159.本殿防衛戦(3)
前回から凄い勢いで空いてしまいましたが、なんとか再開できました。
詳しいことは活動報告で。
“童子突き”こと武倉槍長と具眼童子を喰った宴禍童子。
退治する二人の強者の戦いと同時、もうひとつの戦いもその幕を開けていた。
喩えるなら久方ぶりに会った旧友との再会。
その喜びを表すような表情を浮かべ殺到するわしと、見据えるように静かに構える武術家。
ギリギリまで切り取られた間合いから、木々の狭間に打撃音が響く。
わしが放ったのは左の拳、それを半身になることで腹を滑らせるように避けながら武芸者の放った右の拳。
完全に近い形とタイミングの交差法じゃが、なんとか反射的に対応できた。
そのままわしがあやつの拳を右の手で受け止めた、そんな体勢のまま互いに動きを止めた。
「相変わらず見事よなぁ。そうでなくば、この逢引を焦がれておったわしの立場がないわけじゃが」
「間に合ってると言ったはずさ~?」
常人であれば間違いなく致死に至る各々の攻撃。
その飛び交う死線を現在進行形で掻い潜っているにも関わらず、悠然と軽口を叩き合う。
死合の悦びに満ち溢れたわしと、闘争の気配に身を振るわせる比嘉清真。
そんなただ二人の戦鬼が暴と武を競っていた。
ほんに信じられぬ。
この目の前の男がただの人間であるなどと。
“主人公”と呼ばれる稀有な存在であることは理解しておる。
だがこの違和感はそんなところではない。
もっと根源的なところで、親近感を覚えている。
ぐぐ、と拳を掴んだまま相手のほうへ押し込もうとするが上手くいかぬ。
拳越しに接触している箇所から、どういう理屈かはわからぬが力を殺されている。
単純な膂力で鬼に勝てるわけのない人間が拮抗状態を維持できているのは、ひとえにその武の粋が理由か。
「まぁ、よかろう」
ぼそり、と呟いて手を離し大地を蹴る。
脚力に身を任せて強引に間合いを取り直した。
「……?」
「いやいや、お互い本物である確認もしたことじゃし、ここから前回の続きといきたい、という話じゃよ」
鬼の身体能力。
武術家の技術。
拮抗したままの天秤を傾けるにはもう一手が必要じゃ。
わかっておるからこそ、出し惜しみはせん。
ゆらり、と少しだけ体を揺らす。
鬼は妄執や遺志、つまるところ想念の生き物。
その純度の高い想念こそが体を動かし、物理現象を起こしている。
ゆらり、と少しだけ体を揺らす。
想念の根源―――つまるところ、わしの意志に従い体が揺れる。
繰り返すこと数度。
ゆらり、と大きく体がズレる。
意志の速度とそれに従う体の速度が変わっていく。
徐々に意志と体が千切れていくのがわかる。
ゆらり、と大きく体が千切れる。
正確には意志から体が分離する。
だが鬼とは意志が体を構成する生き物だ。
独立した意志は即座に新たな体を構成する。
「…ッ!?」
分かれた体は霊力で構成された肉の塊。
喩えるのなら抜け殻、中身のないスカスカの張りぼてのようなもの。
おそらくは数分で消える定めの存在。
だがそんなことは相手にはわからない。
「……二人に、増えた?」
清真は思わず呟いたように。
そう見えるのだ。
ゆらり、ゆらり、と体を一振りする毎に、
新たな仮初のわしが生まれていく。
そしてこちらも口を開く。
「待たせたな」
「清真よ」
「これがわが能力」
「「「「「「「―――“幽なる纏い”」」」」」」」
「おぬしは全力で戦うに値する」
「ゆえに」
「死に物狂いで」
「相手をしよう」
わしが幽玄童子と呼ばれる由縁。
それは短時間しか存在できない抜け殻を作れることではない。
技量に長けた上位の鬼ならば出来るものもおるであろう。
本来消滅していくだけの存在であるそれを操れること。
幽けき存在を自らの意志で動かせるがゆえの“名持ち”なのじゃから。
じゃり。
見るからに警戒度の高くなった唐手使いを見据えながら、足に力を込めた。
そして矢の如く7人のわしが次々に突撃する。
そこで迎え撃つばかりだった清真が初めて自ら前に出た。
じわり、と雰囲気が変わっているのがわかる。
先ほどまでとは違う。
その腰に構えた拳からは比較にならないほど危険の匂いがしている。
ビリビリと肌が灼けそうなほどに潜在的な脅威を感じる。
そして理解した。
つまるところ、こちらが奥の手を切ったようにあやつも自らの最後の手札に勝負をかけるつもりなのだろう。
とはいっても、だからといってこちらが出来ることは何も変わらないんじゃが。
技も何もない。
ただ全力で走り、全力で打つだけ。
「清真ンンンンンン…ッッ!!!」
「……ッ!!!」
1秒という時間が無慈悲に切り分けられ、腑分けられたその果てで、
……ッ…っっ!!!
衝撃は無音。
理屈も原理もわからぬ。
ただ、わしが清真の拳を食らい腹が弾け飛んだだけが事実。
鬼の動きを見切り、それよりも先に絶対の一撃を当てる。
その難行に成功したがゆえの勝利。
「見事ッ!!! じゃが残り6人もおるでなぁぁぁぁッ!!!」
倒したのが抜け殻でなかったのなら。
動きの止まった清真に六つの拳が襲い掛かる。
一撃を反対の腕で弾き、二撃を体を沈めて避け、三撃を顔をそむけて流し、四撃目を肩口で受け止め。
そして限界まで動いて体勢が崩れたところへ、完全に攻撃がヒットした。
人間にしては随分と硬い感触。
鍛えられた体躯を打つ手応え。
だが鬼の膂力から生まれた破壊力を殺すことは出来ず、そのまま地面に叩きつけられバウンドした。
「まだじゃッ!」
「そう!!」
「まだじゃッ!!!」
「まだ―――」
「まだまだまだ―――」
「―――終わらぬよなァァァッ!!?」
空中に体の浮いた清真にさらに追撃を掛けた。
これで終わったわけがない。
そんなことは許さないし有り得ない。
敵ながらこの上なくそう信じることが出来る。
ほら、わしらの戦気に呼応してなんとか体勢を浮いた状態でありながら、体勢を整えている。
さらに入る追撃。
一撃、二撃、三撃、四撃、そして五撃。
血まみれになり吹き飛ぶように転がる清真。
「…ッ!?」
じゃが、同時に抜け殻のうち、一人が後ろに恐ろしい勢いで吹き飛んでいった。
そのまま地面に落下することなく朝顔の描かれた浴衣と体を砕け散らせながら消えていく。
予想外の反撃に思わず追撃を止めてしまった。
「………が、ッ…ふ…」
ずるり、と飛ばされた先で地面に手を当てて体を引き起こしている男。
最初に頭部に受けた攻撃のために片目の周囲が陥没しているが、残った目からは未だに戦意の焔が見える。
「はは…これは……参った。単なるダミーかと思いきや、気配も実体もある、と…」
余裕がないのだろう。
明るいのんびりとした口調は幾分かなりを潜めている。
ぷっ、と折れた歯を吹きつつ口の中に溜まった血を飲み下す音がした。
「参ったのはこちらの方じゃ。仕留めたと思っておったのに、よもやまだそのような力を残しておったのか」
追撃の際、この男は空中でありながら体勢を整え蹴りを放っていた。
無論、普通に空中で蹴りを出しただけであれば、踏ん張れないままのあやつが反作用で飛んでいくだけ。
正確には敢えてこちらの攻撃を受け、その攻撃のひとつに体を踏ん張らせ同時に蹴りを放っていた、といったほうが正しい。
とはいえ言うほど易しくはない。
なぜならそれは完全に防御を捨てた一撃であるからじゃ。
「じゃが、それもいつまで続くかの…?」
敵ながら感嘆すべき雄であることに間違いはない。
抜け殻は動かせば動かすほど霊力を消耗し、消滅までの時間が短くなるという欠点はあるものの、気配や動きといった基礎能力そのものは遜色がない。
つまり2人のわしを消滅させた清真の技は、分霊六鬼をして一撃必殺ともいえる威力を持っていたと言える。
まったくもって、そこまで磨き上げた武には感服するしかない。
じゃが、さしもの清真もかなり足元が覚束なくなっておる。
出血、そして動きからすると何箇所か骨折しているのも確実じゃろうな。
おまけに先刻の技、原理はわからぬが余程体力を使うようでかなりの消耗も窺える。
ばきん…ッ。
そろそろ限界が来たのだろう。
残った抜け殻たちが消滅していく。
「ああ、すまんな。数を減らせたと思っておるかもしれぬが…」
ゆらり、と少しだけ体を揺らす。
満身創痍の唐手使いにはその動きを阻止するだけの力がないのだろう。
ただ呼吸を整えているだけだった。
「まだまだ先はこれからじゃぞ?」
7人に戻ったわしが、にんまりと哄う。
もし打倒するとすれば本体であるわしを倒すしかない。
じゃが中身の霊力以外まったく同じ存在である相手が複数。
そのうち本体がどれかを当てるなど博打でしかない。
さらに、ゆらりと体を揺らす。
9人。
これが今のわしに出来る最大の抜け殻の数。
本体をいれて10人の幽玄童子。
「……問題ないさ~」
違和感。
そうとしか言いようのない感覚を受ける明るい口調が、一言だけ響いた。
「どっちにせよ、次で終わらせるさ~」
力の入らない体で尚、あやつは笑った。
10分の1を当てる腹づもりらしい。
しかもそこに当てる攻撃は必殺の一撃でなければならない。
外すのは勿論、当てたとしても中途半端な一撃であれば倒すに至らず、その隙に10人の一斉攻撃を喰らう。
今の状態でそうなれば、さすがにこの男とて死ぬだろうに。
最早、無謀を通り越して無茶でしかないはずのその作戦。
だがその目はそれに殉じる覚悟を宿していた。
それを見てしまった以上、言葉は不要。
「よかろう…ゆくぞッッ!!」
動け。
獣の如く。
動け。
疾風の如く。
動け。
雷鳴の如く。
ただ全力で10の鬼たちが勝敗へ掴み掛かる。
これまでで最大の速度と自覚できる。
先程まで先手を狙っていた清真が最早反応できぬ動きで攻撃を叩き込む。
一撃目。
足の骨が折れる手応え。
二撃目。
左肘が砕けたのではなかろうか。
三撃目。
腹が破れ腸が見えるようになった。
四撃目。
顎に直撃し―――
その刹那こそが、獰猛な獣の待ち望んでいた瞬間だったことに後になって気づいた。
「オオオォぉッ…ッッ!!!」
咆哮。
感じたのは、ただそれだけ。
背中を打つ衝撃。
……気づけば、天を見上げていた。
ただ黒の帳に白い穿ちだけが見える。
ああ、なるほど。
「……敗れた、か」
上半身だけになった体が端からゆっくりと光の粒子になって消えていく。
完全にわしが消える前にゆっくりと近づいてくる気配があった。
誰のものかなど聞くまでもない。
勝者のもの以外など有り得ない。
「見事、と言っておこうかの」
「………」
向こうもギリギリだったらしい。
呼吸を整える音ばかりで返答はない。
何やら薬のようなものを飲んで少し回復している。
だが状況を考えれば、何があったかわからなくはない。
三撃まで抜け殻が攻撃をした。
そのあと本体が攻撃をした直後、何かを喰らい倒された。
そしてこの破壊力。
だとすれば清真の放つ、あの一撃に違いない。
疑問があるとすればひとつだけ―――、
「………なぜ、わかった?」
どうして本体がわかったか、だ。
その問いに対して少し困ったように微笑むと、
「…攻撃が当たった瞬間、あんただけ嬉しそうだったさ~」
「…………??」
思わず呆然とする。
無論攻防の最中、これほどの難敵に攻撃が当たった悦びがあったことは否定せぬ。
だが抜け殻は命令以外は細かい仕草までトレースしておるはず。
本体だけ表情が違うなど、そのような初歩的なことがあるはずは……。
「なんとなく、拳越しから感じるものがあるんさ~。
何度か喰らってそれがわかったから、敢えて攻撃喰らって本体を見極めたんさ~」
「……阿呆か、おぬし」
「三戦かけたけども、あと数発でやばかったさ~」
うんうん、と頷く男を見ながら呆れる。
まるで博打ではないか。
もしわしが四番目ではなく最後に攻撃していたら、それまでの攻撃を全部喰らっていたことになるのだから。。
しかも拳越しでわかるじゃと?
確かにどこぞの武術では皮膚越しの感覚で相手の動きを感知するとかいうものがあると聞いてはおるが、それにしたところで……ッ。
その後も首のあたりまで粒子になりながらも、納得がいかずもごもごと考えておったが、
「で~じ、強かったさ~」
楽しそうにそう微笑みかけられて思わず納得する。
そう、何度か感じた違和感の正体に気づいてしまったがゆえに。
劣勢でも衰えぬ貪欲な戦意。
積み上げ磨きぬかれた武の粋。
闘争を渇望する魂。
そして―――
なるほど、それは勝てぬわけじゃ。
「―――ああ、おぬしが鬼であったらなぁ」
悔し紛れに冗談めかして笑い…わしは消えてゆく。
…………あ…とは宴禍たちに……任せる…と………しよう………。




