167.暴食の宴
「……って、感じだな」
八束さんの話が終わった。
オレが鬼首大祭やってた裏側で、そんなことがあったのか……。
とりあえず話を聞いていると、どうも洞見童子って普通の鬼とは全然違うのは当然、宴姉あたりとも別格の鬼みたいに思えて怖いんだけど!
【………そやつ……】
? エッセ、どうかした?
【……いや、なんでもない】
? なんでもないならいいけどさ。
とりあえず、
「……八束さん、本当にありがとうございました!」
文字通り命の恩人に礼は言っておかないとな。
なんかこの人には借りばっかりでいつになったら返せるのやら。
「気にすんな。んで、体調のほうはどうだ?」
「……大分ほぐれてきました。問題なさそうです」
数分の休憩であっても、かなり体の中の霊力バランスは落ち着いたようだ。体の動きはもとより技能も平常運転、試しに“簒奪帝”へ意識を向けてみるが、発動も無理なく出来そうである。
それを聞いて八束さんは満足そうに、
「そりゃ何よりだ。病み上がりのところ悪いがそろそろ行くぜ?
生憎と俺にしてやれるのはここまでだ。ちょっとした野暮用もあるしな」
あー…そういえば、何やらボスとかいう人から主人公の殲滅命令的なのを受けたとかなんとかさっきの話にあったよなぁ……。
オレも一応主人公資格を持ってたりもするのでちょっと恐怖ではあるが、冷静に考えてみれば死んでたのをわざわざ蘇生させてくれたんだし、改めて殺されることはないと思いたい。
「心配すンなって。あくまで優先準備は“逆上位者”の撃破だからな。明らかに関係ねぇ充をどうこうしようなんざ考えてもしてねェよ。それにわざわざ全滅させなくたって、見たところ主人公ももうそんなに数いねぇだろ?」
その言葉にハッとして周囲を見る。
誰もいない破壊された社。
そこには鬼になってしまった緑さんや日向、涼彦たちの姿はない。現時点では治す方法がないから、居てもどうしようもないんだけどねぇ。他の鬼たちと一緒に移動したというのであればもはや見分けをつけるのは不可能だろう。
一応八束さんにはそのへんのことも含めオレがここにいるいきさつなども報告しておく。
「案の定、か…。
どうにかするっていうンなら一刻も早くこの鬼首大祭を終えるように頑張るしかねェな。どうにか祭りさえ終わってしまえば後はリセット。来年まで待ってまた新しい祭りが始まることになるだろ。
封印されている本体のほうが解放されたらなんとも言えねぇが」
「………あー、やっぱり封印解けちゃいますかねぇ?」
「知らん。つっても、今回は“名持ち”の鬼も全部揃っちまったみてェだし、報告書にあった通りいくら本殿のほうに“上位者”配置してても主人公だけキツいと思うぜ?」
宴禍、洞見、幽玄、静穏、具眼、悠揚……。
4つの社が全て破壊された今その全員が解放されている。しかもそこにプラス“逆上位者”、しかも3位なんていうとてつもない腕前の棗もいる。
あとはアレだ、“童子突き”さんがどれくらい活躍してくれるのかに賭けるしか……。
【他力本願じゃのぅ】
いや、ちょっと現実逃避したい年頃なんよ。
「で、お前どうするんだ?」
「……え?」
「いや、お前が斡旋所の依頼で鬼首大祭に参加してるってのは理解できた。だが今の状況はすでに例年のような気楽な守護依頼じゃなくなってるしな。
これ以上首突っ込んでも危険が増大していくだけってのもわかるだろう?」
こちらを試すような物言い。
それをわかった上でオレがどうするのか、それを八束さんは問うているんだ。
【この狼の懸念も最もじゃな。“名持ち”の鬼たちの戦力はどう低く見積もっても羅腕童子と同等かそれ以上じゃ。無論“簒奪帝”を発動させての戦いならば分があるじゃろうが、それ以外の勢力も入ってきておる。
当然、覚悟がなければ厳しいものとなろうよ】
ホント、楽させてくれないよな。
でもまぁ、選択肢なんてもうないし。
「ちょっと生意気なことを言います」
だから、答えはひとつだ。
「状況的に厳しいのはわかってます。もうすでに4つの封が解かれた上でこの状況ですから、正直封じられてる鬼が復活してしまう可能性が高いことも」
ぽっかりとオレの内側に空いた力の空位。
それでもまだひとつ、すべきことがあると教えてくれている。
「奪われたままなんて、“簒奪帝”の沽券に係わりますからね」
あの羅腕童子の追憶の先。
そこに何かが待っているという確信がある。
それを見るためには、まず持っていかれた鬼の力を取り戻すことが不可欠だ。
「………愚問だったな。んじゃ一丁やるとしようぜ。
何、俺と充が本気で暴れりゃこんなところの大鬼の一匹や十匹、なんてこたぁねェよ」
「い、いや…十匹はちょっと……」
そんな冗談じみた掛け合いをしつつ、俺はゆっくりと羅腕刀を拾う。
刃を手にしたまま、隠袋から制氣薬を取り出し全部一気に口の中に流し込んだ。
「目指すは本殿……先、行くぜ?」
「は、はいッ!!」
駆け出す八束さんの後を追うように、慌ててオレも走り出す。
主人公として身体能力も相当上がっているはずなんだけど、八束さんのそれはオレを遥かに凌駕しており、あっという間に見えなくなってしまった。
まぁ、狼だしね。
人間と狼なら狼のが早いわけだし、どっちも規格外なら普通通りの差が出ちゃうか。
さて、走り出して少しほどし。
“暗視像”を起動させているオレの視界の中に漆黒鬼の集団が入ってきた。
丁度いいや。
試させてもらおうかッ!!
“簒奪帝”
元々は、“簒奪公”という呼び名だったが、その本質を理解しより強く引き出せるようになったオレという“逸脱した者”独自の能力。
それをエッセが使いやすく形を整え制御したものが現在のものだ。
実際“魔王”の浸食に対抗すべく使ってみて、その力の引き出しやすさを実感したが長い時間使いまくってみると、ふと見えてきたものがあった。
絶対の支配者の力だから“簒奪帝”だ、というその誤解。
簒奪する力はオレの中にある。
つまるところひとつの塊。その中に“簒奪公”があり、“簒奪帝”がある。
それをわかりやすく国に見立てて、軍規にも似た法則を嵌め込むことでエッセは制御をしやすくしてくれていることに。
まぁわかりやすく言えば―――
「―――“兵”」
何も持っていない右の掌に赤黒い気流が纏わりつく。
正しくは“簒奪兵”。
簒奪の力を最小単位にまで抑えて発動させる、霊力の消耗を極限まで薄く絞った節制型だ。
【省えねもぉど、というやつじゃな】
地球環境に優しいかどうかはなんとも言えないけどな!
すれ違い様襲ってくる漆黒鬼たちの攻撃にその掌を合わせると、触れた瞬間漆黒鬼たちは吸い込まれるように消えていく。そして同時に体内に霊力が満ちていくのを感じる。
一撃、二撃、三撃、四撃……。
一発ごとに一体消え集団は消え失せ突破に成功した。
よしよし、順調に霊力が補充できてるな。
【水を差すようで悪いが、足を止めておる暇はないようじゃぞ?】
「わかってるって!」
しばらく先に新手がやってきている。
焔炎鬼、漆黒鬼、伸腕鬼、おまけにちらっと隠重鬼も隠れている。
多勢に無勢という言葉が正に相応しい。これに挑むのは無謀というもの。
さっきまでのオレならそう思っていたかもしれない。
だが今は違う。
「本殿まで真っ直ぐに突き進む。邪魔するんなら押し通るぞ!!」
先手を切って殴りかかってくる漆黒鬼、紅蓮の炎を吐き出してくる焔炎鬼の集団にさっきと同様に“兵士”で次々と倒していく。
上から集団を見れば、まさに鬼の塊を切り裂いていく一条の斬撃のように見えたかもしれない。ただひたすらに真っ直ぐ進み道を遮る相手を駆逐していく。
と、その鬼集団の存在感を隠れ蓑にした隠重鬼が3体ほどオレの背後と頭上から襲いかかって来た。“隠”の強度としては大したものだが所詮一般レベルの鬼。
“名持ち”の鬼やオレの首を落とすほどの見事な不意打ちをした“逆上位者”ほどの潜伏能力ではない。
つまるところ、わかっていて対処できると判断しておいたのだ。
「―――“騎”」
振り向くことなく呟く。
ぼご…ッ、ぼごんっ…ぼごッ!!
覚えのある感覚を背面に感じると不気味な音が響き、出来た瘤が弾け赤黒い腕が生まれる。
硬質な輝きを見せ脈動する3本の腕。
かつて月音先輩に向けて放った技であのときはあっさりと相殺されてしまったが、それはあくまでオレが未熟だったのと相手が悪かっただけ。
―――“簒奪騎”
脈打ちながらも金属そのものようにも見える腕。あのときは無理に赤黒い気流状だったものを固形化させて腕にしていたから正直脆かった。
だが今回よく見ればそれは騎士の甲冑のように継ぎ目が見える装甲の腕になっている。
能力に慣れたことで変換速度が跳ね上がっている、という単純な理由だ。
ひゅばっ!!!
瞬時にそれは伸び、襲おうと飛び掛かっていた隠重鬼を掴む。
その結末は同じ。
漆黒鬼たちと同じようにオレの糧となった。
止まらない。
止まれない。
ただ蹂躙するだけなのだから止まれるわけがない…ッ!
だが目の前にはさらに数を増していく鬼たち。
どれだけ出てきてもこちらが霊力として奪える以上負ける要素がないとしても、時間だけは稼がれてしまう不安が少し頭を過ぎった。
だが所詮過ぎっただけ。
なぜなら、
「来いッ、ワルフ!!」
オレには頼れる仲間がいるのだから。
全身から吹き出す黒い煙。
そのまま一瞬で固体化し、ひとつの像を結ぶ。
そこに現れたのは黒曜石もかくやという美しい毛並を持つ体長3メートルほどの獣。
もはや虎くらいのサイズにまで成長している狼の姿。
煙狼―――ワルフ。
オレの成長と呼応して現れた今の姿は獣の王者の風格を感じさせた。
「さぁ……行こう、ワルフッ!!」
おもむろにワルフに跨ると、こちらの意志がすでに伝わっている彼は疾風の如く駆け出した。
やるべきことは全く変わらない。
ただそれまでとは比べ物にならないくらいの速度でオレは周囲の鬼の集団を切り裂いていく。
波状攻撃では埒があかないと踏んだのか。
隠れ潜んでいた鬼たちも含め一気に周囲から襲い掛かってきた。
その数100を超える。
「邪魔だ……つってんだろうがぁぁぁッ!!!」
ワルフとオレから吹き出す赤黒い気流。
“公”のレベルまで出力をあげたその収奪の能力の波は鬼たちをまるごと飲み込んだ。
目指すべきはただひとつ。
鬼首神社本殿。
そこで封じられた大鬼の復活を阻止するため、“名持ち”の鬼たちを倒さなければならない。
途中で邪魔する鬼がいるなら喰って喰って喰って喰って、そしてそれを全部使い果たしてでも成し遂げる。
「待ってろよ…ッ、咲弥ッ!!」
おそらくは大鬼の封印を最期まで守っているであろう彼女を想い、さらに突き進んでいく。
いよいよ祭りも佳境。
出番に間に合わない間抜けな役者にはならないよう、オレとワルフは全力で山中を駆けて行った。




