162.彼女の帰還
やってきた村はまったくもって現代っぽくありませんでしたとさッ!!
とはいっても、それで何か出来ることが変わるわけでもないので気を取り直すことにしよう。
「……さて。どうしたもんかなぁ」
幸いなのか不幸なのかわからないけども、とりあえずオレの姿は見えないらしいので適当に空いている住居を使わせてもらい睡眠を取ることが出来たおかげで思考はクリアだ。
ちなみに余談だけども竪穴式住居に泊まったのは生まれて初めてなのでちょっとテンションが上がってたりする。
昔、小学校の課外授業で見にいった貝塚の竪穴式住居は完全に円錐状で土、葦で覆われていたんだけども、この村のものはそれより一歩進んだ感じで三角形の形をしており正面が板張りになっていた。
なんというのか、茅葺農家と弥生時代の竪穴式住居の間くらい?
それはさておき。
とりあえずここがどこなのか、それを知らなければならない。
確かに設備が現代っぽくないけども、実は文明に取り残された誰も知らない村だとか、もしくは日本と見せかけてよく似た別の国だったりとかするかもしれないッ!!
そんな風に考えていた時期がありました……。
「寺だわ……」
村の外れにある寺を見るまでは!
すっかり廃れていてボロボロになっているものの紛うことなく寺である。
しかも南国の国にあるような原色ぎらぎらのカラフルなやつではなく、シックな色合いのいかにも日本っぽいものだ。
腐食していて余りよく読めないが落ちている木札には、漢字でなんとか寺と書かれている。
「うぐぐ、なんという手詰まり感」
仕方ないのでまずは村で情報集めに励むことにしよう。
オレの姿は村人にはまったく見えていないので、いくらでも会話を盗み聞きすることが出来る。歩いている村人たちの会話を適当に聞きつつ内容を精査していく。
で、どうやらこの村が山奥にある奥木村という名前だったり、どっかの貴族の保護下にあるとか、人口100人くらいだとか村人に身近っぽい情報を手に入れたんだけども、それよりも遥かに重要な話も耳にすることが出来た。
都からやってきた人づてに伝わった「みちざねとかいうド偉い人が、だざいふ、とかいう場所に行くことになった」という噂である。
……村人はわけがわかっていなかったが、つまるところ菅原道真公が大宰府に左遷された、という話なんだな、これが。
ここから二つの事実が浮かんできた。
情報の精度が少し怪しいが、話から事実を推測できる程度のレベルの歪みで伝わってきている、ということは取りも直さず伝言ゲームが少なくて済んでいる、つまり京からそこまで離れていない場所ではないかということ。
噂話というものは人の口から口に渡れば渡るほど歪みズレて内容が変わっていく。それが意味のわかるまま届いているのだから物理的な距離が近しいと推測するのはおかしいことじゃないだろう。
そして菅原道真が大宰府に行かされている、ということは確か西暦900年だったかそれくらいの頃。つまるところ1000年以上前、という可能性だ。
ちなみになんで年代がわかるかというと、図書館で鬼について調べているときに菅原道真が祟ったので天神様として祀られた的な話を見たから、という結果オーライな理由だったりもする。
「……で、問題はどうやって現代に戻るかだなぁ」
そもそもなんで1000年以上前にいるんだろうか。
確か鬼首神社が出来て1000年くらいだったから、もしかしたらそれに関係しているかもしれないけども、とりあえず神社らしきものになりそうな場所は見当たらない。
せめて話相手が居てくれれば会話でもしてちょっと考えをまとめることも出来たかもしれないが、未だエッセには絶賛放置プレイをされている最中である。
早く戻ってこないかなぁ……。
途方に暮れそうになっていると、子供の声が耳に届いた。
「………?」
「じゃあ本当に鬼退治についていったの~?」
「嘘じゃないよ!!」
そちらを見ると小枝を手にして振り回している男の子と女の子が遊んでいる。
そのうちの片方、男の子のほうについては見覚えがあった。
昨夜、漆黒鬼を討ち果たした男の息子だ。
「おとうに内緒で大人についていったんだ! ……途中で見つかっちゃったけど」
「鬼って凄く怖いんでしょ? 勇気あるんだね~」
ははぁん。
どうやら勝手についてきて、あの場に居合わせたらしいな。
……確かに子供をつれていくような話じゃないし、ついていこうとすれば内緒でこっそり後を付けるくらいしか方法はないか。
でもまぁ確かに自慢したくなるのはわからないでもない。
小さいときはなんでも大人がやっていることを真似したり一緒にやったりするだけで、何か自分が大人になったようなそんな感じになることもあるし。
「……しかし思い返してみると、あのとき漆黒鬼倒してるんだよなぁ、この子の親父さん」
鬼首神社で戦った経験から漆黒鬼の強さについてはわかっている。
名持ちの鬼のような上位種ではないものの、一般的に昔話で言われるところの平均的な鬼程度の能力は持っている。鬼首神社で出てきたものよりやや体格が小さかったので、強さも少し違うのかもしれないがそれでも一般人が倒せる相手じゃない。
つまりあの男、主人公か、もしくは戦闘の心得のある重要NPCの可能性があるのではなかろうか。
どちらにせよ他に手がかりはないのだ。
あの男の周りで事態の推移を見守ることにしようかな。
そんなことを考えているうちに、男の子と女の子はわぃわぃとやり取りを続けていた。どうやら男の子は女の子に好意を持っているらしく、鬼退治についていった武勇伝を自慢げに語っている。
傍から見ていると何やらむず痒くなりそうなくらい仲がいい。
「………オレ、鬼首大祭が終わったら彼女を作るんだ」
ふと遠い目で呟く。
どう考えてもフラグっぽい台詞だけどね!!
男の子の会話に耳を傾ければ、どうやら彼の父親、漆黒鬼を討ったあの男は昔、都で随臣と呼ばれる武官だったらしい。主に警護の役割を負っていたようだ。今はこの村で他の村人と同じように農民として働いているが、近くで鬼が目撃された場合は村で数少ない戦える男として撃退にあたっている。
道理で武器を構えた様子が様になっていると思ったよ。
ちなみにそのときにドロップされる角などは貴重な薬の原料として1年に1回ほど村へ出入りしている商売人に塩などと交換しているらしい。
「いつか、おとうみたいになるんだッ!」
そう笑顔で力強く言う男の子。
―――ざざざッ
「…っ!?」
そこで突然、景色がブレた。
テレビ画面にノイズでも走ったかのように視界が乱れる。
空の色も、村の建物も、周囲を囲む木々の緑も、そして村人たちも。
木々が曲がり。
草が狂折れ。
空が黒ずみ。
雲が嘲笑い。
大地が萎れ。
村人が毀れ。
………~~~ッッ!!?
言葉が出ない。
世界を構成する要素が砕けていく。
喩えるならべりべりと皮が剥がされていくかのような不快感。
オレ自身に同化した存在が強引に千切られ分けられる。
混乱しつつ喘ぐ。
叫びたいというのに喉は震えもしない。
伊達に拷問された際に与えられたような肉体的な痛みとは違う。魂そのものの皮をこそぎ取られる、もっと内面的な損傷だ。
ぐ…グ…ッううウウぅぅぅぅ……ッッ!!!
歯を食いしばっているようなイメージでなんとか収まるのを待つ。
取られていく。
剥がれていく。
毟られていく。
なんとか阻止したいが、まるで強烈な磁石のように剥がされていく“存在”が外部の何かのほうへと引きずられていく。
抵抗むなしく完全に何かを抜き取られようやく痛みが収まるとオレは再び何もない漆黒の空間に戻ってきていた。
覚えがある。
さっきの光景が目の前に広がるさらに前、“逆上位者”に首を落とされたオレが居た場所だ。
「………やっぱり、か」
ぽっかりとオレの中に空いた場所があった。
それが先ほど抜き取られたものが何かを明確に物語っていた。
―――羅腕童子。
かつてオレが“簒奪公”で奪い取った羅腕童子の因子そのものだ。
そして、それが抜き取られたことが原因で目の前に広がっていた光景が維持できなくなったとするのなら、つまるところアレは羅腕童子に由来する何かの記憶だったのかもしれない。
何か意味のある光景だったのかもしれないが、今となっては窺い知ることはできない。
まぁもし百歩譲って意味のある記憶だったとして、それはあくまで彼自身にとってであってオレには関係がない。
あくまで羅腕童子とはオレが死亡する原因を作った襲った側の鬼とその被害者の関係でしかないんだから。あいつそのものを理解してやらないといけない義理はない。
ないんだけども………。
口惜しい、と。
なぜか素直にそう思う。
それこそ別に理屈があるわけじゃない。
たとえ連中がそれぞれに抱えた事情、鬼として生まれ出でた理由を知ったところで、それが劇的に何かを変えるというわけでもない。
そもそも鬼の存在を完全に正当化することが難しいのだから。羅腕童子にしたって、鬼として数多くの人を襲い殺し喰らっているだろう。
オレが遭遇したときの印象からしてそうでなかった可能性は低い。
でも。
それでも。
知る機会を失ったことが口惜しい。
すでに“逆上位者”に首を落とされ死んだこの身では何もできないのだとしても、この胸の喪失感と口惜しさが残った。
強く強く強く―――
『―――ならば、それを想いを晴らすために力を使うがよかろう』
耳に届いたのは聞き覚えのある声。
ふと視線を上げると、暗闇の中にひとり銀に輝く髪を揺らす美女の姿があった。
それは待ちに待った戦乙女の来訪の如く。
「エッセ!!」
『しばらくわらわが苦労して作業しておる間に、随分と急展開しておるようじゃな』
久しい、と言っても精々数日の話。
でも、この追い詰められた状況のせいか随分と長く会えていなかったような感じを受けた。
『説明は要らぬ。大まかではあるが、外での動きは感じておった。
おぬしが何を考えておるのか、何をしたいのか、そしてそのために何が必要なのかも』
ゆっくりと彼女は言葉を紡いだ。
『三木充よ、おぬしはわらわと契約を交わした者。
ゆえに望むのであれば手を貸そう。預かっておったものを返すことでな』
差し出された掌。
しなやかな指の付け根に載っていたのは、赤黒く脈動する卵形の球体。
無数の糸で編みこまれたようなその表面は血管のように一定のテンポで膨らみ、込められている存在の力強さを印象付ける。
そんな蠢く球体がエッセの白い手に乗っている様は、さながら和紙に一滴落とされた墨汁のように対照的に際立っていた。
「エッセ、これは……」
戸惑っていると、
ずぞり。
球体は突如バウンドするように弾けて飛び、オレの胸に衝突。
否、まるで何の障害もないかのように体に溶け、中に吸い込まれていった。
「……!!」
そして理解する。
もうエッセに問う必要はない。
これは自らそのもの。
オレという魂の源に座する存在。
“簒奪帝”という名の力の断片。
荒れ狂うだけだったはずの“それ”が卵のような形の枠に押し込まれていることで安定している。それがまるで猛獣を閉じ込める檻でもあるかのように。
『おぬしの力を損なうようなことはしておらぬ。
それはケダモノを躾けるための首輪のようなものじゃな。衝動的に完全発現されておったがゆえに歪になっておったカタチを整え、不要なリンクを切り離し淀みを無くした。
結果、今はおぬしの意志である程度の段階まで調節して力を使うことができよう』
わかる。
裡にある力を自分の意志で制御できるのが。
蛇口のように調節をしながら、必要な力を必要な時に必要なだけ使う。ただ強い感情に引きずられていたときとは違う感覚。
『じゃが、その力はおぬしの“魂源”そのものじゃから、深層の部分まで弄ってはおらぬし、そういうわけにもいかぬ。
危険を冒して試してみるにせよ、数日では時間も足りぬからの。
ゆえに心するがよい。
不要なリンクは可能な限り切ったとはいえ、おぬしと一心同体であることは変わりがない。思考や感情といった本質的な意味での結び付きも奥底には残っておる。
始原に位置する感情が強ければ強いだけ能力が高まるが、以前のように強すぎる感情の暴走を引き起こせば再び引きずられることもある。あくまで能力のほうから感情を刺激することが無くなっただけであって、おぬしからアプローチすれば意味がないということじゃ。
理性と感情の狭間で、己の意志を以って制御せよ』
真剣な表情で告げる彼女に思わずたじろぐが、言っていることは至極もっとも。
手にした力は一般社会で危険視されている銃なんてものがメじゃないほどのもの。使用者に規範と理性を要求するのは当然といえば当然のことだろう。
とはいえ、いきなりそんなこと言われても中々心の準備が……。
そう思っていると彼女は小さく微笑んだ。
『心配することはあるまい。そういうときはまず練習をするがよかろう。
その過程の中で実感していけばよい。おぬしの知識でいうところの“ちゅーとりある”というやつじゃな』
いや、練習って言っても一体どうすれば?
『ほれ、ちょうど練習相手がやって来たではないか』
……は?
と、突然。
底に近いこの場所に、上の方から黒く脈打つ血管のような網が勢い良く伸びてくる。そのまま恐ろしいほどの速度でこの深い空間に広がっていき、あっさりとオレの体を絡め捕った。
“簒奪帝”とは似て非なる昏い力。
奪う力と同質にして真逆の侵す力の化身。
―――神話遺産“魔王”の浸食を確認。宿主に対する寄生先維持目的の復元能力により、死亡状態を回避します。
尚、規定時間内に一定の浸食率へ到達及び浸食率の奪還に成功できない場合、以後主人公はNPC化することとなります。
事務的に出てきたウィンドウを見て、オレは慌てて力を解き放ったッ!!




