戦いと思えないほどの高度な技術戦となっていた。従来鬼は人間よりも圧倒的に勝った身体能力があるがゆえに力の増大に対しての執着は見せても、技術の研鑽には興味がない。
静穏はその数少ない例外だったようだ。見たところ名持ちの鬼に相応しい身体能力に武術の腕前が上乗せされている。
比嘉さんが打撃主体なのに対して、静穏のほうは柔術系とでもいうべきか打撃の合間に関節技や投げを狙っている。無論比嘉さんのほうも投げなどにも心得があるらしく対処していく。
技量は互角。
だがそうなれば鬼の身体能力で押し切られるのは自明の理。比嘉さんの消耗具合は“童子突き”のほうよりも急速だ。間もなく勝敗がつくだろう。
「……確か社守ってるときに洞見童子が、まともにやれば静穏が最強!みたいなことを言ってたっけ」
なるほど。
あれだけの技量があれば確かに身体能力が互角なら頭ひとつ飛び抜けてるって言われて納得だわ。
そして最後は主人公と雑魚鬼との戦い。
なんだけど……。
「あ、やられた」
【間に合わんかったの】
時間を置くごとに増える鬼たち。
ついに抗しきれなくなって、それでもなんとか頑張っていた一般主人公の最後のひとりを倒してしまった。
そのまま鬼の集団は本殿のほうへと向かい進みだす。
「させねぇぞ」
オレを下ろしたワルフが一目散にそちらへ殺到する。
噛み、裂き、蹴散らす。
数は圧倒的な差があるものの、その程度で止まるワルフではない。そもそも物理攻撃が無効な段階で鬼の集団の大半を占める漆黒鬼は何もできないのだから。唯一有効な攻撃といえば焔炎鬼の吐く火炎くらいのものだが、それもさほどのダメージにならない上周囲にいる味方の鬼も巻き込んでしまう。
隠重鬼に至っては不意を打つことはできても、攻撃が通らないのでこちらも漆黒鬼と変わらない。
結果みるみるうちに鬼たちの数を減らしていく。
そのままオレも後に続く。
出来ればこのままオレも本殿を目指したい。この場にいない宴禍童子と洞見童子、そして残る名持ちの鬼もそちらに向かっている可能性が高いのだから。
が、そうは上手くいかないらしい。
【充、気をつけよッ!!】
「っと!!?」
ゴゥッ!
咄嗟にしゃがむとその頭上を何か大きなものが通り過ぎていった。
それはそのまま10メートルほど飛んで数回バウンドし動かなくなる。
血にまみれた比嘉さんだった。なんとか起き上がろうともがいているから、どうやらまだ生きてはいるらしい。残念ながらダメージを受け過ぎていてその試みは成功していると言い難かったが。
問題はそちらではなく、彼を投げた相手のほうだ。
「あらあら、どこに行こうというのかしら……ワタクシたちの邪魔はさせなくてよ?」
無論投擲したのは戦っていた静穏童子。人間一人を投擲するとかさすがは鬼だ、と感心すべきか、比嘉さんに勝ったことを感心すべきか。
無傷ではないものの急速にその傷は癒えている。
ゆっくりと近づいてくる彼女はオレの顔をよく見ると疑問の表情を浮かべた。
「アナタ確か羅腕……いえ、もう違うようですわね。
それにしても首を落とされたはずのアナタがどうしてここにいるのかしら?」
「さぁ? どうしてだろうね」
のんびりとした口調とは裏腹に、恍けるオレを見るその瞳は笑っていない。
すらり、とオレは羅腕刀を抜く。
分霊六鬼最強の鬼、静穏童子。
話を聞いている限りだと何やら洞見童子のほうがヤバいように思えるけど、彼女はどうやら術者のようだから肉弾戦なら最強、ということなんだろう。
だが社で対峙したときとは違いあまり恐怖は感じない。
あのときに足りていなかったものを今はちゃんと持っているのだから。
“簒奪帝”、霊力、そしてエッセ。
時間をかけるつもりはない。
オレから一気に仕掛けた。
間合いに踏み込んで袈裟懸けに斬撃。避けた静穏童子が降り終わったオレへ貫手を放ってくるのを倒れそうなほどのけぞることで回避する。一歩踏み込み打ち下ろしの一撃を放とうとする彼女に対し、のけぞった体勢のままで今度は切り上げる方向に羅腕刀を振り抜いた。
「…ッ!?」
当然避けられるものの意外だったのか浅く頬に傷がつき、警戒した彼女は間合いを取り直した。といっても鬼の再生能力ですぐに癒えてしまうから意味はないんだけど。
静穏童子の驚きも当たり前だろう。倒れるすれすれ、地面まであと20センチほどのところまで体が完全に傾いた状態でオレは留まって攻撃をしたのだから。
かつて伊達の手下との戦いで、その武器から奪った重心操作があってこそ。これがある限り倒れないのはおろか壁に立ったりすら出来る。
「随分と面妖な動きをいたしますわね」
「いやいや、まだまだこれからさ」
今のはあくまて小手調べ。
静穏童子も警戒を最大まで高めたようだし死の物狂いで来るだろうから本番はここからだ。
オレはゆっくりと羅腕刀を収め腕を組んだ。
「どういうつもりかしら。戦意喪失と思ってよろしくて?」
―――“騎”発動。
油が沸騰するような泡の破裂じみた音と共にオレの背中に漆黒の金属腕が現れる。
その数8本、背後から頭上に扇状に広がった。
月光を受け脈動するその様子は異形以外の何物でもない。
「………ッ!!?」
さしもの名持ちの鬼もその異様さに息を呑んだ。
「洞見の言っていた隠し玉、ということかしら」
「そういうこと。戦意喪失どころかむしろここから、さ」
この鬼首神社での目的のひとつ。
それはさらなる再生力を持つ鬼からその能力を奪うこと。生憎羅腕童子を持っていかれている状態なので弱い再生能力すら取られてしまっているわけだが、それを補って余りあるだけの鬼が今目の前にいる。このチャンスを逃すことはない。
そう、奪うのだ。
これ以上ないほどに。
「踊ってもらうぜ?」
漆黒の腕が瞬時に伸び、鬼へと襲い掛かったッ!!
四方八方から腕が襲い来るのを、なんとか静穏童子は避けていく。避けられた腕は空を切り、地を砕きながら勢いを殺すと再び翻って目標へと向かう。
さながら剣舞の間に落とされた踊り子。
常に動き続け避け続けなければ次の瞬間に全てが終わる。
1撃。
10撃。
100撃。
速射砲のように次々と繰り出される攻撃を静穏は避け続ける。
常に最適解を見出しその回避を実行し続けていたことに対しては素直に驚く。鬼の身体能力を持ちながらその上で無駄な動きを極限まで減らすことでそれを可能にしていたのだ。
だが、攻撃がそれだけだと思ってもらっちゃ困るんだよな。
そっとオレは自らの片目を手で塞いだ。
突如、爆ぜる。
静穏童子の片腕が。
「ぐ…ぅぅっ!?」
“無限の矢”によって突然肘から先が千切れた右腕を見ながら、静穏童子は顔を顰める。
一秒もない程度の時間。
だがオレにとってはその一瞬があれば十分だった。
全方位から漆黒の腕が一気に殺到する。最早避けるのは間に合わないタイミング。
だがそこはさすが名持ちの鬼だった。
ズガァンッ!!!
地面を思い切り突き破り土砂を巻き上げ壁とすることでそれを防いだのだ。
同時に土砂による視界不良を利用して間合いを取られる。
戦闘時の一瞬における取捨選択については向こうの方が上かもしれないと、そう思わせる上手い一手だった。
「防御じゃなく全部避けて逃げ回るなんて随分と怖がりなんだな、鬼って」
「受けようかとも思いましたが、随分と危険なシロモノの様子ですしね。そのような挑発に乗るほど安いオンナではなくてよ?」
うーん。
もっとこう侮って攻撃的にしてくれたほうが楽に仕留められるんだけど。
「それに…触れないなら触れないでやりようはあるんですのよ?」
間合いを取り手近にあった木を掴み、そのままへし折った。細身の女性によって高さ数メートルはあろうかという成木が根元の少し上で強引に折られる様はなかなか怖い光景だ。
「串刺しにおなり遊ばせッ!!」
へし折れ裂けた鋭い部分を先にしてこちらへ投擲。
ダーツというにはサイズが物騒過ぎる攻撃をオレが操る漆黒の腕が防ぐ。
だが終わらない。
“隠”を使い姿を追いづらくした状態で移動を繰り返し、次から次へと木が矢のように飛ぶ。
遠距離攻撃による突き放し。これが致命傷になるかはさておき、仲間が封印を解きにいっている時間を稼ぐという意味ではなかなかの策だ。まったくもって悪くないと思う。
相手がオレでなければ。
「甘いなッ!」
守るから追えないのだ。
ならば、と防御など考えず、ただ真っ直ぐに突貫する。
そのオレに飛来する木へ“無限の矢”を放つ。生憎とこちとら雑魚鬼喰いまくって霊力に不自由していない。消費の大きい大技でも必要とあれば連発することが出来る。
鬼によって投げられた木と魔女に作られた瞳による不可視の矢。
どちらに軍配があがるかは一目瞭然。
再び間合いを取ろうとする静穏童子。
その脚を“簒奪騎”の腕が掴んだ。
ああ、これで、
「つぅかまぁえたぁ…ぁッ!」
心おきなく奪えるッ!!
確かに掴んだことを確信し、ここぞとばかりの能力を全開にする。
“兵士”と“騎士”が攻めたのであれば奪う財貨を得るは“皇帝”であるべきだ。
人を貪り恐怖を抱かされる存在である鬼。
ならば、その中でも強力であるはずの静穏童子の顔を恐怖に歪ませている相手は一体何なのか。
だが答えられない。
「―――“簒奪帝”ッ!!」
次の一瞬で存在を喰い散らかされた彼女はもう、答えられない。
静穏童子が消滅したのを確認し、一度能力を全て解除する。
その上で今の自らの状態を確認する。
久しぶりのステータスチェッカーの出番である。
「……さすが名持ちの鬼。期待通り」
久しぶりに見たのでステータスの各能力値が上がっているのは当然として、しっかりと特殊能力の欄に再生能力(強)が加わっていた。
いや、“魔王”も加わっているのを見て、いつ浸食されるかという不安をちょっと覚えたことも否定しないんだけど。
「んじゃ、改めて本殿へ急ご……」
【充、残念じゃが時間切れのようじゃ】
「えッ!?」
エッセが言うが早いか、本殿のほうから上空に向かって一条の光の柱が立ち上った。
それと同時に山全体が鳴動する。
ゴゴゴゴゴゴゴ……。
揺れは最初は小さなかったものの徐々に大きくなっていく。それに比例し山中の鬼気が急激に濃度を高くしていく。地面にかすかな亀裂が無数にできそこから吹き出しでもしているかのように。
明らかな異変。
それだけで何が起こっているのかは子供でもわかるというもの。
舌打ちしながらワルフを呼び戻し自分の中へ吸収。
その上で本殿へと駆け出した。
封が、解けたのだ。
千年続いた封印の崩壊。
そこに待つのは地獄か、それともそれ以上の何かか。
それはまだわからない。




