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VS.主人公!(旧)  作者: 阿漣
Ver.3.03 悪鬼と羅刹
165/252

163.相食む螺旋の蛇

 一筋の光明すらも許さないとでもいうかのように、監獄が在る。

 生理的な嫌悪感まで抱きそうな、あらゆる負を浸した染料で染め上げられた悪逆の糸。それが目の前の檻を形成しているのは間違いない。


 その名は“魔王ラーヴァナ”。


 よくは知らない。名前もウィンドウでそう出てきたからそう呼んでいるだけだ。

 オレ自身の意識の底ではないかと推測されるこの空間も、一瞬でかの存在が張り巡らせた糸に覆い尽くされている。

 圧殺せんとばかりに高まる圧力。

 四方八方からオレという存在を潰してしまおうと凶悪な意志が流れ込む。


 ―――あ゛あ゛あ゛ああぁぁぁぁ゛ぁッぁッ!!!


 声を荒げる。

 それは断末魔というよりはむしろ全力を出すための掛け声。

 胸中に確かに存在する“簒奪帝デートラヘレ・インペラトール”から力を引きずり出して周囲を完全に覆っている力に対抗する。

 が、途方もなく重い。

 それも当然か。

 詳しいことはわからないが、仮にも“神話遺産ミュートロギア・ヘレディウム”の名を冠しているのだ。そのへんの凡百はおろか、主人公プレイヤーも、さらに言ってしまえば上位者ランカーすらも適うまい。

 だからといって諦める理由にはならないが。

 歯を食いしばり力を出し続ける。

 全力であればかすかに押し返すことは出来る。

 ほんの爪の先ほどの量であったとしても少しずつ自分の存在を取り戻していくことは可能のようだ。

 だが、いや、だからこそ長い。

 全てを振り絞り、少しずつ、ほんの少しずつ。

 疲労したといって一瞬気を緩めればそれで全てが終わってしまう予感があり、それに背中を押されるようにただひたすら死力を振り絞る。


 ポーォーン…。


 どこか遠い音。

 目の前に開いたウィンドウにはありがたくもない表記がされている。


『現在の浸食率:98%』


 うぉぉぉぉぉっ!?

 もう陥落寸前じゃねぇかぁぁぁっ!!?

 ツッコミつつ叫ぶのを利用して力を振り絞っている間にもさらにウィンドウは開く。


『“魔王ラーヴァナ”撃退浸食率:20% 残り時間00:06:23』


 減っていく残り時間。

 ってか6分しかねぇのかよッ!?

 撃退ってのが勝利条件のことを指しているのだとすれば、98%から25%にまで押し戻すのに6分23秒くらいしかないことになる……あ、もう6分切った。

 そして失敗した場合、さっきの表記が間違っていなければ主人公プレイヤーがNPCになる、推測するにこのよくわからない謎の“魔王ラーヴァナ”ってのに取り込まれるか支配されるかして、自由意思を失うってことになるんだろう。

 違うにしても、名前が名前だ。浸食されてロクなことになるとは思えない。 


 叫ぶ。

 叫ぶ。

 叫ぶ。


 火事場の馬鹿力なんてものが本当に存在するんであれば、今このときこそ発揮せよ!とばかりに。

 刻一刻と減っていく時間。

 ご丁寧に残り時間を示すウィンドウの隣には砂時計っぽいアイコンまであり、それが時間の経過と共に砂が落ちていくという凝りっぷりだ。

 とりあえずこれ作った奴殴ろう、絶対。

 1分が経過し、残り5分。

 その分だけ押し戻した現在浸食率は96%。

 単純計算で30秒で1%。

 残り76%を取り戻そうとすると優に30分を超える計算になる。

 明らかに間に合わねぇよ、コレ!?


 叫ぶ。

 全力と思われる場所からさらに先へ。

 叫ぶ。

 もっと先へ。

 叫ぶ。

 胸から沸き立つ衝動をさらに強く。

 叫ぶ。

 もっともっともっともっと―――ッッ!!!


 拮抗状態に近い力の均衡。

 わずかずつだけ押していくその状態がしばらく続くと、慣れてきたのか別の感覚が生まれていく。

 迫りくる圧力に反射的に反発するように力を発していた当初とは違う。

 一見圧力どうしのぶつかりあいに見える均衡の境界。

 そこを細かく見れば、起こっている事象がまるで正反対なことに気づいたのだ。


 迫りくる“魔王ラーヴァナ”の力は浸食。

 押そうとしているのではなく、隙間に潜り込み裡から浸食しようとする動き。ただ全方位からそれがやってくるから抵抗する側には圧力として感じられただけで、受け入れるのであれば秋の涼風のように一瞬で駆け抜けることだろう。

 対する“簒奪帝デートラヘレ・インペラトール”は文字通り奪う力。

 浸食とは対極に位置するその属性は、押すのでは無く相手の圧力ごとその口を開き丸ごと飲み込む暴食にも似た悪徳。

 どちらも相手を押す力ではない。

 にも関わらず均衡するのはなぜか。

 答えは明快。

 互いが相手の尾を飲み合う蛇ウロボロスだからだ。

 “簒奪帝デートラヘレ・インペラトール”が相手の力を飲み込もうとすれば、“魔王ラーヴァナ”は飲み込まれながら入り込み浸食していく。せっかく力を奪ったにも関わらずその力に逆に支配される。かつて能力の使い方を教えてくれた人狼が言った通り、奪う能力と浸食する能力の相性が最悪なのは間違いない。

 本来ならばそれで決着だろう。

 だがそうはならない事情があった。

 理由は定かではないが、今襲ってきている“魔王ラーヴァナ”は力が足りない。いや、通常から見れば十分過ぎる凶悪さを有しているが、“神話遺産ミュートロギア・ヘレディウム”として十全とは言い難いレベルでしかない。

 なんとなく力を発揮しきれていない、なぜかそんな印象を受ける。

 逆にこちらの“簒奪帝デートラヘレ・インペラトール”はこれまで短期間ではあるものの、使用を制限してきたこともあって力の温存は十分過ぎた。しかもエッセによって整えられ扱いやすくもなっている。つまり出力でいえば互角でも、わずかながら力の精度でこちらに分がある。

 しかも向こうは力が限られているのに、こっちはオレが健在であれば裡から“簒奪帝デートラヘレ・インペラトール”の力はどんどん供給出来る。

 結果、力の優劣を物量で補える。

 普通であればそこで終わる勝負を“魔王ラーヴァナ”が浸食した“簒奪帝デートラヘレ・インペラトール”自体をさらに飲み込んでいくことでひっくり返している。


 “簒奪帝デートラヘレ・インペラトール”に“魔王ラーヴァナ”が喰われる。

 喰われた“魔王ラーヴァナ”が“簒奪帝デートラヘレ・インペラトール”を浸食する。

 浸食された“簒奪帝デートラヘレ・インペラトール”と共に“魔王ラーヴァナ”を“簒奪帝デートラヘレ・インペラトール”でさらに喰らう。

 そして喰われた“魔王ラーヴァナ”が………。


 生と死がひたすら繰り返されるように勝利と敗北が臨界的に増殖していく、合わせ鏡の世界のように際限のないやり取り。

 それが激突の境界面で高速で行われている結果、拮抗を生み出しているに過ぎない。


『残り時間00:03:14』


 だからこそ、今のオレの感覚がある。

 力を奪うということは喰らうということ。

 喰らうということは血肉とする、つまり理解するということに等しい。

 羅腕童子の力を奪ったオレがその過去を見ていたように。

 “魔王ラーヴァナ”に侵され変質しているとはいえ、“簒奪帝デートラヘレ・インペラトール”という大枠は変わらない。

 それをさらに“簒奪帝デートラヘレ・インペラトール”で喰らうことによって、もっとわかりやすくいうのなら自らを自らで喰らうことはその力の性質をひとつひとつ理解していくことに繋がる。

 理解したからこそ、激突の前線で起きている事象まで知ることが出来たんだ。


『現在の浸食率:86%』

 

 ゆえに加速していく。

 ただ単純に互いを喰っているわけじゃない。

 喰えば喰う分だけ“簒奪帝デートラヘレ・インペラトール”は自らを理解し同時に“魔王ラーヴァナ”をも理解していく。

 一見、円環に見えた支配権の奪い合いは実は螺旋。

 輪が進めば進む分だけ高みへと向かう。

 ならばやるべきことはひとつだけ。


 その破壊と創造にも似た永続を感じさせる戦いを全力で駆け抜ける―――ッ!!!


『残り時間00:02:08』


 猶予はもう無い。残り2分の時点で浸食率は、


『現在の浸食率:71%』


 1分で15%。

 1分で2%だった当初とは明らかに速度が違う。

 綱引きは引きあって互角の状態から手繰り寄せることのほうが、半ばまで引いた状態から勝つまでよりも難しいように、拮抗は拮抗しているからこそ破るのが難しいだけ。一度勝負の天秤が傾けばあとは坂道を転げるようなもの。

 まだこのペースでは間に合わない。

 だがペースそのものがどんどん加速していく今ならば、届く。

 そんな確信に近い感覚を抱く。


 黒と闇。

 赤と朱。

 奪と侵。


 似て非なる両者の激突は、オレの予感通り徐々にその拮抗を崩し傾いていく。

 さあ、仕上げだ。

 相手がどれほどの存在であろうが、最早関係ない。

 ただ自分のやるべきことをやるための障害、それを叩き潰すだけ。


 吠える。

 簒奪の首魁が号を発する。


『残り時間00:01:28』

『現在の浸食率:56%』


 吠える。

 簒奪する者たちが武器を掲げる。


『残り時間00:00:57』

『現在の浸食率:43%』


 吠える。

 簒奪の軍勢が蹂躙を開始する。


『残り時間00:00:24』

『現在の浸食率:28%』


 残り20秒であと8%……ッ!!

 イケる…ッ!!!

 届く。

 届く届く届く届く…ッ!!!

 届けぇぇぇぇぇ―――――――ッッッ!!!


『残り時間00:00:2』

『現在の浸食率:19%』


 よっしゃあああああああッ!!

 もしこれが現実であればガッツポーズをしていただろう。

 それくらい狂喜する。









 ―――これがいけなかった。


 後から思い返してみればとどのつまり、見誤っていたのだろう。

 曲がりなりにも相手は“神話遺産ミュートロギア・ヘレディウム”、喩え十全の力を発揮できないとはいえ“魔王ラーヴァナ”相手に油断をするなどあり得ない。

 だが勝利を確信した瞬間、オレは確実に油断していた。

 だから、


『残り時間00:00:1』

『現在の浸食率:22%』


 一瞬。 

 時間にして1秒もないだろう。

 刹那の間だけ“簒奪帝デートラヘレ・インペラトール”がほんのわずか緩んだその隙をつかれた。

 結果、押し戻された。


『残り時間00:00:0』


 そして予想外の反撃に対し呆気に取られたままのオレを置き去りに、無情にも時間は過ぎた。

 そのままウィンドウは新たな展開を紡ぐ。


 ―――規定時間内に一定の浸食率へ到達及び浸食率の奪還をすることが出来ませんでした。

 以後主人公プレイヤーはNPC化することとなります。キャラクターデータは削除されます。


 って、おぉぉぃッ!!?

 ヤバいヤバいヤバい……ッ!!!!

 ビキビキと存在そのものに亀裂が走っていく。

 そして、削除された。




 ―――オレの中にあった三日月梟の主人公枠アカウントが。




 ………あれ?

 思わず首を傾げる。

 そして理解した。

 本来であればひとつしかない主人公枠アカウントを消去されるというのは致命傷。その人物の存在そのものが意味を無くす。

 オレの中にはかつて伊達との戦いで主人公プレイヤーたちから奪い取った主人公枠アカウントがいくつもある。

 結果、ひとつくらい壊されても別に平気でした、と。

 そしてリセットがかかったのか再度見たことのあるウィンドウが展開され、また浸食率のやり取りをするように促される。

 …

 ……

 ………

 …………いや、ね? 別にあんな切羽詰って浸食率なんとかしようとしたのは何だったんだ、とか思ってませんよ? 思ってないんだからねッ!!?

 思わずそんなことを考えながら、再度挑戦する。 

 主人公枠アカウントが無くなってリセットされたためか、浸食率は再び98%から。とはいえ成長した“簒奪帝デートラヘレ・インペラトール”がまた0に戻ったわけではない。

 二度目でコツを掴んでいて、無事に成功した。



 ゆっくりと目が覚める。

 開く瞼と共に世界が色を取り戻していく。

 夜の闇と星空。

 薄暗い木々の緑と破壊された社。

 そして、


「よぅ、充。生き返ったか・・・・・・?」


 にやりと笑う狼―――八束さんの姿があった。

 周囲の状況を見ればそんな風にのんびりしている場合じゃないんだろうけども。

 思わず安堵し、ほっと息を吐いたのだった。



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