165.裏の事情 from 狼(2)
感想欄も毎日拝見させて頂いており、励みにさせて頂いています。
毎日更新するので精いっぱいのため、急ぎのもの以外返信できず申し訳ありません。
余裕を見つけて少しずつ返信を返せたらなぁ、と思っています。
とりあえず鬼首神社編を5月中に追わって6月くらいから新展開にいきたいですね。一年越しの海編もありますし!
そして5日目。
そのまま俺は夜を待って、鬼首神社へと向かった。
やることは至極単純。
4つある社を主人公たちが護っているわけだから、それを1つずつ廻って“逆上位者”っぽい奴を片っ端から倒すのだ。
おそらく他の主人公も妨害してくるだろうから、そのときは容赦しない。
本気で牙を剥く相手に対しては老若男女問わず同じ対応を返すのが流儀。
とはいえ、襲い掛かってこなければわざわざ追ってまで倒すつもりはない。命令は主人公の殲滅だが、あくまでそれは“逆上位者”が紛れているため打ちもらさないように、という意味だ。
目的としては“逆上位者”の討滅であって、主人公の殲滅は手段でしかない。
一般人に紛れて進み、山頂から中腹にかけて張られた結界を通り抜け、鬼と主人公たちが戦っている区域へさらに足を進める。
「大規模な結界だな、こりゃ」
おそらく鬼首大祭の戦いが一般の人間たちに影響しないようにだろう。
隠蔽の効果のある結界と鬼を封じる結界が幾重にも張り巡らされている。
おかげで結界の中であればどれほど破壊があっても外に気取られる心配はない。
それくらいでなければ祭りの期間、一般人を入れるなんて出来ないわけだが。
これほどの結界だ、もし外部委託すれば恐ろしい維持費がかかりそうだが、この神社の神主やその血族が生まれながらにこの結界に高い親和性を示し、結界を張る才能に恵まれているため身内で維持できている間はそれほどでもない。
「おっと、あれか」
下草を静かに掻き分けながら進むと、小さな社が見えてきた。周囲を護っている主人公たちを遠目で確認していく。
「……らしいのは3人か」
佐伯さんの内偵によれば、どうやら今年の社の護りは4班が一番戦力バランス的に充実しているらしい。と、いうことでそれ以外の社の主人公を倒すことにする。
“逆上位者”と思しき連中は3人。だが正直力量的には他の主人公と似たようなものに思える。“上位者”の順位なら精々二桁がいいところな程度。“逆上位者”なんて大層な名前をつけておいて、実際上位か?という微妙なラインの連中もいるあたり笑える話ではあるな。
連中は時折他の主人公の様子を窺うような仕草を見せている。まるで攻撃する隙を探そうとでもしているかのように。
そして決定的なのは、
―――やはり持ってきていたか。
匂いだ。
“逆上位者”には彼らの使う服装がある。収納方法は様々だが、いざ“逆上位者”として活動するときに顔が割れないように顔を隠すのだ。
その服は特殊な製法で作られており高い防護性も備える。
だが特別製であるがゆえに、過去に一度連中と敵対したことのある俺にとってはこれほどわかりやすい目印はない。
過去連中と敵対した際は敵がすでにその服装をしており、普段隠した状態で匂いを判断できるかわからなかったため、最悪皆殺しの覚悟もしていた俺だったがこれなら問題なく“逆上位者”を特定できる。
「さて、殺るか」
戦力的には1割減くらいまで体調も戻っている。
だがまだここは1つ目。
残り3つの社を陥とすことを考えれば出来る限り力は温存しておくべきだ。
ぐ、とゆっくりと前傾姿勢を取る。
そして飛び出した。
大地を駆ける。
夜の闇を切り裂く風のように。
「っ!?」
連中のうち1人が気づいたが、もう遅い。
こちらは頭が地面につきそうなほどの前傾姿勢でトップスピードに乗った状態だ。そのまま一気に連中へと肉薄する。息つく暇も与えはしない。
敵戦力を分析する際は客観的に彼我の戦力差を推定し、相手が弱ければ弱いと判断しなければならない。だがいざ戦いに入る際は相手がどれほど格下であろうとも立っている限りは逆転が在り得るものだとして油断をしない。
数多くの実戦を経て得たその鉄則は今日も活きている。
―――餓狼二式 岩喰み
駆け抜けながら発動しておいたそれはいつも通りの効果をもたらした。
何かを掴むように半分閉じかけた手の爪が硬化し伸びる。指からだけではなく掌の底近くからもまるで牙をもつ獣が口を開けているかのように。
そして敵は最早目前。
上下に牙が生え揃った手をそのまま相手に叩き付けるッ!
少しだけの硬さ、そしてぐじゅりと何か柔らかいものが飛び散る音。
まず犠牲になったのは後衛にいた陰陽術師らしき男。一瞬で前衛の間を駆け抜けたこちらの動きにまったく反応することなく頭が半分ほど消える。頭蓋骨ごと抉られ振りぬいた攻撃の勢いで脳漿がぶちまけられる。
脳髄気取ってる野郎が自ら頭ぶちまけているとか中々洒落が利いている。
そんなことを考えつつ、踏み込んだ足を軸に体勢を整えた。ようやく何があったのか理解し武器を構えようとする主人公たち。
だが遅い。
次は鎖鎌使いの女。右から振りぬくように左へ右手で一閃。
偶然にも手にしていた鎖鎌に当たるが、ごりっと硬いものと硬いものがぶつかる手応えすらも一瞬。それごと砕いて女は左腕から右胸あたりまでごっそりと深く肉が抉られた。
血飛沫をあげながら女の脚から力が抜けるのを待たず、バックハンドブローの要領でその場で回転。もう一人背後にいたガチガチに武者鎧を着込んだ手槍使いの喉元を抉る。周囲の装甲がまるで紙のようにひしゃげ砕けていく。喉元を掻っ切られたそいつは先ほどの女と同時に倒れる。
兜で顔が見えないから男か女かよくわからないが、その表情が驚きに目を見開いているものだろうということは想像に難くない。
これで“逆上位者”どもは処分完了。
とりあえずの目的は果たされた。
だが残りの連中を見るに武器を構え明らかに戦る気を見せている。
互いの戦力差がわかっていない、愚かしい連中…ボスならそう言うだろうな。
だが倒されたのが入り込んで裏切りの機会を窺っていた“逆上位者”だと知らなければ、目の前で仲間を倒されただけでしかねぇんだ。
力が足りないだけで、仲間を大事にするその心意気は嫌いじゃない。もっとも、攻撃されそうになった仲間を庇うならともかく、すでに倒された状況で勝てない相手にかかっていくのは賢い選択じゃないだろうけどな。
向かってくるなら手加減はしない。
予想通り連中は何か奥の手があるとかの勝算があって挑んできたわけではなく、ほどなくして“逆上位者”と同様の遺体が転がった。
「……ふぅ」
腕を振って血を吹き飛ばす。
ひとまずはこんなところか、と思いならが封印がある小さな社を見る。
別段封印を解かせることが目的ではないから今日が終わるまで社を守ってやっていてもよいんだが、それをしてしまうと明日また別の社にいる主人公たちの一部がここの守りに回される可能性がある。単に移動の時間が増えて面倒なだけだ。
やはり最後のひとつ以外は壊してもらうしかないな。
「……最悪、復活してもなんとかなりそうな気もすンだけどな」
ここに封じられている鬼がどれほどのもんかわからないが、俺もいるし、さらには榊さんもいるかもしれない。
この国の鬼にゃ滅法顔が利くあの人がわざわざこのタイミングであれを持ち出して本気を出す調整相手を探してたってことは、噛んでくる可能性はあるだろう。
ふと視線を周囲の森に向ける。
森の木々に隠れ潜む鬼たちの気配は濃厚さを増している。それも当然だろう。守っていた主人公たちが全滅したのだ。この好機を逃す馬鹿はいない。
今はそれをやった俺という戦力がいるから襲ってきていないが、立ち去ればすぐにでも社は破壊されるに違いない。
奴らの思惑に乗るのもシャクだが予定を変える必要もない。
ひとまず立ち去ろうと、
「いきなり横合いから乱入してきて、随分と好き勝手に暴れてくれたじゃないか」
踵を返した俺にそんな声がかかった。
一歩、二歩、三歩……。
鬼たちの気配が数多く潜む森の方からゆっくりと歩を進めてくる小柄な白装束の女。
角を持つその女性は丁度俺から10歩くらいの距離を置いて足を止めた。
その程度の距離は一足飛びの間合いであることに違いはないんだが、それくらいあれば反応が間に合うと踏んだのかはわからない。
その存在感は他の雑魚鬼とは比べ物にならないほどに大きく、濃い。
報告書によれば鬼首大祭のルールを決めているのは“名持ち”の鬼らしいので、おそらく彼女がそうなのだろうと推測できた。
どちらにせよ興味はないが。
「一体何の意図で動いているのか、それをはっきりさせたいねぇ」
「……雑なテメェらの代わりに戦って結果社の守護者はいなくなった。感謝こそすれ、ンなに敵対的にされる筋合いはねェと思うけどな」
勝ち気そうな口調の相手をちらりと見る。
なるほど、よく見ればそこそこの使い手だ。上位者と戦い合うくらいの力は持っている。だがまぁ……所詮そのレベルに過ぎない。
それでも襲い掛かってくるってンなら是否もない……と、そう考えたのと同時に、女と俺の間に別の鬼が割り込んできた。
「はいは~い、ストップ、ストップだよ。宴禍」
「洞見! 何の真似だいッ!?」
ぬるっ、と。
表現としては難しいが、そんな嫌な感じでいつの間にか居たその鬼。
紺に染められている作務衣を着たこちらも女性体だが、ボサボサの髪をなでつけるようにしているあたり最初の女よりも野暮ったい印象を受ける。
「何の真似も何も。突っかかっちゃ駄目だよ。そっちの男性の言う通り、今の状況はボクらを利することになりこそすれ別段被害はないことだし。
まだ社が3つも残っている状態で意味のない戦いして消耗しちゃ本末転倒ってものじゃないかい?」
「…………ちっ」
洞見と呼ばれた女の言葉に、宴禍とやらは小さく舌打ちする。
さすがに“名持ち”の鬼クラスであれば俺の戦力も少しくらいは推測できるのだろう。無駄な戦いをするべき相手ではないというのをいくらか理解しているようだ。
こっちにしてもそのほうが好都合。
話がついたようなので彼女たちを無視して走り出す。社の破壊については鬼たちに任せておけばやってくれるだろう。可能であれば今日中にもう1つの社の主人公くらいは倒しておきたい。
疾走。
頬を撫でる森の夜気を感じながら走り、木々が風景として流れていく。
5分ほど走ったところで立ち止まった。
「……話はついたんじゃねぇのか?」
ぼそりと呟く。
だがなぜか確実に相手には聞こえていると思えた。
「あー、失敗失敗。さすがに上手くはいかないかぁ。“隠”は使っていたはずなんだけれど」
先ほどの“名持ち”の鬼の片割れ、洞見が横合いの木の影から姿を見せた。
「生憎と鼻が利くんでね」
「いやぁ、困った困った。宴禍にあんな風に言った手前、ボクが何かするっていうのも本当は気がひけるんだけどね?」
ぼりぼりと頭を掻く。
妙に人間臭い仕草。
「手を出すのはやめたほうがいい、と言ったのはテメェじゃなかったか?」
「それは違う。発言は正確に覚えておくべきだよ。
ボクが言ったのは―――意味のない戦いをすべきじゃない、ということだけだ」
言葉を言い終わるのが早いか、俺が動くの早かったか。
洞見の言葉は明らかな宣戦布告だった。
つまりこれは、意味のある戦いなのだ、そう言外に語っているに等しい。
再び餓狼二式を発動。
左右からの連続攻撃を繰り出す。
が、
「おっと。左、右、右、左、右、っと、ここで膝も混ぜて、下、右」
洞見はそれをゆっくりとした動きで全て回避した。
速度としては俺の半分もない。だが紙一重で攻撃を悉く見切っている。
それも軽い口調で次の攻撃を口ずさみながら、だ。
予想外の反応に思わずそのまま横合いを擦り抜けて間合いを離す。
「…………ッ」
攻撃の余波で周囲の木々が根こそぎ倒れていく。
一気に冷や汗が流れた。
別段一撃で倒せるとは思っていなかった。が、避けるにせよ防御するにせよその他にせよ、何らかの対処をすると予測した中に今の動きは無かった。
人間でも達人クラスになれば相手の予備動作から次の動きを予測する技術があるのは知っているが、いくらなんでも俺の速度相手に事前に予測しながら回避できるなど非常識も甚だしい。
さらに不気味なのはこの期に及んで鬼気が増大を見せないところだ。
大目に見積もっても宴禍という鬼と同程度にしか感じられない。だが今の一撃容易く対処できるレベルの鬼などあり得ない。
俺の知っている中で可能なのは榊さん―――酒呑童子クラスでなければおかしいのだ。
にも関わらず目の前の鬼はそれほどの鬼気を感じさせていない。
「それでもキミ、このまま放っておくと不味そうなのでね。ちょっと“首輪”のひとつでもつけさせてもらおうか」
何をしたわけでもない。
洞見がやったのは少しだけ手を宙に滑らせたことだけだ。
それだけで―――、
激烈なほどの加重が俺を襲った。
「ガアアァアッァァァァァッ!!?」
まるで山ひとつが上に乗ったかのような重量感。
なんとか対抗しようと力を振り絞るが、抗しきれない。
徐々に膝を折らされていく。
「て、テメェ……ッ…!!?…」
“魔王”の力すら借りて尚多少の抵抗が限界。いくら榊さんとの戦いの後遺症で戦力が減っているとはいえ手も足も出ない負荷。
だが驚きはそれだけでは済まなかった。
膝を折った結果として地面に視線を落とさせられ、
「……ッ、五芒星、だと…ッ!!?」
地面に俺を中心として描かれた、鈍く輝く五芒星に気づいた。
「面倒な手間暇をかけて“逆上位者”と分霊六鬼との繋ぎをつけてようやく整えたこの舞台。メインキャストならともかく、部外者に乱されては困るんだよ。
ああ、そうだね。これくらいなら3日ほどかければ解けるんじゃないかな? 鬼首大祭が終わるまで狼繋がれてもらえば安心だ」
増える加重。
そのまま周囲の空間が凝固し閉じ始める。
閉じていく景色。
「………~~…~ッ!!!」
「本来は“千殺弓”がするべき苦労をなんでボクがしなければならないのか……まったく楽し過ぎるね。そうは思わないかい? 狼クン」
視界が無くなる直前に見たものは、全てを見通す鬼の呟き。
その嗤いはなぜかまったく鬼らしくなかった。




