15.親友
腹は満たされたが心は寒い。
そんな表現がぴったりくる心境だ。
「あー、やれやれ、ひどい目にあった」
【自業自得じゃろ】
なんで褒めただけなのにあそこまで酷い目にあわなけりゃならんのか…。
とりあえず以後気をつけようと誓った。
時刻はまだ12時。
高校の下校時刻を考えるとまだ出雲がやってくるまでには結構な時間がある。
もうすこしエッセに色々聞いてみよう。
「とりあえず当面の目標は重要NPCになること。
そのために、いずれやってくる出雲から装備の入手を聞き出す。ここまではわかった。
その上で聞いておきたいことがあるんだけど」
【なんじゃ?】
「昨夜の鬼のこと。ほら、オレが殺された腕の4つあったアレね。
さっき狩場っていってたけど、あんなのがうじゃうじゃいるわけ?」
【その鬼とやらはわらわが行ったときにはおらなんだの。
ただ狩場について、ということならば教えられることはある】
狩場。
文字通りの意味であるなら、どこか特定の場所がそういった化け物たちの巣窟にでもなっているんだろうか。
【基本的に狩場というのは限定される。無論あの夜のように神社仏閣をはじめ特定の場所に封じられている魔物が出てくることはあるから絶対ではないがの。
この近くでいうと…そうじゃな、赤砂山、音無川の上流あたりがいいじゃろう】
飛鳥市には東に音無川、西に青柳川の2つが北から南へと流れている。特に青柳川は一級河川であり水量も豊富だ。堤防とダムが築かれる前は度々決壊し大きな被害をもたらしたらしい。
その青柳川の上流には山脈が広がり、そのひとつが赤砂山という。
どうやら昔、鉄鉱山があり青柳川の水流を活かして南の飛鳥市まで材料を運び出して栄えていたとかなんとか。
残念ながら小学校の郷土史の事業のときに寝てたので詳細まではわかりません。
「…もしかしてエッセって狩場を全て知ってたりする?」
【無論であろう。管理者として問題が多く起こるのは概して狩場なのじゃからな。
世界中どこの狩場であってもわらわにわからぬところなどないわ】
すげぇ。
【狩場そのものについての説明じゃが、お主の知識に入っているゲームのフィールドのようなものと思えばよかろう。
主人公がそこを歩いておれば遭遇する魔物。それで間違いない。
NPCたちが入っても出会うことはないし、逆に主人公たちが狩場に入って魔物と戦っている間はNPCたちがそこに入れぬよう認識阻害が働く。
魔物と一概にいってもピンからキリまでおるが、わかりやすくいうとこんなところじゃな】
「なんか随分とまぁご都合主義な…」
【当然じゃろう、主人公たちに都合のよいように作っておるのじゃから。
ちなみにその土地土地の地脈や霊穴などの特殊な力の流れを読み取って、意図的に特定地点で噴出させることで異形の者らを出現させておるから、その土地に由来した魔物が現れる。
例えばこの日本地域であれば鬼や天狗、そういった妖怪が多いかの】
確かに前回のも鬼っぽかったもんなぁ。
例えばこれがヨーロッパならドラゴンとか出てきちゃったりするんだろうか。
【遭遇する敵の情報については事前に調べておけばよかろう。
具体的には郷土史やこの国の妖怪話を集めておく、などか。あとは戦ってみるしかないが、一般的に敵は鬼なら鬼、天狗なら天狗といった大きな属に分かれておるということを覚えておくとよい。
同じ属ならば種族の固有能力を持っており、能力や性格などの傾向も共通しておるから倒すにしても話し合うにしても参考になるじゃろう】
「え…話しあえるの、アレ?」
昨夜の四つ腕の鬼を思い出す。
どう見ても話が通じるような相手には見えなかったのですが。
【相手によるがの。
戦闘に入らずに済むように話し合うのか、戦闘でねじ伏せてから話し合うのか、そういった様々なやることがあるじゃろうが、話し合いが必ずしも無理な相手ばかりではないことは間違いない。
ほれ、知らんか? 昔なんちゃらの小角とかいう小童が鬼をねじ伏せて使役しておったろう】
ゴメン、わかんない。
後で誰かに聞いてみよう。
【まったく不勉強じゃな。
そのへんも調べておくとよい】
「郷土史か…あとで図書館にでもいってきますかねぇ。
んじゃもうひとつ、これを聞いておかないと始まらない」
ひとつ深呼吸。
本来ならば最初に聞いておかなければならなかった質問だ。
「エッセを解放する、って具体的にはどうすればいいんだ?
GMの仕事から、って意味だと思ったんだけど、よく考えたら具体的に聞いてないよな?」
【最終的な目的、ということならわらわをこの忌々しい管理者の任から解いて欲しい、ということで合っておる。ただその具体的な方法については……わらわの口からは言えん】
「え? なんで?」
【なんでもじゃ。言えんものは言えん。意味は自分で考えるんじゃな】
「いや、でもそれじゃどうすりゃいいのかがわからないし」
【当面はさっきお主が言った通りの内容で動けばよかろう。
そもそも重要NPCにもなっておらん現状で最終的な目的の手段など取りようもないわ】
そう言われるとそうなんだが。
とりあえず地道に目の前に出されている課題をひとつひとつこなすしかないのか。
考えてみると確かに、ゲームとかなんかでも「魔王を倒せ」とか言われるけど具体的にどうやって倒すかとかそういうのは進めていかないとわからないもんな。
【それにお主は今やっておくべきことがあるじゃろう】
「?」
【出雲とやらにどう対応するのか、じゃ。
その様子じゃと相手の出方をいくつか想定しておるようじゃが、それぞれの場合に自分がどう対応するのか具体的に考えておかぬと、いざというとき道に迷ってしまうかもしれんぞ?】
「あー、その問題もあったなぁ…」
【本当にお主がそやつを信頼して運命共同体にする、というのならば構わぬが、それまでわらわのことは口外するでないぞ?】
「? なんで?」
【わらわは曲がりなりにもGM、つまるところ管理者じゃ。
それがひとりのNPCに肩入れしておると知れれば色々面倒になる。それ以外にも主人公であればその事実を悪用しようとする輩も出よう。
情報の漏えいを懸念するならば、戸の立てられぬ人の口はすこしでも減らしておいたほうがよい】
「んな大袈裟な」
【たわけ。念には念を入れておけ、ということじゃ。
ひとまずわらわは休眠状態に入るでの。ひとりでしっかりと対応策を検討しておくのじゃぞ?
もし出雲とやらに情報を明かすだけの覚悟が出来たか、話が終わったならば呼び出すがよかろう】
「………」
よく考えたら責任重大だ。
ここで対応を間違えたらオレだけじゃなくエッセも運命共同体なんだもんな。
そう自覚して頭をなんとか動かしてみる。
出雲の奴が来たのは、それから3時間後のこと。
1階でインターフォンが鳴る音がして気づいた。
真面目なあいつらしく最後まで授業を受けてから、うちに来たのだろう。時刻は午後4時前といったところ。
下で母親が対応している声が聞こえる。
顔なじみの出雲だから、おそらくそのまま特に案内せずに通してしまうはずだ。
ギッ、ギッ、ギッ…
登る階段の軋む音が聞こえてきた。
なんか緊張してきたなぁ。
コンコン、と遠慮がちにノックされる。
大きく息を吸い込む。
さぁ、いよいよだ。
「どうぞ」
幸い声が上ずったりはしなかった。
ガチャリ。
入ってきたのは、いつも通りの龍ヶ谷出雲。
一緒にいるとコンプレックスになりそうなその美形な顔立ちと、剣道で鍛え抜かれた体格。昨夜のアレを見てしまうと剣道だけで鍛えられたわけじゃなさそうだけども。
「充、元気か?」
「ああ、まぁちょっと風邪気味だっただけだからさ。大したことないよ。
先生にも言ったけど明日には登校できると思うよ」
「そか、安心した。綾も心配してたから後で見舞いに来ると思う」
「帰りは暗くなってるだろうから送ってってやれよ?」
「ああ」
お互い何か遠慮がちな会話になる。
距離を図りかねているようなそんな感じ。
「………」
「……」
出雲は何かを聞こうとして聞けないような、そんな雰囲気だ。伊達に幼馴染を長くやっているわけじゃない。それくらいはわかる。
そして思いあたることはいくつかある。
昨夜の出来事、どうして生きているのか、そして出雲が主人公として戦っていたこと、そういったことをオレが覚えているのかどうか。
ただしそれを聞くことは、もし知らなかった場合に藪を突いて蛇を出すことになってしまう。だから問いそのものを出すことができない。
それはオレの方も同じだ。
色々考えてみたが「お前、なんで神社で戦ってたんだ?」とか「相手の鬼はなんだったんだ?」とかそういうことを聞いてしまえば、それはオレがあの出来事を覚えていることを肯定してしまう。
将棋で言う千日手。
お互い完全に手詰まってしまっている。
「……」
「…」
イヤな沈黙が続く。
このままでは埒があかない。
何かを得るためには危険を取るしかない。
だからオレは自分が信じられる方に賭けよう。
エッセから色々言われて考えたけれど、結局出来ることはそれしかないんだ。
「なぁ、出雲」
「なんだ?」
「まぁちょっと面と向かって言うには照れくさい話なんだけどさ。お前とはもう10年以上の付き合いになるだろ?」
「小学校にあがる前からだから…確かにそれくらいになるな」
「でもその間面と向かって聞いたことなかったんで、ちょっと聞いてみるわ。別に怒りゃしないから正直に答えてくれない?」
「……?」
昨夜からそりゃもう衝撃的なことが山ほどあって、価値観や世界も含めて身の回り全てがあやふやでぐるぐるで、ごちゃごちゃになってしまったけれど。
ひとつくらいは信じたいと思ってもいいはずじゃないかな。
だからオレは出雲の目を見据えてこう言うんだ。
「オレはお前のこと、たとえ何があろうと大事な“親友”だと思ってる。お前はどう思ってる?」
「…ッ」
目を見開く出雲。
でも嘘偽りないオレの気持ちだ。
面と向かって言うのは恥ずかしいから、出来ればこれっきりにしたいが。
静かに答えを待つと、
「………肝心なところじゃ敵わないなぁ、充には」
そう言ってあいつは苦笑しながら自分の頭を掻いた。
「俺もそう思ってるに決まってるだろ、“親友”」
だと思ってた、と拳を突き出す。
コンッ。
拳を打ち合わせてお互い気恥しさを誤魔化した。
「はぁ~。緊張した~」
「……その様子だと、もう全部知ってるみたいだな?」
「全部、かどうかはわからんけどね。というか……うわ、なんか思い返すと恥ずかしいやり取りした気がするわ。マジで綾居なくてよかったわ~」
糸が切れたように緊張感のない会話が始まる。
いつも通りのオレたちの雰囲気だ。
「実は充、綾好きだからな」
「うげ、バレてた!?」
「当たり前だろ。
お前が自分の気持ち隠して、俺と綾のために色々やってくれてたことも含めて、全部知ってるぞ?」
「……うぐぐ、出雲に見抜かれていたとは」
そうこうしていると母親がドラ焼きと炭酸の入ったカップを差し入れてくれた。
しかし母よ、二人しかいないときに毎回お茶請けを奇数個持ってくるのはやめてほしい。ジョーとか相手だったら奪い合いになるレベルだぞ。
「とりあえず……すまん」
母親が出ていったのを見計らって出雲は頭を下げた。
「昨夜の件は完全に俺の落ち度だ。
気の済むまで煮るなり焼くなりしてくれていい」
「可愛い女の子ならともかく、野郎をどうこうしても面白くないっての。
でもまぁ、ペナルティなしっても出雲はすっきりしないタイプだよな…うーん」
落とし前はきっちりつけないと気が済まない。
どこまでも男前気質な親友のため、少し考える仕草をした。
「んじゃ、手助けしてくれるか? 今ちょっと困ってることがあってさ。
主人公としてのお前に、可能な範囲で構わないから助けて欲しいんだ」
なんとかなく予測はしていても実際知られているかどうかは半信半疑だったのだろう。主人公、という言葉が出てきた瞬間、出雲の顔がすこし驚きの色を浮かべる。
「……なんで知ってるのか、を聞くのは答えのあとのほうがよさそうだな」
目の前でドラ焼きを食べつつ様子を窺うオレを見据えて告げた。
「水臭いことを言うな、親友。無論どんな尽力でも惜しむつもりはない」
おし、これでいいや。
んじゃまぁ、一気に情報収集といきますか。
(おーい、エッセさーん)
頭の中でエッセに呼びかけてみる。
しかし応答はない。
なんの反応もない。
「……」
「………? どうした、充?」
「い、いや、ちょっと待って…」
うーん。
こうなったら出雲に直接エッセのことを説明して―――
そう思った瞬間、突然室内を光が包んだ。
一瞬ではあるが視界を埋め尽くすほどの圧倒的な光の洪水。
【聞こえておるわ、たわけッ!
お主らのあんまりにも恥ずかしいやり取りに腹を抱えておっただけじゃッ!】
その原因は、初めて見たときの姿で目の前に現れていた。
誤字修正いたしました。